3.見たい世界
意思決定AI…?
まだ金の紋を出していない。
にも関わらず視認できる。
黒く、ごつごつとした球体。
表面は焼け焦げた鉄みたいに荒れ、胴の窪みから緑の光が漏れている。
その光が、こちらへ向く。
…目が、合った。
まずい。
まだ0歳の私。二足歩行すら危うい。
紋の力で破壊できる保証もない。
咄嗟、私は手を振った。
どうか、正体に気づかれませんように。
「…。
スコアチェック。330。異常ナシ」
音声が、黒い塊から発せられる。
『幸福値1012.88』。
かつてそう言われた記憶が、私の胸を烙く。
「…。
スコアチェック。−463。特異点発見」
その時、窪みの緑が赤く変わった。
ヴゥーン!ヴゥーン!
身体がビクッとした。
なんで。
特異点…私にとってそれは、死の恐怖そのもの。
『構造支配』
手が湿ってくる。急いで、金の紋を発動させる。
破壊はだめ。きっと応援が来る。
それなら、今のスコアを削除したりできれば。
ヴゥーン!ヴゥーン!
紋が塊全体を走る。
窪みから通じる回路が、中央の集積へ行くのが透けた。
また、脚の代わりのコードも集積部へ。
「中央へ報告。
コチラSS733-211A…応答マツ」
どう…変える…
集積部の構造を、私の構造の一部に書き換える試み。
身体の制御ではない、脚から遠く、しかし大きな部分となる集積の位置。
そこを、ほんの少しずらす。
壊さずに、噛み合わせるように。
後は運だ。
ヴゥーン!
胸の灼ける痛みを再現して…
(さぁ、私になびけ!)
金の紋が、集積部に楔を入れた。
そこは、煌々としだした。
「ヴ…」
赤かった光が、すうっと緑へ戻った。
同時に、視界が揺れて、地に落ちる。
私の直立二足は、崩れた。
私は、ずり這い姿勢でなんとか前を向く。
「…ボス、歩きマスカ」
黒い塊はこちらへ向かってくると、コードのような部位を動かして私を担ぎ上げた。
「あっ」
「ドチラへ。指示クダサイ」
ほんの数秒前まで、私を特異点に認定していたのに…
息を整えて、状況を読まないと。
「まって、あなたはなにもの?」
この際、赤子の体は無視。流暢に話す。
そして、黒い塊は上手に横抱きをした。
「ワシハ、SS733-211A。ペルソニ ヲ主任務トシタ球形ノ、オートマトン」
何を言っているのかわからない。
少なくとも、意思決定AIではない気がする。
「私のこと、報告するの?」
「報告ヲ望マナイ ト判断シマス。指示クダサイ」
聞きたいことは、たくさんある。
しかしその前に、どこまで信用できるか。お互いに。
「数字で呼ぶことは失礼だよ。だから名前をつけるね。どんな名前がいい?」
「ナマエナド、ナンデモイイノデス。指示クダサイ」
名前に無沈着。私もそうだ。
少し、親近感がわいた。
「セティ。というのは、どうかな」
「ワカリマシタ」
「あと、その話し方。もう少し人の喋るように。声も女の子っぽくできる?」
「分かりました」
「丁寧な言葉も禁止」
「ほう、わかった」
私がいなくなることで、
『焼殺』を免れてくれていたら──。
誰よりも、私に依存していた友人のせつな。
その願望に、寂しい気持ちと、警戒したい気持ちの間で浮かんだ名だった。
「じゃあ、お前も名前を言え」
「…エンニだよ」
「エンニ。指示をくれ」
セティとは、あまりにかけ離れた話し方や声。
でも、嫌いじゃない。
「外を見せて」
「おう」
柔らかい風が肌をなでる。
風に導かれるように、セティは前に進む。
林がかった丘。
葉や小枝が乱雑に並ぶ自然の空間に、私の住む家はあるのだった。
木々の切れ目から平地がのぞく。
こちらの高台から、集落模様が見える。
…あ。
窓越しだった外の景色と、全てが違った。
外で見える人型は犬じゃない。どうみても猫だ。
『構造支配』
胸を焼くイメージとともに、猫達を凝視する。
猫耳に紋が形成される様子、きっと紛れもない猫だ。
なんの冗談だろうか。
これは長い夢で、まだ中学二年生なんじゃないか。
そんなことを本気で思い、胸に懐かしさが込み上げてきた。
ぼやっと眺める村の生活。
景色そのものの異常性が脳裏に刻まれ、現実が戻ってくる。
それは、西側の広大な農園。
作物が、自ら収穫されて行列を作っているではないか。
選別され、加工される区画が続いていく。
そして、一連の終着として、それを保管であろう氷漬けの洞窟のような施設まであった。
うん。この世界では、食うに困る者はきっといないな。
…いやそうじゃなく。
なんだこれは。
猫型であった住民達。
人が人を、触れもせずに宙へ浮かせている。
幻覚ではない。はっきりと見えている。
これまでの生活は、中世と言ってよいほどだった。
AIも、インターネットも、電気すらない。きっと古い世界だろうと。
──よく裏切ってくれた。こんな面白そうな光景が、目の前に広がっているのだ。
この世界は、可能性に満ち溢れている…!
小説の台詞のような文句に、高鳴る胸。
私を振り回そうとするそれを、ぐっと抑えつける。
家の中が、この光景を見せない理由は、なんだ?
仇といわれたこの世界の母。犬型にとって猫型は敵?
だとしたら、この光景はおかしい。わざわざ敵地に家が建つはずがない。
寧ろ、犬型は守られている雰囲気すら感じていた。
……聞いて、みよう。
「ねぇ、セティ。家の中では犬だらけの街が見えてたよ。
けれどなぜ、ここは敵の猫ばかりの村なの?」
「敵と思っているのは犬族だけ。それと、マイノリティ配慮だ」
セティの飛躍した回答が返ってくる。
『心細い?慣れっ子だよ』
お母さんの言葉がよぎった。
前世一度だけ海外に行った時…
それは、顔の異なる外国人に囲まれ、慌てふためく私へ投げかけられたのだった。
そう、外見が似ているものを、本能は求めてしまう。
そこへの配慮があるなんて。
「セティ、なぜこれほど異能に満ちた中で、この家は便利を捨てているの?」
「便利は、安価な幸福を奪うからだ」
「なにそれ」
「富は有限だ。便利を知らなければ富を消費することもない。
気づかない幸せ…」
そこで、セティの回答はとまった。
「…気づかない幸せ?」
途切れた言葉の先を、聞いてみる。
「気づかない幸せとは、なんだ?」
あれ?
質問を質問で返された。
「今、会話の途中だったよ。
富が有限だから、便利を知らせないみたいな」
「そんな会話は記録にない」
どういうことだろう。
不都合な情報だったのかな。
それはつまり、黒い枝のような支配者が、情報を管理しているということか。
「AI…えっと、オートマトンの一番上のボスは誰?」
「ワシのボスはエンニだ。一番上は忘れた。
そろそろ帰還する。明日もくるぞ」
「まって、このまま帰ったら声と話し方でわかっちゃう」
「そんなミスはしない。任せておけ」
セティは、話しながら私を玄関の中に置いた。
「そう。あ、えっと、3日後でもいい?」
「わかった。だが、ペルソニ任務を継続する体でいく」
「ペルソニ?」
私の声は届かず、セティは加速して去っていく。
初めてできた話し相手の背は、小さくて丸かった。
次会うとき、改変した集積部が修復されてないといいけれど。
明日、明後日はお父様お母様が家にいる日だ。
それまでの二日間、赤ん坊生活に戻るという現実は、あまりに辛い。
次の日。
外への好奇心が生み出すストレスに、耐えられなかった。
お父様に、二足歩行という急成長を見せる。
「エンニ、立った!エンニが立った!」
目を輝かせるお父様。
そして、強く私を抱擁した。
「エンニ、成長したなあ。エンニよーしよし」
「ナー、たい」
たった1語だけしか喋れない体の私。
いつも、されるがままの抱擁で慣れてしまった動物臭さは、悪いものでもなかった。
あったかい。
お父様は最初、いなくなってよい存在として私をみていたはず。
だから、『第二子』が生まれれば、きっと変わってしまう。
「ナー、エンニのこと、まもる?」
聞きたくなって、言語の壁を破った。
…肯定なんてされなくても、無色な結果でもいい。
お父様は、真っすぐに私を見る。
「そうだ。エンニに何かあったら俺が守る」
意外な言葉がくる。
私の心は、跳ね上がるようだった。
そして、牙のはみ出たその笑みに引き込まれる。
お父さん、
守られたいって、自分が沈んでいくことは辛いよ。
ドンドンドン!
玄関から突然の音がして、お父様の腕が強張る。
「なんだ」
お父様は私を下ろし、階段へ向かった。
こんなの初めてだ。きっとただの来客じゃない。
お父様は、下に降りて行った。




