38.二人三脚
「セシザが出てきたら、合図をください。そこからは共闘です」
「わかったわ。
まぁ、私たちが押されはじめてからの出番ね。
それまでは、ここで待機してて」
センシアは、車輪のついた台ごと前方へ進んでいく。
紋で観察したところ、前衛の中央で止まった。
周囲の注目が逸れたことを確認する。
「さぁセティ、しばらく交代だよ」
目の前にいる混ざったセティに、そう伝えた。
この作戦は、間違えられない。
紫の玉を外してセティに向ける。
「しょうがないなあ。次は私優先だからね」
セティはそう言って玉を受け取った。
生意気な子供と見れば、愛嬌として受け入れられる。
だが、これがセティだと思うと嫌悪感しかなかった。
そのような余計な感情を抱きつつ、側頭部に触れようとした時。
突然、セティは紫の玉を口に含みはじめた。
「ちょっ…」
まさか、破壊する気…
私は玉を噛ませないようほっぺたを挟み、こちらに顔を向けさせる。
「…まって、違うよ。このアタッチが一番自然にできるでしょ」
そう言って、ウインクしてきた。
肝が冷える。
本当に大丈夫だろうかと紋で見るしかなかった。
紫玉は喉奥から内部経路を上り、中枢部と入れ替わった。
一瞬、セティの虹彩である翠玉色が色を失う。
そして再び点灯した光には、より深みがあるように感じた。
「べえぃ」
そうして吐き出された中枢を受け取り、オイルを拭って紫玉にし、髪へ戻す。
(アテラ。これからは私がアドバイスするよ)
混じったセティの声がくる。
(どうぞ)
混じったセティへは、
嫌悪してはいけないって頭に言い聞かせるだけで、精いっぱいだった。
「セティおかえり。今度は間違わないからね」
やっと会えたセティの頬を撫でる。
セティは口をめいっぱい横に広げた。
少しして、前方にいるセンシアが手を上げたようだ。
それによって、おびただしい数の木片が空高く発射された。
仕掛けたのはセンシア側。しかし、それを空中で静止させていた。
黒風がこれ以上近づかないための威嚇ともとれる。
対して黒風は、隊列を変化させている。
私はそれを、紋で観察した。
長方形の陣形を取り、前衛二列と後衛六列に分かれている。
次に、後衛六列のうち、前寄りの二列がデュナミスによる投石を始めた。
石が放物線を描いて降り注ぐ。その数、恐らく100以上…
「引斥で押せるだけ押して。迫ってきた石は、封域で防御よ」
センシアの指示が聞こえてくる。
300以上いるこちらの軍勢はそれに従い、殆どの石を引斥で押し返す。
たまにすり抜けて到達する石も、封域で遮断された。
ズウン!ズウン!
何かが落ちる音がしている。
よく見ると、石がすり抜けている。
第一波より低く速い軌道で飛んできたため、高所に張った封域の下を抜けたのだった。
紋で様子を見ると、負傷者が出ている。
…だが、ここででしゃばってもセシザを釣れない。待てば負傷者が増える。
そして、黒風に視点を移すと、放物線の投石をした列とは別の後列から、第二波を放っていた。
…射角が低く速い。これは、回転して速度を増した石だ。
「封域を強めて!
やむを得ない。木の雨を落とせ!」
封域が次々と展開される。
一方で黒風の前衛二列は、タイミングよく封域を交互させ無駄がない。
それは、訓練された軍隊そのものだった。
その時、黒風の後列が散開した。
そして、最後列が一歩横にずれて各々散開の隙間に立ち、何かを放った。
「あの、あれは…」
「ああぁぁっ!!」「ぐわぁぁ」
私が周囲に伝える前に、前方から悲鳴が上がった。
僅かに見えたのは、かなりのスピードで前線付近で炸裂した投射物だった。
「どうした!状況を報告せよ!」
その声から察した。
私ですら初撃を捉えられなかった。センシア側の把握はさらに遅れる。
防御が追い付いていない。
封域は高所に向けて張るばかりで、前方に切り替えられていない。
或いはデュナミス切れを起こしているのだろうか。
悲鳴は、またも続いた。
脚が前へ出そうになる。けれど今出れば、センシアとの作戦が崩れる。
今度こそ投射物を観察すると、小さなタワシのようなものから、極小のトゲが飛散されていた。
恐らくこれは、大けがをさせずに無力化させるため、致傷性より、痛みと行動阻害を重視した攻撃だろう。
「総員、引け!立て直す!」
センシアが叫ぶ通り、一度引くしかない状況に見えた。
上空へ注意を引きつけてからの、正面攻撃。目視困難な隊列崩しは成立した。
この後に指揮系統へ騎馬のような突破攻撃でもされたらひとたまりもない。
相手は恐らく、多人数の戦いに慣れている。
既に、センシアの指揮は一部に届いていない。
紋によると後方ほど素早く後退し、前線は足並みがそろわず、混乱しているようだった。
一つ、見極められた。
攻撃ごとに変化する黒風の陣容で、左端奥の四人は動いていない。
周囲の兵も、その四人を避けるように動いている。
きっと、あそこに指揮官がいる。
下がっていくセンシアと交差する。
「センシアさん、交代です。作戦遂行します」
そう伝えた。センシアは片手を上げて退いて行った。
前衛の残党を除けば、殆どが私の後方まで退いた時だった。
「セティ、やるよ」
残党の被害を抑えるなら今しかない。
私はあらかじめ見繕っていた岩石を引き抜くと、デュナミスの力で空高く打ち上げる。
敵の追撃に前線の残党が散る途中、私とセティが露呈した。
敵勢の指揮系統と考えられる左端奥の四人。
その裏手にあたるさらに奥へ、打ち上げた岩石を降下させた。
さらに、セティを浮かせる。
その目に赤い光が溢れる。岩石着弾にあわせて、敵陣中央の裏手に分厚い熱線が落ちた。
ドッ
ゴォォォン…
背後から轟音と熱風を浴びせる威嚇が決まる。
敵の進軍が一瞬止まった。
若干の動揺も呼び起こせたかもしれない。
そして、視線は熱線の出元であるこちらに向く。
紋を発動させ続ける私のデュナミスは、異常値だ。
敵はきっと気づく。
伝えた通りにセンシアも動く。
後方のデュナミス使いがミストを生み出す。
それが太陽光を屈折させて、ところどころで虹が発生した。
見え隠れするような、完成度の低い虹だった。
さらに私は、自らを、ワンサイズ小さなスピリエに変化させた。
そうして、できる限りの息を吸う。
「思想は、もっと大胆な行動で示せ! 弱者は、去れ! ぼくの目に適う者よ、かかってこい!」
私は精一杯の大声で敵方に叫んだ。
声は、あの人と似ても似つかなかった。
さらにセンシアには、同じ言葉を敵陣へ干渉を使って飛ばしてもらう手筈だ。
これだけの挑発、そして私の異常値。
ハヴィを名乗る以上、スピリエへの忠誠や誇りはあるはずだ。
セシザが乗ってくる保証はない。けれど、ハヴィの誰かが反応すれば、そいつを倒して釣りあげてやる。
さあこい。
その時だった。
左奥から、二人。陣を飛び出した。
一人は空高く、一人は地上を一直線に駆けてくる。
空から来る者は、自由に身体を浮かせてかなりの高度まで上がる。
…地上を駆ける者が一足早い。
「くるよ!」
ガキィィィ
金属音。刀のような形状の鈍器がセティの腕でとめられた。
が、セティの手には小さなヒビが走った。
「ふざけたガキが!」
山吹色の短髪に黒い羽毛。カラス族らしい四半鳥。
怒りに身を任せた動きからは、殺さない手加減が感じられない。
セティが反撃の拳を叩き込もうとすると、それを片手で受ける。
カラス族は、そのまま拳を握り潰すようにした。
「硬てぇ…なんだこの手は」
センシアかの合図はない。こいつはセシザじゃない。
セティは繰り出される次の太刀を、根元で受けた。
しかし、顔面に蹴りを受けて、再度一閃振るわれた太刀が胴を打った。
「セティ!」
「平気だ。軽い」
被せるように返ってくる棒読みの文句。
(セティじゃあれに勝てないね。破壊の紋で仕留めないと)
混じった方の声が聞こえてきた。
…人に、破壊の紋を使うなんてこと…安易に言わないで。
何とかして、無力化を狙わなきゃいけないんだ。
私は引斥で岩片を拾い、周囲に公転させる。
「おいガキ。聞こえてるか」
カラス族は、セティにのみ語りかけている。
私の異常値を見ていないのか。
そうだとすると、一番危険なのはセティ…
そう思った瞬間だった。
回転する身体とともに振り回された太刀で、防御したセティの片腕が砕かれた。
「義手!?」
カラス族が驚き、セティはひるむことなく熱線を放つ。
完璧なタイミング。
のはずだった。熱線は空を切る。
カラス族は不自然に身体をしならせ、すんでのところで熱線を脇に通した。
まるでそこに撃たれるのが分かっていたかのように。
そこからさらにもう一撃、身体を回転させてセティの脚に一撃入れてくる。
…もう、見ていられない。
(セティごめん)
私は、岩片を次々と射出する。
明らかな死角から放ったはずなのに、四発が、身体をひねりかわされた。
ズゴォオン!
やむを得ない。
五発目は、紋によって岩の内部構造だけを急激に膨張させる。
すると外殻が耐えきれず、破裂した。
カラス族は、半身に破裂の衝撃を受けて、吹き飛ばされた。
「アテラ後ろ!」
咄嗟に振り返ろうとしたが、反動で脱力して膝が崩れる。
そして、なにかが背中をきり刻んだ。
いっ…
一撃、もらってしまった。
さらに次の竜巻状の攻撃が私の方に向かってきている。
山羊の左腕と、孔雀の右腕。
両腕を力の限り突き出し、変化で盾のように肥大化させた。
すると、それは切り刻まれる。
痛みはない。
振り向いた先、空には雷雲の塊があった。
そして、紋で見た、飛来してくる竜巻の出元に一人。空から来た奴がいる。
「撃って!」
セティが熱線を放つ。
竜巻と雷雲に隠れた空中の敵へ、
私はデュナミスでセティの向きを調整する。
え…。
紋でしか見えない異変。
セティが放つ熱線は、あの敵の前で曲がった。
「セシザがでた!集中砲火せよ!」
遠くから、センシアの声が聞こえた。
私は残る岩片を、敵に撃った。
同時に、おびただしい数の木片が、センシアの軍勢から放たれた。
勢いは、今までの比ではないほどに力がこもっていた。
なのにその全てが、あの空の敵の前で曲がった。
…全てだ。ひとつ残らず。
セティの熱線は真っすぐに進む。どれだけ方向を微修正しても、あいつの前で曲がる。
なんだ。あれは。
「数字はふざけている割に、弱いデュナミスだな」
空から声が聞こえてきた。
…やば。
血の気が抜けていく。
空からの発言よりも、全ての攻撃が効かなかった結果よりも…
曲げられた攻撃全てが後方に降り注いでいるのを見て、思考以外硬直した。




