37.挽回
リーネの頬は、土気色に淀んでしまっていた。
「セティとぼくは、何日いなくなっていたのでしょうか」
そう問いかけると、時が止まったかのようだった。
リーネはすぐに答えず、ぽかんとした顔で私を眺めている。
「…もしかして。
ずっと倒れていたの?」
私は頷いた。
寝ていたのは本当に一瞬だった。
この異変が未だに飲み込めない。
「…30日。
今日でデュナメイオン39日目だよ。
投資戦は終わり、今は統合戦の最中」
さん…じゅう…。
そんな途方もない時間が経ったというの。
完全に、置いていかれた。
「アテラがいてくれてたら、どれだけよかったか」
リーネは話しながら飲み物を二つ用意する。
そして、共通部屋の机に置くと、手のひらでそこへ促した。
私とセティは、促されるがままに座った。
「あの時は、白刃棟のデュナミス喰らいよりも、ずっと大きな事件だったんだよ。
アテラとセティが消えて、寄生軍だった黄昏の者達は、何も覚えていなくて。
あの後調査のため、参加者は全員各棟で待機。と命令が下った」
話を聞きながら、共通部屋を見渡す。
この前までみんなといたはずの空間は、薄く埃が積もっていた。
「あの時、中齢にいたでしょ。だから、チターナとメイが探させろって猛抗議したの。
でも教官は『デュナメイオンでの失踪はよくあることだ。契約通り処理される』と一蹴。二日後に待機は解除された。
そうしたら、チターナがセンシアと密会しだして…。あれが同盟を荒らされるきっかけだったかも」
チターナとセンシアか。
あり得る流れだ。
さらに、リーダー不在なんていう事態ならば。
「申し訳ありません。ぼくがあんなことをしたために…」
「ううん。戻ってきてくれてよかった。
交代しながら、毎日見に来ていたんだよ」
リーネは女性部屋に行き、ノートのようなものを取ってくる。
「これまでの記録だよ」
そのノートを開いてみると、日々の起きた出来事が丁寧に書いてあった。
セティと私は立ち上がり、二人でそれに釘付けになった。
…。
みんなが必死に私たちを探し、見つからない中でチターナがセンシアに頼ったようだった。
投資戦のうちは良かったが、プログラムが統合戦となり規模の大きさが評価基準となると、センシアは行動に出た。
初齢は黄昏、白刃、赤誠の順でセンシア率いる中齢青月に鞍替えしていった。
…胸が、苦しくなる。
私が穴を作った。それが招いた結果だ。
セティを死の淵に追いやって、同盟を瓦解させるきっかけを作ったのは私だ。
すすり泣く音が聞こえる。
私は、記録を読む顔を起こした。
「もう、…戻れないのかな」
震えた声だった。
赤く腫れたリーネの目を直視する。
リーネ。本当に申し訳ない。
そして、私の弱い部分をそうやって代弁してくれてありがとう。
(これは、悪くないぞ)
セティの声が聞こえる。
メモに残された統合戦についての説明を読んでいる最中だった。
統合戦。それは一つの宗主棟に、どれだけの棟を属させられるかの戦い。
宗主は属させた一棟につき1ポイント。また、属した棟側には半分のポイントが加算される。
つまり、宗主として率いても、二倍の規模が相手ならば、宗主をやめて属棟に成り下がってもスコアは維持できる。
(セティ、私もそう思う)
そう、勝って宗主を入れ替えればいい。
だが、前回の二の舞は演じられない。
一息つくと、目を開く。
勝機を探る。情報を集めるんだ。
「戻します。ぼくが」
まっすぐにリーネを見た。
リーネは潤んだ目のまま、小さく頷いた。
そこへセティがリーネの頭に触れる。
「委ねなさい。私たちに」
小さく、そう言ったように聞こえた。
ノートによると、みんなは中齢の赤誠にいて、チームあたり一人だけ初齢に戻すようにしているのだった。
そして、中齢に集結させる理由を、『中齢に最強の敵勢力がいるから』としていた。
真偽はわからないが、それが本当ならば挽回方法はシンプルだ。
その最強の勢力を崩す。
まずは、情報を引き出そう。
すぐに身支度を整え、中齢に出発した。
棟を出ると、先程いた初齢の者がまた、遠くから私達を見ている。
「あの方々は、中齢にいかないのでしょうか」
「あの者達は、同盟に参加していません。
どこにも与せず、デュナメイオンを無事に終えることだけに専念するそうです」
39日目と言っていた。
デュナメイオンで様々な事件に遭い、危険性を痛感したのだろうか。怯えているようにも見えた。
無事に卒業するだけでも、デュナトスになれる。
デュナトスならば、生きる上で不足のない生活ができる。
それで十分なら、自然な判断だ。
「さっき大きい事件って言った続きだけど。
あの日、寄生軍をアテラとセティが倒してくれたんでしょ。新たな寄生軍の援軍が後ろから来ていたのに、それを見て去って行って」
ヤパと名乗ったやつだ。
そうか。あいつが、最強の軍勢…
「二日間の待機期間は、それら寄生軍を掃討していたみたい。中齢赤誠と中齢黄昏は、一人残らずデュナメイオンからいなくなったよ」
え。
いなく、なった。
しかも一人残らず。
「それはつまり、参加者を殺した?」
「…どうしたかは分からないけど。少なくともアテラとセティが戦った者達以外は、もうデュナメイオンにいないよ」
つい、セティの方をみる。
視線に気づいたセティがこちらを向いた。
「私、知らなーい」
セティはそう答えて、そっぽを向いた。
リーネは口角を上げながらも、眉をひそめていた。
捕らえた…のか?
それとも逃げた?
一人もいないのならば、恐らく、ヤパ本体を倒せていない。
「それじゃ、最強の勢力とは、どこのことですか」
「中齢の黒風。センシアの同盟だった中齢の白刃を力で下して、終齢にも侵攻している」
中齢黒風ならば、地理的にはヤパやアトリのいた中齢黄昏から一番近い。
つまり、あいつらを退けて存続し、終齢にすら侵攻できる存在か。
「何より黒風は、宗主棟だったところが属棟に下ることを認めない。つまり、デュナメイオン栄誉から完全にはじき出そうとしている」
センシアが必死になるわけだ。
ここで共闘するのが私の勝ち筋であり、勢力を取り戻すチャンスと言える。
拳を握る手に、力が入る。
「あの。先に、中齢青月に行きませんか」
私は、リーネの前に立ち、足を止めた。
リーネは目元を拭い、小さく頷いた。
「みんなに無事を伝えるのも急務ですが、それ以上に、センシアと話したいことがあって」
「うん。アテラの思うようにしたらいいよ」
目的が定まると、脚は速く動いた。
そういえば、目覚めてから異様に体力が上がっている。
孔雀の手に腹部を貫かれていた。
もしかして、回帰などによる傷の再生でなく、内臓まで包含で融合したのだとしたら…
「ところで気になっていたんだけど」
「あ、はい」
「セティ、少し変わった?」
今もその言葉の通り、セティはスキップしたり、鼻歌を歌っていた。
「はい。チターナみたいに自己表現できるように練習だそうです」
咄嗟にそう答えた。
(セティ、ごめんね)
なんの非もない玉のセティへ、決めつけたお詫びいれる。
…だって今のセティは、余計なことを喋りかねない。
「個性でいえば、前のも好きだったよ」
う…
ちゃんと見ていてくれたんだ。
嬉しい。けれど、それは混ざったセティに気づかれやすいということでもある。
「アテラは、チターナみたいなお姉さんが好きだもんね」
セティは、片おさげをくるくると指で回してそう言ってきた。
「…本当にそれだけ?」
リーネが目を細める。
記憶はあるはずなのに、わざとなのか。
言葉遣いがめちゃくちゃだ。
私は、セティを軽く睨んでやった。
セティは、私の表情を映すかのように睨み返してきた。
中齢青月に着いた。
門の前にいた者に話しかける。
「センシアはいますか」
その者は、東を指差した。
「セシザの軍勢が迫ってきたから、打って出たところだ」
セシザ。それが例の標的。
未だ解決していないデュナミス喰らいの黒幕の可能性もある。
「ありがとうございます」
そう伝えて、手を引いてセティを急がせる。
「リーネ、急ぎましょう。あちらで雌雄が決したら、勝ち筋が消えます」
「う、うん…」
少し困惑した様子だった。
私が戦いに参加するとは思っていないかもしれない。
(これなら共闘できる。ここまで順当だな)
セティは私の考えが分かっていた。
私は、何もないところで親指を立てておいた。
少し走ると、センシアの軍勢が見えてきた。
総勢300人ほど。つまり初齢も組み込まれている。
早速、伝令もしくは、斥候役らしき単独の者に声をかける。
「お前らがあの、最年少コンビか。ついてこい」
すんなりと案内された。
軍勢の中を歩き、中心部へ。
あ。
「リーネ、リーネどこ?」
リーネがいない。
さっきまで一緒にいたのに。はぐれてしまった。
「帰ったんでしょ。あの子、乗り気じゃなかったし」
混じったセティが前に進む。
周囲を紋で見ても、人が多すぎて簡単に見つけられる状況じゃなかった。
仕方なく進んでいくと、大きな車輪のついた背丈程度の台に乗ったセンシアらしき人を見つけた。
瑠璃色の髪を一つ団子で束ねて、前には小さなティアラのような飾りをつけている。
顔つきと髪の色、そしてうなじの鱗のような艶模様まで、チターナの特徴に一致していた。
遠方を見ても戦っている形跡はない。
恐らく、間に合った。
伝令がセンシアに声をかけると、彼女は振り向いた。
「あぁ、アテラくんだね。無事で何より」
あれ。
私が無事なことを知っている…?
「はじめましてセンシアさん。この度はチームを安全な同盟にお招きいただいて、ありがとうございました」
少しだけ、トゲを含む表現で伝える。
「いえいえ、お互いを守り合う対等な同盟だからね」
白々しい。
けれど今は、本意であるかのように受け取っておく。
「ところで、この大規模な出陣は一体」
「監視役が、こちらへの進軍を準備する黒風を察知してね。
終齢を平定したのかもしれない」
そう言いながら、センシアの顔は険しく変わる。
終齢を平定。センシアのその顔を見る限り、誇張には思えなかった。
「…私に倒させてください」
「セシザを?それは無理だよ」
センシアは、そう言って台から降りた。
「なぜ?センシアさんより強いのですか」
さぁ、認めて。
そうしたら、私が加わる口実ができる。
「うん。殺してはいけないルールを盾にして、張り合えているように見えるだけ。初期に戦ってすぐに気づいたよ」
そう言ってしゃがみ、私とセティの頭を撫でてくる。
チターナのように。
「彼は、『ハヴィ』の所属。それこそスピリエ様に近づける存在。別格だよ」
「ハヴィ?」
「スピリエ様の私兵団。私も入りたかったなあ…」
センシアは遠くを眺め、悲しげに笑みを浮かべた。
スピリエ。
デューナメース理事長という権力者でありながら、軍事力まで。
デュナメイオンという選抜の場で、すでに選抜を終えたレベルが立ちはだかるというのか。
いやまてよ。…これは僥倖かもしれない。
「センシアさん、黒風軍がそこまで…」
別の伝令がそう伝えてくると、センシアは手でそれを制止した。
「ごめんね、もう時間がないみたい」
「この一戦、ぼくならば勝ちます。
宗主棟の決め直しを考えていただけるのならば」
「ふーん。そういうことね」
センシアの表情は冷ややかになる。
「それで、単独でやるの?
指揮権がほしいなんていわないよね?」
そりゃ指揮権はほしいが、敗軍の将だった私にそんなものは望めない。
「単独、というほどではないですが。
セシザを炙り出すアイデアがあります。
遠くから安全に、それを実践いただくだけでよいです」
そう話し、センシアに耳打ちをする。
「…そういうこと。
チターナが真剣になるのも分かる気がするわ」
センシアは、僅かに口角をあげた。
遠い先に、先ほどは見えなかった敵勢が姿を現していた。




