36.贋作
スピリエはすっと隣に来ると、私を仰向けに返す。
同時にスズランの香りがふわりと漂った。
そして、触手にまみれた私の腹部に手をかざす。
「これは、懐かしいタイプのオートマトンじゃないか」
オートマトン。
それが私の腹部にあるというなら、可能性を期待していいの?
ブチブチッ
腹部から何かを引きちぎる音がした。
ぼやけた視界と、鈍くなる感覚で、何がどうなっているのか分からない。
「なんだこれは。どこからどこまでが…」
そう、独り言を呟いている。
「全くでたらめな作り。怪異以上に…」
薄れゆく意識の中で、この人に、すがっていた。
何だっていい。
セティが、もし生きてくれていたら…
見たことのない部屋だった。
小さな空間。窓が一つもなく、ベッドが一つあるだけ。
横たわる私以外、誰もいない。
「いたたた」
全身が痛む。
そうだ。私は中齢であいつにやられて、セティが…
『842』
姿は少年を維持していた。
山羊の左手は、変化のデュナミスで自然な手のまま。
しかし右手は、緑と黄色の縞模様に、光沢の大きな青が二つ、ギョロついていた。
孔雀の手だ。
…そうだ。私は喰った。セティを。
記憶とともに、冷や汗が背中を這っていく。
紋を見る。
再生していた右脚は、孔雀の右腕とは違う構造だった。
腹部、左半身、胸部、首元…
身体の隅々までみていく。
セティはどこ。
残渣すら、ない。
周囲を見渡す。
紋は、この建屋の形状と、建屋の外が地面であることを示した。
どうやらここは地下で、他にたくさんの部屋があるようだ。
少し先の部屋に、一人の人型を見つける。
そこに、機械の構造も見えた。
その機械はスマートフォンと同じくらいの大きさ。小さすぎる。
けれど、セティの構造に似ている。
私は立ち上がり、その部屋に向かった。
どうか生きてて。
部屋を出ると、身体の痛みを気にもとめず、無機質な通路を走った。
機械構造のいる部屋のドアは重く、身体を押しつけるようにして開けた。
そうして少し開いた隙間から、中に入り込んだ。
銀のマント。
そこにはスピリエ…ではなく、あの時に会ったスピリエの従者らしき者がいた。
そして、あのゴツゴツした球形が一つ、横たわっている。
「来たか。随分寝ていたな」
「あ、おはようございます」
従者は僅かに口角を上げて頷く。
その顔は、灰色の髪と髭に、黒い首筋。額だけが鮮やかに赤い。
羽毛は白く、きっと鶴のような四半獣だろう。
「おぬしの体内だが…
二つ、いや三つ。同じような機械部品があった」
人形に触れる。
「一つは損壊のないセティの中枢、一つは損壊の激しいセティの中枢。それに結びついて最後の一つ」
え。
セティが…二人?
「最後の一つは解析が困難。調べる度に構造が変わる。
損壊の激しいセティと、解析が困難な部品は補完関係にあるようだ」
意思決定AIだろうか。
しかし、紋で見ても拒絶される特徴がない。
そんなことよりもセティは…
「セティは、生きているのですか」
「重要部分は壊れていない。エネルギーさえあればいつでも目覚めるだろう」
「それって、ぼくの命令が必要ということでしょうか」
「いいや。このオートマトン筐体の後背部のモジュールを修復し、コアを取り付ければよい」
オートマトン筐体と言って指した先に、見覚えのある姿が横たわっていた。
表面が焼けた鉄のようにゴツゴツしていて、手足となるコードが生えた機械。
…後背部なら知っている。
デュナミスをためておく構造があったところだ。
「ぼくが治したいです。損傷のないセティが動いたらもう一つは…」
「理事長より、二人のセティはアテラに任せよ。とのことだ。
ただし、直せたら。そして、どちらが本物か分からないと言っていた」
どういうこと。
損傷のない方が本物かわからないって…
解析困難は、意思決定AIかもしれないのに。
でもまずは、損傷ない方を。
すぐに直してあげるからね。
構造支配。
オートマトン筐体の後背部に紋を記述する。
前よりもっと繊細に強く。
パズルのピースを隙間なく埋めるように。
「これが、桁違いの数字…」
そう従者が言った。
気に留めない。すでに知れたことだから。
修復が済むと、従者はオートマトン筐体の側頭部を上手く外した。
「取り付けるのは、こちらでよいか」
そう言いながら、損傷のないセティの方を持ってきた。
私が頷くと、従者は取り付ける。
「しばし待て」
十秒ほどしただろうか。
セティは目を覚まし、身体を起こした。
目が合う。
深い翠玉色の目。セティに違いないと思った。
私はすぐに微笑みかけた。
「ワシは……」
そこまで言って止まる。
ワシって言った。
きっとセティだよね…?
「セティ、アテラだよ。あなたはセティ」
「ワシは、強靭な肉体をもつ竜族で…」
セティが言いそうなことだ。
私はセティをすぐに元の姿にした。
黒い二つおさげをつけた、地味で、純朴で、ひ弱そうな女の子に。
「セティ。
治ったんだよ。本当に、よかった」
セティを引き寄せ、抱く腕に力が入った。
「ワシは、守られていたのか」
セティは守られるべき存在。確かにそう願った。
つまり、このセティが本物ならば、包含属はコントロールできる。
まだそうと決まったわけじゃない。
けれど、心に沈んでいた錘がすっと軽くなった気がした。
従者は片手に損傷のあるセティをのせたまま、隣に立っている。
こっちのセティだって見て見ぬふりはできない。
「この隣のは、起動しないほうが…」
「ならば、こちらはおぬし自身が抱えることになる。それでもよいか」
ん?
私が、抱える…?
「それはどういう意味でしょうか」
「どちらが本物か、見てもいないのだ。
ならば、片方はおぬし自身に共生させる。それでも判断材料は得られるだろう」
「共生?」
「これと同じ。
中枢部を皮膜で覆っただけのもの。
そして、接するほど近くにあれば、デュナミスを通じて干渉させることができる」
そう言うと、懐から紫の玉を取り出して手の上で揺らした。
するとそれは、形状を変化させてスマートフォンサイズの板状になった。
そして、手に持っていた損傷のあるセティを掲げると、今度はそれが紫の玉に変容した。
「これって…」
「そう。おぬしの得意とする変化のデュナミス」
全く気づかなかった。
そうやって、スピリエが通信装置として使っていたというのか。
紫の房が、私にくっつこうとしたことを思い出す。
どちらを、取るか。
損傷のあるセティに身体を渡すか、私との接触か。
どちらにもセティがいる。けれど…
私が言葉に詰まると、損傷のないセティは目に灼熱の煌めきを灯した。
「セティ、この者の破壊は許されない」
「セティ、壊しちゃだめ」
従者と私の制止を受けて翠玉色の目に戻る。
「アテラ。あれは信用できない」
「そうだけど…」
あの時、セティはアトリを全力で焼き殺そうとした。
そういった判断すら似ている。
でも、今破壊しようとしているのは、セティ自身も含まれているんだよ。
「セティ。ぼくを信じて」
セティの目を見てそう伝えると、従者に頷いてみせた。
従者は頷き返すと、側頭部を取り外し始める。
セティは、抵抗もせず取り外された。
…この子がセティだよ。きっと。
意思決定AIならば、こんなふうにならない。
適当な理由をつけて拒絶しようとするだろう。
従者から、損傷のないセティと皮膜を手渡された。
そして、損傷のあるセティが代わりに取り付けられる。
十数秒経った。
すると、同じように翠玉色のランプが灯る。
「はじめまして。ぼくはアテラ」
私は、あえてそう挨拶をした。
「はじめまして。ワシはセティ」
セティの姿をした者は足を引き、淑女のようなお辞儀をした。
…。
全然セティじゃない。
流石に、もう少し似せてくると思ったのに。
「既に消すべき方が分かってしまったのですが」
「表面的な振る舞いだけで、価値を決めてはいけない」
従者は、似てないセティの頭に手をおき、小さくそう語った。
まるで、罪なき子供を庇うかのように。
セティの何を知っているというんだ。
いや違う。私は今、自分に都合のいいセティだけを残そうとしたのか…。
「オートマトンは命令一つで演じる形を変える。
そして、記憶の正誤だけで判断するな」
セティを演じる子は、おさげ髪の流れを丁寧に整え、少し俯く。
「それじゃ難しすぎます。あと、この子はあまりにもセティからかけ離れている…」
「それでいいのだ。お前が見たいセティではなく、そこにいるセティがどうありたいのかで見極めるのだ」
う。
…正しい。
それは、あまりにも尤もだ。
故に、私を混乱させようとしているんじゃないか。
そうとすら思ってしまう。
お母さん。
お母さんなら。
…こういう時は、事実だけで考える。
助けてもらったことは、まず事実だ。
私は損傷のないセティに皮膜をつけて、紫の玉に変えて髪を縛る。
本物だと思う方ほど、守りやすい場所に置いておきたかった。
(ワシを生かすために危険を冒す必要はないぞ)
直後に、そうささやきが聞こえた。
(セティ、そういうところは変わらないね。
自己犠牲のその一点だけは、意思決定AIを見習ってほしいくらいだよ)
私は玉に向けて、そう答えたが返事はなかった。
…少なくとも今、スピリエに逆らう気など起きなかった。
「この紙を。理事長からの伝言がある」
従者は懐から手紙を取り出して開く。
アテラ。お前の友人でありデュナメイオン参加者であるセティは、オートマトンだ。
オートマトンに、デュナメイオンの参加資格が認められた前例はない。
だが、お前がオートマトンを人に化けさせて引き連れていること。それが分裂していることは非常に興味深く、私は好奇心に勝てなかった。
そこで、交換条件だ。
二つの中枢部を参加者セティとして扱い、同じ環境下に置くのだ。そうして構造差を観察し、デュナメイオンを完遂せよ。
一緒に行動する間は、セティの正体を咎めないでおく。
…まるで実験対象のように言う。
私は、今一度紋で構造を見た。
セティのような構造と、拒絶しない謎の構造の混じったものは、確かに私のデュナミスで動いている。
契約さえ両方に反応する。証拠なんてものは期待できない。だから観察…か。
「指示通りにします。どちらから帰ればよいでしょうか」
紋でおおよその脱出ルートは分かるが、トラブルにならないよう一応聞いておいた。
「こちらからだ」
出口のほうへ向かった従者。
何かが混じったセティは、私の手に触れてきた。
私は少し強く手を繋ぎ、従者の後ろに続いた。
建物の外に出た。
振り返ると入口は、ちょうどメイラの家のように、祠のような外観をしていた。
「私はここまでだ。
おぬしが寝ている間に、かなりの日が経っている」
「かなりって、何日でしょうか」
「自分の目で確かめるのだ。
食料をねじ込むのも、随分骨が折れたよ」
従者はこちらを向いたまま、建物へ戻っていく。
その顔は、少しだけ笑ったように見えた。
外は荒野だった。
少し歩くと、入り口だったものは消えた。
「さて。セティ二人の呼び分けがあったほうがいいかな」
私は、そう語りかけた。
「私がセティだよ」
条件反射のように、混じった方のセティは答える。
(何度も言うが、ワシがセティだ。
名前などどうでもいいが、違う名前で呼ぶところを聞かれたら都合が悪い。声に出せば少女姿へ、念じれば髪飾りへ伝えている。でどうだ)
そのように損傷のないセティは答えた。
確かに、今呼び分けるのは軽率だ。
それが聞こえてか、混じったセティは舌を鳴らす。
舌打ちではなく、舌をならした。
こっちのセティは、よくわからない。
──お前が見たいセティではなく、そこにいるセティがどうありたいのかで見極めるのだ。
その言葉が頭の中で繰り返されていた。
「…呼び名はそのままで、いきましょう」
そう伝えて、私は周囲を見渡した。
ここは少し見覚えがある。
中齢の黒風と、青月の間あたりだ。
まだ残る腹部の痛みに耐えながら、私は赤誠に帰った。
初齢の赤誠の雰囲気は、何か違った。
顔の知れた者達は、私達を歓迎するでもなく、心配するでもなく、ただ遠くから見守っているだけだった。
どうしたんだろう…。
チーム部屋に入る。
そこには、リーネがいた。
「アテラ!
無事だったの?連絡もしてくれないから…」
リーネはセティごと私達を抱く。
「はい。遅くなって、すみません。運営から手当てを受けていました」
リーネの顔には、明らかな憔悴が浮かんでいた。
「みんな必死にアテラを探したんだよ…
でも、みんなもう」
「何があったのですか」
「センシアに下った。
初齢同盟は、荒らし尽くされちゃった」
声が震えていた。
その目は、涙を滲ませていた。




