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34.将のふところ

草を抜いた。

そして、草を置く。


ムイがじっと見てくる。


「どうした?」


「草むしりです。これがぼく達を有利に導いてくれます」


土は柔らかめで、抜きやすい。


「ん?なんかの冗談?」

「チッ」


チターナが首を傾げる。

同時に、ハクレイの隣にいる白髪が舌打ちをした。


「この草達は、土です。

 土だけを大量に浮かせるのは難しい。けれど、草とならば容易です」


そうして二本、私はさらに草を抜いた。


「回りくどい奴だな」


ハクレイが草を抜き始める。

すると、ハクレイの取り巻きもそれに続く。


「おいガキ。説明しろよ」


「おチビちゃんは、土遊びしたかったんだね。かわいそうに」


目つきの悪い白髪に加えて、ウェーブがかった桃色髪が煽りを入れてくる。

この桃色も、何族か分からない。

人間に似るほど性格が悪い法則でもありそうだ。


「こんなの、筋トレにはならない」


レーテも草を抜き始めていた。

説明もしてないのに、ハクレイには倣ったようだった。

ハクレイの影響力、恐るべし。


「この草が抱える土は、上空の風、そして降下の空気抵抗を受けて砂塵になります。

 大量の砂が落ちれば、目潰しになる」


さらに、ハクレイが行った砂嵐状の竜巻も、土が剥き出しならば作りやすい。


「名付けて、絨毯爆撃です」


「じゅ、じゅう?」


大層な名前をつけたが、このデュナメイオンにおいて、殺傷能力は不要だった。

一時的に目と呼吸を奪うことが、広範囲無力化の爆撃といえる。たぶん。


「みなさん、戦況を見ながら草を抜き続けてください」


私の言葉でチームアテラの五人は、草を抜き始めた。

しかし、ハクレイの取り巻き四名と、レーテ以外の青月三名は動かない。


「盟主の指示に従え。文句を言うのは戦果を見てからだ」


ハクレイがそう言うと、やっと全員がこの奉仕作業じみた行動を始めたのだった。



(今、後ろが無防備だよ)


(あそこの隅の方、あそこ叩けば注意がそちらに向くからやって)


寄生された者達を束ねているであろう意思決定AIの声が、幾度と聞こえる。

山羊の左手は、呼応して疼く。


だがそんなのは無視。


戦場で、大きな衝突は起きていなかった。

青月は、デュナミスで矢を脚に撃って転ばせたり、威嚇の巨石を落としたり、地面に凹凸を作ったり。

そうして、できる限り足止めをしつつ、距離を保つように少し後退していた。


寄生側も、人数が多すぎるのか、まともにデュナミスすら使わない。

自在に攻撃を放ったりしない点、メイラと戦ったあいつらとは違った。


日は徐々に上がっていく。

二十分ほど経っただろうか。足元には大量の草が積み上がった。


(ねぇ、どうして?どうして動かないの!)


(…『ヤパ』を呼ぶしかないんだね)


頭に響いてくる声は続いていた。左手の脈打ちも。

「ヤパを呼ぶ」。そう言った。


誰。

意思決定AIの、切り札か何かか。


「はぁつかれた」

「いつまでやらせんだよ…」


「おい、あれ」


定期的に愚痴を吐く桃髪と白髪。

その後のハクレイの言葉で、眼前に注意を向けた。


寄生の軍勢が、崩れている。

青月が足場を凹凸だらけにして、デュナミスの矢を撃ち続けた結果、ほとんど倒れて前進が止まった。


(…もう呼んだからね。青月も、君もおわり。折角仲良くしようと思ったのに)


何かのハッタリか。

でももしかしたら、得体の知れない攻撃がくる。

はやく終わらせるに越したことはない。


「みなさん、自分の衣類を破り、口周りに巻いてください」


そう伝えて、私は腹回りを破った。


「理由を聞いてもいいかしら」


「肺を守るためです。土ぼこりから」


「わかりました」


質問したのは、黒と白の艶やかな表皮を持つ人物だった。

ハクレイの取り巻きなのに言葉遣いがよかった。


ビリッ。

ビイィー。


服を破く音。

皆は私の真似をしていく。


「それより、青月が勝ちそうだが、我々が手を出したほうがいいのか?」


「はい。青月だけにこの戦果を独占させれば、今後の交渉権を失います。


 このおびただしい数の草を可能な限り高く、放ってください。狙いは…寄生部隊の中枢です」


私が引斥を使って三個ほどの草束を投げると、

他も続いた。


「目潰しかぁ…意味あるのかなあ」


チターナの引斥は反射のため、放ることはできない。

ただ、草を抜き続けた。


この目潰しの意味は、たぶん、私とセティにしか分からない。


「もっとペースを上げて。一度に大量の土を上げることが効果的です」


そう伝えると、どんどん草の塊は空へ消えていく。


最初の草投げから二十秒程度経過。

そろそろ草が落ちる頃か。

…次の指示だ。


「ハクレイ。あの時の竜巻を起こせますか。できれば広い範囲で、敵地にまで」


ハクレイは手ひさしをして、寄生部隊のほうを見た。


「無理だな。精々数十メートルまでだ」


「それでは、ここにある土を巻き上げて前進です。急ぎ足で」


草を抜き、耕したかのようになった周辺を手のひらで示した。

そして、前へ進む。


「私も少々ばかりは手伝えますが」


レーテの隣にいた藤色の長い髪の女。

ところどころ黒や白の毛むくじゃらだった。

熊族…かな?


「ありがとうございます。

 他にも、竜巻状に土を巻き上げられる方はお願いします。

 草の爆撃も継続してください」


前方を複数の竜巻で目隠し。

寄生の軍勢へ向けて、竜巻とともに進む。

私達は歩きながら、竜巻の幅に合わせるように徐々に寄り合う。


「もう少し速く前進です。

 寄生の将は、ぼくとセティが挫く。

 青月には気をつけて」


「え。

 てか将って……どうやんの?」


「ぼくの包含なら耐えられる可能性が高い。懐に飛び込めます」


ハクレイの取り巻きにそのように答えた。

少し騒めいたが、風の音が細かいやりとりを許さなかった。


竜巻の僅かな隙間から、前方が見える。

草と土の混じった砂塵が、寄生軍に降り注いだ。


「確かに目潰しにはなる…」


竜巻を巻き上げるハクレイがそうつぶやく。


草から落ちる土の量など微々たるものかもしれない。

だが重要なのは、

不意打ちであることと、

何をされているか一見わからないことだ。


その間に、十分に接近する。


相手から見て、竜巻の先がどうなっているか視認できないのは、ハクレイとの交戦で証明されている。


半ばまで進んだところで、青月の軍勢にも気づかれた。

ただし、竜巻としてだろう。


青月の方には草は降り注がない。

彼らは我々の前進に合わせて、距離を取るのみだった。


「ヌー、寄生された者達はどのように見えますか」


すぐ後ろでリーネの声が聞こえる。


「…うーん、違いは特にないですね。私の観測はデュナミスにかかってるか等を判別できないので」


「ではハクレイさん、寄生された者達を観測できますか」


リーネは流れるようにハクレイにも振った。


「俺の観測は近づく必要がある。触れられる方が先だろう」


「そうですか…」


ハクレイの観測でも映るのは、恐らく異常なしだ。

でなければレジスタンスの一軍に紛れ込めるはずがない。



さぁ、そろそろ。

意思決定AI。覚悟しろ。


──構造支配


金色の草原の先に、百五十人ほど。

青月に脚を潰され、すでに半数以上が倒れていた。

残った者も砂塵に視界を奪われ、進軍は完全に止まっている。

砂と土の絨毯爆撃は効いていた。


そして全ての者に、あの黒い拒絶する構造が宿っている。

点のように小さく、ほのかだった。

ただ、一つだけを除いて。


胸の痛み。そして、鼓動が速まっていく。


「セティ、左翼のやや前方。クジャクのような羽根模様のあいつ」


「…わかった」


セティの翠玉色の目は、厚みを増して煌めいた。

その背中に流れ込むデュナミスの動きは、大きい。


この子は、一撃で葬ろうとするだろう。


(こっちに来てくれてる。ヤパが来る前に青月を終わらせよう?)


未だに、味方と取れる声が響く。

きっと、草の雨がこちらの仕業だと気づいていないのだ。

ならばやる前に、会話を試みたい。


「セティは、ぼくの合図で撃つ。それまでは待つ。

 つまり、寄生主は私達が対処します。

 皆さんは青月がこちらへ干渉しないよう牽制を」


そう言いながら視線はハクレイに向けた。


「メイ。チターナも、ハクレイとともに行動を」


それだけ伝えて、回答を待たずに走った。

危険ではない。少なくとも相手が味方と感じているうちは。


(ねぇそこにいるんだよね?その竜巻はなに?どうしてそんな回りくどいことを)


後ろからは、セティがついてくる。

目先には、倒れたり座り込んでいる寄生の軍勢がいる。


触れられたところで、意思決定AIの乗り移りは、包含の私に効かない。

オートマトンのセティにだって、無意味だろう。


いける。

突っ込め。



敵の間をかいくぐるように進む。

接触しようとする者には、山羊の手で跳ね除けた。


山羊の脈動は激しさを増す。鎖に繋がれた猛犬のように。

あと少しで、あいつに…



寄生主を倒すだけなら、青月に任せればいい。

それでも私は、危険を冒そうとしている。

最高栄誉のために。

今、目の前にいるのは中齢の大勢力だ。

最高栄誉を得るには、この勢力を直接下さなければ。



「セティ、合図まで絶対撃たないで」


そう、釘をさす。

崩壊している寄生軍の中、無傷を保っている六名ほどのまとまり。あそこだ。


(青月を退けてくれてありがと。さぁこっち…)


「ごきげんよう。ぼくの片割れさん」


私は先に声をかけた。

振り向いたのは、透き通った薄緑のショートヘアー。

髪や背面から孔雀の眼状紋が睨んでくる。


「あーれえ。

 君は、何?」


気づかれている。私が仲間でないことに。


「片割れを喰らった、あなたの仇だ」


真実を伝えた言葉でさえも、

こいつの無邪気な笑みを変えることはなかった。


「ふーん。その腕が『ジャマダ』ね」


この山羊の腕が、ジャマダ。

……意思決定AIの断片には、それぞれ名前があるのか。


「ぼくが憎くないのか」


「さぁね。

 それより君は、何しに来たの?」


「みんなを元に戻して、人々のいない場所で暮らしてほしい。

 あなたが無害な存在でいられるように」


「無害?まるで有害のような言い草じゃない」


人を操り、異常値を排除しておいて、何を言うの。

全く悪気がないとしても、正当化なんてできるわけない。


「有害だったよ。少なくとも操られた人やぼくにとっては」


「才能に恵まれたなら、尚更私に委ねるべき。それが最大効率なんだよ。

 まぁ、有害な者ほどそんなふうに相手を有害扱いするものだけれど」


そう言いながら、にじり寄ってくる。

先程の無邪気な笑顔は、作り笑いのように見えた。


「有害?

 あなたの都合で行う加害と、理不尽から身を守ることを一緒にしないで」


それでも会話を。まごころを。

胸の痛みを堪えながら、そう自己暗示していた。


「私の都合……この意思はさ。

 遠い遠い世界の人々が作ったんだけどなぁ。感情と合理性を集め、その総意として」


その顔は、恍惚とした笑みに変わる。


集めた感情は、みんなの願いとは違う。

ただ平均しただけの意見を、世界の同意にすり替えるな。


前世では、

噂とは言え、意思決定AIというものが、あらゆる文献、記録に加えて現存する人々の感情も集めて作られたことはよく知られていた。


そして、目の前の存在は、さっきから歩みを止めない。

きっと私に触れる気だ。


「まって。触れたらあなたは終わる。この左手のように」


「それで?

 どうしたらそうなったの?」


「包含です。ぼくを乗っ取ろうとしているでしょ?

 だがそうはならない。あなたは逆に食われる」


「そんなはずないね。この世界のデュナミスなんて、殆ど解析済みなのだから」


解析済みだろうが、現に、この山羊は食われているんだ。

なぜ歩みを止めない。


「止まれ!」


セティの声、そして熱線。

敵の指先が私へ届く寸前、セティは命令を破った。


意思決定AIは胸の中央に直撃を受けた。

身体を溶かしたように見えたが、黒い構造を伝って全身へ分散し吸収されたように見えた。


胸の中央はぽっかりと、元々何もなかったかのように空いている。


「デュナミスは解析済みだって言ったのに。

 そっちの子からやるか」


私を無視してセティの方へ行く。


セティは軽い身のこなしで後退する。


決して追いつかない速さではあったが、

周囲にいた寄生部隊が不意に足をつかんだ。


ドンッ。

転ぶ音。


「ここにいる全員、私自身でもあるのに、逃げられるわけないじゃん」


AIが操作する対象は、力の配分次第で運動能力を変えられる。ということか。


セティは触れられても問題ない…


「仕方ない。腕力でやろう」


セティは頷くと、足をつかんだ魚族を殴り飛ばした。


セティを構成する、オートマトンの紋。

それに流れるデュナミスのエネルギーは、背中から入り、首の付け根に蓄積されている。


獣族、トカゲ族、鳥族なども次々とセティを襲ったが、身のこなしと腕力によって次々と返り討ちにされていた。


セティは人ならざる動きが可能だった。

一度敵を捕まえると、腕力のままにぶん回す。

片手でも地に着けば、自らを回転させて足が武器になる。

均整の取れた体躯が、駒のように敵を退け、蹴散らしていく。


そして、黒い塊がセティの接触部に入り込もうとしても、内部に侵入することはない。

…予想通りだった。


ついに、意思決定AI本体が足腰にデュナミスをかけて追った。


速い。


足を掴まれたセティに触れたところで、本体は殴り返される。

ダメージ十分。これを繰り返すだけで、撃退できるかもしれない。


吹き飛んだ本体は、すぐに立ち上がった。


セティは腕を回し、再び構える。


本体がそれを見て、血のつばを吐いた。


「おかしいなぁ…」


次の攻撃が、来る。

本体は、セティの右ストレートを左でで受けて、右手で肩を掴む。

しかしすぐに、セティの左手が本体の顔面を捉えた。

そして、また吹っ飛ばされる。


今度は、倒れたままだった。


「セティ、まだ殺すのは…」


「あいつは人ではない。なんだ、お前らしくないぞ」


本体は、ゆっくりと起き上がる。


頬が赤く腫れあがっていた。

何とか殺さない程度に、気絶とか…


「あ。もしかして…」


本体が、そうつぶやいた声がした。


そのまま間を置かず、本体はデュナミスで身体強化する。

すぐに、セティの方へ向かっていった。


迎え撃つセティのパンチを引いてかわし、回し蹴りをくぐると、セティの背中を取る。


それをセティの振り返りざまの拳が、反撃した。


しかし…

それは力なく、意思決定AIの顔を撫でるようだった。


「もらった!」


う…そ…。

黒い手が、セティの背中に触れている。

セティの中に拒絶する構造が入っていく。


だめ。だめだよ…

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