33.三つ巴
「行くしかない。
恐らく他層からの襲撃です」
「他層から、寄生された者達がきたのか。アテラもそう考えるよな」
ムイが顎に手を当てて話す。
メイが頷き口を開く。
「だが、寄生とはなんだろう…。リーネ聞いたことある?」
「ええと。
虫族が、衛生環境の悪い生活で冬虫夏草などに寄生されるということはありますが…」
リーネは首を傾げながらそう言った。
その特性は、今回の件とは関係なさそうだ。
「初齢同盟から抜けて、長きに巻かれてでも対抗が必要。そして、『寄生された者達』だからね。
集団洗脳とかじゃないのかなぁ…っと」
チターナは、どこかで調達してきた芋を机の上に置いた。
「アテラ、みんな食べてきちゃったから。これ食べてね」
「ありがとうございます」
洗脳。意思決定AIなら、それはありえる。
その場合、本体をやれば終わる。
芋の皮をめくって頬張る。
ほぼ同時に、ヌーが全員分の飲み物を机上に置いた。
「ヌー、何かわかる?」
「干渉属の希少種ですかね。
精神を操るデュナミスが存在します。けどなぜ寄生と言ったのでしょう…」
各自がヌーに、簡単な礼を告げる。
そうして、一斉に飲み物に手をかけた。
ゴクッ…
一口だけ飲みコップを置いたリーネは、口を開く。
「あくまで可能性の話ですが」
黒髪で高めのサイドテール。
片手で額の髪をなで上げて、もう片方の手で指さす。
「この中にあるのが脳。誰もが知っていると思いますが、
実は考える機能だけじゃなく、心の機能も兼ねています」
「え。
心はここでしょ?
ドキドキしたり、熱くなったり苦しくなったりするもん」
チターナは、胸の下辺りを指全体で押して見せた。
「俗説はそうです。
ですが、いくつかの文献によると、脳の損傷を回帰属で手術した者において、喜怒哀楽が消えたり、逆に癇癪ばかりになった事例があるんです」
「なにそれ。こわっ」
ムイが率直な反応を示した。
私から見たら、そんなことはあたりまえだった。
…共通テストの数理学をやった時から思っていた。
この世界。いや、この社会。
少なくとも、一般教養として科学を学ばせることを良しとしていない。
「つまり、脳に何かを寄生させることで、まるで精神操作のデュナミスをかけたようにできる可能性があるということです。
あくまで理論上。です」
「ちょっと、グロいね…」
「ああ。私もそういったのは苦手だ」
チターナとメイも、先程のムイのように顔を歪ませる。
…面白い。
だがデュナミスのように、念じた力が直接作用するのとは違い、脳寄生は宿主が死ぬリスクが跳ね上がる。
そうなれば、選別どころじゃない。
デュナメイオン運営が、黙っていないだろう。
「その場合、物理的な寄生ですから、観測属の透視で異常が探せる。
ハクレイが使えますから、頼ってみる価値があります」
リーネはそう締めくくった。
その顔は、どこか満足げだった。
外は既に暗くなっていた。
今日は身体を休ませ、明日朝から行動に移すことに決まった。
ピンピロロー
ピンピロロー
よく寝たためか、小さな告知音で目が覚める。
『1220(+330)
RANK 4/302』
ヌーの頭上に表示された投資戦のスコア。
ムイの広報が効いたのか、伸びは十分。
しかし、変わらずのランク4だった。
『912』
昨晩は二十枚程度で止めて、気絶する前に休んだ。
それで少し効率よく進められた。
「おはよう」「おはよ」
みんなと挨拶を交わす。
セティの背後から、首元を開いて背中をのぞく。
『1363』
セティの変化防壁は、まだ安全そうだ。
目立っていない分、予想通りではあるけれど…
もしこちらも減っていたら、私のデュナミスが持たない。
「アテラ。何やってんの」
あ。
「どうかしたんですか」
チターナの言葉に、リーネが問いを挟んだ。
「セティの匂いかいでた。よね?
姉弟で仲いいのはわかるけど、結構強引にやってたよ。セティの首が締まるくらいに」
首。服を引っ張りすぎた…。
「えっと、セティごめんね」
セティは無表情で少し頷く。
多分この状況、反応の仕方は教わっていない。
「セティは言葉遣いが乱暴だが、
時々そうやって黙っちゃう面、女の子だなって思うよ」
ムイが的外れな発言を飛ばす。
百歩譲ってセティの性格がそうだとしても、女の子がそうだと語ることが的外れだ。
「それで、どんな匂いだったの?」
メイ。それを聞いてくるのか。
どうしよう。
ほのかに油っぽい。なんて言えないよ。
適当に何か…
「落ち着く感じでした」
「何だかんだでお姉ちゃんだよね。セティ」
「うんうん」
「朝からほっこりしたわ」
セティが私の頭を撫でてきた。
それは、最大級の侮辱だぞセティ。
けれど、流れが自然すぎて何も言えなかった。
それから、赤誠棟内へ連絡して回る。
私達が黄昏黒風方面に外出する旨、
中齢襲撃で危険だから、行くなら他方面にしてほしい旨を伝えていった。
凱旋パーティ以降、チームアテラは赤誠の代表のように扱われた。
ならば、他色の危険から遠ざけるくらいの配慮は必要だろう。
ヌーが起きてきたところで、出発する。
黄昏に寄って、黒風。そして中齢に向かう。
私達の行動は、話し合いで決まっていた通りだった。
まずは黄昏。直接話して例の状況を聞く。
私は門を叩き、名前を告げた。
「アテラやっほー」
呼んですぐだった。
ルレウが出てきて、私を抱き上げる。
「こんにちはルレウ。
黄昏が大変なことになっているって聞きました」
「うんうん、急に中齢の方がやってきたんだよ…
えと、まずは皆さんお入りください」
ルレウは私を降ろすと、中に案内される。
「やっぱり黄昏にはアテラのコネがいいな。
これで多少の無理も利くぜ」
後ろからムイの打算が聞こえてくる。
少しだけ不愉快な気持ちになった。
けれど…
事態の深刻さを鑑みれば、無理を利かせるべき時だ。
私筆頭に、全員がルレウについていく。
入ってすぐの一部屋は、応接室になっていた。
ルレウ。そして、隣に座っていた二名。
白い毛むくじゃらの獣族、そしてヒレが見え隠れする魚族がお辞儀をする。
私達も、お辞儀を返した。
「昨日。ちょうどお昼くらいのことでした」
話が始まる。
私達が来ることを、待っていたかのようだった。
「見知らぬ五人がこの棟に来ました。
同盟を組みませんか。って…
黄昏側は、私と、シーケウスという人で対応したんだけど、最初は断るつもりでした。
でも、徐々に雰囲気に飲まれていって」
ルレウはぎこちなく話しながら、席から立った。
「ちょうどここで、こんな風に」
歩いた先である壁面左方に、ホワイトボードに似たものがかけられている。
メイラの家にあったものに似ていた。
それの真ん中を手のひらで指し示すと、
赤、青、黄それぞれの色をした、ひし形マークが浮かび上がっていく。
「中齢は今、一つの大勢力が平和を作り上げています。センシアをリーダーとする赤青白の連合です」
それは、各色棟の位置関係だった。
左方に初齢と書かれた5つの点。ちょうど、初齢黒風の右方に、中齢赤誠があり、
右方には初齢と同じ、
北西─赤誠
南西─青月
北北東─白刃
東─黄昏
南南東─黒風
の位置関係が描かれた。
指先までピンと伸びた手は美しく、
中齢の連合と言った赤青白を、閉じた指先でなぞる。
そしてその手は黄色、つまり中齢の黄昏を指した。
「事件は、あまりに急だったようです。
彼らは四十名以上で襲撃にきました。仕掛けられた赤誠は、何とか部隊を編成しました。
迎え撃った数は二十名ほど。」
赤誠棟の前に、部隊とされる四角を描く。
それを取り巻くように黄昏の部隊が接近する様子だった。
「襲撃してきた敵は弱く、まともな戦いにすらならなかった。はずでした。
次々と掃討する中、赤誠の一人が、敵に触れられた」
打ち砕かれる黄色の部隊の一部が、赤い四角に触れた時、
赤い四角は黄色に染まった。
「異変は、気づくよりも早く広がりました。
赤誠の部隊は、すぐに戦いをやめ、統制を失います」
黄色に染まった赤い四角から、小さな点二つが、赤誠棟の方へ下がっていく。
「二十名のうち、逃げた二名が棟内でその危険性を伝えました。
しかし、逃げ出した者達があまりに動揺していたため十分に理解されず、そうこうしている間に触られた赤誠十八名が戻ってきます。こちらはあまりにも冷静だったそうです」
赤誠部隊だったはずの黄色の集団も、棟に戻っていく。
「この通りです。
触れられた赤誠の方々を、棟に入れた時点で決しました。
いかなるデュナミスを行使しようとも、袋のネズミ。
ましてや、殺したら追放、裏切ったら追放です。
赤誠は、完全に乗っ取られた」
棟を示す赤いはひし形は、黄色に染まった。
ごくり。
まるで鉛を飲み込んだかのようだった。
接触で仲間を増やす恐怖。このデュナメイオンとの相性は最悪。
そして、あの意思決定AIならできる。少なくとも最有力だ。
誰が見ても明らかな異常事態に、
そこにいる者達は、ただ、唖然としていた。
「二名は、連合盟主である青月に助けを求めてきました。
状況を理解した青月は、特別な対策を立てたそうです。
そして、敵のさらなる増長を防ぐため、中齢赤誠に隣接する棟、
つまり、初齢黒風と黄昏に声をかけたんです」
同盟破棄を迫ったのは、妥当な危機管理だった。
私ならば正面から本体を潰しにいくところだけれど、
『寄生主』の正体を知らない以上、中齢の判断能力の高さが垣間見える。
「中齢は、黒風にも来たってことだよね?どうなったんだろう」
「勿論、青月は真っ先に行ったそうです。でも攻撃を受けたと言っていました」
相変わらずめちゃくちゃだ。
けれど、今回は都合がいい。
黒風が中齢と組んでしまうと、デュナメイオンの勝機が遠ざかる。
「シーケウスは完全に信じ切って…いや、あれは恐怖だったのかも。
その場で初齢同盟を抜ける。と」
「私だってそうするかも。むしろルレウが耐えて偉かったね」
チターナの発言はこの場の感情を代表するかのようだった。
私とセティ以外からしたら、触れることすらできない大軍勢なのだ。
「ありがとう。
でもどちらかというと、あなた方との契約破棄が難しかったのが大きいです。
契約の知識がある者たちは、上手に理由をつけ破棄して、あちらと契約しました」
「もう契約を…手遅れだったか」
メイ、それはまだ早い。
契約破棄できる者なのだから、まだこちらに戻れるのだ。
「いいえ。侵攻を受けていない今なら実績がない。まだ覆せます」
そう伝えた。
どちらにせよ意思決定AIは私が倒す。
大事なのはその後だ。何としてでも不利な立場を避けたい。
中齢連合は平和のための勢力と言っていた。
私はそれを一方的に敵だと決めつけていたことと、これからすべきとする行動に罪悪感が沸いていた。
「私達が寄生勢力を止められなかった時点で、契約を破棄して中齢側へ逃げても遅くありません。
今は、判断を保留してください」
ルレウは頷く。
「といいつつも、勝つつもりです。
それでは、黒風に向かいましょう」
私は椅子から下りて、机越しに背伸びをした。
視界が、机で隠れないためだ。
「すぐ、行くの?」
「はい、すぐです」
ルレウの言葉に反するように、背伸びしてドアノブに手をかける。
後ろにセティが並ぶ。
「ま、リーダーが何とかしてくれるか」
ムイがそう言って机を軽く叩くと、みんなも席を立ちあがった。
「私は黄昏の同盟破棄を止めておく。
危なくなったら、ここへ逃げてきてね」
ルレウは、ドアノブを空けると、私達を外へ導いた。
しばらく経って黒風棟に着く。
遠目に見て、身長の高そうな女性と他三名ほどが佇んでいた。
女の背筋は糸でつられたように真っすぐで、ストレートの青い髪をなびかせていた。
「レーテ」
メイがそう反応する。
そうか。あの人が初齢青月の。
近づいていくと、レーテはこちらに気づく。
私達は軽く会釈をした。
「やあ。
ハクレイから早馬が来てね。
『鍛えたあげた身体を、ふんだんに解放できる場を設けた』と聞いて駆けつけてきた」
変な誘い方…
ま、まずは、自己紹介しておこう。
「こんにちは。ぼくは赤誠のアッティラ・ラシュターナ。アテラといいます」
「アテラ。噂通りの幼さ。
僕はレーテ。
君がセティの弟だね?」
そうか。セティは昨日、レーテと会っている。
私は頷いた。
すると、レーテはセティの方を向き、にこやか表情になり、
私の方に目線を戻す。
「お姉さんは本当に逸材だよ」
セティは何度も頷いている。
「まだ、僕には及ばないけれども。
将来は超えてくるかもしれない」
え。及ばない?
レーテは、あのセティの怪力よりも……上か。
「ぼくはセティと比べたらまだまだで…」
「知ってる。
『弟は頭脳。パワーの自分とは違う』そう、セティが言ってたからね」
そ、そうですか。
セティ。けっこう雑に、色分けしたね…。
セティは口笛を吹くような仕草をしていた。
けれど、音は出なかった。
「待たせたな。
で…どうしたお前達」
ハクレイは部下らしき四名を引き連れて、棟からでてきていた。
その中には、あの時、唾を吐いてきた白髪も混ざっていた。
「これから中齢に行くところです」
「急な上に少数だな。
お前達も、『寄生された者達』の話を聞いたか」
「はい。
あまりに危険なため、侵入される前に敵勢を把握しようと思って」
「好都合だ。俺達もそのつもりでいた」
あれ、話が速すぎる。
なぜだ。
……そうか。怪異。
ハクレイは怪異との関連性を感じているのではないだろうか。
「では、火急のことと思いますので、一緒に向かいましょう」
「ああ」
特に反対意見もなく、私達は中齢へ歩き出した。
敵に遭遇すれば、このまま巻き込める可能性は高い。
早速リーネは、ハクレイに観測属のことを聞いている。
歩いている途中、声が聞こえた。
(やっとまたみつけた。どこいってたの)
あいつだ。
距離が遠いと見つけられなくなるのか。
(やっぱり返事しないんだね。こちらにもこない)
今度は恐らく、場所を補足されるだろう。
不意打ちされるくらいなら、こちらから。
行き先は…
「ハクレイ」
「なんだ」
「中齢赤誠は、背後をつかれる可能性があります。
まず、中齢青月方面へ行くのはどうですか。できるだけ大外回りで」
中齢赤誠は陥落済み。接敵したら包囲される。
まずは、青月へ向かうのが得策と思った。
(こっちの青月棟。かなり手ごわい。黒風と同じくらい。あ、初齢の黒風はたぶん雑魚だよ)
声が聞こえる。
青月棟へ迂回していきしばらく経った時だった。
「う。この先、覚悟してみたほうがいい」
メイがそう話す。
見晴らしの良い草原地帯。青月棟はまだ見えない。
しかし、距離は分からないほど先に何か。地平線のあたりにうっすらと見える。
「ああ。いるぞ」
ハクレイのメンバーがそう言って、すぐだった。
おびただしい数の人々が睨み合っているのが分かった。
そうして、全員その場で立ち止まる。
100。いや、
150対150…それくらいはいる。
(きてくれたんじゃん。後ろからこいつらやって。
数人崩してくれたら私も本気出すね)
我々にとって、センシア率いる連合軍はライバル。
そして、意思決定AIの乗っ取りを受けた勢力は仇。
今、その二軍が交戦しようとしている。
俯瞰して状況を飲み込む。
これは、またとない三つ巴の状態。好機なのだ。
「これ、俺達どうすれば」
ムイが切り出した。
意思決定AIには気づかれている。
青月の部隊に気づかれるのも時間の問題だろう。
「アテラ。あれはやれるか。黒風棟襲撃の時の」
ハクレイがそう聞いてきた。
黒風棟襲撃って……高射砲。
だめだ。
弾薬もないし、威力が強すぎて殺してしまう。
「あれ実は、コントロールが効かないため殺してしまう可能性があります」
「そ、そうなのか」
ハクレイの驚く姿を初めてみた。
それだけ私の生易しい倫理観を信用していたということ…
心が、痛む。
打てる手を整理していく。
ノアテラや、怪異戦でおじさんがもっていた矢の連射。
『速射』
ハクレイやメイラが使う岩石の公転エネルギー射出。
『スリング』
大きい岩石を成形して遠方から飛ばす。
『カタパルト』
その応用技である『高射砲』
対怪異で使われる、尖らせた丸太を複数人の引斥で均衡させてから一気に押し出す。
『バリスタ』
そして、
高く空から岩石を落とす。
『爆撃』
爆撃。そうだ。今回の応用技を思いつく。
その名も…
『絨毯爆撃』
人を傷つけるためではなく、的確に目的を果たすための手として。




