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32.不穏な勢力

棟の方まで行ったハクレイは、片手を上げて入っていった。


どうして女と…


ハクレイは、観測と言っていた。


接近したことで、ポリティカル・スコアが見える。

でも、この姿は見破れないはず。


別の可能性…

包含、融合しかけたことで、何かを悟られた?

わからない。


流布されないといいけれど。

…何とかこれで、一山終わった。


(おーい)


(おーい)


脱力の中、何かの声がする。


前には誰もいない。

振り返っても、話し合うみんながいるだけ。


その時急に、山羊の手が著しい震えを見せた。


(ごきげんよう、片割れの君。今から会えない?)


聞こえた音とともに、山羊の手が脈動する。

ドクンと私の心臓も高鳴った。


……この声。


(あれ?聞こえてるよね。分裂した仲間を集めて探してるんだよ。久々に会えたんだから無視とか嫌だな)


いや。ばかな。

冷や汗が垂れる。


まさか……

意思決定AIの片割れ。こんなところにもいるというのか。


(来ないなら、こちらから行くよ)


言っている内容が、処理できない。

私は、反応する山羊の手を必死に抑えつける。


いま私にあるのは、棒のような脚と、疲労感。

左腕が歓迎しているそれを、否定するしかなかった。


早く、帰りたい。


みんなの方へ。

…。


黒風棟からの帰り道。


切断された左腕は、さほど暴れなくなった。

縫合から神経が繋がり、私の意思がこいつを抑え込んだのかもしれない。

ただ時々、黒風棟の方に伸びようと勝手に動いた。


黒風を出る時に、傷だらけの私をチターナがおぶろうとした。

私は柄にもなく、セティに背負ってほしいと頼んだのだった。


「この左手。同種の他個体に反応したみたい」


そう、密かに打ち明けるためだった。


「それは、あの山羊族と同じような奴がいるということか」


「うん。あいつは自分を含めて六体いると言っていた。

 …全て敵なら、倒す」


「そうか」


意思決定AIが近くにいる。

今は離れられたが、感情のわだかまりがあった。

それを吐き出すように、セティに話した。


「紋を使ってでもだよ。ただ…」


「ただ?」


「その同種に、干渉を通して言われた。ぼくのことを味方だと勘違いしている。

 やっと会えたって」


「信用できん」


セティは間を置かず返してくる。まるで拒否反応だ。

表情は、おぶられて見えない。


「それで、ぼくがいかないなら、向こうからくるって。

 一方的にそう言われたよ」


あいつから、来る。

どこまで検知できるのか分からないし、

どこまで追ってくるのかも分からない。

ただ言えることは、いつ会ってもおかしくない状況になったということ。


「そうか。

 次に声が聞こえたら教えてくれ。相手が敵と認識する前にやる。紋は使うな」


「うん…」


胸を焼くほどの憎悪が、今もまだある。

けれど…


帰り道、セティに揺られて私はうたた寝をした。


『考えに忠(まごころ)もって、世を手懐けよ』


その言葉が、夢の中で反芻している。

怒りに任せるだけじゃ、手懐けられない。

…



「アテラ。ついたぞ」


声で目覚める。

起こしてくれたセティの肩は、涎でべちょべちょになっていた。


「ご、ごめん」


顔を起こす。

山羊の左手は、セティに握られていた。

残る右手で、濡れた肩を拭こうとする。

そうして前を見た。


遠目に見える赤誠棟で、大勢が入口に集まっていた。


何あれ。多すぎ。

私はあわててセティから下りる。

大勢による、確固たるセティお姉さん認定を防ぐためだった。


「あ、アテラ起きたんだね。おはよ」


「なんでしょうか。あれは」


「さぁ…」


私達は、前進を続けた。

すると、大勢のうち何名か、ぽつぽつとこちらに向かってきた。



「お前ら、またでかいことやりやがったな」

「赤誠はチームアテラがいれば安泰だ」

「投資させてもらったよ。引き続き活躍してくれよな」


向かってきた人たちが、声をかけてくる。

ただ、帰るだけのはずだったのに。


先行して帰っていたムイが、大勢とともに門の前にいた。

そして、満面の笑みでこちらに手を振っている。


「あぁ、あいつの仕業ね。

 ムイは、ことあるごとに赤誠の奴らに言いふらすんだよなあ」


メイがチターナの隣でそう話す。


「デュナメイオンは、そういうところじゃないのに。

 今日の晩餐でお灸をすえてやらないと」


チターナが髪を整えながら言った。


私の隣を歩いていたリーネが、前に進む。


「残念ながら、今日はお灸、難しそうです」


リーネは、『チームアテラ凱旋パーティ 大広間にて』

などという看板を持った者を指さした。


この短時間でパーティを企画するなんて。

ムイ。あなたには、何かすごい才能を感じるよ…



その後、大広間にて食事会のようなものが催された。


私は、ヒーローインタビューをすると言われたので、

手柄をセティに投げて、部屋に戻った。


目立つのは嫌いじゃない。

問題は、今、猛烈に眠いことだ。


ハクレイ戦での消耗は、一歳にも満たない身体には重い負荷だったと思う。

手脚の強化はあれど、神経や内臓は強化できていない。

よって、身体の悲鳴に従ったのだった。


簡単にシャワーを浴びて着替える。


ベッドに入ると私は内腿を見た。


『799』


数字の減り方が尋常じゃない。

心当たりは、ハクレイだけ。

あの人は、交戦中デュナミスで削り続けていたということか。


思わず、自分にデュナミスをかける。


『800』…『801』…

……

『806』…『807』…



気づくと、周囲は薄明るかった。

デュナミスの使いすぎで、随分気絶していた。


共通部屋に行き、体調がすぐれないことを伝えると再びベッドへ。


ピンピロロー

ピンピロロー


その音を聞いて、ベッドの二階で寝るヌーの頭上を見る。


『890(+570)

 RANK 4/302』


凄まじいスコア加算だった。

黄昏を救い、白刃の怪物を破り、黒風の最強デュナミス値を破った。

昨日の歓迎ぶりといい、噂が噂を呼んでもおかしくない…かもしれない。


初齢が90チーム程だとして7200デューン。私達は、その全投資額の10%強を集めたことになる。

にも関わらず、一位ではない。


302という母数をみる限り、中齢、終齢も含むのだろう。

そしてまだ開始三日。

他層において、盛んな投資と激しい戦闘が繰り広げられていることが窺える。



「今日また、青月に行こうか」


「ハクレイ達といけば投資はともかく、同盟は樹立できそう」


少しドアを開けた共通部屋の方から、話し声が聞こえる。


私達の赤誠

ルレウのいる黄昏

ナズナに荒らされた白刃

ハクレイが支配する黒風


四色はまとまったと言える。

残りはレーテを筆頭にフィジカル信仰に染まる青月だけだった。


……今日はみんなに、任せよう。


私は、変化の防壁を固め直すために、

ベッドに潜り込んだ。


そうして、自分にデュナミスをかける。


『808』…『809』…『810』


ギィ…


「アテラ、大丈夫?」


メイの声だった。

女子禁制のこの部屋に、平然と入ってくる。


「ええ。昨日よりだいぶよくなってきました」


「そうか。今日はヌーが起きたら青月に再トライする予定だよ」


共通部屋から聞こえてきた内容だ。


「それで…ハクレイ達を連れたら勝機があるって話だけど、どう思う?」


屈んで目線を合わせてきているメイは、やや伏し目がちに聞いてきた。


「ぼくは賛成です。最も成功率が高いのではないでしょうか。

 でも…」


「でも?」


「黒風は強引な方が多いので、手綱を離さないことが大事です」


去り際に唾を吐いた奴、ユスティア、他のへらへら笑ってきた奴ら。

誰が前面に立つかで、交渉は戦争に変わるだろう。


黒風との初戦を除けば、ここまで大規模な衝突はない。初齢大同盟の戦力は、まだ十分に温存できている。

しかし、一度交渉が決裂し、戦乱が起きれば他層に丸ごと潰されるかもしれない。


「その通りだね。助言ありがとう」


メイはこぶしを突き出す。私はそこにこぶしを重ねた。

なつかしいサイン。私は共通試験の時を思い出した。



それから、すぐにヌーは起きた。

メイを除けば、その後誰も部屋に入ってこなかった。


チターナは、部屋の外から「いってくるね。お大事に」とだけいって出て行く。


セティは、扉越しに顔を覗かせ、下手くそなウインクだけして出て行った。


さて、防壁の重ねがけを続けようか。

いや、たくさん汗をかいたしまずは着替えを…


あ。

着替えが、尽きた。


洗濯はぐるぐる回る大きな樽のような、家事の機械で毎日行っている。

洗浄は自動化されていたが、干すのはアナログで、一日がかりだった。


服は支給されている。

数が限られ、子供用のサイズは四着だけ。

男女二着ずつだったので、セティ二着、私二着。

夜替えたら、朝の着替え分はない。


初日に着てきた服が、クロークに入っている。

私はそれを取り出して、着替えようとハンガーから外した。

すると、ポケットから三つ、封筒が落ちる。


……。

忘れていた。


ここに来て五日目か。

ノアテラが『ついたら見て』と言っていたのに、ごめん。


無作為に一通選び、封を開けた。


『エンニへ』


最初に、そう書いてあった。

お父様からだ。



さよならの手紙読んだぞ。

エンニにはつらい思いさせたな。

一緒に暮らせなくて、本当に申し訳ない。


こうなったのには理由がある。

俺とハイナは、絶滅に瀕している犬族の生き残りなんだ。

それによりポリティカル・スコアという数値が多く与えられていて、何もしなくても最低限の暮らしが保証されている。


それでも子供が増えてスコアが高くなり過ぎると、保護観察下の生活になってしまう。

そうなった時、エンニは猫族だから別々の保護観察になるんだ。得体のしれない観察員に『飼育』されるのは、エンニにとって不幸だと思う。


だから、ナイテルに頼んだ。

ナイテルは犬族の歴史を深く知っていて、俺たちがエンニを育てようとした理由も理解してくれている。

何より、エンニがナイテルに心を開いているのが分かった。ナイテルは、俺の知らない、エンニの好きなものをよく知っていたから。それで、エンニを大事にする気持ちは本物だと感じたんだ。


(中略)


ところで、ナイテルと一緒にデュナトス試験の勉強を始めたそうだな。

うちの子がデュナトスになろうなんて信じられない。結果としてなれなくても、本当に誇らしいよ。


冒険心の強いエンニだ。危ないこともしたいだろう。

だが、無理はせず健康でいてくれたらうれしい。

いつか、耳のリングを返しに来るって信じてるよ。


大切な我が子へ。ナークより。

(親愛なるナイテル、エンニにわかりやすくして読んでやってほしい。)


予想に反して、お父様は柔らかい文章を書いた。

お父様の純朴な思いが、胸の奥へ痛いほど染み込んだ。それで、どこか苦しかった。


お父様…

あの獣臭さとともに、笑ったときに見せる鋭い牙を思い出す。

お母様と私を守ってくれて、この世界での居場所を与えてくれた。

私の方こそ突然でていってごめん。


耳のリングに触れた。

いつか返しに行く。それまでは、絶対にうしなわないように。


沸き上がる気持ちをなんとかぐっと抑え、情報として整理する。


この世界では、ポリティカル・スコアが高すぎる、つまりハンディキャップが多すぎると、保護される代わりに自由を失う。

逆にスコアがマイナスでも権利を失う。


黒い枝は、結局人々の管理を強めたいだけ。

絶対に、暴いてやる。


『811』…『812』…


私は力の続く限り、重ねがけを続けた。

そうして、意識を失った。



「ただいまー」


その声で目が覚める。

もう、辺りは薄暗い。


『844』


昨日一晩寝て回復した後でも、40程度の加算で気絶した。

…この調子では、千に戻るまで数日かかる。



「おかえりなさい」


急いで共通部屋へ出る。

そこで、先に入ってきたチターナと鉢合わせた。


「あら、寝てたんだ。体調優れない感じ?」


「えと、かなり良くなりました」


「おお、リーダー殿の復活だね。

 そんな中、重要な二つの情報があって」


二本指を立てるチターナ。


「一つはいい情報。ハクレイが青月のレーテを破った」


そう言うと一本を折った。

しかしその顔は、あまり嬉しそうではなかった。


「それで、大同盟が大きく前進したこと。

 黒風の影響力もね。

 それで、もう一つは」


肩を落としたチターナは続ける。


「黄昏に、同盟離反者がでた。しかも半数以上」


ムイは俯いていた。


「俺だって訳が分からない。急に連絡がきたんだ。

 『より長きに巻かれます』って」


長き…年齢の高い者、という意味か。


「そして、『寄生された者達に対抗します』って」


寄生。何が起きている…?

投資ランクで先行する、不穏な他層。


『こないなら、こちらから行くよ』


中齢に近い黒風で、あいつが語りかけてきた言葉。

元凶が私だったら…

どこを切り取っても、他人事になんてできるわけなかった。

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