29.喰われる者
ナズナと同化した紫の房を、紋で見た。
脈打っている。さらに、行き来する何かの流れが見えた。
「やめて!く、きえろ!」
ナズナの花弁が全て閉じる。恐らく紫の房を潰そうと。
けれど、閉じた花弁の内側から、さらに紫の粒が生えた。
花弁の構造に形成された、新たな粒の構造。
一方房だったところは、粒がなくなっていく様子が映っていた。
……全体的に膨らんでいる。
その時、セーラムの捕縛が緩んだ。
「セティ、後ろに!はやく!」
セティの手を引き、後方へ急ぐ。
ブチブブッ…ブチッブブチャ…
不意に、何かが裂けていく音がした。
いや、原形を留められなくなった肉のうめきか。
「ぐを!?」
肥大する肉の中へ、セーラムの身体が呑み込まれていく。
チターナ、ヌー…
よかった。巻き込まれていない。
しかし、さらに大きくなるかもしれない。
「ヌー、こっち」
今度はヌーの手を取り、後方に引っ張る。
「嘘だ。-877…こんなの見たことない」
ヌーは一人で呟いている。
あまりに衝撃だったのか。引っ張っても引っ張っても、動かない。
バシュウウゥゥゥ!
ナズナの方だ。
今度は、弾けるような音だった。
音とともに、闇は晴れていく。
目の前には変異…肥大化したナズナがその場で蠢く。
その一部から、セーラムの頭と肩がせりだしている。
肉の塊。手脚がどこについているのかもわからない。
隣で紫の房だったものが、分離している。
粒を減らして、ナズナの代わりに手脚を伸ばし、体躯を形成していた。
それは、おおよそ人の姿を成していた。
紫の粒が残る頭部が、こちらに向く。
「ぶどうの精…さん?」
こちらから、そう聞いた。
理解は追いつかず、言葉はぎこちなく。
何が起きたのか。こいつが何を起こしたのか。
答えがなければ、紋でやる。
「…助かったよ。少年」
紫の房だったものが、確かにそう言った。
機械音声気味の発音。
そして、近くにいたラニュヤを掴む。
「ひ、なに…いたっ」
ラニュヤは身体をひねるも、より深く、そこに握力が込められた。
隙をついて、ラニュヤの側にいたチターナがこちらにくる。
「予定とは違ったが、良いものを見れた。
さぁラニュヤとやら。説明しろ」
房だった人型の口。今度は発音を安定させていた。
その声は低く、重い。
「わたしたちは、ナズナに脅されていた」
ラニュヤは、慌てる様子もなく語り出す。
「…ナズナはデュナミスを喰う包含属。
でも、こんなのは知らない。たぶん、喰い切れなかったのよ」
「そうか。他の被害者は?」
「白刃の強いデュナミス使いは全滅。強かった者は、全員-80程度に」
え。
白刃の奇妙なスコアは、全てナズナの仕業だったということ…?
「それだけ奪って変異しなかったのなら、『輸送先』がある」
房人間は、小枝のような細い指先で頭部をかいた。
「輸送先?」
「デュナミスの移譲先だ。同じデュナミスを奪う包含属がいるのだろう。
…このデュナメイオンも、随分荒らされているな」
この房の人は、何の話をしている?
スピリエが遣わせた、監視役か何かなのか。
「情報に感謝する。
お前がナズナに協力したことは、運営には黙っておいてやろう」
「はい…」
黙っておくだって。
デュナメイオンの運営は、スピリエ陣営ではないというのか。
房の人は、ラニュヤの拘束を緩めた。
「あれ、一体なんなの…」
その声とともに、チターナが隣に来た。
房の人は頭を掻く。
「しかし大胆だな。失われたデュナミスは戻らない」
あいつは、スピリエの何だ。何か情報は…
「あの、あなたとスピリエの関係は」
「便宜上は友人。とでも言っておこう。それ以上は話せない」
「あと、戻らないって…デュナミスを失ったものへの保証は?」
「ない。デュナメイオンとは、そういうものだろう」
房の人は話しながら、自らに付いている三粒を外していた。
こちらに向かってくる。
生存権すら危うい。そう、いわれた契約書を思い出す。
参加者は皆、それにサインしてきている。
恵まれた者達が生まれ持った罪。これがその一部だとでも言うのか。
「これは渡しておく。頭につけておけ」
房の人の細い手が、こちらに伸びる。
粒だ。また付けるのは嫌だ。怖すぎる…
その感情のままに、後ずさった。
「大丈夫だ。くっつくことも、融合することもない。
この三つは、あの方との伝達に使う部分でしかない」
伝達部分だけなんて、信じられるか。
それが事実でも、要らないのだけれど。
私は首を振った。
「理事長に背く者か。その態度、嫌いじゃないぞ」
「ワシが預かろう」
セティが私の前に立ち、短い手をピンと伸ばした。
「…少年の、似てない姉か。ならばこれは、お前に託す」
連結した三粒は、セティに手渡された。
すると房の人は、顔なき顔をピクリともさせずに、踵を返す。
それから、ふらふらと棟の外へ出ていった。
結局、何者だったんだろう。
後ろを振り向く。
顎に手を当てるチターナと、指で色々とジェスチャーするヌーが会話していた。
「ちょっとスタッフ呼んでくるわ」
横にいたラニュヤがそう言って、足早に奥へ行った。
「まって」
私の声は届かなかった。
……外には紫の房。逃げるなんてことはしないか。
再びチターナとヌーの方を向く。
「…その可能性が高そうです」
ヌーの声が聞こえた。
チターナと目が合い、手を振ってきている。
セティと私は、二人並んでそちらの方へ歩み寄った。
「アテラが話していた、無族…精霊族みたいな奴」
チターナの目は、こちらを真っ直ぐに見る。
「助かった。っていってたよね。あれなに?」
その奥に、猜疑の光が感じられた。
あんなものを見せられた後では、無理もない。
「あの人、もともとは、貰い物だった髪飾りです。
初日の夜、頭につけていた紫の房の」
私がそう答えると、セティが手を前に出し、三粒の房をチターナに見せた。
「む。確かに似ている。かなり小さいけど」
「実は、スピリエに押し付けられたものなんです。
捨てたくても捨てられない。なかったことにしたくて、説明は省きました。
ヌーもリーネも、それを見ています」
「はい。とても嫌がっていましたね」
ヌーは深く頷く。
「ほんとに?スピリエ様から貰い物って。
…普通、家宝にするくらいだよ?」
チターナは首を傾げるも、コホンと言って続けた。
「えとさ。奴のこと、ヌーが-877って。
精霊族最強のデュナミス使いでも、半分にすら届かないみたい」
「はい。そんな精霊族は存在しない。
無族の中でも精霊族は生活域が限られてますので間違いないです」
ヌーが持つ、手首足首が木の幹のような特徴。
つまり、植物寄りだ。
同じ特徴をもつ、紫の房人型は精霊族に判別されるということか。
「アテラの言うことを信じるなら、もうあれは安全なのかもね」
チターナが肥大化したナズナの方を見る。
「…スピリエ様は、こうなることを知っていたのかな」
「そうだな。スピリエは…」
セティが腕組みを始めた。
「王などと、偏った思想で世界を再支配しようとしている。
合わぬ者をこうやって排除しているかもしれん」
「え…」
セティの危険な発言。
急に何をいいだすんだ。
二人の表情は僅かに引きつって見えた。
スピリエは、人々の崇拝の対象にすらなりえる。
もし、ヌーやチターナがそうだったら…
あ、そうか。
ドルフォナ。セティは、チターナ・ドルフォナの反応を見たいんだ。
…それにしても、攻めすぎだ。
「すみません。ぼくとセティはデュナトスが少ないところに住んでいて、中央デューナメースの功績や格式にも疎くて…」
「大丈夫。私だってお姉ちゃんがスピリエ様に入れ込みすぎてて、嫌気が差したことあるし」
屈託ない顔。
そのお姉ちゃんは…
「ただ、言葉に少し気をつけないとね」
そしてチターナは、セティを撫でる。
聞くしかない。
「その姉というのは…」
「センシア。あまり言うなって言われてるけどね。実はデュナメイオンに来てるんだよ。中齢の方で」
思わず唾を呑む。
当たりだ。
いや、そんなことより……センシアが、ここにいるなんて。
スピリエに入れ込むなんて特徴も、メイラと共通しているじゃないか。
ただ、チターナがレジスタンスの仲間という確証は、まだない。
「チターナに似て強いのだろうな。
是非、お姉ちゃんの心構えというものを聞きたい」
「いいの?スキンシップとか、私以上におもちゃにされちゃうよ?」
うわ。
メイラとチターナを足した人物をイメージしてしまった。
本気で怖い…。
チターナはこちらを見て微笑んでくる。
それから一息、小さく呼吸した。
「話それちゃったけど、精霊族の人、-877の正体予想をよろしく」
その視線はヌーの方へ。
ヌーは、控えめにナズナを指さして息を吸った。
「あの存在。今のデュナミス値は-465です。
融合前のナズナが-88、セーラムが-62。
どう考えても合わない数字は、あの精霊族からきたのではないかと」
紫の房が-877に、肥大化したナズナの-465。
数字の尺度がわからなくなる。
私の-279さえ、この場では小さく見えた。
「それを裏付ける話ですが。
昔、村の識者が言っていたんです。
デュナミス値が低くなり過ぎると、その者本来の形を保てなくなるって」
身震いがした。
形を保てなくなる条件が、異常なマイナス値。
房の人は『助かった』と言った。
異形は、紫の房から、ナズナに移っている。
もともと紫の房は、スピリエが私につけた。
そして……スピリエは、怪異に襲われない。
「ナズナは、デュナミスが低すぎて変異してしまったということですね」
私のその言葉に、ヌーとチターナは頷いた。
浅い理解を演じた。
深い部分は……知られてはいけない気がする。
スピリエが怪異に深く絡んでいる事実は、いまや爆弾だ。
そう、スピリエは、
怪異と私を融合させようとした可能性がある。
証拠はない。
けれど、私にとってそれが一番恐ろしく、一番自然に思えた。
事後処理が行われた。
数分後には棟内のスタッフが駆けつけてきて事情聴取が行われる。
紫の房の話をした時だった。
一瞬、スタッフの筆が止まった。
そして、何も聞かなかったかのように調書を続けた。
問い詰めたかった。
だが、ここで出しゃばると、私自身まで調べられるかもしれなかった。
ナズナとセーラムの融合体はというと、引斥でも動かすことができず、
建築デュナミスで強固な牢に覆われた。
「本当に良かったわ。なんとか白刃棟は脱落を免れた」
「お姉ちゃん達、ありがとね」
ラニュヤとオファが礼を言ってきた。
「こちらこそ、ご馳走になりました」
私は、紙を手に握っている。
その中には、九チーム、白刃棟の半数以上の名前が乗っていた。
ナズナの包含属はコピーデュナミスの可能性が高い。
紫の房が言った通り、胴元がいるとしたら危険すぎる。
ここのデュナミスを全て食った奴らは、相当な化け物集団になるだろう。
大同盟は、絶対に必要だ。
帰り道。
白刃棟から赤誠棟へ、直線的に歩く。
「流れでそこにいた人たちを同盟させてしまった。
なんか申し訳なかったなあ」
「白刃棟は、ナズナの件で戦力が削られました。
隣接する赤誠と黄昏が、対黒風で連携していることも知った。
同盟はメリットが大きかったのでしょう」
チターナとヌーが、話し合いの様子を振り返っていた。
ナズナに喰われたチームほど、こちらの提案に早く頷いたのだった。
「警戒されずによくやれた。
ナズナがああなったのが、ワシ達の仕業にされたからな」
そう。紫の房はなかったことにされていたのだ。
あとは、同色への裏切りともとれるナズナがどう処罰されるか。
「そうそう。そんなやばい人達と思われたところから、上手くほぐせたでしょ?
『投資はあなた方の権利です』からの、『同盟して安全を分かち合いましょう』の流れ。
今後、交流を途切らせなければ、自ずと投資が進む…」
「誰かいる」
セティが歩みを止める。
六人ほどの集団が遠くにいた。
どこかで見た外観の者もいる。
三、四人で、触手が生えた者を縛り上げていた。
「あの子、黒風の、アテラの腕を切り落とそうとした…」
そうだ。
あいつだ。黒風にいた黒髪、癖毛、猫女。
「何かやっているね。近づこう」
チターナがそう言って前進する。
……痛々しい。
縛り上げられた触手の人は、ガチガチに動けなくされていた。
「アテラ、どうする」
触手を除けば五対四。
人数上不利だが、誤差だろう。
「戦闘にならないよう会話します。
ですが、あの拘束された方の解放を拒否したら別です」
「そうだね。にょろにょろは多分、白刃の人かな。
暴走するナズナを逃れて、棟外でキャンプする者が多かったって」
近づくにつれて、にょろにょろが見えてきた。
イソギンチャクのような触手をもつ軟族。半軟か。
「お」
やっと猫女が私達に気づく。
そしてこちらによってきた。
「私はユスティア。
お前も猫族なんだろ?どこ出身?」
「アテラです。エンティミア国のミアウォートです。
それよりなんで…」
「そっち方面ね。猫族多いの?」
質問を遮ってくる。
猫族が多いかどうか。それが一体なんなんだ。
「…そこそこは」
「んじゃあ種族混合地域かな。私は首都マムト。
希少種族のオンパレードよ」
ユスティアは縛られた触手の顔を、うっとりとした目で眺める。
すると、瞳が変色する。
「そこに慣れちゃったわ。
だからこうしてるってわけ」
慣れた? 希少種を捉えて観察する悪趣味に?
「希少種族が多いと、何かあるのですか」
「猫族は希少種を見ると、運動能力が上がる。知らないの?」
「……知らない」
「え。アテラ猫族として終わってるよ」
そこまで言う…。
まだ何か、見逃している常識があるのか。
「こんな便利な力、このデュナメイオンでも使わない手はないでしょ」
…ユスティアの目は金色に輝いていた。
つまり、彼女は触手の人を『強化素材』として連れ回している。
「あのさ。
勝ちたいのはわかるけど、これはだめでしょ」
チターナがそう差し込む。
その通りだ。
拘束までして、こんなやり方はおかしい。
「…解放、する気はありますか」
私も尋ねる。
「意味が分からない。こいつは白刃。関係ないでしょ」
「なに寝言を。
無抵抗な者を痛めつける行動が気に食わないって分からない?」
感情でつい言ってしまった。
ユスティアはそれを聞くと、腰の小刀に手をかける。
……やる気だ。
「もはや白刃とは同盟関係なのだ。このままだと専守防衛になるぞ」
セティが後ろからそう伝える。
「へえ…みんな揃って好戦的じゃん」
「解放する気ないんでしょ?それなら、ここで戦うしかなくない?」
チターナの確認が入る。
私達は、自ずと密集隊形になった。
(アテラ。あいつが私を止めた本人なの)
…えっ。
チターナがそう囁いた。
あの速度と威力を、止めた本人…
「ああアアッ!」
触手の人の声。
ユスティアのチームの者が両脚を切断したようだった。
「なんで!」
そう言葉を投げたが、すぐに反応がない。
……わからない。逃げないためか?
「さあ、この前黄昏でやった茶番の続きだ。
早く手当てしてやれよ」
私がやったことの再現とでも言うのか。
失敗したからこそ分かる。
治せるからといって、やっていいにはならない。
「……お前は、猫族失格だよ」
ユスティアの金色の目が冷たく光った。
鼓動が、速くなる。
チターナを止めた?知るか。
こいつらは、許せない。
絶対に潰す。




