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27.大同盟

そこにいる面々は、こちらに顔を向けている。

…敵は七人。そして無傷。


「うわ、アテラなん…ぐ」


チターナが、うつ伏せから顔を上げた一瞬の表情は、

私が来て意外とでも言いたそうだった。


私だって、できるなら後方にいたい。

黒風の人が無事か、気が気じゃないよ…。


「残念だったねえ。こいつの軌道は直線すぎて簡単に止められたよ」


黒い猫系の耳をした女が近寄ってくる。

こいつは、ちっこいお仲間などと言って失礼を働いた奴だ。


「あの、お仲間があちらで壊滅してます……交渉を、しませんか」


「何様だこのガキ」


白髪の目つきの悪い男が、吐き捨てるように言う。

初めて見る何族か分からない姿。あまりに人の姿そのままだった。


「まだ手を出すなよ。全員索敵に集中しろ」


この赤髪。加えて赤みがかった肌の、しなやかな高身長がリーダー。

直感的にそう感じた。


「おい、交渉と言ったな。お前にその権限があるのか」


赤髪は、奇襲を受けてなお穏便さが残る。

子供の外観にも警戒を怠っていない。


脚が、震える。

死に瀕した者達を、早く助けないと…


「傷が深くて。手を貸して…」


「なぜ?

 負傷者を助ける前提なら、最初から包囲などしない。加害者はどちらか考えろ」


正論。しかし、味方を助ける気は、ないのか…。


「手を貸して利があるのは誰だ?

 お前だろう。何を与えられるかで話してみろ」


周りはニヤニヤしながらこちらを見ている。


こいつらにとって、黒風のメンバーは駒なんだ。


そんな彼らに何を提示できるか。

全額投資。いや、相手は奪える立場で利は薄い。


交渉は、相手の欲しいではだめだ。

……恐れるものは何かで考えろ。


昨日の偵察を思い起こす。

黒風の隣あたりに、中齢層が広がっている。

好戦的な彼らにとってはすべて敵。中齢は、より強い敵のはずだ。

糸口を手繰れるか。


「…初齢大同盟を結ぶ。私が動きます」


「突拍子もないことを。そもそもお前は何者だ?」


「リーダーです。赤誠棟、その最強チームのトップが私です」


自信、慢心、何だっていい。

理想をさも最もらしく語り、場の空気をこちらにもってくる。


「ハッ、こんなちびっこ。んなわけねぇだろ」


目つきの悪い男が横槍を入れる。

ケラケラと笑い声が飛んでくる。


だが、気にする必要はない。堂々とするんだ。


敵の一人が、赤髪に寄っていった。

硬質の手脚を備えた虫族らしき者だ。


その虫族が、赤髪に耳打ちする。


赤髪は手で礼のような仕草をすると、すぐに後ろに下がらせた。


「…まぁまて。存外本当かもしれん。

 その大同盟とやらの理由を、端的に話せ」


赤髪の手が顎に触れる。

あの耳打ちは……デュナミスを観測したかもしれない。


だとしたらついてる。信憑性が増したかも。

……おせる。


「対黄昏、対赤誠で敵を作るべきじゃない。対中齢で初齢全土を囲うべきです」


赤髪は、僅かに眉をひそめる。

そう、奇をてらう。注意を引き続けるんだ。


「このデュナメイオン、最高栄誉以外に価値はない。つまり、小競り合いは無駄。

 一発で全土を得る戦を仕掛けます。

 その道筋は、すでに立ててあります」


でっかい欲を通せば、目先の利益が不利益にみえる。

そうやって巻き込みたい。


「この子供面白いね。ちょっといじめてみようか」


黒い猫耳の女が、私の手を掴んだ。

誰もが、止める素振りすら見せない。


あれ。少し、話を飛ばしすぎたかも……


私の左手はミシミシと音を上げる。

なぜか痛みが、ない。


「ん?なんだこれ?」


すると左手は、不意にビクビクと動きだした。


まずい。

山羊、いや、意思決定AIとの融合部分。

この左手は、なんなんだ。


黒い癖毛の猫女がビクっとして、力を緩めた。

すぐさま、左手は猫女の手首を掴み返した。


「お…、なんだ。お前、やる気?」


この手には、あいつがいる…


猫女は、真っ黒い瞳でこちらを睨んでいた。

私は首を振った。


「ハクレイ。…やるからね」


ハクレイと呼ばれた赤髪の男は、表情を変えず頷いた。


猫女の持つ刃物が、腕に入る。

それでも、何も感じなかった。

…いいや、腕に対する嫌悪感だけがある。


ビクつきながら逃げようとする左手。

私の右手で、逆にそれを押さえてやった。


…こんな腕、なくたっていい。


「おまえ何やって…」


ガサガサッ!


「あ…」


誰かが、茂みを抜けてこちらに来た。

瞬間、全員がそちらを向く。


リーネ。


そして、簡単に捕まった。すぐだった。


「いたたた」


なんてタイミングが悪い。

さらに情勢が不利になった気がする。


「また、お仲間か」


「たたた…後ろの、酷い人は全員、止血できたよ」


え。

この短時間で…?


朗報は、信じがたいものだった。

切断された脚を、瞬時に縫合でもしないと説明がつかない。

リーネが得意とする回帰属って、そんなことができるの。


「死なない…ですか?」


「うん…ちょっ、いたい」


喋ると押さえつけられる。チターナと同じだった。


まだ救命を終えた確証はない。こんなんなら、メイラ先生に回帰を教わるんだった。

けれど、リーネの言葉にすがる。


「もうすぐ、我々全軍が来ます。あなた達はひとたまりもない」


「ひとたまりもない…ヒャ」「ハハハ」「ククク」


せせら笑いしか返ってこない。

だがそれでいい。パニックになるよりも話ができる。


できる限りの前置きは、終えた。


すぅっと息を吸う。


「大同盟に同意できるか否かだ! 黒風に、今問おう!」


大声で言い放つ。

同時に、紋を発動させた。

さあ、スコアを見ろ。そして無意味に戦慄(わなな)け。


「うぁぁ……」


すぐだった。

硬質の虫族が、後方で尻餅をついた。


辺りが少しざわめく。


間髪入れずに声を張る。


「黄昏を取っても、黒風は他三色と中齢に食われる。

でも私が間に入れば、大勢力をものにできる」


さあ、畳み掛けてやる。

決断してみろ。リーダーの赤髪。ハクレイ。


「保証として、人質を。

 是ならば、私を連れて引き下がれ。

 はっきり言って、そこの二人に人質の価値はない」


「否ならば…」


ボゴッ!! ゴッ!



…嘘。


チターナとリーネの腹に、こぶしが加えられていた。

ハクレイが、合図のように右手を上へ伸ばす。


直後、七人の敵勢は波のように引いて行く。


白髪の男がツバを吐き捨てた。


「返してほしかったら、三日以内に黒風以外の全同盟を埋めてみろ。くそガキ」


「まって…」


「フ、感情が顔にでていたぞ小僧。 せいぜいがんばってみろ」


赤髪の捨て台詞は、徐々に加速しながら遠ざかっていく。


まって。

私が、人質に…



走っても、ただ遠ざかるだけ。

子供の脚じゃ全く届かない。


ぞろぞろと帰っていく黒風の人を尻目に、

私は、黄昏棟の入口に向かった。


はやく、行かないと。


締まった扉を叩いた。


「何者」


声が返ってくる。

その扉は綺麗なままだった。黒風はただ、包囲しただけ。


「ルレウの友人のアテラといいます」


咄嗟だった。

本当は、友人なんて言えない。

でも、はやくチターナとリーネを追わないといけなかった。


「あ」


巨大な引き戸が少し開き、中から声が漏れた。


ギィィ


「アテラ、来てくれたんだ」


中の者がでてきて、私を持ち上げた。

ふわっとした触覚。ルレウだった。


「すごい、全部片づけたの?」


周囲には誰も残っていない。

勝ち戦なら、どんなによかったか。


「いいえ、人質を取られて逃げられました」


「む。アテラの仲間?」


「はい」


ルレウの表情が曇った。

抱き上げられた私は地に立たせられ、目線が合う。


「ごめんね。何もしらなかった」


「いいえ。迂闊でした。すぐに追わないと…」


「そうだね。でもなんで、アテラは大丈夫だったんだろう」


ルレウは首を傾げる。


私が煽ったから。大欲に巻き込まんとする感情が丸見えだったから。

……言いたくない。

子供相手に引き下がったのは、私の数字のせい。言いたくない。


「他の人達はどこ?」


「ええと、後方にいます」


「もしかして、黒風本陣と話し合ってた?

 棟への攻撃ってルール上できるのに、ずっと静かだった」


ルレウ達も本体が見えていたのか。

それならムイに状況を聞いてもらってたら、こんな風にならなかった…。


「…」


そう。

戦いでも、話し合いでも、

何もかも失敗。


タッタッタッ


「おーい」


メイだ。

遠くから手を振って走ってくる。

私は、小さく手を振り返した。


「なあ、急に敵勢が引いて……勝ったのか?」


私は首を振って答えた。


覚悟を決めて、一部始終を話すことにした。

話している途中で、後続のヌー、ムイ、セティが合流してくる。


私が息巻いて大同盟を提案したこと。

みんな馬鹿にしていたが、私のスコアをみて空気が変わったこと。

チターナとリーネは気絶させられ、連れていかれたこと。


ただし、脅しで紋を使ったことは、黙っていた。



「他色と同盟するのは悪くない。

 だが、このまま言いなりになるんじゃアタシの腹が収まらない」


メイがこぶしを叩きながらそう言った。

最も戦いを嫌っていたメイが、今や最も戦いを望んでいるようだった。


「こちらにも捕虜はいるしな。人質交換でもいい」


ムイが腰に手を当てる。

セティが頷いている。


「彼らは、メンバーを駒のように扱います。交渉に使うよりも…」


「使うより、何かあるのか?」


セティが、人差し指で唇をめくって聞いてくる。

どこでそんな仕草覚えたんだ。


「…治癒したら、すぐに開放して恩を売るべきと思います。

 きっと駒のようにされた不満があるでしょうから」


「…アテラは、いつも黒…いや、奇抜なアイデアを思いつきますね」


ヌーがそう言ってしゃがんだ。

少しだけ、はにかんだように見えた。


私の失態を、正面切って咎める者はいない。

チターナを突撃させたのは、どう考えても私の指示だ。

よくよく考えたらリーネが来て巻き込まれたのだって、私が干渉するよう伝えたからじゃないか。


「申し訳ありませんでした」


悔しかった。

俯いたまま、皆に謝るしかできない。

リーダーとして、完全に失敗した。


風が、耳を撫でる。

触れると、リングがあった。


お父様。…お母さん。


不意に、ポンと肩を叩かれる。


「さぁアテラ。選ぼうか。救出か。妥協か」


ムイの言葉だった。

セティが肩の手に、さらに手を乗せる。


「ワシはついて行くぞ」


そこから流れるように、メイが手を重ねた。


「こんな小さい肩に頼るなんて、どうかしてる」


そして、ヌーも。


「でも-279。うち最強のリーダーですから」


とにかく背を押された気がした。

私は顔をあげて、大きくゆっくりと頷いた。

そして小さく息を吸う。


「救出です。あいつらに、わからせてやる」


「アテラ、それはもう救出じゃない。復讐だ」


「はい」


「分かっててやるんだな」


「はい」


メイはゆっくりと頷いた。硬い表情のまま。

これは戦い。力を是とする相手だからこそ、力で御す。


「私達もいっていい?」


ルレウが入ってくる。


「あ、ルレウ。手伝ってほしいことが」


私はルレウに、林の中にいる黒風の負傷者を治癒することを伝えた。

ルレウが棟に戻り、分担が決まる。


私達チームとルレウのチームは、黒風に向かう。

残りの黄昏棟の人達には、負傷者を治癒して解放してもらう。


黒風へ強行軍ですすむ。

日が、傾きかけていた。



この世界に来て、デュナミスというものを知った時、

一つだけ、自分だけの優位性を感じていた。


それは科学。

彼らは力を持っている。でも、その力が生む構造を、科学として考えていない。

エリートと言われるデュナメイオンの参加者ですら、まともな物理学の知識を備えていなかった。


引斥属の加速という、この世界ではありふれた力について、気づいていた。

この力は恐ろしい兵器になる。

途中にみつけた公園のような場所。

そこで私は、閃いた。


「セティ、あの鉄の棒を十センチ刻みに切り取れる?」


「できるが。今やるのか?」


「うん。お願い」


そういうと、セティは目から熱線を放ち、鉄棒を焼き切った。


「ひえぇ。

 それ、ほんと怖い」


ルレウが驚く。

でも、スピリエは言っていた。ただの弱いデュナミスと。


みんなの注目が来たところで、作戦を進める。


「みなさんすみません。引斥をお持ちの方、手を上げてもらえませんか」


そこで五人、手をあげる。

メイ、ムイ、黄昏の三人だった。


「セティ、これ持って」


私はセティに、切断されて落ちた十センチくらいの鉄の棒を、拾って渡す。

そして、地面に銃弾の形を描いた。


「こういう形にそぎ落とせる?」


「ああ。わかった」


「こっちが前。立ててこうやって回しながらがいいよ」


駒のように立てて、回しながら熱線で削る仕草をしてみた。伝わるかな。


「できたらまた切って作って。十個くらいお願い」


セティは言われた通りにゆっくり回して、黙々と作業を始めた。


さて、次。


「引斥のみなさん。五人、三十メートルずつ、間隔を空けて並んでもらえますか」


「三十ってどれくらい」


ムイが尋ねる。


「後ろに歩いて行ってください。ストップというので」


そのような感じで、順に三十メートル間隔を作っていく。


「あ、もしかして。セティの作った奴をみんなで飛ばす?」


メイが最初に気づいた。


「はい。でも少し工夫します」


「そういうことなら、もう少し長くてもコントロールできますよ」


黄昏の一人がそう言った。

察しが良くて助かる。


五人が間隔を作ったところで私も六人目に入る。


「ではこのまま前進していきましょう。ヌーと私を先頭に」


先頭にルレウ、私、ヌー、他黄昏二人が固まる。

そこから引斥持ちで一定間隔を作り、黄昏の人1、黄昏の人2、メイ、黄昏の人3、ムイ及びセティという順番にずらっと伸びた。


「ルレウは干渉で後方に指示をお願いします」


「うん」


「棒の前向きをこちらに向けて、回転させてください。浮かせたまま。できる限り速く」


後ろはよく見えない。

けれど、伝えられる自信はあった。


「続けてセティへ。

 合図したら回転する棒を思いっきり叩きだすように伝えてください」


「あの女の子。武闘派というか、いつもそういう役回りなんだね…

 えと、そのまんま伝えるよ」


私は黙って頷いた。


そう、初速が大事。

うまくいけば引斥の加速は破壊的な速度までもっていける。


「ヌー、黒風の-172の位置はわかりますか」


「もう少し前に行かないと厳しいですね」


「それではヌーとルレウは私と前にいきます」


前に進む。

ぎりぎりヌーの観測が届く範囲に調節する。


「いますね。一階中央の少し奥です。」


「次はルレウ。そのあたりに干渉で『警告だ』と。届きますか」


「できるよ」


「それでは後方へ合図をお願いします。初発は直進かつ斜め上方向で。お願いします」


「うん」


言われるがまま、ルレウは目を瞑って念じた。


高速回転された球は、セティの怪力によって射出されただろう。

五人分の加速をかけると、弾丸は凄まじいスピードになる。


最後の引斥である私の頭上に来る時には、どうなっているか。

しかし、軌道は直線。やみくもに引斥で押すイメージを入れる。



あ。

風圧が私を通った。弾丸の位置が目視できな…



ドゴォォオン!


…しまった。

初発は上向きで外すはずが、黒風棟の屋上付近に直撃していた。


上下のコントロールは難しい。

これでは、人を殺しかねない…。


「ヌー、棟内で人がいないところはありますか」


「えと、偏ってる。左端の方は人がいません」


「人がいなそうなところ。次は列の左を軌道にして、棟の左端狙いをお願いします」


「打つ前に、ルレウ。黒風にまた警告を伝えてください。

 『交渉に応じろ。返事がなければ正面に攻撃する』と」


「え……。うん…」


試し打ちが棟に当たって少し経つが、返事はない。


建物破壊は禁止事項ではない。

狂っている。けれど、そういうルールなんだ。


「もう一度伝えて、射出です」


「…伝えたよ」


「では射出」


強い風圧が左を横切る。



ズウウウウウウウウウン


弾丸は、棟左外側の地面を削り取りながら、棟を超えて奥まで行った。


「あ。返事が来た。要求を言え。だって」


「伝えてください。人質を返せば、三日以内に大同盟を組む。と」


「伝えたよ」


…


…


「返事が来ない」


なぜだ。

胸が熱く滾る。

武力で動かしたことは、武力で返されるんだよ。


主導権はこっち。わからせないと。


「返さないなら、このまま黒風棟をぶっ壊すと伝えてください」

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