26.チターナ・ボム
「ムイ、なんとか追いつけませんか」
チターナとメイがやたらに速いのは、救援を急ぐ気持ちがあったからかもしれない。
しかしムイの情報を聞く限り、包囲は完成している。
無策に突撃して先に敵に見つかれば、確実に負ける。
「んじゃ、増強でいくよ」
ムイは一旦止まって何かを念じた。
すると、足腰が少し膨らむ。
そして、ムイは再び歩き出した。私を担いだまま軽快に。
歩行強化……効果は凄まじいものだった。
早歩きが、駆け足になる。
駆け足が、全速力になる。
全速力は、坂を下る自転車みたいだった。
風が顔面を叩き、少し痛い。
これでは障害物を避けることも難しそうだ。
でも今は、速さが命。
のどかな景色も、低解像度の写真になった。
最初に集まった第4棟を通過し、さらに東へ行く。
…。
やっとチターナとメイが見えてきた。
「まって、まってください!」
大声で呼びかける。
すると、二人は後ろを振り向き、速度を緩めた。
「気合入ってるね。ムイ」
何も知らないメイが応答した。
ムイがひらいた手を突き出す。
「…それよりこの先、敵だらけ…ハァ、ハァ…」
「黄昏棟は既に包囲されています。ここからは慎重に」
「え」
二人はピタリと歩みを止める。
「危なかった…」
「はい、まずは、みんなと合流です。ここでしゃがんで待ちましょう」
まだ棟まで幾分か距離はあるが、念のためだ。
ムイがしゃがむと、私は自分の脚で立った。
目線が同じになる。
メイは少し顔を上げて行き先を覗き、そして敵はいないと首を振った。
数十秒ほどして、全員が揃う。
「んじゃあ索敵しっかりいこう。ヌーが先頭で」
ムイがそう伝えると、ヌーは頷き、前を歩く。
「前方に人は見えませんね」
ヌーは観測属でポリティカル・スコアを見ることができる。
それを活用して、この木々の見晴らしの悪さを逆手に取った。
「それって1kmくらい先はみえるの?」
「いいえ。400mくらいですね」
「アタシの目は1kmならよく見える。前方が開けたら任せて」
へえ、メイはリーネよりも目が良いのか。鳥族だからかな。
でも下見をしたからわかる。前方はずっと雑木林が続くのだ。
「あ」
ヌーが立ち止まる。
「1、2、3…」
不意に数を数えだした。
「六人。今先に見えている範囲です。まだ棟に着いてないです」
「はい。恐らくリーダー格はデュナミスが強いはずです。最低値はいくつですか」
「-45です」
「小粒か」
ムイがそう言い放った。
ノアテラが-41。
確かに私達はデュナミス値で選りすぐったチームだから、そう見えても仕方ない。
「もう少し進もう。みんな見つからないようにね」
チターナがそう言う。みんな頷く。
ヌーを先頭に、忍び足で歩く。
できるだけしげみに触らないように進んだ。
……50mは歩いただろう。
また、ヌーが立ち止まる。
「あの…」
小すぎる声で何か言おうとする。
「前方、30名ほどになりました。ただ…」
「なに?」
チターナが少し強めに聞いた。
「-131が、10人以上もいます…」
「やば」
-131なんて大物じゃないか。そんなに揃っているなんて。
黒風は、強デュナミスで偏っているのか。
「デュナミスが弱ければ勝てる。って期待も叶わなかったか」
ムイが肩落とす。
前進を止めた私達は、静かに互いを見合う。
「…えっとそれって、分身じゃないですか」
しかし沈黙は破られた。それはリーネだった。
「リーネ、詳しく教えて」
「自分を分身できるデュナミスがあるはずです。
断定はできないですが、同じ数字が多いことは説明できます」
「ああ、それで100人とか包囲とかできるんじゃない?」
「それって本体倒せば終わるのか?」
本体を叩けば分身が消える。
そうであってほしい。私も同じ願望を抱いていた。
「すみません。そこは詳しくないです。
ただ、見分けるのは難しいと思います」
チターナ、メイ、リーネの会話はそこで途切れた。
そう簡単にはいかない。そして、時間は待ってはくれない。
「もう少し前へ行きませんか。
-131よりも強いデュナミスがいれば本陣かもしれません」
「わかりました」
ヌーがペースを落として前進を始める。
暫く歩いた。
最初に見つけた六人はきっともう、目と鼻の先…。
「いた。-158…-172!」
-172。 このメンバーの誰よりも強い数字。
あのメイラですら-177だ…。そのレベルが相手だなんて。
正面切って勝つ手は、完全に潰えた。
「100人全員見えた?もう他にいない?」
私が口を開くより先に、チターナが問いかける。
「はい、棟の中を除いてそれくらいになります」
「随分近づきすぎたんじゃない?一度さがろうか」
私達は反対を向いてさがろうとする。
一番後ろにセティが見えた。
パキ。
(おい!)
小声でメイが言う。
音の主は、セティだった。
「すまん」
セティの脚は本来コードだ。
枯れ木をかわすのも難しかったに違いない。
「ヌー、気づかれてる?」
「ええ、こちらに向かってきています」
目先の六人か。どう誤魔化そう。
…足音が聞こえてきた。近い。
「私、干渉やってみます」
リーネが目の前で手を組んだ。
すると、六人いるうちの何人か踵を返したようだった。
メイが、少しだけ顔を上げてすぐひっこめる。
「まずい。中途半端に効いてる。
ここに人がいるって、伝えているようなものだ」
残りの何人かは足音を小さくして近づいてくる。
明らかにこちらを警戒するように。
こうなったら…
「ムイ。囮、できますか」
目を丸くしてこちらを見るムイ。
私はしずかに頷く。
「そりゃえぐいよアテラ…」
「大丈夫です。ムイは安全なほうに逃げればいいんです」
私は、あの大軍を撃破する戦術を構築していた。
それによると、ムイはいなくてもなんとかなる。
「もうすぐそこです。早急に行動を」
そう伝えるとムイは、脚に増強をかける。
そして、一目散に棟とも我々とも違う方向に走り去った。
「だれだ。…おい!」
足音は、ムイを追いかける。
そして、こちらに来る音は、完全に消えた。
みんながヌーを見る。
ヌーは前方をみながら、親指をたてた。
…うまくいった。
「もたつけば、彼らは戻ってきます。急いで攻撃に移ります」
「え?」
「アテラやれるの。あれ」
「はい」
集団は、前からは崩れない。
横腹をえぐられた時、士気が死に、物量は無力となる。
私は枯れ葉をかき分けて土をむき出しにし、
みんなを地面に注目させた。
そうして、棟と敵の大軍を描く。
「前準備です。
チターナは可能な限り、ここの大木を抱えて質量を稼いでください」
そして大木を担ぐ棒人間の絵を描く。
「メイは増強が使えますね。
まずメイが、チターナの脚腰に、限界まで増強をかけます」
もう一人の棒人間を描き、大木を担ぐ絵の足を太くした。
「さらにメイは、チターナに引斥で前進加速をかける。
増強の速力と引斥の速力で、凄まじい速度になる」
矢印でそれを表現する。
そして、小さい棒人間を描き、それに光線を発射させた。
「セティが前方の木々を熱線で倒し、道を開きます。
直線的にいけるように。速度を殺さないように。
チターナは、その威をもって敵本体に突撃です。」
一息つく。核心はこの後。
「チターナから見れば、敵チームが『ものすごい速さで迫ってくる』ことになります。
それを交差する瞬間、全力で反射する。
丸太の質量分だけ、相手をなぎ倒すことができます」
「……なるほど。私の反射は、向かってくる力を返す。近いほど確実に。
だから高速で突っ込めば、すれ違う者を倒せる」
チターナは、ちゃんとイメージしている。
そして私の、デュナミスへの理解も間違っていない。
「――名付けて、チターナ・ボムです」
技名だ。綺麗に決まった。
この隠密的な状況でなかったら、拍手が来たっていい。
「敵のど真ん中に……失敗したら、チターナが死ぬかもしれない」
メイがそう言った。
「瞬足が大事です。
起きたことに敵が気づく間に戻ってくる。どうでしょうか」
「できそうだね。威力も悪くないし。
ネーミングだけはダサ…個性的」
あ。今。
…顔が少し熱くなった。
チターナは一瞬舌を見せた。
そして再度、口を開く。
「むしろ、メイの加速が強すぎると、殺しちゃうかもしれない」
「はい。それは、反射範囲を制御して対応します。
地面から、自分の脚くらいの高さまでに」
「…確かに。反射対象を低く狙えば、相手の脚だけを刈れる」
「脚を、折るのか…」
メイの声が重くなる。
メイ。これは戦争なんだよ。
心苦しいが、ダメ押しとなる手も語らねばならない。
「そこからリーネが遠目から干渉です。
できる限り大勢へ干渉、幻覚をかけて惨状をひどく見せる。
そうすれば反撃する余地を極小にできます」
そう『徹底的に挫く』ために…
「相手が崩れていれば私達が包囲を破り、黄昏棟まで入ります。
そこから和平交渉です。黄昏への先導は、ヌーにお願いしたいです」
私はそう言いながら、棟へ突撃する流れを地面に付け足した。
「奇襲を受け、死の地獄と平和があれば、誰だって平和を選びたくなりますから」
黒風には、強引な攻撃をしかけたことで降りかかる惨劇を知ってもらう。
「脚を折り、幻覚を見せて平和交渉? アテラ、それ本気で言ってる?」
メイの目が、軽蔑に近いものに見えた。
うぅ…これはきつい。
「メイ。アテラのドス黒さは後で尋問するとして、黄昏を見捨てるよりはましだよ」
メイは、目を背ける。
そして、唇を噛んだ。
「……黄昏を見捨てるよりはマシ。そう思うことにする」
それだけいって、重々しく肩を回しはじめた。
なんとか、飲み込んでくれたようだった。
「…でもこれ、まだ穴が。敵が多すぎて質量を使い切る可能性が」
「ぼくの予想ですが、-141は分裂していて弱い。
-141を縫うように他をかわし本陣を叩く。それで戻ってきてください」
分裂は弱い。ゲームの魔法ならそんな感じになる。
違ったら……すぐに逃げて。
「えっと、もし本当に分身ならば、デュナミスが分割されます。弱いです」
リーネだった。都合よく情報を流してくれた。
チターナは、両腕を組んだ。
「なるほど。力押しで潰せるのか」
そう、深く頷いた。
この猟奇的な作戦が、軽蔑の反応こそあれ通った。
それは、このチームの『戦闘適性』を物語っていると思う。
誰も逃げようとは言わなかった。
そうはいっても、この作戦の最大リスクは、敵ではない。
私の人間性に疑念を持つことだろう。
「リーネも大丈夫?
壊滅させるところまでは見えたけど、リーネが一番過酷な……」
「大丈夫。命令された方が楽だから」
即答だった。
「それじゃ、『悪のリーダー アテラさん』の作戦遂行といきますか」
チターナは、恐らく教えてくれている。
『悪いやり方だと思われてるぞ』という、優しい警告として。
「メイ、お願い」
メイが頷くと、金箔のような光がチターナの脚、腰、腹筋へとまとわりついた。
さっき見たムイの増強とはまた違う。
……これが、全力か。
「メイ、引斥は脚が浮かないよう、地面方向へ少し傾けて」
最も攻撃性のある役回りのチターナは強気で、なお冷静に見えた。
「セティ熱線を」
「おう」
セティが前方に熱線を飛ばす。
木々は焼き払われ、倒れる。
熱の焦点は、うねりながら地平線までいった。
しまった。木の倒れる方向がランダムに…
「斥力いれるよ。3……2……」
すかさずメイのカウントダウン。
避けれるのか。木を…
「1……0!」
その瞬間、
チターナが――消えた。
あれ………速すぎ……ます…ね?
嫌な想像が脳裏をよぎる。
脚を折るだけで済めばいい。
もし引きちぎってしまったら……回帰で治せるの?
ドドドッ!
鈍い衝撃音。
ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ――!
敵勢をなぎ倒す重い音が鳴る。
「あああああぁぁぁっ!!」「うあああぁぁあ!!」「あがあぁぁあぁ!」
悲鳴。
心臓が縮み上がる。
お願い…やりすぎないで。
「すぐ追おう!」
そう言い終わる前に、メイに担がれて走り出す。
リーネがついて来ているか分からない。
でもとにかく、早く状況を見なければ。
到着した光景は、
私の嫌な想像を、さらに上回っていた。
メイに下ろされる。
あのメイですら、言葉を失っていた。
鳥人間、獣人間、魚人間、トカゲ人間。
様々な者達がそこに、横たわっていた。
それらの脚は、地面に転がり、みんな苦しそうに唸っている。
手足が震え出す…
これはチターナがやったのではない。
私が、そうさせたんだ。
取り返しのつかない罪──
私はデュナメイオン、いや社会から追放される。
回帰が応急手当したとして、この人数…
誰かは失血死する。
「反射がここまでやれるなんて。
アタシは回帰属がない。とにかく、分断された脚を集めよう」
「……はい」
私は脚を集め、メイは呻く者たちを運ぶ。
一人目。まだ温かい。
二人目。血の量が……。
戦場。
……吐き気がこみ上げる。
これまで、この異世界で、どれだけの覚悟を重ねてきたか。
しかしまた今回、私は…
「アテラ。えと、助ければいいんだね?」
気づくとリーネが隣にいた。
僅かだが、眉間にしわを寄せている。
「はい、お願いします」
「…じゃあ、回帰するね」
この世界の16歳だ。
私より、ずっと若い。
「とにかく生かすことを最優先に…
ちょっとみんな危ないですが、お願いします。
一番ひどい人から順にです」
「……うん」
…できるだけのことをやろう。
リーネの小さな「うん」が、重く響く。
それから私は、無言で脚を集め続けた。
ヌーが到着する。
「ヌー、すみません。手伝っていただけませんか」
「えと、-172との交渉は…」
……忘れていた。
あまりの惨劇に、作戦を見失っていた。
「それは、どこにいますか」
「棟の際にいます。チターナもそこに」
ヌーは指をさした。
昨日通ったあたりだから、だいたい場所はわかる。
でも、いくべきなのか。
だめだ。今は人命がかかっている…
「アテラいって。私達が残るから」
メイがそう言って背中を押す。
すぐに終わらせて戻ってくる。
そうだ。黄昏の人に助けてもらえば。
いざとなったら紋を使ってでも…。
私はがむしゃらに走った。
周りも見ずに。
木々の隙間から棟が見える。
……静かすぎる。
それでも、進まないと。
急げ。急げ。
ガサッ
気づくと棟の近く。
視界は開けた。
「あー、ちっこいお仲間だ」
え…。
目の前にいたのは赤短髪の男と、他数名。
「いい作戦だったぞ。だが、終わりだ」
赤髪は笑みを浮かべる。
後ろで両腕を掴まれたチターナが、押さえつけられていた。




