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25.投資戦

不思議だった。

帰り道、スピリエを一切語ることなく、赤誠棟まで歩いていく。

そうして着く頃には、何も起きなかったかのようだった。


しかし右手には、小さなブドウもどきの房を持っている。

セティから、あの後すぐに手渡されたのだった。


肉のような質感で、時々粒の隙間から出る触手で動こうとする。

服につければ、それを使ってくっつく。

直接身体につけたら、どうなることか。


「はあついた。いっぱい歩いたね」


沈黙を破ったのは、前を歩くリーネだった。

棟に入る手前で振り返る。

目線はセティと私に向けていた。


「ワシは、まだ歩ける」


「ぼくはもう、限界です」


……私の脚は、本当に限界だった。


「ああ、うん。最後の、あの方。緊張したよね。

 その紫の…気に入られたのかな」


あれ、いっぱい歩いたことを話していたはずなのに。

余計な話題にさせてしまった。


押し付けられた紫の異物。

セティが任せられた手前、捨てるわけにはいかない。

しかし、時々覗く眼球、細長い触手、触り心地、どれをとっても気色悪い。

好んでつけようものなら、色眼鏡で見られる。


観察をかわそう。ただのブドウの飾りで通すんだ。


「えと、空腹の方が限界でして…」


「あ、そっち。ふふ」


リーネは頬を緩ませて見せて、前を向く。


「確かに、お腹すいてきましたね。食料庫みてみますか」


ヌーもそれに並び、二人を先頭にチーム部屋に戻っていった。


食料庫には、数食分の肉と野菜、主食、水、調味料があった。

贅沢ではないが、数日過ごすには十分だった。


リーネは、小麦のような粉の入った袋を持つと、手際よく夕食の段取りを始める。

彼女は全てのテストが高得点だった。生活規範、つまり調理もできるだろう。

ヌーがそれを手伝いだす。


しかし、背の低い私とセティは調理台が使えない。


「アテラとセティは大変だったね。くつろいでて」


そうは言われたけれど、何もできないというのは苦痛だ。


「えと、他のみんなを呼んできます」


「あ、はーい」


そう伝えると、セティをひっぱっていく。


チーム部屋をでたところで、セティがその手を引っ張り返してきた。


「アテラ、気づいたことがある」


「なに?」


「チターナ・ドルフォナ。レジスタンスの関係者かもしれん」


「うん?」


「ドルフォナだ」


あ。


思い出した。

センシア・ドルフォナだ。

メイラが探せと言っていた人と、同じ姓だったんだ。


「…仲良くなれば、スピリエ打倒に協力してもらえる?」


「うむ。ドルフォナが来ているということは、組織だった動きがあるかもしれん。

 ワシが、頃合い見て釣ってみせよう」


珍しく、セティが積極的だ。

両手を腰に当てていた。きっとお姉さんぶってもいる…。


でもそんなセティを見て、紫の房を頭に付けようと思った。

これであいつに近づけるなら。腹をくくってやる。


紫の房を頭に乗せると、吸い付くようにそこに固定される。


そこからは動かない。

…今のところは、大人しくくっついているようだ。



私達は棟内を歩いた。他のみんなを探すためだ。


一階の通路を見終わった後、二階を見て回っていく。

部屋には入れないから、外から音を聞くだけ。


三階への階段を上がろうとすると、先から聞いたことのある声がする。


「…そういうことで」


「いやー、感謝、感謝です」


「何にしても、明日次第だねえ」


足音が大きくなる。

そこへ向かうように私とセティは階段を上がる。


「どんどん話が纏まるなあ。みんな申し合わせたように…あ、アテラ」


歩きながら後ろを向くムイが、前を向いた。

こちらに気づいたようだ。


「お疲れ様です。調整の方はいかがでしたか」


「順調も順調。六チームもパイプつくったわ」


握りこぶしを見せて、満足げな顔をしていた。


そのムイの肩にポンっと手が。

右側の脇から、チターナがでてきた。


「赤誠のみんな、協力関係の話に前向きだったよ。

 …でも、パイプ作ったのは誰だったかな?」


チターナは、そう言ってムイに向けて三日月型に目を細める。

そして、ムイの左側の肩に、メイの手がのった。


「も、もちろんチターナとメイの交渉スキルあってこそよ」


ムイは少し舌を見せながら、調子よく流れを整えた。

我がチームのブランドは、チターナ、メイのツートップで成り立っているようだ。


その流れで、チーム部屋へ戻っていった。


「…あ、いい匂い」


チターナが部屋の扉をあける。

調味料の匂いがした。


「リーネの提案で、食事の準備を進めています」


手前にいたヌーがそう答え、食糧庫へ入っていく。


「気が利くねえ。さすがリーネだ」


「可憐な上に空気も読めちゃって、えらい」


メイとチターナは、利のあることに褒める言葉を欠かさない。

さらに髪や腕にスキンシップを加えた。


「今日は十分仕事したなあ。ちょっと休憩タイムで」


そそくさと奥へ行ったムイの言葉を皮切りに、各々部屋に戻ったりした。



夕刻。

まだ日は落ちていなかったが、全員疲れた様子だった。

それでも代わる代わる食事の準備を手伝い合い、気づくと薄暗くなっていた。


「これよこれ。もう乾杯しちゃおうぜ」


配膳中のムイが、飲み物に手をかける。

どこか元気がない。


リーネとヌーの作ったものは何かのごった煮。そして燻製肉とパンだった。


肉とパンは配られ、ごった煮はおかれた器に自分でよそう。

特にそう話すまでもなく、みんな自然に行動していた。


ムイの提案で簡単な自己紹介が始まった。

デュナミスのことではない、ちゃんとした紹介。

それを一通り終えると、自然と会話が飛び交う。


だがそろそろ、黒風が仕掛ける戦争の事を切り出すべきだろう。


「黄昏棟のことですが、ぼくとしては明日の正午すぐに…」

「ごめん。追加の情報が来たんだ。部屋に戻った時に」


ムイが被せてくる。

…急いで休憩タイムとか言い出したのは、それだったのか。


「ムイ、全部隠さず話してくれ。正直に」


メイが、隣に座るムイの肩に手を置く。

圧を与えている。何かを察したようだった。


ムイは小さく息を吸うと、少し俯いた。


「黒風棟は先程、五十名を超える集団で黄昏棟に来たそうだ。

 それで、黄昏棟の三チームが早々に降伏していて」


五十名も。

先程の偵察で、黒風から黄昏へ行く時に気づきそうなものだけれど。

タイミングがあわずに、すれ違ったのかもしれない。


「そうか……。

 悪い。アテラ」


私?

えっと、なんでメイが…


メイは手のひら組んで、強く瞼を閉じていた。


「さっき会っていたチームなんだけど、黄昏に友人がいるらしくて」


ああ、察しがついてしまう。

とりあえず大きく頷いておく。


「いざとなったら何とかする。って言ってしまった」


「メイ。それはまた強気にでましたね」


冷静を装った。

何とかする……か。五十人相手に。

人数を知らなかったとはいえ、本当に戦争じゃないか。


「ごめんねリーダー。私も同意した」


チターナも。

セティと私からしたら、これはドルフォナに恩を売る機会になる。


「お詫びに私のデュナミスを見せる」


チターナはそう言って、片おさげについていた藤色の装飾を外し、壁に向かって投げた。

それは、小さなリボン付き蹴鞠(けまり)だった。


投げられた蹴鞠は、壁にあたり跳ね返る。

そのまま戻ってくるかと思いきや、こちら側の見えない壁に弾かれるように、ひとりでに壁打ちをはじめる。


「おおー」「すごい」


ムイとメイの感嘆を聞き、チターナの方をみた。

彼女は右手で、遠くの蹴鞠を押すような仕草をしていた。


「私の引斥は希少種。『反射』だよ。多少は貢献できるはず」


1000人に一人の希少種。そうメイラは言っていた。

珍しい攻撃パターンと言える。相手は対策しづらいだろう。


「どれくらいの大きさまで反射できますか?」


「反射っていっても反作用はくるんだよね」


つまり、重量攻撃は反射しても潰される。

それでもオーソドックスな引斥である『加速』と比べたら、攻撃の幅は格段に広がる。


黄昏棟への救援。みんなの発言は正しいと思う。

私だって、何の感情もないわけじゃない。

ルレウに、小さな恩がある。


小さく息を吸う。


「…やるしかありませんね。

 対五十人の勝ち戦を」


スピリエと50億の怪異の話を思えば、この程度の危機は、些細も些細。

勝ち方は、これから考える。


「か、かっこいいじゃん」


ムイがそう返してくれただけだった。

そして、誰も笑う様子はない。


「……勝つって本気?」


チターナですら、今は強張った様子だった。


「本気です。五十人くらいなら、やりようはある。全員倒さなくたっていいんです」


「そう。怯えるよりはいいよね。

 …よしよしってとこかな」


チターナの手が、私の頭に触れかけて止まる。


「てかこれ何?」


「あ…いや。貰い物で」


私は紫の房を懐の中に隠した。

ぶちっと、髪が少し抜けた。


「ふーん。

 猫族の耳に、似合ってるね」


チターナの顔は少しほぐれた。

……よかった。あの気持ち悪いのは見られていない。


リーネの方を見た。

紫のことは、何も喋らなそうだ。



その後だった。

入浴の時に、懐にめり込みかけた房がいた。

服を着ているのに、それをほつれさせていた。


「こいつ…」


いたたたた。

力づくで引きはがすと、皮がむけて血が出る。


こいつは、身体に触れさせるとやばい。


私は紫の房を布でぐるぐる巻いて、再度懐にしまい込んだ。



代わる代わるの入浴を終えた後も、作戦会議が続く。

デュナメイオンのプログラムなど気にかけず、戦い方についての話一色だった。



次の日、喋り声で目を覚ました。

毛布を剥くと、自分の内腿に数字が見える。


『1396』


それは、メイラとノアテラが私にかけた変化。

重ねがけの回数だった。

出発のときと比べて四だけ減っていた。

…このペースなら問題ない。


共同部屋へ行くと、食欲をそそる匂いが立ちこめていた。


「お、アテラ起きたか」


「おはよ」「おはよー」


半開きの目で周囲を見渡すと、ヌー以外の全員がすでに起きており、朝食の準備を進めている。


「おはようございます」


「ヌーのやつ、アテラより先に寝て、まだ寝てるのか。

やっぱり無族は睡眠が長い。」


無族だったのか。

昨日、最初に床についたのはヌー。20時頃だった。


私も、それからすぐにうたた寝した。

それをチターナが、彼女のベッドに運ぶところで、私は飛び起きた。

脳内に爆音が流れたのだ。


その時のリーネの上がった口角から、あれは干渉属だったに違いない。

……女性部屋は一枚岩じゃない。紫も無事でよかった。



結局、ヌーは朝9時過ぎまで眠り続けていた。


明日までの食料計画、ゴミ出しなどを話し合い、しばらく休憩。

正午前に簡単な昼食を済ませ、棟の大広間へ向かった。


広間には四~八人くらいの集まりが、たくさんできていた。

無事、赤誠のチームは結成されたようだ。


「みなさんこんにちは。

 初齢層・赤誠の正監督官を務めます、アグリコラです」


唐突に声が流れて、場が静まっていく。

さあ、どんな内容がくるか。


「改めまして、デュナメイオンへようこそ。

プログラム第1は――『投資戦』です」


投資……『戦』。

ざわり、と空気が揺れた。


「まず各チームは、デュナメイオン内通貨80デューンを所持しています。

 これを戦って奪い合うか、他色のチームへ投資できます。分割も可能です」


「戦って奪える量は、同じ相手に対して20デューンまでです。

 20デューンに満たないチームは戦う権利をもちません。

 また、投資済の通貨は奪えず、再投資もできないものとして扱います」


「プログラム期間満了時、受け取った、もしくは奪った通貨が得点となり、最も多いチームが勝者となります。

 その時、投資した通貨の利息も勘定されます」


……つまり、手元の80デューンは奪われる。

投資すれば守れるが、勝敗の得点になるのは利息分だけ。

他色から投資を受ければ、自分の得点になる。

そして、戦って奪えば即得点…か。


「受け取れる利息額は、直接投資した相手が持つ通貨量に比例して増えます。

 期間満了は、今より10日間後といたします」


「投資の決定は、いつでもどこでも可能です。

 チームの過半数が投資額を一致させて5秒以内に宣言すると確定します」


「なお、積極参加いただくため、20デューン以上の投資を受けていないチームは、

 食料の配給をご利用になれません。

 投資の現在利息は毎朝告知されますので、ご確認ください」


「それでは――スタート」


淡淡と読まれたカンペのようなルール説明。

結局、強い者が脅して奪って投資もさせて、力で勝つだけのルールにしか聞こえなかった。



「いい案がある!」


大きな声を上げたのは、蛇属の四半蛇らしき人物だった。


「全チーム、食材確保のために20デューンは欲しいはずだ!

各色に使者を送り、相互に20デューンずつ投資し合う約束を結ぶんだ!」


確実性のある、悪くない案だ。

騙し合いの余地がある中で、最初の交渉として優れている。


「いや、慎重に行くべきだ」


別の声が上がる。


「対策せずいけば奪われる。捕まって全額投資させられることだってあるぞ」


「なら折衷案だ。戦闘に長けたチームだけが代表して訪問すればいい」


「物量で押される。混成で動いたほうが安全だ」


「そんなことしたら、本陣が空かないか?」


議論は加速し、収拾がつかなくなっていく。

チーム最適と全体最適、そのバランスは難しい。


「だったら、全軍でいこう!」


メイが声を張り上げる。

それが私達チームの理想だ。黄昏へ、赤誠全軍で。


「いや、赤誠は、全体で動けるほど訓練されてない」


けれど反論は返ってくる。やまびこのように。

一理ある意見。もはや誰かの案に収束する兆しはない。


「結局、最大の成果を出したチームの意見が通るんだよな」


ムイが、私たちだけに聞こえる声で言った。


周囲はざわめき続けている。

そう、みんなを巻き込めなくたっていい。

早く動かなければ、失敗が取り返しのつかない事態になる。

それなら。


「……あの」


私は一歩前に出た。


「ぼくたちだけでいきましょう。

 実績を作る。それが基準となって赤誠がまとまるはずです」


騒然としたままの広間。

だがこの混乱は、都合がいい。

黄昏を助けに行くという一見利敵な動機を言わずに済む。


「よーし、アテラに乗った!」


チターナの大声。


「私も……」


リーネが小さく続く。


「よーし、今すぐ行こ」


ムイは私を担ぎ上げ、ヌーがセティを引っ張って出口へ向かう。

チターナ、メイ、リーネが続いた。


「あいつら威勢いいな」「おい、勝手な行動は首を絞めるぞ」


背後から忠告とも非難ともつかない声が飛ぶ。

聞き流していこ…


「動かないのは腰抜けだ!」


メイが、振り返りざまに叫び声を浴びせた。

背後は、静まり返る。


早速、問題児みたいな路線。


……楽しい。

前世では、私だけが出る杭になり、そして打たれた。

だからこそ、この展開はたまらない。

失敗の恐れなんて、生きる上でのスパイスでしょ。


「さて、全速力で行くぞ」


ムイが威勢よく走り出す。

ただ、方角が少しずれていた。


「ムイ、最短はもう少しこちらの方角です」


私は東南東を指さした。

棟の位置関係は、先日の偵察で把握していた。


「黄昏と共闘だね。そのお礼で投資をもらおう」


メイが追い抜く。


それを見たチターナも、前に出て来た。

二人の走るフォームは、とても綺麗だった。


後ろを見ると、リーネ、ヌー、セティがついてきている。

セティは手をぷらんとさせながら、物凄い速さで脚を動かしていた。


オートマトンの動き。不自然すぎる。


私はセティに表情で伝えようとしたが、

セティは理解できずに、首を斜めに傾げるだけだった。

まあいいか。



「あ、まずい。これはまずい。まずいぞ……」


結構進んだ後だった。

ムイが走るペースを落として、つぶやきだす。


「どうかしたのですか」


先行するチターナとメイが小さくなっていく。


「もう来やがった…それも五十人どころじゃない。

 百人以上って…」


百!?


…そんなばかな。

喉の奥がしまる。


「おまけに降伏した黄昏のメンバーまで包囲に加わっているらしい」


包囲なんて……合流すら困難だ。

このままいったら、7対100じゃないか。


……しまった。

前を走る二人が遠い。


「まって!」


だめ。そんな先にいかないで。


「とまって!メイ!チターナ!」


全力の声は、届いていない。

彼女らは小さく、木々の奥へ消えていった。

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