24.思慕
初日は『生活準備の日』とされていた。
それは黒風により『戦闘準備の日』に変わった。
歴史本が好きだった私。
こういう時はまず、周辺の偵察、食料の確保と見通し、同色である赤誠内の統制をするものだと思う。
ムイとヌーと話を受けた後すぐに、みんなを共通部屋に呼んでいく。
「なに?大事な話って。やっと自由な時間になったと思ったのに」
チターナが、髪を触りながらでてきた。
三つ編みにリボンがついていた。
「全員揃いましたね。これは、ムイからの情報筋ですのでムイお願いします」
「うん。えーと」
みんながムイに注目する。
「…明日、戦争が勃発するよ」
「…」
一瞬みんなの顔が強張る。
しかしすぐに、目を閉じて首を振ったり、手のひらを上に向けたりしだす。
当然だ。言葉足らずすぎる。
「…黒風棟の者から、黄昏棟に脅迫が来たらしく。
属国にならねば、総攻撃すると言われたそうです」
見かねたヌーが補足した。
それを聞いても、みんなは首を傾げる。
「まって。なんで分かるの」
「そうだよ。こんな短い間にどうやって連絡を」
チターナとメイが矢継ぎ早に質問を投げた。
「干渉属の伝達が来たんだ。一緒にこっちに来たエルイーナって黄昏棟にいるんだけど」
「遠い親戚だそうです」
伝達。恐らく、山羊やスピリエがしてきたあれだ。
そんな便利すぎる手段がどこにもあるって、覚えておかないと。
「この距離届かないでしょ」
「それがあいつのは届くんだよ。3kmくらい」
「そもそも、黒風もさ。この小一時間で作戦が纏まる?
『総力』なんて体制、普通作れなくない?」
「そ、それは黒風のブラフかも…でも攻めるのは本当かもだから…」
チターナとメイの詰問に、ムイは苦しそうだった。
信頼の薄い現状がよくわかる。
つまり、ここでムイが嘘を言うメリットも低いのだ。
「ですが、この危険なデュナメイオンなら『ありえる』ことです。
早くに戦闘準備を進める。これは、どう転ぼうとも次の手に生かせます」
ここは、信用ではなく、損得と思った。
仮のリーダーとして合理的な話し合いに持っていく。
「お、アテラいいこというじゃん。疑ってもいいが、準備するに損はないだろ?」
ムイは、渡りに船とばかりに私の肩に手をかけた。
「そうだねえ」
「ワシも賛成しておく」
「……私も」
チターナ以外は私になびいた。
チターナは指を顎に当てて、少し考えている。
そして、顎の二本指が、私を指した。
「その戦闘準備って、何?」
「偵察。そして、赤誠内の協調を進めます。
先ずは戦術のために、みなさんのデュナミスを知りたいです」
チターナは、目を丸くした。
そのまま、しゃがんで来て目線が合う。
少しだけ口角が上がっていた。
「デュナミスは、全部言うべきですか。リーダー」
「お任せします。ではぼくから」
デュナミスは手の内に。みんな全てを開示する必要はない。
かく思う私も、こうなった時のシミュレートはしていた。
当然ありのままの真実は、言えないのだから。
「『引斥』。物体の押し引きができます。あと、『偽証』。これは、防御専用です」
──「重ねがけ?」
合格通知の日。
私は偽証、つまり変身のデュナミスを何度も重ねろとメイラに指示された。
「そうだ。お前の変身は相殺によって破られる。だから、多重防壁にしておくんだ」
「そんなに変身デュナミスを使う人がいるのですか」
「いいや、相殺ってのはな。
干渉でも、偽証でも、引斥でも、直に内部に影響を与えるデュナミスなら起きてしまうんだ」
「引斥で矢を飛ばす攻撃には起きませんか」
「ああ。それはあくまで矢だからな。他にも干渉で伝達する声なんかは空気の揺れだから相殺しない。
そうじゃなくて、直接身体を浮かすとか、精神攻撃するとかいう類だ。相殺になるのは」
「攻撃を受けて何度か壊されても、もっと重ねた変身ならば姿は維持される。
それが多重防壁ですね」
「そう。その五歳の男の姿を何枚も重ね着させておけ。
それで、防御だけのデュナミスが使えると説明しろ。変化のことを言えば正体を探られるぞ」
──そう。変身のデュナミスは伏せて通す。
そうする以外になかった。
「ふーん。私は『回帰』と『引斥』だよ」
チターナは、詳細を伏せて申告する。
「ヌーは『観測』、俺は『引斥』だ」
「アタシは、『干渉』と『引斥』」
「私は『回帰』と『干渉』です」
ムイ、メイ、リーネとその流れは続いた。
そして、皆の目線はまだ発言していないセティに向く。
「セティは『干渉』の増強が使えます。あと『引斥』で熱線が撃てます」
以前、私が改造したセティの右腕は、怪力によって机を破壊した。
それは、増強と呼ばれるデュナミスに近い振る舞いだった。
また、メイラによると、熱線のような熱系は『引斥属』の希少種で説明がつくらしい。
「オーソドックスな感じだね。確率通りというか」
「デュナミス使用者の半数は引斥ですね。
残りの1/3が回帰、干渉、そして観測とその他。
凡そ統計通り。美しいチーム…」
リーネは、どこか楽しそうだった。
各々のデュナミスが分かれば、連携を考えられる。
詳細も知りたかったが、今はこれで十分。
次は、分担決めだ。
時間節約の手を試してみる。
「今から、適性チェックをします。みなさん目を瞑ってください」
これは性格診断ではない。
今この場で、迷わず二手に割るための口実。
「ん?」
「なんだなんだ」
みんな不思議がる。
だが、明確な反対意思がなければとりあえず倣ってくれる。仮リーダーの特権だ。
「さあ瞑りましょう。この結果は強制じゃないですから」
「なんか楽しそう」
「おーけー、早く始めて」
そう言って徐々に目を瞑りだす。
「あなたは裁判官を指名しなければなりません。
これから行われる重大かつ他人事でない裁判において、人の裁判官を使うか、統計データから超高精度で自動判定するシステムを使うか。どちらを選びますか」
「え、なにそれ」
「ちょっともう一回言って。難しかった」
「人の裁判官か、システムの裁判官か。大事な裁判です。
直感で手を上げてください。人の裁判官の選ぶ人」
そう言うと、チターナ、メイ、ムイが時間差で手を上げた。
いい感じに分かれてくれた。
「下ろしてください。
…システムの裁判官を選ぶ人」
セティとヌーが手を上げる。
リーネは、少し待っても手を上げなかった。
「どちらかにあげてほしいのですが」
「どちらかといえばシステムだけど、信用していいのかな…」
リーネは目を瞑ったまま、両指でこめかみを押さえている。
分からないことは、とことん悩みたいタイプかもしれない。
しかし、今は時間が大事だ。
「はい。結果が分かりました」
みんなが目を開く。
「提案ですが、人に手をあげたチターナ、メイ、ムイを赤誠の協調にして、リーネ、セティ、ヌー、私を偵察にしたいです」
「んー、なんとなく納得だけど、理由を教えて」
早速、チターナの質問がくる。
「偵察は事実ありのままを伝える人がいいと思いました。協調は、人の個性や柔軟性を重んじる人がいいと思いました」
そう用意していた答えを話した。
何か、ムイからの視線を感じる。
「ヌー達、そっちだったかあ」
手を額に当てて残念がっている。
ヌーと私を交互に、しつこくみてきた。
……男同士でつるみたかったとか言うんじゃないだろうな。
「ちょっとバランスが悪いかもね。
初日だからいいけど、この決め方は明日以降使えないよ」
チターナは、少し瞳を伏せた様子だった。
それに対してメイが頷いていた。
ともあれ、特に揉めることなく分担は決まった。
日が落ちるまで偵察だ。
「第4棟から出ていく人の流れの感じ、他色の参加者は、各方向へ分散しています」
「第4棟の方角、正確に分かりますか」
私がそう聞くと、リーネが近くに来る。
そして、指で地面をなぞりだした。
日の方角と高さ。
時刻。方位のシミュレーション。
などが、その可憐な指により描かれていく。
「本当は、精神干渉で見せられるんだけれど、アテラたくさん防御してるみたいだから」
この世界における太陽の軌道が、シンプル、そして精密なラインで表現された。
地軸の傾きが、地球より大きいのがわかる。
さすが、生活規範高得点はすごい。
「つまり、第4棟は南東ですね」
リーネは頷く。
「それなら、まずは南に棟がありそうですね」
それを受けて、ヌーが繋げた。
これまでの情報を参考に、第4棟を中心とした等距離に一周、角張った円を描くように動くことになった。
棟を見つけるまで一直線の方角に歩く。
真南→東南東→北北東→北北西という流れだ。
辿り着いた棟は、青月、黒風、黄昏の順だった。
つまり、第4棟の左上が私達赤誠、左下が青月、右下が黒風、右が黄昏ということになる。
全て初齢の棟だった。
中齢層や終齢層に関しては、もっと外側にあることも分かった。
黄昏棟付近に着いた時点で日が傾いていた。
最後の白刃には行けない。
「黒風の標的となった黄昏は黒風の北。
我々赤誠の南東の第4棟のさらに東。
これが分かっただけでも十分な収穫です」
そう話して頷きあう。
帰りは第4棟を経由して直線寄りに戻っていく。
「棟の側面は必ず売店のようなものがありますね」
「あれ、配給所ですよ。さっきの棟とは違う品揃えかも」
リーネは結構目が利く。
それに頼ってあえて人を避けた。
今、変に情報を与えて、戦いのプログラムにでもなったら、危険を増すだけ。
「第4棟付近にも配給所はあるんだ
……あっ」
リーネが何かに気づいた。
「二名、こちらに向かってきます」
なんだろう。
姿形は男性寄り。
マント。銀のマント、服は礼装の……あ。
鳥肌がたった。
全身から血が引いていき、足が止まる。
まずい。
あれは。
……スピリエ。
「どうして…
どうしよう…」
そう言ったのは、リーネだった。
着衣を均し、髪に触れている。
憧れか、緊張か。
ドクン、ドクン、ドクン…
私の鼓動は、憧れなんかじゃない。
怯えでも、緊張でもない。
「アテラ、早まるなよ」
そうセティが言う。リーネとヌーが一瞬、私に振り向いた。
「こちらに歩いてきます。あの方が直接どこかの棟へ出向くのは考えにくい。
やはり、目的は私たちの誰かでしょうね」
ヌーは視線を泳がせていた。
ザッ、ザッ、ザッ。
もはや、誰も口を開かない。
それだけの緊張が場を支配していた。
ザッ、ザッ、ザッ。
スピリエともう一人はすぐそばまで来ている。
思いのほか、大きい。
思わず、セティの手を握る。
ザッ、ザッ、ザッ。
「アッティラ・ラシュターナ。セティ・メラユエ。本デュナメイオンでは最年少の二人だ。やはり目立つ」
スピリエではない方が口火を切った。
「どうも、こんにちは」
咄嗟に出る挨拶。どうくる……。
「あの時の殺意はどうした」
手の届きそうな至近距離。
金髪から覗かせる顔は、中性的で美しかった。
そんな印象とは打って変わって発せられた『殺意』という言葉に、自分が自分でなくなったかのような錯覚に陥る。
「殺意…ですか。人違いではないでしょうか」
そう口から出た。
悪手だ。自分でもわかる。メイラですら嘘を見破ることができたのだ。
「ほお、よくできている…。
見かけ以上の『障害』があるようだ」
そう言って、私の髪に触れてきた。
顔が、近い。
整い過ぎた顔と絹糸のような髪が、視線を覆う。
思わず目をそらしたけれど、
スズランに似た、ほのかな香りが、
目の前の現実から背けさせてくれない。
「どこかで見た顔の作りじゃないか。まるで昔の…」
背けた顔を直され、
そして上向きに顎を持ち上げられた。
山吹色の澄んだ瞳に吸い込まれる。
なんて美しい顔……
やり過ごそうとしても、時間が動かない。
だめだ。これじゃまるで見とれているだけ…
「一つ命令だ。これを連れておけ」
そう言って、どこからか小さいブドウの房のようなものを取り出す。
それを、私の頭上に乗せた。
乗った何かが、左耳のリングに触れる。
そのリングは。
私の、お父様の……
「さわるな!」
反射的にぶどうの房を、はねのけた。
胸が灼けるように痛い。
ドキ、ドキ、ドキ…
鼓動が暴れる。
はやく、落ち着かないと。
前を向くと、スピリエは、少し薄笑いを浮かべているように見えた。
「そうか。じゃあ肩でも懐でも、どこだっていい」
そういってまた、房を拾い、差し出してくる。
房は蠢き私の服にしがみついた。…ように見えた。
今はくっつくだけの房。
自分で、動いたのか?
一瞬。粒の一つから目が開いて閉じた。
うわっ。
気持ち悪い。
私はまた、反射的にそれを払い除けた。
「アテラ、命令だよ。そこは素直にならなきゃだよ」
後ろから、リーネの小声が聞こえてくる。
う。
こんな、やばそうなものなのに。
リーネは見えてない。
今、命令に背けないのは分かってる。
分かっている。でもこれは…
「世界一のデュナトス様に緊張しているようだ。
ワシが受け取って必ず身につけさせよう」
「頼もしいな。セティ、お前に任せる。
それを頭につけられたら、褒めてやろう」
房のような異物は、スピリエからセティに手渡された。
「理事長。そろそろ時間が」
「ああ、わかっている」
その応酬と同時だった。
スピリエと付の者は僅かに浮遊する。
(それで呼びあえる。気が向いたらでいい。もう一度あのマイナス1,000を見せてくれ)
え。
マイナス1,000…気づかれて、いた…。
私は歯を食いしばり、無意味ながら聞こえないふりをした。
「フッ…フフフフ。面白い」
スピリエは笑いながら消えた。
最悪だ。
最強の相手に、私の異常値が知られた。
そしておそらく、紋の存在も。




