21.デュナメイオン
「おーい、セティ。寝てるのかー?」
メイラに従うように、ノアテラが顔をこちらに向ける。
セティは、油の皿に顔を突っ込んだままだった。
何か、かわいい…
セティは、ベロを出しながら幸せそうな顔をしている。
「あの油ってなんですか?」
「植物の種を搾った油だよ。料理にも使えるし、機械の摺動油にもなる」
セティはサラダ油みたいなのが好物だったんだ…。
「大好物みたい。袋に入れて持っておいてあげたら」
悪知恵を授かる。
つまり、餌付けですか。
「いただきます」
サラダ油に可能性を感じてしまった。
セティが命知らずを働いたらこの油で止まるかもしれない。
「こいつを改造したセンシアと言う奴も、探さなきゃな」
「ええ。同期だけを無効にするなんて神の手だ。
こんなふうにメズさんが言ってましたからね」
ノアテラは、ハサミの手振りでメイラと話す。
私のやった同期無効は、中央から見たら脅威だろう。
センシアにそれができて、友好を結べたら大きい。
「アテラ、何か情報があれば頼むよ」
「はい」
その後は、夜遅くまで宴会が続いた。
メイラの仕事の話。
メイラは回帰属をコアにして、建物修復を仕事にしているらしい。
さらに四属ものデュナミスが使え、
フェローと呼ばれているのだと、得意げに語った。
そこから、仕事と収入の愚痴がだらだらと続き、
最後には、ギャンブル癖の話になる。
月の食費が1,000コインほどの世界で、
借金は10億コインに達しているという。
……どうしてこうも極端なのだろう。
ずっと、メイラの自慢と愚痴ばかりが続く。
金遣いは子供のよう。
愚痴も子供のよう。
でも壊れた建物を直し、人を助け、社会の穴を埋めている。
そんな『人と社会の自然さ』があると分かり、
少しだけ、世界が明るく見えた。
三日後、共通テスト結果が届いた。
──第131期 共通テスト
合格ライン 86% (688/800)
『728/800点』
貴方は、デュナメイオン入学の資格を有する。
「アテラいい点数ね。余裕の合格だわ」
結果を開いた私に、ノアテラが声をかけてきた。
悪くはなかった。
ペーパーテストは八割くらいの体感だった。
まさか、こんなに高いなんて。
……チラ。
『743/800点』
「推薦もあるが、セティはデュナミスがなくてこれだ。とんでもなく優秀だぞ」
メイラがそう声をかけた。
喜びの感情が、大きく削られる。
「はい、負けました……」
「ハハハ、勝負は勝負だからな。仕方ないよなあ」
メイラは両手のひらに人形を作りだした。
「セティ・メラユエが姉。と。
メイラ先生の養子で申請ですね」
「ああ」
男の子の人形は、女の子に頭を撫でられていた。
私の脳内を読むかのように。
悲しい…。
セティがお姉ちゃん。どうみても私の方がしっかりしているのに。
「いずれにせよ、こうするしかなかった。
後見人だけじゃデュナメイオンに入れないからな。
ノアテラのまま申請できたらよかったのだが」
「面目ないです」
「手配時効まで後二年だ。耐えろ」
「はい……」
ノアテラは追われる身だった。
私がノアテラの姓であるラシュターナとしても、法的な親はメイラにするしかなかった。
「生年月日も覚えておけよ。矛盾ないように」
ノアテラが見せたセティの紙に、『4蛇の星系 8日』と書いてある。
「アテラは9日だからね。もう申請を終えてるわ」
「ゼロ歳のお前の外見から想定した誕生日だ。そんなにずれてはいない」
確かに、私がお母様お父様に拾われたのが九カ月ほど前。
今が3魚の星系だから、おおよそ正しい。
ナークの家を出て、ノアテラに連れられ、今度はメイラの娘……いや息子。
名前、家族に、性別、誕生日まで、上書きされていく。
「さて、お前達が入るデュナメイオンだが」
デュナメイオン。共通テスト優秀者のみが許されたエリートコース。
そこであれば、中央への潜入にぐっと近づく。
「実はこれにサインがいる」
メイラは一枚の紙を差し出す。
タイトルには『認定教育システム"デュナメイオン"入学における合意書兼案内書』と書かれていた。
中には各種免責事項、説明文、合宿施設の案内などが記されている。
暴力や不可逆な障害を与えられても、デューナメースを訴えることができないこと。
開示されていない情報の吹聴や、不服申し立ては禁止されていること。
デュナメイオン中に発生した事故被害の補償は、定められた内容に基づいて行われること。
……またこの類か。
メイラとの契約書を思い出す。
とりあえず、セティに言っておく。
「これも、基本権の範囲内。問題ないってやつ?」
セティは一度こちらを向き、合意書に視線を落とす。
「いや、生存権すら危ういな」
ほら、結局……
え。どういうこと?
頭は真っ白だった。
「アテラ。これは世界のエリートを集めた合宿だぞ。
弱者を保護するぬるま湯とはわけが違うんだ」
世界のエリートの生存権が、侵される。
つまり、守られない存在?
「恵まれた者は、生まれ持った罪があるのよ」
ノアテラが私の髪に触れて言った。
「能ある者は、総じてポリティカル・スコアが低い。
それでもって社会的立場が得られなかったら、おしまい」
前世の世界ならば、エリートほど守られる。
……ここは、違うというの?
「ハハハハ、生きる価値無しだ。
デュナトスにならなかったら終わりという恐怖は、私もあったな」
生まれの不平等を壊しているのか。AIが。
死すらも、自己責任。
そんな危険な教育を、子供にサインさせる。
恵まれていればいるほど、より危険な世界が待っている。
十日ほど過ぎて、ついに出発の日が来た。
認定教育システムのスタッフが迎えに来るため、朝早く出なければならない。
メイラともノアテラとも、普段通りに生活できていた。
けれど、今日だけは違った。
ノアテラは、顔に涙の筋が残っていた。
なんで。
「アテラ……ちゃんと休みには帰ってくるのよ」
そう言って、ノアテラは私に三枚の手紙を手渡した。
困難を乗り越える三枚のお札のように。
「これ……一枚は私、一枚はメイラ先生、一枚はナークさんから」
お父様から。
その名前だけで、胸の奥が痛んだ。
捨ててきた家が、まだ私を呼んでいるみたいだった。
「今、見ていい?」
「だめ。着いてから見て」
「うん」
向こうで見て、帰りたくなったら嫌だな。
いっそ、ずっと見ないでいようか。
「アテラ、見たくなさそうだな」
「あ」
メイラの嘘読み。
今の「うん」は、少し陰りが出ていたのか。
「もう……」
ノアテラが、口を横一文字にして見せる。
最初の頃の作り笑いや、突き放すような口ぶりは面影もなかった。
「セティもね」
ノアテラが、セティの頭を撫でる。
「少し、うちが静かになるな」
その言葉を聞いて、ノアテラはメイラの方を見る。
メイラが小さく頷き、ノアテラは、口をへの字につぐんだ。
「アテラ、いつでも帰ってらっしゃい。待ってるからね」
……優しすぎる。
驚くほど居心地は良かった。
けれど、ここにいたら私はきっと、弱くなってしまう。
私は感情を握りつぶし、表情を素に保った。
いつもを装って。装って。
そうして、ノアテラとは地下で別れた。
地上に出ると、全身黒ずくめの、認定教育システムのスタッフらしき人物が待っていた。
「お別れは済みましたか。私の手を、強く握ってください」
白い手袋の手が差し出される。
私は振り返り、メイラに手を振った。
「逃げたくなったら、ここに帰っておいで。
私もしばらくはノアと一緒にいる予定だから。料理作ってくれるの、楽だし」
メイラの方も…私達を刺客にしておいて中途半端なことを言う。
反デューナメースらしくない。
「先生、行って参ります」
「無事に戻って来いよ」
右手で白い手袋を掴む。
スタッフ右脇には、セティが立つ。
「では、飛びます」
スタッフがそう言うと、周囲に黒煙が立ち上った。
数秒で煙は消え、景色が一変する。
見渡す限りの野原。
建物は一つもない。
「あと少し歩きます」
スタッフは歩き出す。
「ここがラクシュリナ地方か?」
セティが聞いた。
「はい。詳しい位置は秘匿されています」
歩く速度はかなり速い。
私は駆け足で必死についていった。
「少し」と言われたわりに、数分走らされている。
「ま、まだですか……ぜぇ、ぜぇ……」
到着前からこの厳しさ。息が完全に上がっている。
セティは余裕そうだった。
「もう見えていますよ」
スタッフはそう言って、私を抱き上げ、遠くを指差した。
地平線の先に、かすかに見える建物。
あれが合宿施設。
…あと20分は走る距離じゃないか。
「結構、遠いですね……」
そう言うと、スタッフは私を抱きかかえたまま歩いた。
生存権すら危ういはずなのに、スタッフは妙に親切にしてくる。
不気味だった。
セティは飄々として、ついてくる。
施設に近づくにつれ、他の方向からもスタッフに連れられた者たちが集まってくるのが見える。
どうやら、全員同じ時間帯らしい。
「あ、下ろしてください」
私だけ抱えられているのは、さすがに目立つ。
スタッフは無言で下ろし、歩調を少し落としてくれた。
さて。
エリート諸君のデュナミス値がどの程度か見てみよう。
私はポケットから、ポリティカルメガネを取り出して遠くの人たちを眺めた。
「あれ…」
「それは、お使いになれません。後ほど説明がございます」
力が全ての場所と思ったが、わざわざわかりにくくするのは何故だろう。
けれど、これはありか。
私とセティの不都合な情報も隠しやすい。
門の前に到着する。
『デューナメース認定教育施設 デュナメイオン』
そう刻まれている。
「認定教育システム参加者は、奥の四番棟へお入りください」
どこからか声が聞こえた。
気づけば、先ほどまで一緒だったスタッフの姿はない。
私達は流れに従い、四番棟へ向かった。
四番棟は体育館のような巨大な建物で、土足のまま中に入っていく。
内部では、黒服のスタッフたちが誘導していた。
他の者もスタッフも、鳥族、虫族、獣族など種族はさまざまだ。
前世の体育館のように整列、というわけにはいかず、
広い空間にぞろぞろと押し込められていく感覚だった。
次第に人が増え、周囲は混雑してきた。
セティの手を握る。
ドン!
私達の身長では完全に視界の外らしく、容赦なくぶつかられた。
このままでは、前がまったく見えない。
……久しぶりだ、こんな人混み。
「セティ、ちょっと抱っこして」
そのとき、セティではない誰かが私を抱き上げた。
知らない腕。
反射的に金の紋を出しかけて、止めた。
「はいどーぞ。…こんな小さい子達もいるんだねえ」
蛾のような、ふわっとした触覚を持つ、四半虫族らしき人物だった。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。意外と軽いね」
そのまま右肩の上に乗せられる。
「そっちの子も。抱っこしてあげるね」
そう言って、左手一本でセティまで抱き上げた。
……なんて力だ。
彼女が高身長のおかげで、一気に視界が開けた。
小さすぎて得したかもしれない。
「名前は?」
「アテラ。アッティラ・ラシュターナと申します。そちらはセティ・メラユエです」
「お、礼儀正しいね。私はルレウ。ルレウ・シエファだよ。
その年で試験通るなんて、すごい」
「が、がんばりました」
「よしよし」
情報は最小限に。
今、打ち明けるのは、危険と安全どちらにも転びうる。
「それにしても多いね。アテラ、何人くらいいると思う?」
「1700〜1800人くらいでしょうか」
勘だ。体育館一つで500人、ここはその縦横が倍。…だから4倍。そんな計算をした。
「…1755名だな」
「そこまで分かるの?すごいね」
セティがチートじみたカウントを決めてくる。
「二人とも、数理頑張った感じ?」
「はい」
ペーパーテストはいくらでも言っていい。デュナミスは隠したい。
「やっぱりね。今年の実技、実戦系だったから大変だったよ。私は増強デュナミスで楽できたけど」
増強。
メイラに見せてもらった偽証属の筋肉増強のことだろうか。
私を軽々持ち上げるのも、その力か。
そのとき、会場全体にアナウンスが響いた。
「テストを通過された皆さま、本日は遥々お越しいただき、ありがとうございます」
いよいよ、始まる。
「それでは開式の辞としまして、世界的なデュナトスをお呼びしております」
周囲がざわめき出す。
世界的なデュナトス。それは恐らく舞台横に控える誰かに向けている。
「ニギナルガル理事長」
その者は壇上へ進む。
銀のマントに礼装に似た服を纏っていた。
金色の長髪がなびく。
精悍。そして、性別が分からないほど美しい顔だった。
「スピリエ・ニギナルガルだ」
ス…ピリエ…
鼓動が速くなる。
世界は、白く染まる。
落ち着きのないはずの周囲ですら、全くの無音に感じた。
あいつ、が。
メイラが敗北した、怪異を従える化物。
そしてAIの王政を…
あいつが。




