22.暴走
はらわたが灼ける。熱い。
聞こえない。
あいつは、何を言っている。
周りは、どう聞いている。
ただ…私は、あいつの一挙手一投足を凝視し、灼ける身体の矛先を向け続ける。
ドクッ。ドク。ドク。…
『構造支配』をしたら。今、ここで。
禁忌とした脳の改変。いや、破壊。
あそこへ破壊の紋を打ち込み、存在ごと粉砕すれば。
思い出せ。スコアに侵された世界の、私の最期を。
この心拍こそ、本当の私。
ドクン。ドクン。ドクン。
やれ。やれ。やれ。
バシュウゥッ
それは、金の紋を発動しようとした瞬間だった。
近く、左側からの光線が、ホールの天井に走った。
「わわっ」
ほぼ同時に、ルレウがバランスを崩す。
ルレウじゃない。もう少し左……
やったのは、セティだ。
「そこの者!何をしている!」
遠くからスタッフらしき者の声がした。
同時に、ルレウがしゃがむ。
足が地に付いたところで、セティを見る。
「セティ、もしかして」
「言うな」
セティは、私に視線を向けている。
確固たるまなざしに見えた。
……そっか。セティは気づいたんだ。
『考えに忠をもって世を手懐けよ』
まるで、そう言っているようにも感じた。
「おい!そこ!」
「…どうしよう、やばそう」
ルレウの言葉で見渡す。
混雑していたはずだった周囲は、ぽっかりと人が避けていた。
「すぐにでてこい!さもないと…」
「そう、あわてるな。ただの弱いデュナミスだ」
スピリエがたしなめる。
怒声は止んだ。
「やったやつも、そうでないやつも、等しく聞け」
「思想は、もっと大胆な行動で示せ。考えの弱者は去れ。
ここを越えられるのは、新たな秩序を作る者だけだ」
低く、空気を震わせるような声だった。
「たったの二カ星だ。プログラムを通して、我々を戦慄させろ」
「…しゃがんでると、目立つね」
ルレウがそう言うと、再び私達を肩に乗せ、持ち上げた。
「王の目に適う者が現われることを、大いに期待する」
王。
やはりスピリエは、王を作る。
落ち着きかけた心が、再び揺さぶられる。
けれど、次はもう早まらない。
話を終えたスピリエは、腕を前方斜めに突き出した。
こぶしを強く握り、そして開くと、鮮やかな虹の光を生み出す。
複雑で、繊細で、規則性のない虹色が広がる。
ホール全体へ。そして、穏やかな歓声とともに充満した。
「あれ、こっち見てる…」
ルレウの言葉の通り、スピリエはこちらの方を見ている。
(見えているぞ。お前の殺意は)
え…。
背筋が凍る。
何もしていない。なのに。
殺意だけが、気づかれた…
あの山羊がやったような、音じゃない声。
悪寒が渦巻く。
もはや、すぐ殺されることだって、ありえる状況。
震えがくる。
それを必死でこらえる。
周囲に異変はなく、
大きな拍手とともに、スピリエは退場していった。
「続いて、プログラムの説明に入ります」
機械音のような女性の声が流れる。
「第144期デューナメース認定教育システム――デュナメイオンのプログラム概要を説明します」
そう言うと、正面上方にディスプレイが出現した。
これは、映像投影系のデュナミスだろうか。
とにかく集中だ。平生を取り戻す。
「本プログラムは、二カ星にわたって実施されます」
「参加者は総勢1755名。
初齢(5〜28歳)、中齢(29〜54歳)、終齢(55歳以上)の三層に分けられ、さらに色で識別された五つの団体――赤誠、青月、黄昏、黒風、白刃に割り振られています」
「各自の色は、退出時に頭上へ表示されます。
その色に従い、該当する棟へ帰還してください」
……なんだろう、戦争でも始まるかのような分け方。
「この認定教育システムでは、以下の三つの行為が禁忌とされています」
「一、殺害。二、教官への背信。三、同層かつ同色つまり自団体への裏切り」
「これらが認められた場合、デュナメイオンからの即時追放、およびポリティカル・スコア マイナス500が付与されます」
「二カ星の間に、三回のプログラムを実施します。
参加者は、そのルールに従って行動してください」
「成績優秀なチームには、認定企業での高待遇、現金報酬、デュナトスTier評定が与えられます」
「また、先ほど理事長の御言葉の通り、個人に対しても、功績に見合う名誉が用意されております」
「一つの団体は、およそ百名規模となります。
その中で、10名以下の小チームを編成してください」
これは教習でも、合宿でもない。
色ごとの小国家を作り、百人規模の集団を競わせる実験場。
生存権すら危うい、というセティの言葉が現実味を帯びる。
「本日より一日間、戦闘行為は禁止です。
明日の正午までに、チーム申請を完了させてください」
「申請は自色団体の棟で行います。
配置されているスタッフ二名に申し出てください」
「衣食住はすべて自色団体の棟内で完結します。
他色の棟へ侵入した場合、攻撃を受けます。
場合によってはスタッフも応戦しますのでご注意ください」
「最後に。
本施設では、スコアチェックおよびデュナミスコピーが、発動しないよう厳重に制限されています。これは、皆さまの人生を決めるデュナミス覚醒を吟味していただくための措置です」
「質疑応答は自色のスタッフへ。
また、本制度では平和的行動が推奨されます。健闘を祈ります」
平和?
……殺すな。スタッフに従え。自分の色を裏切るな。
それ以外は、何でも許される。
なのに、平和的行動が推奨なんて。
冗談にしか聞こえなかった。
これは、デュナトスを『選別する』ための環境なのだ。
「退出していただいて結構です。
聞き逃された方のため、もう一度説明を繰り返します──」
人々がぞろぞろと退出していく。
早めに動き、早めにチームを見定める必要がある。
「ありがとうございました。本当に助かりました」
私はルレウに降ろしてもらおうと、お腹の前の手を振りほどこうとする。
「大丈夫。外に出るまでは危ないから、このまま行こ?」
力が強い。びくともしない。
……戦闘になったら、私は一瞬で制圧される。
「ねえアテラ、もし同じ色だったらさ、私とチーム組まない?」
歩きながら、ルレウが言う。
「嬉しいですが、ぼくみたいな可憐な子供に早まりすぎです」
「なにそれ。ふふっ」
正体も分からない相手と勢いで組むのは危険だ。
そして、咄嗟に出た「ぼく」。
この外見には、案外合っているかもしれない。
建屋の出口付近で人が滞留している。
早くもチーム勧誘が始まっているようだ。
「……私、結構騙されやすいんだ。特に女の人に」
突然のカミングアウト。
正直、深掘りしたくない。
「そうなんですね。それなら、そこのセティなんて怖いですよ」
セティは無言でこちらをみる。
ごめん無実のセティ。今はこの会話を回避したい。
「そういう意味じゃなくて……アテラって、純粋そうだよね」
五歳なのだから純粋でしかない。普通はね。
「でも悪い子かもしれないですよ。純粋な悪い子」
「純粋に変な子。それがアテラ」
「ルレウのほうが変です」
「アテラはもっともっと変な子。ふふ」
中身のない会話。時間を稼げているだろうか。
ようやく棟の外へ出た。
ルレウの頭上には、黄色い太陽のようなマーク。
「アテラは赤。私は?」
「……黄色ですね」
「そっか。残念。心を許せそうだったのに」
人ごみを抜けたところで、ルレウは私とセティを下した。
その目は少しだけ、うつろだった。
「心は許してもいいじゃないですか。平和が推奨されてますし」
「ほんと?」
「……ええ。たぶん」
ルレウの表情がぱっと明るくなる。
軽率だったかもしれない。
「じゃあ、また会ったら抱っこしてあげるね」
「抱っこは結構です。それでは」
「するから覚悟して。じゃーね」
そう言って、ルレウは人ごみの中に消えた。
やたらに、構われてしまった。
この姿、女性には好かれやすいのかも。
……どう見られているかよく考えないと。
「そこの少年、こっちこっち」
言ったそばからこれだ。
……って男の声?
振り向くと、茶色短髪の男性が手を振っていた。
頭上には赤い盾のマーク。赤ならきっと同じだ。
「そうそう、こっち。こんにちは」
差し出された手を握る。
『抱っこ』や『なでなで』でないことに、心から安堵する。
「こんにちは。ぼくはアッティラ・ラシュターナ。アテラと呼んでください。
こっちは…」
「ムイ・マダラオ。こっちだ」
あれ、セティを無視した…?
ムイは私の手を引き、先へ進む。
ここで騒げば、目立ってしまう。
私はセティを手を引いてついていく。
生垣を曲がると、もう一人の男がいた。
銀色短髪、整った顔立ち。
「-140を探しています。青髪、魚族、三つ編み、茶色の服、ブーツ。連れてきてください」
「了解。この子、少し見てて」
銀髪の男は目を閉じ、四番棟の方角を向いている。
ずっと表情はなく、どこか冷たく感じた。
そしてムイは、言葉の通り走り去っていく。
「-279君。どうか、そのまま動かずにいてください」
え。
それ、私のデュナミススコアだ。
見られた?どうやって?




