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20.前払い

「おーい」


背後から声が聞こえ、振り向くと、

ノアテラが手を振りながらこちらにやってきた。


「いつ出たの?気づかなかった」


そして、私とセティの手を取る。


「私達、転移してたみたい」


「そう。今回は、そのパターンだったのね」


そう言ってノアテラは、帰る方へ進みだした。


何か知ってそうだ。

聞いてみよう。


「えと、転移先で怪異と戦うはめになって」


「は?」


ノアテラはこちらを見た。

眉が上がりあんぐりと口を開いている。


「小さな声で」


屈み、小声でそう言ってきた。


「どんな?人の形は、してた?」


「いいえ?」


「…」


三人は歩き続けた。

ノアテラは、眉間にしわを寄せたまま黙っている。


「気になるなあ」


普通の声量で、私はそう呟いた。


「ワシは野生動物だったな。当然、人の形じゃない」


セティもきっと、気になっている。


ノアテラは小さくため息をついた。


「あのね。

 今回のパターン、転移先は、デューナメースによる『聖域』という技術が展開されたところよ」


小声のままに、神妙に語りだす。


「試験では、持ち主のデュナミスを具現化させるの。ふさわしい敵となるように。

 ただ…うーん」


唸りだすノアテラ。

その、疑問に思うことを、はやく教えてほしい。


「ただ?」


「……セティはわかる。肉食動物ならばデュナミスが使えない存在。同じ枠だもの。

 でも、アテラはこの前のことを踏まえても変」


ノアテラは、そこで話を止めた。


包含のデュナミスで、山羊の四半獣、つまり人型を喰らった。

私自身も人型なのだから、人型プラス人型で怪異が来るのはおかしい。

そういったところかな。


……心当たりは一つ。金の紋のせいかもしれない。

それならば、この件はつっこまないほうがいい。

話を変えよう。


「セティ、ペーパーテストは満点だった?」


セティの方を見ると、二回頷いた。

そして、頭の上に親指を立てた右手を置く。


むかつく。

なにその変な仕草。


「そっか。それじゃあ勝負は結果待ちだ」


正直、勝てる気はしない。


『数理学』が満点だったとしても、

『ポリティカル制度』と、午前の『生活規範』の負け分が挽回不能だ。


負けちゃったらセティを、姉として認めることになる。


上になるのは、私にとっては重要だった。

命知らずのセティより、人として進んだ立場でいたかったから。



……それにしても、疲れた。


会場には、ざっと見積もって一万人近い受験生がいた。

試験にも体力を消費したが、周囲が多種族すぎて目の回るような景色が、それを加速させた。

さらにこれが、世界に二十か所以上もあるのだから凄まじい。


そこから決まるデューナメース共通テストの合格者は、2,000人程度と聞いた。

かなりの狭き門なのだと思う。


「ノアテラがデュナトスになったときも、こんなに人がいたの?」


「そうねえ。もう二十五年も前だけど、

 このドームはあって、今の半分くらいだったかしら」


ノアテラは少し私達の手を引くように、歩きながら話す。


「その頃は、企業じゃなくても、

 各国の軍や警察、開拓業界とか、

 このテストの不要な、デュナミスを活用した好待遇の組織がたくさんあったのよ」


確かに、ポリティカル・スコア制度ができた頃は、

企業ではなく、国家の時代だったと書いてあった。


メイラの授業でも聞いた。

一昔前は、国家の勢力下が最も安全だったと。

しかしある時から、企業が力を持ち、

国家は相対的に弱体化の一途を辿っている。


「実はね。

 今日は、先生が美味しい料理を用意してくれるのよ。

 先生の料理は、外れがないわ」


「へえ。それは楽しみ」


普段はノアテラが料理をしている。

メイラ先生の料理は、

正直、少し怖いもの見たさもあった。


帰り道も徒歩で一時間ほど。

テストの出来や、出題傾向の話をしながら歩く。


空もとても晴れやかだった。



メイラ先生の家に着くと、

ダイニングは豪華な料理で埋め尽くされていた。


刺身のようなもの、

大きな海老、霜降りの肉、

トルティーヤに似たもの、

スパイスの効いたカレーのようなスープ。


ヌードル、点心、炒め物、煮物、飯類……

もはや満漢全席と言っていい。


この世界で初めて見る、

本気のご馳走だった。


食に疎い私でも、

一品一品が美味しそうなのは分かる。

眺めているだけで、

よだれが垂れてきそうになる。


「さあ、合格祝いだ!

 腹の許す限り、貪ろう!」


「先生、まだ合格とは……」


「分かっている。

 合格後にも祝えと言われたら困るから、

 前払い。合理的だろ?」


そ、それは合理的だ。


「ねえ、この料理はなに?」


ノアテラに聞いてみる。


「これはワヒー。

 塩と香辛料と油、野菜の煮汁をスープにしたものよ。

 とろみは穀物の粉末ね」


やっぱり、匂いと見かけ通りカレーに近い。


メイラ先生とノアテラは、

ワインのようなものを飲み始めた。


……もし、この二人が酔ったら。

組織『銀の群』のことを聞き出すのも手だ。


このチャンス、わかるよね、セティ。


「じゅる。じゅる。じゅる…」


「セティ…」


……何してるの。


セティは、皿によそわれた油をぺろぺろ舐めていた……。


「アテラ。オートマトンが何も食わないとでも思っていたのか?」


私の表情に気づいたメイラが口を挟む。


セティは油に夢中…

もういい。私だって、食べまくってやる。


海老、カレー、肉……

とにかく食べた。


生きている実感が、

身体中に広がっていく。


普段、質素な食事ばかりだからこそ、

こういうときの幸福感は倍になる。

本当に、お得だ。


こんな料理作れるメイラって何者……


あ。


『メイラは、上位デュナトスだ。それもかなりの著名』


セティがそう言っていた。


今更ながら気になってくる。


「先生は、デュナトスTierいくつなんですか?」


私が尋ねる。


「Tier2だ。

 その先は、化物揃いで難しい」


……Tier2。ピラミッドの上位層。

やはりデューナメースの深くに、食い込んでいる。


「だがメイラは、Tier1だった」


「おおセティ、よく知っているな。『元Tier1』ではあったな」


それならなんで。

戦力的に困難な任務を、私とセティに。


「もしかして、メイラ先生が、図書館を漁った方がよいのではないですか」


その質問から沈黙が、流れた。

空気が変わる。


「飼い殺しだよ」


メイラは目つきを尖らせる。

私とセティを、睨むように見ていた。


「……私はスピリエ達に、飼い殺されている」


ザッ!


同時にメイラは、どでかいエビにフォークを刺した。


「不穏な動きを見せたら、デューナメースにばらすと。

 ノアもそれでやられた」


エビの皮がキャベツの千切りのように散っていく。


フォークにデュナミスをかけたのか。


「何故殺さず飼ったままにしているのでしょうか」


「あいつの考えることはわからん」


メイラはエビを頬張り、食いちぎった。


そして、フォークを立てる。


「あが、ひほつ、わかふことは」


口の中がエビを嚙みつぶしながら。それでも、話し続ける。


「ひゅーなめーふの…」


ごくん


のどの動き、その音まで聞こえた。


すごい。あの大きさを飲むなんて。


「絶対王政を謳っている」


喉もつまらせずに…


……え?


メイラの口の中のことに気を取られていた。

やばいフレーズが耳を通った…


遅れて、背筋がぞわっとしだす。


絶対王政。

メイラは、間違いなくそう言った。


「デューナメースの中枢に誰がいるのかはわからん。

 近く、その誰かを王…いや、神にするってことだ」


「そんなこと、できるはずがない」


できちゃいけない。

だって中枢は人々を…


「できる」


メイラはその強い言葉に反して、

眼光の焦点がブレていた。


「怪異は、あいつを襲わない」


そう言って、手まで震わせワインのような液体をつぐ。

ワインは飛び散りながら、コップを満たしていく。


「世界人口 50億。

 それと同規模と観測された怪異全てだ。

 それが、あいつの側にいる」


メイラはそう言い終えると、

勢いよく、ワインを飲み干した。


ごくん。


王。いや、神。

怪異50億。そんなもの、知るか。


胸の滾りが、冷え切る前の肝っ玉を熱く燃やす。


……許してはならない。

もはや、影で管理する必要すらないということだ。

それがあいつの目指す、絶対の存在。


「さて、食え」


メイラの促すままに、食べ物を頬張る。

現実の飲み下すように、とにかく口の中に掻き込んでいった。


でも味は、しなかった。


皆が、現実に目を背けるようにただ、食べるということを続けた。


「だめだ…だめだ…


 私ではあいつに勝てない。八回やって八回負けた」


顔の赤いメイラは、多弁だった。

なにか聞く前に語ってくる。


「先生ならば、一時は格上だったのではないですか」


私は、質問を差し込む。


「……先生だったときですら勝てなかったよ。

 あいつこそ本当の化け物だ」


スピリエ。

世界最強のデュナトスに。


「私達なら勝てると見込んだ?」


「しらん。だが、お前らは普通じゃない。

 自分でわかってるんだろ?」


ドクン。


普通じゃない。

それは、前世では褒め言葉であり、現世ではトラウマだった。


「今。それだ。

 『-822』。今の瞬間のお前のスコアだ。私達からしたらそれは化け物という意味なんだよ」


心臓を握り潰される。


化け物。

いつだって、異常って……私はただ、生きているだけなのに。


「それは、隠せるんだよなあ?」


酒で真っ赤な顔をしたメイラ。


私は、軽く頷いた。


「丁寧に隠せよ。-500がスコア・カンストだぞ」


スコア・カンスト──私が前世で殺された理由。


そして、この世で私を生んだ親の死の理由だった。

前に、ノアテラが言っていたことだ。


「アテラ、すごく顔色が悪い…」


ノアテラが頬に触れる。


「不安でしょう。たまには甘えておいで」


そう言って椅子を近づける。

そのまま、食の手が止まっていた私を抱き寄せた。


苦しい。

ただ、震えていた。


『面白いじゃない。世界最強とやり合えるなんて最高』


お母さんならそう言う。私だって……。


涙が、でた。


『銀の群』。この組織は、私を守らない。


ノアテラに、頭を撫でられる。


私は、抱擁に甘えた。


「…ノアテラお姉ちゃん。

 私の、お姉ちゃんになって」


私は、

ノアテラの胸元で、

彼女にだけ聞こえる声でそう言った。


向かいで何か話しているメイラ先生をよそに、

しばらく抱き合う。


少しでも、守ってもらうためだった。

でもそれだけじゃない。

今だけいい。本当の妹みたいに……。


あたたかい時間が、

静かに流れていく。



「……アテラ」


不意に聞こえたその言葉が、

胸に鋭く刺さる。


……何。刺さ…った?


「いっ」


ズキズキする感覚に、つい声が出た。


「あ…」


反応するように、ノアテラも声を漏らす。


見上げると、

口をすぼめて苦しそうにするノアテラがいた。


「ん……ノア、お前」


それに気づいたメイラが、こちらを向く。



「先生、申し訳ありません」


ノアテラはそういって、私を引き離した。


「やったな。情が移っているのは見えていたが」


どういうこと?


ズキズキ痛みが残る。


「この痛みって」


「恋愛感情だよ。あいつへの」


「あいつ…」


もしかして、スピリエ。


「私が悪かった。あいつに姿を似せてしまったのだから」


「錯覚してしまいました。無意識ながら」


スピリエと錯覚したの?

それで、恋愛感情を?

なんで。


「セティ、これって…」


そういってセティの方を向いたが、

謎の油に顔をつっこんだまま寝ているようだった。


「情動接続だ。俗に、『恋々(れんれん)コネクト』って呼ばれているあれだ」


情動の接続。

それが、この痛み。


「その様子じゃ、知らないか」


「恋々(れんれん)……軽すぎる言い方です」


「だから厄介なんだよ」


メイラは首を振る。


「一番の人に一番近づくと、痛みをマークして、互いに存在を感じられるようになる」

 他の人が上書かない限りね」


「要は浮気防止だな。

 軽いだけあって、錯覚でも発動するんだよ」


そういってメイラはノアテラにフォークを向ける。


「それは…能力?」


「いいえ。誰にでも備わっているものよ。害はないようにするから」


気づくと、ズキズキは消えていた。

それは、無意識に行ってしまうということ。


つまり、何らかの制度の力なのだ。

繁殖まで管理……いや、まだそこまでとは決まったわけじゃない……。


「ノアは今も好きなんだよ。あいつのことが」


「昔、姉弟子だったの。ちょうどアテラの外見くらいの歳で。

 その時は、かわいいとしか思わなかったんだけど」


頬を少し赤らめるノアテラ。


ノアテラの色恋。

今は、この五歳の状態ですら、

メイラより強かったという示唆に頭がいっぱいになる。


「好きなったのは少し前だしな。この恥知らずめ」


余裕のない私とは裏腹に、二人は少し楽しそうだった。

同じスピリエのことを話しているとは、到底思えない。


「アテラ、ごめんね。気にしないでね」


ノアテラは再び頭を撫でてくる。


「お姉ちゃんっていった私も、すみません…」


「ううん、それは嬉しかったの。

 アテラが私を受け入れてくれたようで」


このノアテラは作り笑顔だ。

ただ、冷ややかな素顔のノアテラに、

口元をふっと緩ませた幻覚がそこに見えた。



「これが、私達がスピリエを殺せない理由だ。

 過去も、情も、何もないアテラにしか頼めない」


メイラの締めくくる言葉。

それは容赦なく、私との境界線で区切る言葉だった。

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