19.実技試験
「わ、わかりません」
安易に答えてはいけない。
ノアテラの表情や仕草からも、それが分かる。
「そっか。引斥や回帰の無難どころじゃないんだね」
「はい…」
メイハーネは、じっと観察してくる。
「あ、もしかして…」
「メイハーネさん、この子のデュナミスはこれからゆっくり見つけていくの。
自分の良いところは、自分で見つける。そんな人生って素敵でしょ」
ノアテラが割って入る。
笑顔と、もっともらしい理屈。
咄嗟の演技としては自然で、少し感心した。
「ふむ、確かにそうですね。
それでは午後もご健闘を」
メイハーネは握りこぶしを猫みたくこちらに向ける仕草をして去っていった。
その後も、数人の視線がこちらに残る。
……-279が、際立つ数字ということだ。
知らぬふりで、弁当を再び食べはじめる。
視線が一度消えたところで、私は理由を聞いた。
「やっぱり包含属というのは言わない方がいい?」
「うん、デュナミスの才能がある子供は誘拐されやすいのよ。
攻撃性の強い包含ならなおさら」
誘拐。
それって、ノアテラ達の得意技じゃん。
であっても、警戒が必要なんだね…。
「だから人の多いところで、子供とデュナミス値を話すのはタブーなの。
あの子は、よほどの田舎からきたのね」
そう言って、お互いに弁当を食べはじめた。
セティは弁当をつつくことなく、脚をぶらぶらさせている。
「セティくらいのデュナミス値だったら?」
「そうね。
私達はいらないけど、チンピラが捨て駒に使うかもしれないわ」
「捨て駒…」
なんて治安の悪い世界。
ノアテラは、食べ物をセティの口に運んだ。
食べる必要のないセティは、首を振ってかわした後、食べた振りをする。
「メイハーネさんが言っていた、引斥や回帰の無難どころなら、誘拐されない?」
「傷を癒したりする回帰はそうだけど、
矢を飛ばしたり、巨石を投げ飛ばす引斥は、攻撃性が高いわね」
デュナミス・コア覚醒の半数が引斥だって習った。
それは、半分の確率で標的として成り立つということだ。
つまり、私のデュナミスが何か知らなくても、とりあえず誘拐されるってこと。
急に、周りの人達が怖く見えだした。
午後の試験が開始した。
「『数理学』、『ポリティカル制度』、『デュナミス』の順で筆記問題が表示されます。
全問を解き終えて、終了が表示されましたら、実技・認証設備にお入りください。
そちらで『デュナミス』の実技試験が行われます」
デュナミスだけは、実技試験がある。
内容が不規則に変わるため、対策のしようがない。そうメイラがいっていた。
そもそも、ポリティカル・スコアのデュナミスの数字、そしてペーパーテストだけで、
殆ど採点が終わっているらしく、実技は運要素だと聞いた。
私は早々にテストを終え、機器の前に立った。
朝の時とは違う雰囲気。
機器に入ると蓋が締まる。
「え」
閉じ込められた…?
そう思った瞬間、周囲が別世界に変わった。
ここは、どこ。
…転送?
見渡した周囲は、一面の荒野だった。
地平線まで続く何もない大地は、正面以外同じ景色だ。
正面にだけは、奥に小さな低木が見えた。
付近には、背の高さほどの押しボタンが一つだけ。
ボタンのわきに、何か書いてある。
『死ぬ前に押す』
物騒すぎる。
しかし、本当に何もない。
……上を見上げても、曇天が果てしなく広がるだけ。
ここで何をすればいいのだろう。
途方に暮れる。
あれ。
胸の奥がぞわっとした。
正面にあった小さな低木が、動いている?
いや、低木じゃない。
なにか、異形の生物だ。
それが、こちらへ向かってくるのが見えた。
怖い…。
あの遠さであの大きさ。
それでも、私は観察していた。
結局のところ目的は、デュナミスの実技試験のはずだから。
近づいてくるにつれ、その姿が明らかになる。
頭部は茶色いミミズがおびただしい数蠢く。
そこから捻じれた繊維状の首が伸び、
胴体は鱗と筋肉が混じり合った、赤黒い歪な構造。
胴は異様に縦長で、
そこから軟体の触手のような質感の『鳥の脚』が何本も生えている。
その脚が、不規則に地面を踏みしめ、歪な体躯を支えていた。
……あの時のことを思い出した。
巨大なあいつ。
もしかして、怪異?
それにしても、リアルすぎるよ……。
何らかのシミュレーションだったらいい。
でも、もしこれが転移、つまり現実だったら。
そして、倒すことが加点になるのだったら…
近づくほどに、その禍々しさが増していく。
私は、選択を迫られている。
倒すか。
ボタンを押して逃げるか。
抗わずにやられるか。
それとも、会話を試みるか。
まず浮かんだのは『倒す』だったが、金の紋は異常として検知されるかもしれない。
そうだ。
あの、山羊を倒した時から、デュナミス値があがっている。
そのうち試そうと思っていた。
あいつと同じことができるかもしれない。
イメージする。
土砂が引っ張り上げられて、地がめくりあがるように。
ゴゴゴ…
地面は膨らみ、ひび割れ、持ち上がった。
本当に、めくりあがった。
これは、引斥だ。
半数が使える無難どころのデュナミス。
私が食らい、あいつから奪った。
前を観察する。
怪異は、着実に距離を詰めてきている。
次は、ここから欠片を分離させて……
持ち上がった地面を割り、砂が落ち、岩が分離される。
そしてイメージに従い岩は角が欠け、丸形状に寄った。
「よし、できた」
つい声が漏れた。
でも気にしない。誰もいないから。
先生の使った、『カタパルト』だ。
岩を、後ろに放り投げる。
焦らず、それでも手早く進める。
奴がじきに到達する。それまでに一発決めないと。
後方遠くへ行った、僅かに見える岩を回転させる。
そして、前へ加速を……
「うわ」
目の前に迫ってきている怪異。
思っていた以上に──大きい。
「あなたは誰。何をしようとしているの」
時間稼ぎも兼ねて声をかける。
反応は、ない。
こちらへ向かう速度も、変わらない。
近づかれたら、やられる。
これは、対話できる相手じゃないんだ。
容赦してはならない。
その時、
引っ張りこんだ岩石が、私の横をとおった。
いって。
そのまま真っすぐ、当たれえええ!
ドガァッ!
「ブアアアア」
気持ち悪い声。
岩石は怪異の頭をかすめた。
しまった。
直撃できていない……。
怪異は全く衰えず前進してくる。
少し、息苦しさを感じる。
直接デュナミスで、怪異を押そうと試みた。
んんー!
風のような力は働いている。
しかし、怪異の勢いは全く変わらなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
息が切れる。
だめかもしれない。
ここで負けてテストに落ちたら私は…
いや、諦めちゃだめだ。
諦めるくらいなら、あれを使う。
気づかれないよう、ほんの一瞬だけ。
……不正判定となるかもしれない。
でも、ボタンを押せば落ちる。
倒せなければ殺される。
巨大な怪異はもう目と鼻の先まで迫っている。
私はほんの一瞬だけ紋を見た。
そして怪異の集積部を把握。
胴の奥の方だ。
そこに破壊の紋を打ち込む。
一瞬時が止まった。
怪異の奥に刻まれた紋が煌々と輝く。
「ブオオオオォォォ」
怪異は後部の肉を蒸発させて、倒れた。
よし。
全身を吹き抜ける風が、倒した相手の大きさを物語るようだった。
でも、知っている。
怪異は集積部をすべてやらなければ倒せない。
記憶を辿った。
もう一個の集積部は、あそこにあった。
私は岩石を再度丸めて、空高く飛ばした。
大玉サイズを、ぎりぎり見える高さまで…
「ハァ、ハァ」
すぐに疲れてくる。
それでもできる限り持ち上げ、その大玉の岩石を自然落下させた。
最後の瞬間まで、気を抜くな。
落下位置の微調整をいれる。
この一発が最後。これで怪異を仕留める。
岩石は勢いを増してゆく。
……当たって!
ズオオオォン
轟音とともに煙が立った。
ビチャビチャビチャッ
煙越しだった。
怪異の頭に蠢いていた、茶色いミミズが散らばった。
やがて煙が流れると、そこには欠けた頭の怪異が動かなくなっていた。
人一人分くらいの大玉だったのに、怪異の頭の半分も削れていない。
受験者達は、ここまで巨大な敵を倒さねばならないのか。
振り返ると、
『死ぬ前に押す』のボタンが
『試験終了です。押して帰還ください』に変わっていた。
肩の力が抜ける。
後は、紋を使ったことさえ検知されなければ……。
私はボタンを押した。
景色が変わる。
私は、ドームの外に出ていた。
地を巻き上げた時の土や砂は、身体にこびれついたまま。
周囲を見渡すと、少し遠くにセティが見えた。
私が近づくと、セティがこちらに気づく。
「セティ、大丈夫だった?」
あれはきっと転移だったのだ。
倒せず逃げるのが遅れたら、危なかった。
「ん?」
「怪異だよ。戦ったでしょ。あのアーチで」
セティは、顔ををカクンと斜めに倒した。
多分首を傾げているのだと思うが、速すぎて不自然だった。
「怪異?そんなものはいなかったな」
セティは、そう答えた。
そして、手で大きな広がりを表現する。
「ワシが戦ったのは、
これくらいの、大きい肉食動物だった」
あれ……どういうこと…




