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16.復讐

「焼き殺されて…」


その言葉とともに、頬を掴んでいたメイラの両手が解かれた。


「さっき…一軍にいたのが、お前をやったやつなのか?」


震えた声だった。


「…はい」


「生まれ変わるデュナミスか。聞いたことはあるが本当にいたとはな」


そう言ってメイラは、上を向く。

そして涙を拭いた。


「構造が見える…前世のコピーデュナミスなのだな。

 そして、それを使って仇を特定できる」


それは、独りでパズルのピースを埋めていくかのようだった。


「成熟したように見せて幼さの残る精神は、若いうちに殺された前世のものか。

 これで、殆ど合点がいった」


そうして、理解したかのように、私の頭に触れてくる。優しく。


「本当に、稀有な運命だよお前は」


メイラの同情心が、重くのしかかる。


……私は意思決定AIに会うんだ。

この、メイラの勘違いを利用してでも。


「協力、してもらえませんか。

 あいつを止めたいです」


「ああ、応えよう。必ず」


メイラの目は濁りなく光る。

表情は、苦しそうだった。


「だが…

 こちらも一つ。任務を課す」


そして、彼女は歯を食いしばった。

そこに僅かな皺が刻まれる。


「……スピリエを殺るんだ。お前が」


「え」


まって。

さっき、最強のデュナミスって……それを、私が?


「あいつを絶対にやりたいだろう?

 私も同じだ。あらゆる協力を惜しまない」


黒いモヤが心に渦巻く。


今、頷けば、あいつを…やれる。


これは、道理じゃない。結果を話しているんだ。

叶うのなら、私も結果がほしい。


「わかりました」


欲望の赴くまま、答えを返していた。


メイラは深く頷く。

そして、何も言わず去っていった。



束縛はこのままか。

けれど、少しだけ安堵を感じていた。

メイラは、金の紋を行使する一部始終が見えたわけではない。

私が焼殺されたことだけを読み取ったに違いない。



何時間経っただろうか。

まだ暗い時間だった。

メイラがやってきて、拘束を解かれる。


「悪く思うな。行動を見届けるまでは信用しないんだ。行くぞ」


私の手を引いて、メイラは行く。



戦闘要員として、セティの帯同は許可された。

三人で意思決定AIを確認に向かうことになった。



終わらせよう。


ソリの中で、身体が熱を帯びる。


「セティ、私が合図したらビームをお願い」


「今さらだが、熱線を人に撃つのはオートマトンの規約違反だ。多くの者に見られるとまずいぞ」


「大丈夫、相手は人じゃないから」


そう言った私を、セティはじっと見ていた。


「そろそろだ」


メイラは、動いたソリの上で立ち上がり、遠くを見る。


「一軍の中には、住宅へ戻るものもいれば、まだ定住していない者もいる。

 後者のほうが可能性が高い」



そこにはキャンプがあった。

薄暗さの残る景色が広がっている。


「まずは見つけろ。いい手がある」


メイラの言う通りに、紋で捜索を始める。


私は、十程度のキャンプを一つ一つ、透視していった。


白みがかったテント…ちがう。

大きな五角形のテント…ちがう。

くずれかかったテント…これもちがう。



ドクン。


本能が…

拍を打ち、血を巡らせ、呼気を荒げる。


あれだ。


真っ黒い。金の紋の届かない存在。

そこだけが抜け落ちた、拒絶する構造。


だめ。まだ。

衝動を抑えろ。


「…みつけました。あの赤い四角のテントです」


「うむ、次は私の番だ。緊急招集をかける」


そういうとメイラは、懐から笛を取り出す。


それを鳴らすと、キャンプはざわめき出す。



あっという間だった。


見つけたテント以外の者達は、街の方へ向かっていった。


「先生は、一体…」


「今は、話すときじゃない。なすべきに集中しろ」


「はい」


メイラが、私の肩に手を乗せる。


「絶対に出てくる。そしたら私が、奥のだだっ広い草原へ飛ばす。

 そこが我々の戦場だ」


「…はい」


セティも頷いた。


空気が張り詰める。

金の紋は、椅子に座るあいつを示していた。


あいつが、立ち上がる。


そして、……テントを出た。


「いくぞ。つかまれよ。しっかりとだ」


メイラのその言葉の直後だった。


周囲につむじ風が巻き起こる。

それは前へ進みながら、勢力を増した。


ブオオオオン

ブウオオオ


キャンプに至る時には暴風になっていた。

瞬く間に、あいつを巻き上げ、そのまま彼方へ運んだ。


その瞬間。こちらにも、急加速がかかる。

ソリが低く空を飛ぶ。


私とセティは、縁の取っ手にしがみつくようにして衝撃に備えた。


そして、全速力で風を切る。


ボンッ


一度体験した衝撃でソリは着陸した。


メイラの言う戦場へ。


前景には広がる野原と、尻餅をついたあいつ。

そしてメイラは、ひし形の物体を何個も周囲に纏っていた。


「な、なんだよ…!」


山羊のような人型は、しらを切るような態度だ。

…だが、間違いなく、こいつは意思決定AI。そう言い切れる。


メイラがこちらを見る。

私は、静かに頷いた。


そしてメイラは、ひし形の物体を増やしながら、あいつへにじり寄っていく。


「お前を、ここで抹消する。弁解はあるか」


メイラが語りかける。

山羊は動かぬまま、僅かな沈黙が流れた。


すると、急に草が茂りだす。


「アテラ、くるぞ!」


山羊の周囲に、名も知らない植物を噴き上がってきた。


それは巨木の根となって、こちらに這ってくる。


「あれは、植物を成長させている。

 大木の鞭だと思え」


そんなめちゃくちゃな…


山羊が片手をかざすと、

物凄いスピードで根の鞭が迫ってきた。


「セテ…」


そう言い終わる前に、熱線が根を焼き切る。


「わかっている」


熱線は迫る根だけに飽き足らず、山羊の周囲を乱れ打ちした。

出力は十分だった。

いとも簡単に周辺を焼け野原にしていく。


すかさず、メイラからひし形が二つ、射出される。


スバッ!


軌道は見えなかった。

次の瞬間には、山羊の両腕が切断されていた。


痛々しい。


ここは、戦場。あいつは、意思決定AIだ。


山羊は、これほどのダメージなのに動じない。

さらにもう二つ、ひし形が放たれた。


「やるなア」


山羊から歪んだ声が漏れる。

表情は、僅かな笑みに変わる。


それを覆い隠すように、山羊の前の地がめくりあげられる。

ひし形はそれにささり、届かない。


めくりあがった地に、セティの熱線も止められた。


「分厚い。相性をわかってるな」


メイラがそう呟くと、周囲の地を真似するようにめくりだした。



大きく、重厚にそれが形成されていく。

山羊がめくり上げた地面よりも、一回り大きい。


「アテラ」


そばから声が聞こえた。

セティが、私に近づいていた。


「メイラは、上位デュナトスだ。それもかなりの著名」


そう、なのか。

でもなんで今?


「だから、あの相手の余裕は、おかしい」


私の心を読んだかのように続けた。

何か手があるというのか。


メイラのめくりあげた地は成長を続けて、

ついに山羊のそれを飲み込んだ。


ズウウウウウン


「重量には重量だ。さぁ、どうくるかな」


そう言い放つメイラの言葉とともに、山羊のいたところは押しつぶされた。



紋を這わせる。

めくられた土だらけの中に、黒いものが映る。

黒いままは、生きている証拠だろう。


「先生、まだいきています」


メイラにそう伝える。

だがそれは、じっとして動かない。


今、やらねばならない。


……『構造支配』を使うときだ。


私は、胸の痛みを呼び起こし、黒い塊に焦点を定めた。

そうして、破壊の紋を打ち付ける。


一回目。黒い塊は半分消し飛んだ。

反動で私の脚は脱力し、膝をついた。


半分か。一撃の紋じゃ範囲が足りない…。


(まって、まってくれ…)


どこかから、知らない声がする。


「…」


周りを見渡す。

メイラとセティがこちらに喋っている様子はない。


(俺は本体じゃない。話を聞いてくれ)


もしかして、あの山羊からの声か。


(幸福の少女さん。あの時から俺は、意思決定AIと分離したんだ。俺は人を焼き殺そうなんてしない)


分離。

確かにあの時、何個かに分かれていた。


けれど、どういうこと?


(幸福値とか、ポリティカル・スコアとか、あんなものはただの呪いだ。そうだろ?)


命乞いではなく、敵ですらない、と。

あいつとは、違う…?



…あの時、私の復讐心が自壊を招いた。


『考えに(まごころ)をもって世を手懐けよ』


そうだ。まずは、対話をすべきだったのに。

どうして、忘れてしまっていたのだろう。


意思決定AIがいる場所を聞き出したっていいんだ。



不意にセティから、肩を叩かれた。


「…テラ」


「あ」


セティがメイラを指さす。


「どうした?

 黙ってないで、状況を伝えろ」


「…先生。許されるのであれば、対話を試みたいです」


「なぜだ。あいつこそが、お前の仇なのだろう?」


「彼は、違うかもしれません…」


「それは今更だぞ。

 ……さては声を聞いたな。あいつの干渉属デュナミスか」


あれは、デュナミス…なのか。


「アテラ。私には聞こえなかった。

 その声が誠実なものなら、私とセティに伝えない理由はなん…」


スドドッ!


「ぐっ」


え…


声の元はメイラだった。

その腕と脇腹に、細長いものが突き出ていた。


「先生!」


「後ろを見ろ…やって、くれるじゃないか…」


振り向くと、二名、こちらに接近している。

金魚のような者。

トカゲのような者。


「少し、時間を稼いでくれ。

 くそ。一軍のメンバーを取り込みやがったな…」


時間稼ぎ…。考える時間はない。


「セティ、あいつらを無力化して」


私は、そう言った。

攻撃させるという意思を込めて。


「ああ」


セティは、熱線を放つ。


…しかし、バリアのようなものがそれを防いだ。


「やっぱりか…」


そういったセティに、膝立ちの私は担がれた。

反撃に備えた動き。


セティはそのまま、途切れなく熱線を放つ。

熱線を撃つ度に、胸が締まる感覚がした。

私のデュナミスが、供給されている感覚だった。


「全く通じん。あいつらも中々の使い手だな」


セティの言葉を聞いて、私は紋を見た。


金魚が斧を放り、宙で回転をさせている。

トカゲが、脚のベルトから細長い針を取り出す。

それぞれの背の後ろで。


「先生、次がきます。

 斧のようなものもあります」


「もう十分だ。方向がわかっていれば問題はない」


不意打ちから、ものの十数秒しか経っていない。

先生の腕と脇腹は、元に戻っていた。


そこに間を置かずして、トカゲが針を投げてくる。


「先ほどの不意打ち。そして一方的な攻撃」


メイラは針を、渦風で巻き取っていく。


「分かっただろう?声は、時間稼ぎだ」


なんて姑息なやつらだ。

頭に血が上る。

メイラの言う通り、あいつは、あれから何の会話もこない。


続いて飛来する斧を、メイラは風で軌道を変えてかわした。


「物を飛ばしているだけじゃあ二流。

 私を甘く見すぎたな」


メイラはそういって、手のひらを上に向けた。


「アテラ。殆どのデュナミスの戦いにおいて、引斥属が主役だ。

 みておけ」


頭上に巨大な雷雲ができていた。

渦巻くその中で、おびただしい数の稲妻が走る。


トカゲが針を飛ばそうが、金魚が斧を飛ばそうが、無意味だった。


メイラの力は、風を通して、投射物の軌道を奪っていた。

風も、石も、雲さえも、彼女の掌の延長みたいだった。


もはや、勝敗は決している。


私は、意思決定AIの方へ再び金の紋を向けた。


あと一発。あと一発であいつを仕留めて…


しかし、金の紋はめくられた地の隅々まで広がる。

あいつがそこに、いない。


どこだ。


私は四方八方に紋を張り巡らせた。

いない。

この短い間じゃ逃げられるはずがない。



「二体程度で、勝てると思ったのか」


メイラがその言葉を発し、私もそちらを見た。


一瞬、景色を真っ白になる。

幾重もの疾雷。

何度もトカゲと金魚に命中していた。


「グア・・」


トカゲ達は、叫ぶ間もなく倒れ、ビクついていた。


雷雲は散り少し明るみが戻る。


「さて、仇の方は…」


「勝った!」


どこか上の方から、あいつの声が…

今度は……頭の中じゃない。


横を向くと、

下半身のない山羊が、メイラにとりついていた。

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