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15.最強のデュナトス

「あ…う…」


「わかっている。その数字を隠せることも」


赤く威圧的な目が、

全てを見透かしてくるかのようだった。


「私はここまで、お前と誠実に向き合ってきた。そうだろ?」


一歩、近寄ってくる。


「お前は、どう応える?」


「メイラ、幼子(おさなご)相手に酷ってもんじゃ…」


「止めるなメズ。こいつは、…特別だ」


「特別って…。お前、まだ引きずって…」


「アテラ。お前は何だ」


きついよ。

もう、赤子の演技も通用しないし。

全部を話すべきなのかな。


──『器を見抜くのよ。みんな見たくない現実は見ない』


お母さんの言葉を思い出す。

それは、私の癖を直す助言だった。


何でも知った事実を言ってしまう癖。

それでよく、友人を無くしていた。


どんな強い人でも、何かの現実に目を背けている。


「優秀な生徒だからこそ、貴方がいなくても学ぶ。

 こちらばかり贔屓にしていますが、何のために生徒を教える立場になったのですか」


そう言って、先生に嫌われたこともあった。

……そう。みんなそれぞれのステージと、与えられた力があるに過ぎない。


私が構造支配を伝えたとする。世界を創り変えるための力だ。

メイラがその力を、何に使うだろうか。

世界を創り変える未来を描くとは、到底思えなかった。

それだけまだ、私はメイラを知らない。



「…見えます。構造が。

 その時だけデュナミス値が変わるみたいです」


「構造?どういう風に?」


「内部の状態というか、メカニズムというか」


「それは観測属の希少種か?」


「観測属?」


「そうだ。相手の情報が見えるデュナミス。

 だが、デュナミス値を隠したりできるのは違う。…偽証属の希少種」


「何を言っているのか、わかりません」


「希少種を持つ者が、1000人に一人というのは有名な話だ。

 コア・デュナミスを二つ得る特異体質は1万人に一人、だからその2つが希少種になる確率は…


 100億分の1。あり得ない」


何を言っているんだと思った。

何かを隠しているアテラがいるとしたら、その何かを、どう現実に当てはめるだろうか。


「本当にデュナミスなのか、それすらわかりません」


「だから『源流』が違うんだよ。

 くそ、本当に何もわからないとは」


源流。

何かの本で読んだ気がするが、思い出せない。


「きっとあいつみたいに…」


メイラはぶつぶつと独り言を続けた。


「なあ。この子は、オートマトン一体の安否で、心底泣いてたんだ。

 『スピリエ』とは違う」


メズがそのように声をかけた。


「チッ……ならばもう一つだ。なぜその手脚に動じていない?」


これもだ。厳しすぎる詰問が。


……メイラの見たい現実はどこまでか?

メイラの視点になるんだ。


メイラは、回帰属で治らないと言っていた。

そうだ、構造がないから治ることもない。

即ちそれは……


「最初からなかった」


「は?」


「最初からなかった気がするんです」


「嘘をつくな。私にはお前の嘘が見えている」


「いいえ。デュナミスで治らないというのはそういうことだと思います」


メイラの顔が歪む。


「嘘というなら、身体を戻してほしいです」


「こいつ…」


これが見たい現実だ。メイラの。そう言い聞かせろ。


「でも、勝手に生えてくる気もしています」


メイラは、溜息をついた。


「くだらん。

 一度も事実をいっていないな。お前には、失望したよ…」


胸が苦しくなる。

紛れもない。私は誠実なメイラに嘘を返した。


事実を受け止める器量が分かったら、話させてください。

これが今の私。弱い人間の、やり方なんだ。



「もういいだろう。アテラが何を隠そうが、貢献してくれたらそれでいいじゃないか」


私の肩をもってくれるメズは、終始穏やかな様子だった。


しかし、メイラの顔に余裕はなかった。

ゆっくりと、口を開く。


「我々は、デューナメースの抑圧に追いやられる人々を救わなければならない」


その顔つきは、神妙だった。


「アテラ。正義は己の目で判断しろ。

 だが、絶対に、この一つは従ってもらう」


灼熱のような眼差しを打ちつけて、両手で頬を包んでくる。

それは強く。痛む程に。


「デューナメースにある禁書だ。

 キーワードを暗記してもらう。それが書かれた書物数点をとってくるんだ」


そしてメイラは息を吸う。

目があったまま。


「死んでももってこい」


「…はい」


私は、深く頷く。

決めた。不誠実な回答は、誠実な行動で挽回する。



翌日。

メイラ達は死体処理と葬儀があると言い、出ていった。


私とセティは、見知らぬ顔ぶれだから危険ということで留守番となった。


「昨日の晩から、少しずつやってる」


私はセティの前でそう呟いて、手脚に構造支配をかける。


「それで、ちゃんと使えるのか?」


「少し。うまく動かないし、虹がかった透明になる」


肉を生やすだけなら容易だ。

問題は、失った手、肩、脇、腿に対して、

指の感覚、肩の筋肉、太腿の筋肉が機能するか。


「アテラ。メズが言った『スピリエ』という者だが」


「うん?」


「最強のデュナトスだ」


なにを唐突に。

ただ、その名前は見た。

デュナトスTierという本に載っていた。


「メイラは関係を匂わせていたが、今は、間違いなく敵だ。

 勝ち目は、ない」


「それが、私たちと関係ある?」


「禁書のあるデューナメース本部は、スピリエが管轄しているからな」


息が止まった。

『死んでももってこい』『最強のデュナトスだ』『間違いなく敵』

その言葉が、頭の中がぐるぐるとしだす。


……だめ。こんな時こそ前向きに。

だよね、お母さん。


目を瞑って深呼吸をする。


1回。

2回。


そうだ。面白いと笑え。


「それで?面白いじゃない。

 会話でも、何でもできる。

 やってみなくちゃ分からないでしょ」


「……そうだな。いい覚悟だ」


セティの浅葱色ランプが一際煌めく。

それは、笑っているようだった。



その後、メイラとノアテラが帰ってくる。

次の日には家に戻るそうだ。

一軍が帰ってくると面倒らしかった。



次の日。

ソリに乗り、メイラの家へ向けて動き出す。


「アテラ。その左手、少し治りかけてるんじゃない?」


ノアテラが前座席から振り向いて言った。


「はい、不思議と外見だけは戻ってきました」


虹色の左手を右手でさする。


「けれど、殆ど動きません」


「まだ二日だし、これから治るかもね」


筋肉は再生できた。しかし、指を動かす神経はだめだった。


「…」


メイラは、不機嫌そうに黙っている。


私がセティを見ると、セティと目が合った。

それで、頷いてみせた。


「…メイラ、ワシも試験を受けられると思うか」


「そのつもりだ。デュナミスの重ね掛けで偽装してもらう。剥がされた場合は、どうなろうが知らん」


そうは言うが、リスクはメイラ達にあるはず。

なぜなら、親権周りがノアテラになることを契約書でみたから。


きっとメイラは、そういう人だ。



「あ、一軍です」

「…まずい、伏せろ」


ノアテラとメイラが言った先に、集団が見える。


私とセティが伏せると、例の網をかぶせてくる。


話し声。

足音や羽ばたく音。

車輪の回る音。

様々な音が、通り過ぎていく。


「よおメイラ!今回は手柄だったんだってな」


「ああ。しかし、多くは助けられなかった。

 被災家族のケアを頼む」


網の上では、

そんな言葉も交わされていた。



音が、なくなった。

一軍の部隊は過ぎ去ったのだろうか。



「もういいぞ」


メイラの声がした。

私は顔を上げる前に、後方を向く。


そこで、

金の紋を使った。


路面を紋が走り、遠くへ。

そして、一軍の最後尾を照らす。


一人一人の構造が映る。

…紋としては、一軍も普通の人と変わらないんだ。

そう思った時。


あれ。

あそこだけ。


紋が……通ら…ない


「え…」


──存在できないものは、焼くきまり


胸の奥から熱が上がってくる。


多種多様な種族の金模様たち。

その中の一つ、特徴的な暗黒が。



──焦げた皮膚の匂い。燻された肺


こんなのって…


「おいアテラ。何やってる!」


そうだ。あの時と同じ、拒絶する構造。

あれは…



──溶けた白リボン


『意思決定…AI』


いた。

いた。

こんなに近くに。

熱い。身体の中が熱い…


全部あいつが、私の人生を。


「うぅぅぅううううあああ!!」


網をまくって。

ソリを飛び降りて…


「てめえ!ふざけるなよ!」


「あぐ…」


動け、身体…

メイラが邪魔を…


あいつを。あいつを!


やってやる、いま!ここで!!


黒い塊に紋を食い込ませ──


「ぐ…」

苦しい。


狐の手は、私の首元を強く押さえていた。


メイラ、やめ…




見たことのない天井だった。


視界にメイラがいる。

ノアテラとセティは…いない。


「やっと起きたか」


手足が拘束されていた。


そうだ。あいつがいた。

…なぜ反デューナメースにいたんだ?

スパイか?


「おい」


メイラは私の胸ぐらを掴む。


「歯ぁ食い縛れ」


その言葉と同時に、手を離す。


パアァァン!


両手が私の頬を挟む。

ズキンと痛みが走った後、すぐにそれは引いた。


「回帰デュナミスだ。これで証拠はない」


…。


「なぜこうなったのか、考えろ」


「…先生の言いつけを守らなかったから」


「違う」


「…嘘をついたから」


「違う」


「…誠意を裏切ったから」


「違う」


なんなんだ。

何が言いたいんだ。


「お前が似ているからだ。スピリエに」


またスピリエ。

何だよ。その理不尽。


「40年前。あいつが私の弟子になった」


40年。師弟。

メイラは一体いくつ…


「子供だった。だが、全てを持っていた。

 お前のように」


…勘違いしている。

私は何も…いや。


しかし、少なくとも私は、

生きるので精いっぱいの、弱い存在だよ。


「私達の狙い通りデューナメースに取り入った。

 そして、常人が到底辿り着けないところにまで登りつめた」


頬を包む両手は強く、私を離さない。


「私達の組織も拡大した。類を見ない異常な速さでだ」


目がギロつきだす。


「だが。裏切りやがった。

 あいつはデューナメースと繋がっていた。

 …最初からだ」


ああ。

それが、メイラが隠し事に怒っていた理由なんだ…

それでも私は…


「話せ。お前の全てを」


「…嫌です」


スピリエがどんなやつか分からない。

でもメイラと同じ道でなければ、いずれは離れることになるんだ。

話すわけには行かない。


「一軍に牙を剥いた理由は?」


「嫌です」


両手の力が強くなる。


「スピリエは、あの男は、空っぽだった。

 お前の中を、見させてもらう」


見られる?

私の中?


「やだ…やだ…」


メイラの瞳越しに、歪んだ顔の自分が映る。


「黙れ」


低い声が、心臓をえぐるように響いた。


動悸。

私は必死に目をそらす。


──。


それは一瞬だったか。

何秒続いたかもわからない。


不意に、私を挟む手の力が緩んだ。


恐る恐る前を見ると、


メイラの鋭い目は、動かないまま、

…透明な雫を垂らしていた。


「アテラ、お前は一度…」


あぁ、知られて、しまったんだ。

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