14.代償
怪異は、大地に磔のようにされて、完全に沈黙していた。
終わった。
痛い…。
私の左側も、動かない。
「アテラ、その手足はどうした」
「…う、うう」
あまりの激痛に、しゃべる前にうめきが漏れた。
視界がぼやけてくる。
「おい、アテラ!? アテラ!」
メイラの声が、近くなのに遠いような。
私は、セティに向く。
青いランプは──灯っていなかった。
ああ。
私は、小さな友達ひとり、守れなかった……
…。
「おい、アテラ、おい!」
聞いたことのある声だ。
これは、パワハラ…
「あ…」
「よかった起きたか。
どうしたんだ、その手脚は」
手脚。そうだ。私の、左部分は…
「いっ」
欠けたところが痛む。
視界が広がるとともに、痛みは増した。
「お前のそれ、回帰で直らないんだよ。やっぱりおかしい」
うん、今までで一番酷い反動だった。
……違う、そんなこと言ってる場合じゃない!
「セティ、セティどこ」
「そんなことよりお前は……あ」
金の紋で、左右を見渡す。
視界に構造が浮かぶ。
…壁の向こうだ。
形状でわかる。丸い形が、二つ隣の部屋で横たわっている。
ほんの微かに、回路の動きが見えた気がした。
セティ。
もうランプが消えて、どれくらい経つ?
エンジニアがだめなら、私がやってやる。
「アテ…」
「わたしが、やる」
ベッドから降り立とうとした。
しかし左足が支えられず、身体が床に崩れた。
「まて、早まるな」
左手が上がらない…
右手右足でずり這うように前に進む。
セティ、まってて。
はやく、前に。
「そんな状態で動けば痛むだろ。
安静にしておけ」
「うるさい!セティが動かなかったら、デュナトスなんてやめてやる!」
胸が燃えるように熱い。
すぐにでも助けないと。
もがいて、あがいて、少しでも早く、扉に…
「自暴自棄だな…」
メイラはこちらに手をかざした。
「う…!」
やられた。
どう身体を出そうとも、前に進まない。
やめて。
早くいかせて。
金の紋を再び発動させる。
セティだったものは、見れば見るほどに全くの無機物。
全身の力が抜ける。
いやだ。
「うぐっ…ううっ」
涙が滲んだ。
…悔しい。なんで。
悔しい。
それなら。
今やるんだ。構造支配で、生き返らせて…
ガチャ!
扉が開く。
「おわった……おっと、どうした?」
細い身体に、六本の腕。
顔は毛深く、両目のさらに外側に、宝石みたいなものが二つずつついている。
だれ。邪魔が増えた。
「メズ、やっときたか」
メイラがデュナミスを緩めた隙に前に進む。
「こいつ、セティが死ぬと思ってる。
早く伝えてやってくれ」
死ぬじゃない。活動停止だ。
急がないと朽ち果てちゃうんだよ…
「ああ。活動コード、なんとか間に合ったぞ。
で、わかるのか?」
「え…」
聞き間違い…?
活動コードが間に合ったって、そう言った…?
「アテラ、そういうことだから落ち着け」
メイラは捕縛を解いた。
「メズ。こいつは見かけ以上に賢い。
いくぞ。暴れるなよ」
「そうか。アテラ、続きは向こうだ」
メズがドアを大きく開ける。
私の身体が浮いた。
いや、メイラに持ち上げられていた。
二つ隣の部屋へ。
そこにちゃんと、セティはいた。
ごつごつした黒い外殻。
窪みには、薄っすら青いランプを灯していた。
「い、きてる…」
胸の奥がすうっとする。
強張った全身の力が抜けていく。
「言っただろ。早まるなって」
ぽろぽろと、涙が落ちる。
「セティ、生きてた…」
メイラは私をセティの隣に座らせた。
動く右手でセティのごつごつを撫でる。
触りなれた感触だった。
「まだだ。
あまり時間がない。説明するぞ」
メズは私の横でしゃがむ。
「今は、ジェイルブレイクに成功した状態で、活動コード更新は不要になった。
だが、オートマトンの動力は、デュナミスだ。主が供給しなければならない」
メズの方を向く。
その目線は、私に向けていた。
「主はアテラになっていて一つ手間が省けた。後は契約だけだ」
それは、私への意思確認に聞こえた。
「どうすれば、いいですか」
メズに目を合わせて気づいた。
両目の脇の宝石のようなものは、目だ。
四つ目、虫族か。
「私が契約書を作る。条件を言って、それにサインするだけでいい」
メイラが後ろからそう言った。
そして、メズが三本指を立てる。
「デュナミスの供給。
使役方針。
他人の扱い。
最低限この三つを、決めてくれ」
急に迫られる判断。
けれど、難しいことじゃない。
「供給は、セティが必要な時、アテラから引き出せるデュナミスになる。
ケチるとまともに動かなくなるからな」
動力はデュナミス。それなら…
「全部」
「おいおい、正気か?
10パーセントくらいでも十分だが」
メズは、片手のひらを上に向けた。
何を言ってるんだ。
私が1%でも残っていて、セティのデュナミスが切れたら?
あげられないなんて嫌だ。
「全部です」
「こいつは、一度決めたら面倒だ。次いこう」
すかさず後ろからの声。
振り向くと、メイラは契約書のようなものの記述を進めている。
私は続けて伝える。
「使役方針はなし。他人の扱いもセティの思うままに」
「それをやったら、いつでもお前の元を離れるぞ。
しかも、デュナミスを勝手に使う」
メズは、眉をひそめた。
「いい。セティの自由にする」
私のデュナミスだし、私とセティの関係に口を挟まないでほしい。
すると、後ろから鼻で笑うような声が聞こえた。
「……笑えるよな。こんなまぬけな契約書があるか?」
「俺は笑えねぇが、楽しそうだな。メイラ」
二人のやりとりは、馬鹿にしているというより、どこか懐かしがっている。
そんな印象だった。
「さぁ、サインだ。
人道的理由により、供給デュナミスの最大は90パーセントまでになる。
悪いな」
契約書が目の前に差し出される。
『アッティラ・ラシュターナ』
私はすぐに、そう指でつづる。
「読めよ。いや、読めないか」
メズの突っ込みにメイラが笑っていた。
契約書は、消えた。
薄い青ランプ。
はやく。
早く、元気になって。
私は、涙をぬぐって、セティの手足となるコードの1つを握った。
「オートマトンに、つい感情が入っちゃうのは、分かる気がするな」
メズは立ち上がってそう言った。
「やっぱり、お前もそっち側か。
ハァ、ここは変人だらけだよ」
メイラが代わりに隣へ来る。
「アテラ。もうすぐだ。息が切れるから準備しておけ」
その時、セティのランプが強く光り、緑色に変色した。
私はコードを握りしめる。
息が浅くなる。
胸が、苦しい。
さらに、頭の奥を押されている痛みまでくる。
たまらず、セティの身体に伏せる。
ああ。
90%って、こうなるんだ。
でもセティだって、同じだったでしょ…?
ジンジンする頭に耐えていると、
背中をさするような感覚があった。
そして──
「やぁ」
声が聞こえた。
聞きなれた、私が機械音声から変えさせた、あの女の子の声。
俯いた顔をあげる。
ごつごつした丸い身体を起こしたセティが、窪みの緑色で、こちらを向いていた。
「セティ、よかった…」
胸は、飛び跳ねるようだった。
頬がつい緩む。
目元も…
涙はこらえないと……あ。
セティは、私を持ち上げる。
私は、窪みの横をもぎもぎしてあげた。
「アテラ、ぼろぼろじゃないか」
「ふふ、セティのほうが、ぼろぼろだったよ」
「そうだな、だが今は動く」
浅葱色の目は、深く、澄んでいた。
「アテラ。ありがとう」
「うん。でも、助けてくれたのはこっち…」
私が手のひらで二人を示すと、
セティは、私をその方向に向かせてくれた。
「ありがとうございました」
メイラとメズが頷く。
「怪異をやってくれたんだ。これで貸し借りはなしな」
メズは笑顔でそう言う。
けれど、メイラは笑っていなかった。
メイラは、軽く息を吸う。
「……さて、落ち着いたところで二つ聞かせてもらおうか」
私に目を合わせてくる。
「アテラ。お前は何だ」
鼓動が、音を立てた。
「ポリティカル・スコアが-463。どういうことだ」
その顔には、怒りに似たものがあった。
心拍が、目の前を揺らしていた。




