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13.怪異

あれが、怪異。


思わず息を止めた。


圧倒的な巨体。

頭は牛みたいに縦に伸び、顎の骨がところどころ剥き出しになっている。

左右には、複眼を無理やり貼りつけたような目の塊。

長すぎる前脚と後脚で身体を支え、胴体はごちゃごちゃしてよくわからなかった。


おぞましい。まさに怪異の名にふさわしく。

……そう心の中で呟く。


「怪異は…拠点に向かっている。とめる…ために、メズ達も戦ってる」


メイラは息を切らせながら言う。


「様子を見て、援護します」


ノアテラが先に歩き出す。

私は拙く歩み、セティの手を引いてついて行った。


「下がって。アテラ達は戦力にならないと思う」


そう言い残して、ノアテラは先を行った。

その脚は震えていた。


「アテラ、一緒にいけ」


後ろからメイラの声が飛んでくる。


そうだ。

わずかでもエンジニアの生存率を高められるなら行く。


ノアテラはどんどん先へ。小さくなって殆ど見えなくなった。


いつのまにか大きさを増す怪異。

向こうも近づいてきているようだった。


長い前脚と後ろ脚の間には、

虫のような手足が無数にあって蠢いている。


金の紋を使って構造を見たいが、後ろにメイラがいる。


セティに頼るか。


「セティ、実はね。一緒に寝てる時、ビームの出力をいじったんだけど」


「そう、か…」


セティの反応は、何か含みが感じられた。

私は、じっとセティをにらんだ。


「……隠し事を望まないと判断する」


セティの声は弱々しかった。


「これまで使ったビームは、活動時間を減らしていたようだ。

 今は特にダルい。多分もう、二日ともたない」


そんな。


私は、足を止める。


あの目から出る光は、ただの攻撃じゃなかった。

撃つたびに、この子の残り時間を削っていた。


「ありがとう。正直に話せたね」


なら、もう頼らない。


再び前を向く。


怪異は、巨体をうねらせながら直進してくる。

そこへ、丸太を削った槍みたいなものが高く放られ、怪異の上半身へ深く突き刺さった。


怪異は、怯まない。


刺さったところから体液を垂らし、それでも進み続ける。

よく見れば、身体にも脚元あたりにも、すでに何本もの丸太の槍が刺さっていた。


「丈夫だな」


怪異とは、何なのか。


これほどの攻撃を加えても、直進してくる。

怒りも怯みもない。思考はどうだろう。

生物というより、機械のようだった。


そうこう考えていると、遠く前方から、後退してくる部隊が見えた。


「後退せよ!臭気が強い、近づきすぎるなよ!」


「アテラ下がって。あれに近づきすぎると、取り込まれるわ」


ノアテラが、全力で走ってきている。


私はセティを見る。

動きが鈍い。

逃げ切れないかもしれない。


「一軍がいたら、こんなのやっつけられるのに」


ノアテラが私をふわっと抱き上げる。


「セティは自分で歩けるわね」


「だめ、セティもう動けない。いっしょにつれてって」


「無理だわ。オートマトンは重いのよ」


置いていく気か。


鼓動が早まる。


お父様は、あんなに走れたのに。

今、やるしか…ない。


「おばあちゃん、セティ置いていったら、私裏切るから!」


そう言って、私は金の紋を使った。


「アテラ…」


怪異の構造が見える。

できる限りの映像記憶でそれを頭に焼き付け、すぐに金の紋を解除する。


──七つ。

重要臓器のような集積があった。

おそらく血管に似た回路が、それらに集中していた。


『構造支配』の改変で破壊できるのは二つまで。

生物で言う、心臓か、脳あたりが当たれば停止させられる。

けれど、1つだけとは限らない。


「おばあちゃん、怪異の急所ってどこ?」


「わからない。頭を潰しても生きているって聞い…」


「なにやってる!はやくさがれ!」


通りすぎる討伐の部隊が、罵声を浴びせて去っていく。


「おばあちゃん、誰かにセティを運んでもらって」


「あ、ええ。そうね」


ノアテラが、後退してくる一人の隊員を見る。


「ちょっと止まって!」


「ああ?」


鳥族の男を、呼び止めた。


「ねえ、このおさげの子と逃げてもらえないかしら」


「ああ、わかっ…重いな!」


セティは無表情のまま担ぎ上げられた。


「よし、さがるわ」


ノアテラは私を抱えたまま走る。

だが、距離が開かない。


それどころか、怪異の細部がさっきよりくっきり見えていた。

間違いない。

詰められている。


鳥族の男は、腰に大きな籠を備え、

ノアテラの使っていたような大量の矢がある。恐らく戦闘向きだ。



「おじさん、怪異の急所ってどこ?」


「それがわかりゃ苦労しねえ。ただでさえ一点物なのに、あいつはでかすぎる。」


「その矢は貫通できる?」


「無理だな。『カタパルト』か、『バリスタ』の仕事だ。

 俺は対人専門なんだ」


対人……物騒な単語を気にする暇はない。

怪異は徐々に加速しているようにすら感じる。


「その貫通できる人はどこ?」


「アテラ、もしかして、いい案があるの?」


「うん」


ノアテラが横やりには、とりあえず頷く。


「半数近く怪異にのまれた。残りはもう逃げただろうな。

 あまり、話しかけないでくれ……息が切れる」


半数も。


肝が冷える。

エンジニアは大丈夫なのか。



「派手に後退しているなあ。初動をしくじったか」


メイラだ。鳥族の男に話しかけている。

私たちに追いついていた。


「あぁ。一軍が戻るまで足止めしたいがこのざまだ」


「一発入れてやる。みてろ」


メイラはそう言うと、周囲の石ころを宙で集めだす。

それらは無数にくっつきあい、大きな塊となった。


大きな塊は、回転し出し、メイラの手に合わせて怪異の反対後方に投げられた。


「先生、頭部の下にある毛の生えた部位の右、赤みがかったところ。狙えますか」


メイラの目が細くなる。


「ん?アテラがしゃべったのか?」


……しまった。

説明が丁寧すぎた。


いや、背に腹は代えられない。


「はい、そこが急所の一つです」


「ほう…」


メイラの眼光は、私を覗く。

そして、小さく息を吐いた。


「お前を信じよう」


先程、投げられた石の塊が戻ってくる。

加速しながら、高速回転していた。

怪異へ一直線へ向かうその軌道から、風の衝撃が来る。


ほぼ同時だった。

塊は、怪異の方へ突っ込んだ。


ズシュゥゥ!


石塊は、狙った部位を貫いた。


すかさず私も、そのタイミングで別の急所を書き換えた。


身体から、力が抜ける。



「デュドプォォオォ…」


怪異が奇声を上げた。空気が震える。


「ひるんだ!…やるじゃないか!」


メイラが声を上げた。


確かに、速度は落ちた。

しかし、前進は止まっていない。


「…だめだ。さがるぞ」


鳥族の男は、再び走り出す。


ノアテラが怪異に背を向けたため、様子はわからない。

暫く音を聞いていたが、怪異はついてきている。



「ハァハァ…、まって、もう走れない…」


ノアテラの荒い呼吸は、限界を表していた。


「私のデュナミスも厳しい。もう数分まてば回復するが」


メイラも苦しそうだ。


ノアテラが振り向くと、後ろが見えた。


私の心拍が上がっていく。

怪異は……少しずつ加速している。どうみても。


数分も待てば、臭気に飲まれる。

取り込まれる。

終わる。


私は唇を噛んだ。


──七つの集積は二つ破壊した。

残り五つから当てる。脳か、心臓だ。


もう、周りにも部隊はいない。

メイラ。もう一度。


「先生、もう一つ、急所が見えます」


「なんだ、すぐ撃てって言うのか…」


「メイラさん、あいつぁでかい。臭気ももっとでかくなるかもしれねぇ。

 多分このままだと追いつかれちまう」


「そうか、だが、次撃ったら動けなくなるな。私は」


メイラは少し間を空けて深呼吸した。


「…やる、か」


私は怪異へ向き、たわみそうな手で指さす。


「はい、こちらからみて左の大腕脇にある、きらびやかな鱗のほんの少し下です」


伝えた言葉を皮切りに、再びメイラは石を集める。


残りの急所があいまいだ。メイラの大砲に合わせて紋を使う。そして、急所を壊せば七分の四。

きっといける。


メイラは先ほどと同じように大きな石の塊を後方に投げた。


「アテラ、本当にあと一つだけなの?」


「う…」


ノアテラが痛いところをついてくる。

喋れない。きっと嘘が読まれる。


「ノア。ただ言えることは、これがアテラにとっての最善なんだろう。

 なら、気持ちよく乗ってやろうじゃないか」


胸が高鳴る。

そうだ、勝つんだ。

どんな手を使っても。


メイラは砲撃の行使を続けた。

高回転の石塊が見えた瞬間、金の紋を発動させる。


バシュゥゥ!


鋭い放物線は、私の指示通りに怪異の脇下を貫いた。

同時に私も、中央脚部の集積部を書き換える。


「バルルルプァァァ!!」



一際大きな奇声。そして、横に大きく転倒する怪異。


ドゴオオオオオオオオン


地響きが伝わる。

そして土煙が舞い上がった。


「ぐ」


全身に強い痛みが走る。



みんな、そこに立つものは、期待せずにはいられないだろう。


止まって。今度こそ。


怪異は…


動いていない。


「やった!」

「おお!」


ノアテラがいち早く喜び、おじさんが続いた。


…。


ブシュウッ!


転倒した怪異の腹のあたりから、何かが飛び出した。


一回り以上小さな怪異。

それでも人の何倍も大きい。


こちらに、向かってくる。


「いる!…まずいな」


「ワシがやる。アテラ次をおしえろ」


「セティだめだよ」


「今しかない」


残り二日ともたないっていったじゃない。

出力をあげてしまったし。


「はやくしろ」


やだ。

今、ここで活動停止したらどうするの。



「……全員取り込まれるぞ。このばかが」


その一言で、目頭がやける。


ばかはセティだ。

…心で言いながら、私は金の紋を使った。

三か所の集積。しっかりと急所は残っている。


「あぁ、そういうことか」


メイラの声が、低くきこえた。

もう、どうでもいい。


「中央胸部少し左にある立て筋の一番下当たり、ちょうど境目のとこ…」


私の言葉が終わる前に、ビームが発射された。


同時にもう一つ。後頭部にある部分を、構造支配で改変した。


「ぐ…」

──激痛。

自分の左側。手、肩、脇、腿あたりが崩れるのを感じた。


ブアアアアアァァ!


怪異は破裂した水風船のように弾ける。

肉片は飛び散り、飛沫が舞った。


なんとかこれで──


あ。


飛び跳ねながら向かってくる。

それは、ずいぶん小さくなった、ランチュウのような怪異だった。


「しぶといやつめ。ファルター、やれるか?」


「ここまでやってくれたんだ。まかせろ。」


「私も微力ながら援護します」


ファルターとノアテラの矢が、一斉に飛ぶ。

無数の矢が小怪異へ突き立ち、めった刺しにした。


私はそれを見届けながら、ようやく呼吸を戻した。


「うう…」


でも、左手をはじめとする私の損壊部分は、腐り落ちるようにぼろぼろと崩れていた。



怪異は、動かなくなった。


「よおおし!」

「やった!」


ファルターとノアテラは声を上げて喜ぶ。


セティも、ゆっくり動いた。



でも、メイラだけが、止まっている。

その視線はこちらに向いていた。


あの人は、気づいている。

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