11.先生と面談
「メイラ先生、時間になりました」
ノアテラがそう告げると、数秒して奥から声が返ってくる。
「入っておいで」
「失礼します」
奥に入ると、空気に冷たさを感じた。
薄暗さと、少し湿り気もある。
しかし、天井は高く部屋は広かった。
「やあ、ノア。よく来たね」
「ご無沙汰しておりました」
先ほどの印象とは打って変わって、
目の前にいたのは、温厚そうな狐顔の人物だった。
しかも、思っていたより若い。
ノアテラの、あの若い顔とそう変わらない。
「紹介します。私の弟子のアッティラです。アテラと呼びます」
「ずいぶんと可愛い弟子候補じゃないか」
「あてらです」
弟子、か。
…許容しよう。
「こちらのオートマトンはセティといいます。
活動コードが取得できず、あと半月ほどで停止します」
「そいつがそうか。
ただではないのは、分かっているだろうな?」
狐目がさらにきつくなる。
その視線を受けるセティは、素朴なおさげを微動だにせず、ただ無表情だった。
「はい。アテラとセティは既に中央に追われる存在。任務に協力するどころか、我々なくして生きられません」
メイラの眉が片方上がる。
「ノア……中々なことをするね」
その声は、少し意外といった反応に見えた。
「だが、こちらへ協力を買って出るということは、よほど自信があるんだろう?」
「はい。この子には、計り知れない底があります」
褒めてるのかな。
含みのある言い方で、少し落ち着かない。
ノアテラの視線は真剣だった。
メイラは、こちらを観察し始める。
耳、目、鼻、頬と口、呼吸、手足のわずかな動き。
それら全部を、まじまじと見られた。
「ふうん……確かに。肝は据わっているね」
「はい。話し言葉こそ赤子のようですが、天才です」
「天才ねえ……」
前世では、「天才」という言葉ほど
安売りされているものはなかった。
もう少し、ひねった表現はないのかな。
それにしても、顔が近い。じろじろ見ないでほしい。
「なるほど…使っているね。元は何歳だ?」
私は息を飲んだ。
変身を、見破った?
「…さすがです、先生」
初見で、こんなにはやく。
ノアテラは言っていた。
『私がアテラに言ったことには必ず合わせてね』
今、私は何も言われていない。
ならば、動かない。
石像のように、黙ってやり過ごす。
「まったく喋らないじゃないか。緊張しているのか?」
「はい。シャイな子でして……では、元に戻します」
ノアテラがデュナミスを使うと、
白い霧に包まれ、私は元の姿へ戻った。
0歳の私を見た瞬間、
メイラは目を見張った。
「…つまり、これはこの子のデュナミスコピーと言いたいのか」
「はい。覚醒としての総量は十分でしたが、
それでも数回の訓練で、この水準に到達しています」
「…はい、そうです」
一応、ノアテラに合わせて発言しておく。
メイラは首を傾げた。
「おかしいな。
猫族の一歳程度が、ここまでの想像力を持つはずがないのだが」
「六カ月程度です」
メイラはさらに驚き、私の目を見てくる。
それついては、私自身も同意できる。
「実力は十分、か。
これを中央に潜り込ませ…いや、大手で情報を…」
メイラの不穏な独り言。
不敵な笑みも、隠さなかった。
「メイラ先生。今は活動コードの件をお願いしたいです。
この二人の忠誠に関わります」
「あぁ…、型式を特定して対応できる者がいる。今日にも連絡を取ろう。
会うまでは、三日間もらう」
「ありがとうございます」
私はノアテラと一緒に礼を述べた。
全く動かないセティ。
私は、頭を下げるようにうなじ辺りをぽんと押した。
礼くらいしろ、という意味だ。
「……悪くない。ノアが危険を犯したのも頷ける」
「それと、アテラのデュナミス・コアを調べていただけませんか」
ノアテラは、助力を得た後も貪欲だった。
ありがたい。
この物騒な世界では、切り札がいくつあっても足りないくらいだから。
小さく頷くメイラ。
「…二つ」
指を二本立て、そう言った。
「一つ。
そのアテラという子が信用できる根拠」
だよね。
痛いほどわかる。
こんな0歳児、怪しくないわけがない。
デュナミスの何でもありが蔓延する世界だ。
疑わない者から奈落に落とされる。
「もう一つ。
なぜ『男の少年』の姿に変えたのか……教えてくれ、ノア」
「アテラの技量を、お見せできると思ったからです」
……それはおかしい。
この姿にしたのはノアテラの方が先。私は真似するだけだった。
「では、最初の質問に答えてくれ。
アテラという子が信用できる根拠は?」
「この子の出自は把握しています。
母はスコア・カンストで殺害され、
親権を獲得した高スコアの犬族、
ナーク・アーグスという者に育てられていました」
スコア・カンスト。
私はまばたきすらせず、聞き入った。
「殺害の経緯は伏せられていますが、
ナーク本人に裏を取りました。偽りはありません」
メイラの顔が、少し曇る。
「……複雑だな」
低調な声だった。
「犬族が猫族を殺すのは、スコア優位でも簡単じゃない。
もっと深い何か……」
嫌な語句が胸の奥に残る。
けれど出自のことは、今は考えちゃだめだ。
どんなぼろがでるか分からない。
「まあいい。こちらは信じよう」
こちらは。
メイラがそう言った。
「…」
「…」
二人の間に、短い沈黙が流れる。
「さあ。
本当の理由を言いたまえ」
ノアテラは、わかりやすく視線を逸らした。
「…可愛い男の子が、好きだから…です…」
「よろしい」
え、そんな理由…?
嘘を見抜いたのはデュナミスか、それとも長年の勘かな。
それでも、少し安心した。
ノアテラの行動は、どこかしら感情が込められていて、すべて打算じゃない。
「さて、アテラちゃん。
どうやってセティと知り合ったのかな?」
急に話を振られる。
嘘はつけない。
だが、私には武器がある。
「あてらです」
「…」
そう。
言語力が足りない、という最強の盾がね。
「先生、すみません。
先ほど申した通り、アテラは言葉がまだ拙くて」
「分かっている。
私は思考を見ているだけだ。セティの方には効かないからね」
……怖い。
いや、今までの流れからして、これはハッタリだ。
ハッタリと断定できないまでも、思考全ては透けるわけではない。
目が合う。
私は、メイラの目を真正面から見返した。
そうだ。
ここは怯えず、力を与えるに足る人物、
つまり、組織の協力者に相応しい態度で行こう。
「…」
「確かに。
真っ直ぐな意思は目に出ている。
ただ、ノア…この子は女のままの方が性に合っていそうだ」
「……はい」
もしかして、
私の何かを感じ取った?
だとしても、女だろうが男だろうが関係ない。
私は、私だ。
「だが――男の姿でいいか。それも面白そうだ」
なにその適当さ。
そして、メイラは私に向けて白い霧を発生させた。
「髪型は、こちらの方がノア好みだろう。
それと、デュナミスの件も引き受けよう」
少し変わった気がする。
襟足が、すーすーする。
「ありがとうございます!」
ノアテラは、心底嬉しそうだ。
どこか、つかみどころのない。
そんなメイラ先生だった。
「デュナミス・コア。調べる方法はいくつかあるよ。
ほら、覚えているだろう?」
ノアテラは、口をつぐんで笑顔で誤魔化した。
メイラ先生は、椅子に座る。
「…30年ほど前の話だから、ノアはもう忘れているかな」
「あ、先生と会った頃の」
ノアテラは、明るい反応を返す。
私も、そのやりとりで顔がほころぶ。
「では、『ベロ出し法』で詰めていこうか。
まず、前方斜め上を向いて、舌を出してごらん」
……ベロ出し法。
ネーミングが、子供向けにもほどがある。
「まず斜め上を向いて、舌を出してくれ」
私は言われた通り、舌を出した。
「よし。
次に、舌を自在に回したり、捻ったり、縮めたり、畳んだり、伸ばしたり…
舌でできる限りの動きを試して、自由を表現してみて」
私は素直に舌を動かす。
前世の私は、舌が異様に器用だった。
180度ひっくり返すことも、蛇のようにZ字に折ることも、筒状に丸めることもできた。
…が、今の身体では思うように動かない。
「器用ですね…」
それでも、ノアテラの感嘆の声が聞こえる。
やりすぎたかもしれない。
「気持ち悪い」と言われないだけ、正常範囲だと思うことにする。
「ふむ。
では、その動きを続けながら、
頭の中で『檻から放たれて、自我を持った舌』をイメージしてみて」
……なんだそのイメージは。
檻から放たれた舌。
ペットか何かだろうか。
檻から放たれる。
自我を持つ。
自由になる。
私は、前世で「気持ち悪い」と言われ続けた自分の舌が、ついでにそう言った連中を襲うイメージをした。
「ひっ」
小さく、ノアテラが息をのむ声が聞こえる。
……今、私の舌はどうなっているんだろう。
メイラは、何も言わない。
数分は経っただろうか。
舌が疲れてきて、口角から下が少しひんやりする。
多分、よだれも垂れている。
でも0歳なら、自然だ。うん。
「よし、やめていい」
私は舌をしまった。
思った以上に、口の周りがよだれだらけだった。
…恥ずかしい。
「今アテラは、顔が赤くなっていますが。
これはどのようなデュナミスですか?」
「いや、赤いのは恥ずかしかっただけじゃないかな。
多分、舌をずっと見られて」
「あら、かわいい」
……ふざけるな。
はやく結果を教えてください。
「九割方、包含属と見ている。
裁定属なら、もう少し秩序だった舌の動きだったはずだ。
異形なら偽証、包含…
だが、あそこまで巨大化するなら、偽証属は考えにくい」
メイラは顎に指先をあてて、ぶつぶつと言っている。
理解できない用語の羅列。
……ん?巨大化?
自分では、そんな感覚は一切なかった。
せいぜい、折ったり丸めたりしていた程度だと思うのだけれど。
「包含属は、その後の特定が難しいな」
「ええ。
危害を加えないように、慎重に探らないと」
危害…?
私、そんな危険人物になるの?
「あてら、だいじょうぶ」
拙い一言で、自己弁護しておいた。
するとメイラは、目と眉の間を空け、ゆっくりと首を振った。
「アテラ、大丈夫じゃないんだ。残念なことに」
メイラめ。
「アテラは、話すのが苦手ですが、
説明すれば理解できます。
ぜひ、理由を教えてあげてください」
「ノア。お前が説明しろ」
そう言いながら、手で払うようにするメイラ。
「…はい」
結局荒っぽい先生だったなあ。残念なことに。
ノアテラがこちらを向く。
「アテラ。
私たちが使うデュナミスは『三目九属』といって、その種類が大きく三つ、細かく九つに分かれるの」
「うん」
「使い手の多さの順で、オルト三属、パラ三属、メタ三属よ。
オルトは直接的な力、
パラは間接的な力、
メタは力を俯瞰して活用するイメージね」
「うん」
0歳児に分かるはずのない説明だが、
ノアテラは私がこういう時、
多少なりとも理解することを知っている。
「…概念としては少し違うが、まあ良しとしよう」
メイラが口を挟む。
ノアテラは一度はにかみ、続けて口を開いた。
「メタ三属には、偽証属、包含属、裁定属があって、
私のデュナミス・コアである変身は、偽証属。
アテラのコアは、包含属よ」
「うん。わかったー」
「…本当に分かっているのか?」
メイラうるさいなあ。
「私の使うような偽証属なら、
相手にかけても危害が少ないし、解除もできる。
裁定属は、あいまいを白黒つけるような効力で、
有害というより、そうすべくそうするだけ。
でも、包含属は違うのよ。
かけた相手やアテラ自身が変容して、元に戻らない可能性がある。
だから危ない」
「うん。わかったー」
「猫族四半獣のゼロ歳が理解していたら、まさに天才だな」
恐れ多い。
ノアテラは、大きく呼吸をした。
そしてしゃがんで、目線を合わせてくる。
「アテラ。よく聞いて。
包含属の強いデュナミスは、
相手の身体と融合するものや、
五感や臓器を共有してしまうものがある。
いずれも、元に戻らなかったと言われているわ」
身震いがした。
融合。臓器共有。
現実味はない。けれど、この世界ならありえる。
「だから、その時が来るまで、
デュナミス・コアは使わないでいてね」
ノアテラの態度は、最近の冷たい感じと比べると少しへりくだっていた。
それほどに切実なのだろう。
「偽証属の発動が『違う形に整える』イメージなら、包含は『まるごと食らう』イメージだよ
そうしないように、気を付けてね」
「うん。わかったー」
正直、かなり残念だ。
セティの方を見ても、頷くだけだった。
「さて。潜入はどうするかな」
メイラは、机の上の紙をめくる。
「デュナミス・コアを開示できないとなると、実技の加点は期待できないな。
その『天才』を前面に、頭脳で売る。
…猛勉強でもさせてペーパーテストでいくか」
メイラは、けだるそうに言った。
勉強で済むなら、それが優しいかもしれない。
そして、紙を差し出してきた。
「アテラ。このサインで、セティの活動コード提供としよう」
主従契約書
メイラ・メラユエ は以下、主人とする。
アッティラ・ラシュターナ は以下、従者とする。
主人は、基本権の及ぶ範囲内で、従者にあらゆる命令権を持つ。
…
それは、何十行にも及ぶ、私を縛る決め事だった。
しかも文字は、ただ紙に載っているだけじゃない。
魔法にかけられたみたいに、行ごとにうっすら浮き上がっている。
私は、それを見つめたまま動かなかった。
『途中で破棄することは、セティの活動停止に合意すること』
『メイラを師とし、親とすること』
『仁義を尽くし、他に属さないこと』
…
助けてもらえる。
そして、相応の奉公をする覚悟がある。
その当たり前が、恐ろしいまでに明文化されていた。




