9.初戦
「ねぇセティ、さっきのノアテラの言葉、なんだと思う?」
夕焼けのさす部屋の中で、私は小さく問いかける。
「討伐部隊だろうな。デュナトスで編成した」
「それって私とセティを捕まえるため?」
「いや違う」
セティは、断言した。
「反デューナメースの、ノアテラの方だ。
ワシは消えて数日。それで執行は早すぎる」
…。
私が黙れば、静寂が流れるだけ。
窪みの中の青み色は、必要なだけしか喋らない。
つまりノアテラは、選べと言ったのだ。
お父様と危険を採るか、
セティと超危険を採るか。
私にはもう、選択肢などなかった。
翌朝。
私は、お世話になった家を、静かに歩いて回った。
木造の住居。
一階は、炊事場・洗濯場・食料庫を備えた広いリビングで、土足で歩く床。
二階には、お父様とお母様それぞれの寝室。
そして別室に、私のベビーベッドと、敷毛布が用意されている。
今は使われていないベビーベッドも、きれいに保たれている。
…次の赤ちゃんが使うのだろう。
犬臭さのついた、大きな布きれを手に取る。
これで、よくお父様と体を拭いた。
今は気にならない。
好きな匂い。
お父様が一人になっているところを見計らって、私は近づく。
「ナー、それほしい」
「ん?」
お父様の耳についている、リング状のものを指差した。
いつもお父様のつけていた、銀色のリング。
「これか。かなり高いんだけどなぁ」
そう言ってリングを外す。
実にお父様らしい言葉と行動に、心が温かくなる。
「…じゃあ、エンニが大きくなったら返してくれるって約束するなら、あげるよ」
体温が上がる。
嬉しかった。
お父様は、私の未来を見てくれていた。
「わかったー」
「…本当に、わかってるのか」
そう言いながら、私にリングをつける。
少し大きいリングを、もっと大きな手で支えて。
お父様。
本当のお父さんだったよ。
お母様も。
ありがとう。
私は、簡単な置き手紙を置き、
誰にも見つからないように家を出た。
外に出ると、朝の空気が冷たかった。
すぐにセティへ、デュナミスをかける。
黒いゴツゴツは、黒髪の少女になった。
その瞳は青く、弱々しい。
セティに担がれ、私は家出した。
二人は前に進む。
木陰から漏れる朝焼けは、途切れなく私達を照らしてくれた。
「やっぱり来てくれたね。エンニちゃん」
ノアテラおばあちゃんは、玄関前で待っていた。
その顔は、作り物のようにも感じた。
「最初からこうなると知っていたのか?」
私が返答するより早く、セティが割って入る。
「ええ、ナークさんは気の毒だけど
お互いにとってこれが一番なの」
お互い。
その言葉が、頼みの綱でもある。
「なぜかは、そのうち分かるわ」
ノアテラはそう言って、家の横に置かれた荷馬車に向かった。
その荷馬車には、馬がついていない。
「追っ手はどうする」
「運悪く見つかれば…協力をお願いしたいの
セティちゃんとエンニちゃんで一人」
一人。
それの意味するところ。
……倒せということか。
ノアテラは、私を少年の姿に変えた。
少し伸びた手足は、戦いには何の足しにもならない。
「えと、本、ほしい」
「大丈夫、そう思って何冊か持ってきたよ。」
優しさを噛み締めるように、本を受け取る。
読書なんて呑気に見えるかもしれない。
しかし、今ここで得た情報が、未来を変えるかもしれないのだ。
旅程の時間も有意義に使いたい。
四つの席は、二つずつペアで全て前向きになっている。
ノアテラが前、私とセティは後ろに乗り込む。
馬のいない荷馬車だったが、そのまますぐに動いた。
ガタガタと音を立てながら進む。
エンジンもなければモーターもない。動力は恐らく…デュナミス。
「セティちゃんを改変したのは誰の力?」
ノアテラは、前を向いたまま言う。
「エンニちゃんでないことはわかっているわ」
「えと、こしょうしてた」
咄嗟にしらを切った。
この世界の力といえばデュナミスなんだ。
『構造支配』を知られたらどうなるか…。
「できればそのデュナミス使いを知りたかったけど…時間切れ」
ノアテラは苦笑いする。
「もちろん、エンニちゃん達を巻き込んだことに意味もある。
…そう悪くはしないから」
そう悪くは。
相応の悪さがある。と聞こえる。
「セティなおしたら、何するの?」
「…デュナトスになってもらうわ。
詳しくは、『先生』に聞いてもらおうかな」
ノアテラ達は、反デューナメースだ。
なのに、デューナメース側とされるデュナトスになるということは、スパイだろうか。
口調、声のトーンや癖、話す内容は、どれをとっても、おばあちゃん猫のものではなくなっていた。
あの時見た、半顔のもっと若い女性がノアテラか。
そう当てはめるとしっくりくる。
その感覚を補強するように、記憶が結びつく。
相殺。ノアテラは、そう言っていた。
変化のデュナミスを私が相殺したことで、真の姿が半分だけ露わになったんだ。きっと。
それじゃあ、ノアテラが今も外観を偽装し続ける理由はなんだろう。
中央に指名手配されているとか……
中央、即ちデューナメースとは敵対していて、私達を潜入させようとしている。
どの理解を切り取っても、いいことをしているようには見えない。
でもそれで、『あいつ』のことがわかるかもしれない。
ただそう前向きに捉えた。不安に蓋をするように。
「あ」
ノアテラは、左方の空を見ていた。
その空に、黒い点が五つ見える。
ノアテラの顔が語る。討伐部隊とやらだろう。
「まずいわね。多すぎる」
黒い点は、こちらの方角に向かってきている。
「一人、ワシがやる。
ノアテラは四人行けるか?」
「相手次第だけど…」
ノアテラはそう言うと、例のメガネをつけた。
私もすぐに、ポケットの子供用メガネをかける。
「エンニちゃん、それ。いい反応だわ。
デュナミスの値を見るのよ」
え、えーと。
それぞれのデュナミスの数字は…
-5 、12、 16、 -43、 -12。
「Tier5が四人、Tier4が一人。
三人はいけそうね…」
ノアテラのTierは恐らく、デュナミスの強さ。
ノアテラが-41だったから、-43がTier4。…つまりまずい相手か。
「先制攻撃で落とせなければ、ワシをおとりに捨て置け」
セティの発言が癇に障る。
許さない。
自分の命を大事にしないセティには、私がいなきゃだめなんだ。
「セティいないなら、もうミアウォートいかない」
セティが振り向いて、無表情にこちらを見る。
ノアテラが小さく溜息をついた。
「…まずは、これを使うわ」
ノアテラは荷馬車の奥に積んでいた、丸い玉を浮遊させた。
それは、私達の進む場所から大きくそれたところへ行く。
そのかなり遠くで、爆発音がした。
黒い点は一人、音の方へ向かっていった。
しかし、残り四人は距離を詰めてきている。
鳥族が二人…、そして虫の羽をもった者、鱗のある者が滑空姿勢で向かってきていた。
「やはり見つかっていたか。
あと四人」
ノアテラは、荷馬車内の矢を浮遊させる。
その数、三十本以上はありそうだ。
先端には、しっかりと矢尻もついている。
「さぁ、タイミングを合わせて」
「殺しちゃうの?」
「パーティーを組んだ隊には回帰属が必ずいる。
そうそう死にはしない」
死なないから撃つという理屈なんて、簡単に飲み込めないよ…。
場慣れ、なの?
すぐに矢は、多連装ロケットのように射出される。
さらに、セティの目から光線が放たれた。
光線は鳥族の一人に命中し、腕あたりが焼ける。
数秒と経たず、
敵勢に膜のような壁が形成された。
それは、熱線をはじく。
「予想通り。あれは物理を守れない」
そこへ、ノアテラの矢の群れが行く。
膜の壁は簡単に破られ、矢は雨のように浴びせられた。
私達の馬車は、止まらない。
こちらの位置は木々に隠れていた。
私は金の紋で、状況を透かし見た。
矢が二人を撃ち抜く。
熱線が一人を止めた。
…残り一人だけ、ほぼ無傷だ。
しかも、こっちへ向かってくる。
『構造支配』を知られず使うなら、今しかない。
紋を伸ばし、その最後の一人の脚へ狙いを定めた。
相手を改変せずに、最低限ダメージを与える…。
胸の痛みを意識。相手には、小さな印を異物として書き加えるんだ。
(ごめんなさい…!)
印はカッと光った。
異物を挟んだ脛の骨は、綺麗に折れた。
四人の追手は全員、ばらばらと下降していく。
まるで全員が、矢の雨にやられたかのようなタイミングだった。
そして四人そろって、遠方へ引き下がっていった。
「やったわ。この距離なら、どちらの村かも分からない。
見つからずに済む」
ノアテラは、口早にそう言った。
その口角には、嬉しさがにじむ。
「痛そうだった」
私が言うと、ノアテラは一瞬だけこちらを見た。
「相手はもっと痛めつけてくる。でも、エンニちゃんは直接戦う必要ないから」
その言葉に、慰めはない。
ノアテラにとっては、あたりまえの世界。
「あ、そうだ」
再度、ノアテラが振り向く。
「エンニという名は使えない。
せっかくだから、名前も男の子っぽく…」
男の子っぽく、か。
エンニという名前だって、本当の私とは違う。
きっと、生まれた時とも違う。
私は名前に無頓着だ。どうということはない…
ただ、わずかに意識した。
変わるたび、遠くに行ってしまう過去の自分を。
「なまえ、ちょうだい」
ノアテラは、待つように間を空けていた。
それに対しての返事だった。
「…アッティラ。どう?」
……え?
アッティラ。
前世では有名な、歴史上の人物。
確か、かなりやばいやつだったはずだ。
だが、今それを気にしている場合ではない。
「あってぃりー」
「アッティラ、呼びにくいかな。
呼ぶときは、アテラ」
ノアテラ。アテラ。
親子みたいに似ている。
そんなふうに繋がってしまうのすら怖い。
「あてらー」
私の口からその名が出た瞬間、ノアテラはひときわ明るい顔を見せた。
怖さは、少しだけ和らいだ。
そのままノアテラの背中を見ていると、違和感があった。
視界の横に何か。
そう、左方奥に小さく紋がある。
何かが見える。紋を発動していないのに。
つまり直近に見たもの…
あ。
最初に散らせた一人。
「おばあちゃん」
ノアテラは振り向く。
「あっち、何か見えた」
あっちは、明らかな死角だった。
ノアテラ、何とか気づいて。
「ん?見えないけど」
ノアテラはそう言って、メガネで周囲を見渡した。
そして、あっちを正面に向いた。
「…追ってきてる。-43」
ああ。
よりによって、一番強い相手が残ってしまった。
バキバキバキッ!
なに…
追手の方角から、木が裂ける音が連続する。
目を凝らしてみる。
追手は右腕を前へ突き出し、障害物を薙ぎ払いながら浮遊していた。
浮いて進みながら、木々をへし折っている。
これが、人の成せる力か。
尋常じゃない。
「木々の破壊されている。
捕捉されているかもしれないわ」
ノアテラは、横を向いたまま、唇を噛んだ。
「ワシの攻撃では火力不足だろうな」
やはり、セティも厳しいか。
「まだ矢はあるけど」
ノアテラが先程と同じように矢を操作する。
浮遊する矢は、残り七本。
すぐに音のする先へ飛んでいった。
私は反射的に、紋で軌道を追っていた。
一本目は……刺さった。
二本目、それは、何かで弾かれる。
三本目以降もだめだ。
相手の動きに乱れはない。
これは、防がれた。
「だめ……まだ追って来ている」
そう呟いたノアテラの前だった。
音とともに大きなものが、横切る。
ドゴオッ…!
それは丸太だった。
馬車をかすめるような軌道で、右方の奥へ落ちた。
ぞっとした。
あんなでかいものが当たったら。
あいつ、殺しにきてる…。
「まずい……場所が正確に知られてる。
次は当たるかもしれない」
他に手はないのか。
ノアテラが正面から勝てない。
セティの火力も足りない。
それなら……
「セティ、撃って」
「だが、防がれるぞ」
「いいから」
私はセティにウインクする。ノアテラに見えない方の目を。
セティの瞳が光った。
熱線が走る。
紋。集中だ。
追っ手は、熱線を感知したのか、顔を向けたのが分かる。
木々を倒す右手も、こちらに向く。
そう紋が示したところ。
あれを、少しだけ、砕く。
(帰って…!)
カッ
光は、追っ手の腕骨に異物を生み出した。
すると追手の右腕は、ぶらんと垂れる。
姿勢がわずかに崩れる。
そのまま追っ手は、木々にぶつかった。
眼鏡で眺めるノアテラが気づく。
「あら、効いたわね。もうデュナミスが切れかしら」
そう都合よく、状況を解釈していた。
セティがこちらを向く。
「エンニ、よくやった」
ああセティ、それ言っちゃダメ。
私は、激痛を感じながら必死に首を振った。
すると、セティは小さく口をあけた。
「わたし…が、見つけて、やっつけたね。
でも、セティ…間違えてる。アテラ、でしょ」
痛みをこらえて何とか声を絞り出した。
そして、セティへぱちぱちウインクする。
「…そうだな。
光線の出力を上げたのがよかった。相手も油断していたな」
その会話を聞き、こちらを見るノアテラ。
誤魔化せるかな…。
「そ。何とか切り抜けられたわね。
けれど、行き先が知られた。急がないと」
そう言ってノアテラは前を向く。
たぶん気づかれていない。
荷馬車は速度を落とさない。
木々の合間を抜け、揺れながら、それでも前へ進み続ける。
急にノアテラは、こちらに振り向いた。
じっとセティと私を見ている。
あれまさか、気づいた?
「今回、あなた達は私に協力した。
これは覆せない事実よ」
そう言って、笑みを浮かべる。
……分かってる。
けれど、その響きは頭の中でぐるぐると回って消えない。
私は耳のリングへ触れた。
育ててくれた両親に、私は何も言わずに去った。
遠ざかる家、きっともう帰れない。
セティを助けて、ノアテラに協力する。
もう、戻れない。
大木を投げ飛ばす人がいた。私も攻撃した。
これからも、たくさんの人が敵となって、そうやって襲ってきて戦うんだ。
短い時間に、色んなことが起きた。
ズキズキと痛む全身が、胸の苦しさに重なる。
私は、震えながら本を開く。
今はただ、何かの情報で思考を満たして耐えるのだった。




