食卓の喧騒
現在午前7時。ランニングコースを走ってきたミストは大浴場にて軽く汗を流した後、いつもの格好に着替え、食堂に向かった。もう既にこの宿舎に入っている勇者候補たちの大半は起きていたらしく皆朝食を取りながら談笑していた。
と、そんな光景を見ていたミストであったが突如後ろから肩を叩かれ振り返ると、シンシアとルイスの姿があった。
「あんた達……まさか待ってたわけ?先に食べててよかったのに……」
「そんなこと言わないの、一緒に食べたほうがおいしいよっ。ね、ルイスちゃん?」
「いえ私は特に。御姉様が例外なだけです」
塩だね~、とシンシアが言うのを横目にミストは軽くため息をつきつつ「行くよ」と呟きながら食堂に入っていき、二人もそれに続いた。食堂に入った3人はトレイを取ってビュッフェ形式になっている料理を取っていくがこの時、シンシアが異変に気が付く。
「あれ、なんか今日いつもより料理の種類……というかナカハナ料理の種類が少ないね?」
「………確かに。パンコーナーにも揚げパンがない。あれ結構好きなのに………」
「申し訳ございません!今日はツェン老師とそのお弟子様方が急用でおられなくて作れてないんですよ……!」
「そうなんですか………。急用、なんかあったのかな?ミストちゃん聞いてる?」
「………前にも言ったけど、あの違法幼女と会ったのはもう10年以上前だしその一回きりだ。親交なんて微塵もないよ」
とそんな話の後、料理を取った彼女達は橋の方の席に座り食事を始めた。意外と楽しみにしていたツェンのナカハナ料理がないことにやや気落ちしたものの皿に盛られた大量のパンやおかず、出来立てのオムレツなどを食べ、シンシアは顔をほころばせ、ミストもその様子を見ながらコーヒーカップで隠しつつも口元に笑みを作った。
一方シンシアの隣に座っているルイスはバターを塗っただけの焼いた食パンに齧り付いていた。
「あれ?ルイスちゃん?ジャムとか取ってこなかったの?取ってこようか?」
「いえ結構。最近気が付いたんです。御姉様の御尊顔、それを見ている時、素晴らしい甘みやうま味を感じることができる、と」
ルイスの発言に二人が固まる中、彼女は再び食パンを食べ幸せそうな笑みを作っていた。その笑みを見たシンシアは、まぁかわいいからいいか、と軽く思考放棄しつつ自分の食事を続け、ミストは嫌なんか突っ込めよ!!という視線を送っていた。
そんな風に食事を楽しんでいたところ、彼女達に声をかける者達がいた。
「よぉお前ら!ここで食ってたのか」
「隣、いいかしら?」
「ハハハ。すみませんね、急に」
「ガイウスさんにオルトラント様……それにレイゼ様も!どうぞ座ってください」
目線だけ動かして無言のミスト、ガイウスに対し明らかに嫌そうな視線を浮かべるルイスに代わりシンシアが答えるとガイウス、オルトラント、そしてレイゼは彼女達のテーブルの隣に座った。その様子には周りの王都出身の勇者候補たちや配属されてる軍人たちも好奇の視線を向けていた。
一人が廃嫡された元王族の凄腕冒険者、もう一人が実力で立場を勝ち取った仮面の公爵子息というのもあったが、悪いうわさも多い彼ら二人と一緒にあのレイゼがいることが不思議なのであろう。
公爵家とも太いパイプを持つテルノーグ侯爵家の長女で教会最高幹部「七聖徒」第六席という絶大な立場を持つレイゼであるが、一般的には貴族としてや教会のシスターとしてよりも、劇場や祭事で歌って踊る歌姫としての方がはるかに認知度があるのである。
かく言うシンシアも実は彼女のファンであり、ここであえた時はそれはもうウキウキであった。
「あなた達、朝にトレーニングをしていたわね。どう順調?」
「は、はい!!ミストちゃんやルイスちゃんもアタシによく教えてくれて、とても充実しています!!」
「そう、頑張りなさい。……ねぇ聞いたかしら、勤勉な若者の今の言葉を。あなた達に言ってるのよ酒場で酔いつぶれた筋肉馬鹿と不摂生引きこもり」
「うっせぇ。昨日やっと依頼されたオオツチグモ群れを討伐して酒を解禁したんだ。いいだろたまには」
「最近は外に出ていますよ。新しい蟲の育成のための素材を取りに行かなくてはなりませんからね」
そんな風に雑談をしつつ食事を進めていき、6人とも口直しの紅茶やデザートの飲食を始めた頃、オルトラントが話を切り出す。
「そう言えばガイウス?ちゃんと正装の準備はしていますよね?」
「ああ?一応を用意したよ、ギルマスもうるせぇからな……」
「廃嫡はされたと言えどあなたは先王陛下の孫、恥をかかせないようにしなさいよ」
「…………?正装、って何ですか?」
シンシアがそう呟いた瞬間、ガイウス達は思わずシンシアの方を向き「おい、マジかよ」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「………一応聞きますが、今日勇者候補を集めてのパーティ兼選抜試験の説明会があることは知っていますね?」
「それはもちろん知ってます!!今日の夕方からある奴ですよね?!」
シンシアの言う通り、先日やっと勇者候補が全員王都に集結し今日の夕方からパーティを行うこととなった。その招待状はシンシアはもちろんミストの所に届いており彼女達も行く予定ではあった、のだが。
「………そこにはこう書いてあったはずよ。『あなたらしい格好でお越しください』、とね」
「………あ、そうですね。そんな風な文言だったような……。だからいつもの制服で行こうかなって……」
「……その文言はね遠回しに絶対正装で来い、っていう意味なの。このパーティには勇者候補だけでなく今回の勇者パーティに出資している伯爵以上の貴族も大勢来るわ。勇者候補である以上門前払いはされないでしょうけど、悪目立ちして大恥をかくわよ」
「ええっ?!し、知らなかった!!っていうかそう言うの知ってたら教えてよ!!二人とも!!」
シンシアは驚きつつもミストとルイスに声を上げるが、ミストは特に何を思うことなくコーヒーを飲んでおり、ルイスはジト目でシンシアを見ていた。
「私そう言うのに興味はないから、今日もいつもの格好で行こうと思ってたよ」
「というかそういう時は正装で行くって最低限のマナーだと思いますが………知らなかったんですか?」
「漁業と林業、あとイルカの騎乗遊泳で生計立ててるような小さな村出身の私がそんなことを知ってるとでも?!うわーん、どうしよぉ!!」
「え、イルカの騎乗遊泳?」「イルカと泳げるんですか、というか乗れるんですか?」「マジか……」「……その話詳しく聞いても?」とミスト達が小さく騒ぐ中、シンシアは机に突っ伏し、頭を抱える。
そんな姿にため息をつきつつ、レイゼはシンシアに声をかける。
「シンシア、後ついでにミストとルイス。今日の午前空いてるかしら?」




