19
次の日の朝、631の四人が食堂で朝食をつついていると、ユウがリグのスケジュールを作ってしまった。それが過密日程かどうかでリグとユウが言い合っているうちに、なぜかユウの方がぼやき出す。
「そもそもおかしいんだよ。褒章らしいものがなにもないんだもの。そりゃあ戦術コンの言いなりで横並びだったときはそれでもいいよ。でもいまはそうじゃないんだ。働きが偏っているのに、何の配慮もない。これじゃ働いたほうが損だよ。不公平だ」
「きつい日程組んだのはユウじゃん……」
「必要に迫られただけだけど。なに?」
「いえ」
スプーンを咥えてガスも同意した。
「確かに今回やってみて、隊長の気持ちがちょっとわかったぜ。俺らだけ仕事が増えるの、しんどい。誰にも死んで欲しくねえからやるけどよ、なんかご褒美的なもんがいるよな。休暇とは言わねえけど、禁止薬物摂っていいとか」
「だめです」
「休暇はともかく、時間が欲しいな。訓練はやるけど、のんびりやりたい」
遠い目をするリグを見て、ユウはうなずきながら腹立たしげにマッシュポテトを口に運んだ。
「リグは多くの人々を救った。多くを与えたよ。でも、いま僕らが返せるものは、ほんの少しだ。都市は、GMSと戦略部は返そうとすらしない。君はもっと報われるべきだ。いつか報われるときまで絶対に生き延びれるよう、ビシバシ訓練するからね」
ユウの宣言にリグは、そうきたか、と感心した。この理屈だと過密日程に文句も言えない。
ふと、横の通路を人が行き交う気配が止まったので、変に思ったリグは顔を上げた。するとプレートを持ったユキが立っていた。頬を赤らめ悔しそうに唇をへの字に曲げつつ、気まずそうにユウたちをちらちら見るという複雑な表情をしていた。そしてリグを睨みながらチョコレートキューブを二つ、リグのプレートに置いて去っていった。
ユキは艦載機を二機撃墜していた。自分の言葉を守ったわけだ。
リグたちが目を丸くしていると、今度はレオが来た。
「やあ。約束通り、進呈に来たよ。昨日の夕食は、君はすぐいなくなっちゃったんでね」
「あんなの真に受けなくてもいいんだ」
「まあね。でも、君が人一倍つらい思いをしたことを僕は知っている。なのに個人の働きに報いる制度はない。戦術コンで並列化された兵士には必要なかったからだ。いずれ制度化されるかもしれないが、とにかくいまはない。不公平だと思った僕は、君のスピーチを真に受けることにした」
「人一倍、というならWFだってそうだろう」
「言い方を変えよう。僕があげたいんだ。もちろん、受け取ったあとどうするかは君の勝手だ」
「……もらうよ」
レオは満足そうに、紙に小さく包まれた三つの塊を置いた。
「まさかWFの他の連中も来るのか」
「さあ。僕はなにも指示していない。真に受けたやつだけくるだろうさ」
手を振って別れたレオに続き、WF第一小隊副長のダイとエマがひとつずつ置いていった。そこからが長かった。WFかどうかを問わず、誰も彼もがリグの目の前にチョコレートキューブを置いていく。さまざまな励ましや感謝の言葉が、リグだけでなくユウたちにもかけられた。握手を求められさえして、リグは呆然としつつ応じた。
周りから人がいなくなったあと、リグの目の前には百個以上からなるチョコレートキューブの小山ができていた。
「すげえ」
ガスがつぶやき、ユウもうなずいた。
「リグを知らない人はいない、なんて言ってたけど、実際見るとすごい。あれだけ集まると迫力というか、熱気みたいなのがあるんだね」
「隊長にはそれだけ人を集める力があるんですね」
「俺、隊長のことを甘く見ていたかもしれん」
「えっ」
びっくりするテオの向かいで、リグは難しい顔をしていた。その理由をユウが代弁する。
「どうするの、これ。一人で食べるの?」
ユウは別に、自分にもよこせと催促したわけではない。しかし、リグは首を振った。
「こういうのは山分けと決まっている」
よっし、とガスは拳を握りしめ、テオは目を輝かせる。目の前に一つずつ置かれたチョコレートキューブを見つめ、いつまでたっても二つ目が来ないので顔をあげると、リグがいない。
食堂の端から空のプレートを持ってきたリグはチョコレートキューブをそれに移す。
「ユウ、ちょっと行ってくる。遅れると思う」
「わかった。急がなくていいからね」
「すまん」
踵を返したチョコの山と、渡された一個だけのそれを見比べながら、ガスはうろたえた。
「えっ、えっ、ちょっと、これだけ?」
「関係者にお礼にいくんだよ」
「あ、なるほど。おーい隊長! 余ったら持って返ってきていいから!」
腰を浮かしたガスの袖をテオは引っ張って座らせる。恥ずかしかったからだ。リグも恥ずかしかったので、逃げるように食堂から出ていった。
最初に向かったのは兵器開発室だ。ドアが開くと、白衣を着たばかりのドクターがいた。
「どうした。見放されて配給係にでも転職したのか。それとも心を入れ替えて、私を尊敬する気になったか」
「まさか。おすそ分けですよ」
「例の恥ずかしいスピーチだな」
「聞いてたんですか?」
「まあな。市民であれば通信を聞くのに認証は問題ないし、共通回線である以上、特別な権利は要求されない。あまり知られていないだけで、聞く方法は技術者なら見当はつく。私は都市市民であり技術者だ。その方法を知っていたし、その気になったわけだ」
なるほど、とリグはうなずく。
「話が早くて助かります。ここには泣きを入れに来たり、色々お世話になったので」
ドクターは手渡されたチョコレートキューブとそれの山を見比べる。
「いろいろ、というわりには一個しかくれないのか」
「このあと工廠層に行くんですよ」
「……仕方ないな」
ドクターは手のひらの上でチョコレートキューブを転がしてみる。
「人からこいつをもらう日が来るとは思わなかった」
「長生きしてみるもんでしょう」
「まあ、そうだな」
「他にも行かなきゃいけないので、これで失礼します。またそのうちに」
部屋を出ようとしてリグは、あ、と足を止める。
「メグ、喜んでましたよ」
それだけ言い残すとドアが閉まる。ドクターは、ふん、と鼻を鳴らすと包みを解いてチョコレートキューブを口に放り込んだ。
リグは確かに思いもしない方法で問題を解決していく。それはドクターにとって快い新奇刺激だった。その時を楽しみにする一方で、ドクターはそんな日が来なければいいとも思う。リグがここに来るということは、フェムトが新たな脅威を生み出したということだからだ。
苦い顔で甘いチョコレートキューブを噛み砕き、ドクターは仕事にかかった。リグにばかり任せておいては、大人の沽券に関わる。
リグが次に向かったのは戦略部、ハルの部屋だ。二番目に恩を感じている、というよりも単に兵器開発室から近いからだった。
部屋のドアに近づくと、普段は開かないはずのそれが開いた。プレートを持ったリグが中に入ると、戦略コンでなにか作業をしていたのか、閉じていたハルの目が開く。
「開けてくれてありがとうございます」
「また緊急度最大で支援要請を出されてはかなわんのでね。それは?」
「いろいろお世話になったので、お礼参りに来ました」
「……お礼参りには報復行為の意味合いもあるのだが」
「そうなんですか? 失礼しました」
「兵士にも文学を教える必要がありそうだ」
「勘弁してください。戦闘の役に立たないことまで覚えていられませんよ」
「フェムトとの交信に役立つかもしれん。確かに一兵士の仕事ではないが、君はただの兵士ではない」
チョコレートキューブを一つ受け取ると、ハルはそれを机に置いた。
「テオの件ですが」
「あの計画なら、君が対空射撃装置の説明会を終えた時点で破棄された。GMSに確認したよ」
「よかった。そこだけ気がかりだったんです。今回に類似した状況に備えて、こっそり進めてたりしませんね?」
「GMSが嘘をついていなければ、ない。あのようなものは戦略部としても反対だ。ただ、市民すべての命がかかっていることから、今回に限って容認するべきとの向きもあった。君は本当にぎりぎり間に合わせたのだ」
「そうでしたか。間に合って何よりです。テオをWFに引き抜く計画はありますか」
「話題には上ったが、すぐに棄却された。我々はむしろ、小隊編成を固定する方向で考えている。連携においても利点があるが、特に戦術開発能力が現れたのが編成を固定した君たち631とWFだったことが大きい。因果関係はこれから君たちの報告書によって検証することになるだろう。ただし、欠員が出た場合にかなり繊細な摩擦を生む可能性が高い。思い出というやつだ」
ハルはいったん口を閉じた。リグは黙って聞いている。
「レオを知っているだろう。彼が戦闘詳報で指摘したように、その影響は大きい。思い出は厄介だ。しかし、戦術コンから独立した判断が正しいかどうか検証するには、記憶する必要がある。記憶がある以上、思い出の発生は防げない。戦略部は戦術コンで対応しきれない現状を鑑みて、不可避の事態と捉えている。最終的な判断はまだ出せないがね。個人的には、あるいは都市市民全員が思考支援器から独立すべきときに来ているのかもしれない、と感じている」
「基本的には賛成しますけど、厄介なことになりますよ。統制が取れなくなる」
「その懸念が大きいので、すぐにどうこうという話ではない。いずれ君にも意見を求めてここに来てもらうことになるだろう。その時は快く応じてもらいたい」
「ここでいいんですか?」
「なにか問題が?」
「いえ、あなたが相手なら話が早くて助かります。気になったのは、戦略部は基本的に個人間の関係を重視しないはずなんです。戦略コンがある以上、情報は共有されているんですから、僕の相手は誰でもいいはずでしょう」
それを聞いて、ハルは渋い顔になった。
「誰でもいいということは、変える意味がないということでもある。君に脅されてGMSとの対話に立ち会ったせいか、戦略部では私が君の担当という気配になっている。ひどいものだ」
「僕を最初に呼び出す役になったのが運の尽きでしたね」
「運は尽きたが、枯れ果ててはいない。こうして生きているのだからな」
リグは大きくうなずく。
「あなたがそう考えるようになったことを、嬉しく思いますよ」
「少々癪だが、たしかに以前の私では自分の生き死にを問題にしなかっただろう」
ハルは微かに笑う。
「思ったより長話になった。もう行きたまえ。私には仕事があるし、君もまだ行くべきところがあるだろう」
「どうも。では、失礼します」
ハルの部屋を出たリグは、格納庫の整備班へ会いに行った。今回の件では修理を急がせたり突然出撃をやめたり、そうかと思えば対空射撃装置の装備を急がせたりと散々振り回したからだ。リグがそのことを謝罪すると、整備班長はしっかり人数分のチョコレートキューブを受け取ってから、気にするなと言ってくれた。リグは一安心して少し話し込んだあと、格納庫をあとにした。
さて、とリグは足を止める。次に会うべき相手は決まっていたが、少々顔を合わせづらいのだ。
通信で呼び出した相手はレオだった。リグから用件を聞いて、レオは唖然とする。
「返すってこと?」
「違う違う。形だけ見ればそうなるけど、込められた意味が違うんだ。君たちの気持ちは嬉しい。喜んで受け取ったよ。でもそれとは別に、君たちにお礼がしたいんだ。個人的にも君には世話になったし、ユウたちだってWFに助けてもらった。これだけしてもらって、なんにもなしってことにはできない」
「うーん……」
「本当はチョコレートキューブ以外のものにしたかったんだ。返品に見えるから。でも、他に相当するものがないんだよ、この都市には。だからこうせざるを得ない。ものは同じだが、まったく別件のお礼なんだ。受け取ってくれ」
「……まあ、どうしてもと言うなら受け取ろう。でも、ユキあたりは怒るだろうな」
それはリグにも容易に想像できた。
「だからといって礼をしないわけにもいかない。殴られるのは覚悟の上だ」
「いや、殴るのはまずい。せっかく構築したユウたちとの関係が怪しくなってくる。なんとかなだめてみよう」
「すまない、助かる」
「いいさ。君には借りがある」
「貸した覚えはないが……」
「ユキとの連携に違和感があると相談した件だ。ユキが殴り込みにいった日、なにか吹き込んだだろう。あの日から様子が変わった」
「吹き込むというほどのことはしてないが、助けになったならよかった。うまくいってるのか」
「違和感は解消されつつあるよ。少しずつだが、いい傾向だ。彼女は前のユキより判断が早い。その早さに我々がついていけていなかった」
「彼女の個性だ。素直であり、悪く言えば単純だ」
「その通り。だから駆け引きに弱い。戦闘機動開発のときも、息抜きにやった対人格闘戦でガスにいいようにやられて、真っ赤になって悔しがってたよ」
「そんなことしてたのか」
「ユウも賛成してくれた。聞いていいかな、どうしてガスはあんなに駆け引きがうまいんだい?」
「そうなの?」
「ああ。タイミングをずらしたり、右と見せかけて左、突くかと思えば投げ。うちの隊員のほとんどがやられたんじゃないかな。息抜きとはいえ、性能では勝ってるだけにみんな驚いていた」
さぞ楽しかっただろうな、とリグはガスの調子に乗った顔を思い浮かべた。
「戦況に余裕があったころ、隊内でいろいろ試してみたことがある。その時の経験だろう」
「相手になったのは君か」
「ああ」
「なるほど。駆け引き上手になるわけだ」
レオは笑みを浮かべる。
「対人格闘なんてやめといたほうがいい」
「確かにフェムト相手には通用しにくい。しかし、興味が湧いたな。631とうち、WF第一小隊が地上戦をしたらどうなるんだろう。君たちはどんな戦術を使い、誰がどんな発見をするんだろうか」
リグの声に嫌悪感がにじむ。
「対人戦闘の経験なんて何の意味もない。フェムトは駆け引きなんてしないし、人間同士で戦っている余裕もない」
「たしかにそうだ」
同意してからレオは口元に手を当てた。
「戦況に余裕があるとき、と言ったね? フェムトの新戦術に備えて?」
「まあ、そうだな。いずれなにかしてくる予想はできていたが、何をすべきか見当がつかなかった。それで、隊員の興味があることからはじめてみたんだ。空母との初戦でやった空中機動だって、テオが戦闘機で狭い地形を通ることに興味を持って取り組んだ経験が原型だ。次に奴らが新しい手を打ってくるまで、多少時間の余裕があるだろう。そっちでもやってみたらいい」
「そうしたいな。隊員の興味から手を付けるのはいい考えだ。でも、うちの隊員は何に興味を持っているか、そもそも何かに興味を持っているのか怪しい」
「うちの真似をする必要はない。別の隊なんだから、君たちにあったやり方をすればいいんだ」
「簡単に言うなあ……まあいいさ。やってみるしかない」
「いまのユキも戦術に興味を持って独自に調べているようだ。そういう遺伝なのか知らないが、うまくいくよ」
「そうだといいな。遺伝じゃなくて、うまくいくほうだ。遺伝の方はなんとも言えない。同じ遺伝子で同じような教育を受けたから、似るのは当然だろうさ。それでも個体差は生まれた。彼女は戦術コンから独立して考えることが当たり前の環境で生まれた新しい世代だ。前のユキが君と出逢ってからの変化がすぐに起きたとしても不思議じゃない」
「……あまり似てもらっても困る」
「僕も同意する。複雑なところだ。だけど、いまのユキは自分の個性を自覚しているように見える。そっくりにはならないだろう。君との関係もおおむねうまくいっているようでよかった」
「お気遣いどうも」
「すまない、踏み込むつもりはないよ。ただ、君はあまりに報われないものだからね」
「ユウにも同じことを言われたけど、打ち合わせでもしたの?」
「じゃあ兵士に共通の認識なのかもしれない。そうなると、君は簡単には死ねないぞ」
「どうして?」
「借りを作ったまま死なれたら永遠に返せないじゃないか。もし君が死んだら、もう廃れた風習だけど、葬式とやらは行われるかもしれない。でも君の死をいたんでのことじゃない。報われないまま、つまり僕らに負い目を負わせたまま勝手に死んだ君に対しての暴言大会になるだろうな」
リグはうんざりと天井を仰ぐ。
「俺はおちおち死ぬこともできないのか。生きてれば勝手に作戦を変えるなと怒られ、死ねば死んだで文句を言われる。どうしろっていうんだ」
「もちろん生きていればいいのさ。僕らが借りを返し終わるまでね。何かを変えようとする人は大概文句を言われるものだよ。あきらめたほうがいい」
リグから人数分のチョコレートキューブを受け取ると、レオは尋ねた。
「ユキをなだめるときに、君との対人格闘戦を駆け引きに使っていいかな。かなり効果があると思う」
「……一度だけなら」
「よかった。それならなんとかなるだろう」
「俺、ガスに勝ったこと一回しかないんだけど……」
ぼやきながらリグはレオと別れ、今度は工廠層に向かう。もちろん対空射撃装置の開発責任者であるメグと、ソフトウェア開発を担当したジムに会うためである。技術者というのはそういうものなのか、二人揃って同じことを言った。面白かったから別にいいのに、だ。日常業務を押しのけてでもやってもらったことなので、じゃあいいです、と引っ込めるわけにもいかず、リグは押し付けるように関わった人数分のチョコレートキューブを置いてきた。問題は量産してくれた人々の方だった。どこまでを関わったと定義するかでだいぶ人数が変わってくる。結局、量産製造のリーダーに残り全部を渡すことで解決した。あとはその人物の裁量でなんとかするだろう。
一仕事終えたリグは軍事層に戻ると、小隊の部屋にひとり座って武装案開発経過報告書を完成させる。遅くなったので昼食を携帯食料ですませて格納庫に向かうと、笑顔のユウが待っていた。お手柔らかに、とかなんとか口の中でつぶやきつつ、リグは戦闘機に乗り込む。
さんざんしごかれた。
夕方、自身の訓練のためにユウの監視の目がなくなったのをいいことに、リグはこっそりと抜け出した。
展望室へ行って立ったままリグは地表の風景を眺める。沈む夕焼けと暗くなりはじめた空に瞬きはじめた星々。見とれながら漏らした息の中に、これまでにすりつぶれた何かがまじっていた気がした。
リグの目の前に人がたつ。その強い視線をリグは見つめ返した。
「やあ」
「黙れ」
長い髪を揺らして、ユキは頬をふくらませる。
「私は昨日待っていたのに、お前は来なかった」
恨めしそうに言うユキと対象的に、リグは不思議な安堵を覚えている。誘い合わせない、という暗黙のルールを彼女は知らず知らずに理解していた。
「いろいろあったんだ」
「ふうん」
ユキはいったん不満そうにしたあと、真面目な顔に戻した。
「今回の件、おかげで助かった。礼を言う。聞き飽きているかもしれんが」
「死にたくなかったからやっただけだ」
「ユウたちもそう言っていた。お前たちはいつもそうなのか」
「そうだな」
「同じ兵士なのに、私たちと違う。私たちはフェムトを倒したい」
「俺たちは都市を、人類を守るのが目的だ。その先に見ているものが違う」
「その先?」
「生き残りか、フェムトの殲滅か。いまはどちらも間違っていないし、矛盾しない。適応する大気組成が違う以上、奴らとの共存は難しいだろうからな」
ユキはうつむいてから、今度は寂しそうにリグを見上げた。
「私たちはともに戦えないのか」
「そんなことはない。奴らを倒して、かつ生き残ればいい。すれ違いが起きるとしたら、生き残りか殲滅か選べる状況になったときだろう。ずっと先のことだ。GMSは知らないが、戦略部はまだそこまで考えていないんじゃないかな。目の前のことで手一杯だ」
ふん、と鼻を鳴らしてユキはいつもの強気な顔に戻る。そしてきょろきょろあたりを見回すと、背中を覆う髪をつまんでながめたり、手を組んだりつま先で床をつついたりしはじめた。
なにか来るぞ、と気持ち身構えたリグに、ユキはおずおずと口を開いた。
「その、前のユキについてだが。私はそういったことに特別に関心があるわけではなくて、そういった記憶はお前と前のユキのものだと思う。だから品のない好奇心からいうわけではない、ということ当然の前提として理解しておいてほしい」
黙れ、だの、立て、だの簡潔な物言いをするユキには不似合いな言葉の羅列だった。リグはますます警戒する。
「……何回だ?」
「……なにが?」
「…………抱きしめた回数だ」
リグの頭に血が上って、思考が急に鈍くなる。
「ええっと……」
「そんなにたくさんしたのか!?」
青ざめるユキに、リグは慌てて否定する。
「違う違う、その……一回だ」
「ホントか!」
「本当だ」
よし、とユキは笑う。
「それなら私のほうが多くなる」
それだけ言うと、ユキはリグをそっと抱きしめた。
リグもおずおずと抱き締め返す。
ユキの暖かさに導かれるようにしてリグの胸の奥から言葉が溢れてくる。
「ユキ、その……」
「言わないでくれ。頼む」
ユキはリグの胸に頬を押し付けたまま続ける。
「気持ちを伝えることはできると思う。でも、さっき回数を気にしたように、私たちはきっと同じ不安を抱えている。それを確信に変えるだけの時間が必要だ。私にも。お前にも。だから、いまは言うな」
「……わかった」
リグは気持ちを堪えた。おそらくユキの指摘は正しい。前のユキとのことを絶対に引きずっていないかと聞かれれば、断言することはまだできないだろう。
甘いような、苦いような世界の中で夕日が沈んでいき、星々がひときわ強く輝きはじめる。
二人は同時に、その気配に気づいた。展望室の入り口脇。そこに目を向けると、やべっ、と声を残して何かが引っ込んだ。見続けているとよく知った声が、バレてますよ、と言った。
気まずい沈黙の後、ガスとユウとテオがでてきて、おずおず展望室に入ってくる。ついでに反対脇から、苦笑いしたレオを含めたWF第一小隊の三人も。
「な、な、な………」
カクカクあごを動かすユキ。リグも気持ちはわかる。
「いや、あのさ。隊長を呼び戻しに来たんだけどさ。なあ?」
ガスはレオに目配せする。
「まあ、なんというか、すまない。ちょっとその、いい雰囲気だったもので、声をかけづらくてね。決して好奇心から覗いていたわけでは……」
「あ、あ……うわああああああああ!!」
叫んだユキはリグを抱きしめ、持ち上げるとのけぞり、そのまま逆落としにした。スープレックスだ。リグが頭を打つ音が響き、体中の骨がきしむ。
リグを離して飛び起きたユキは真っ赤なまま喚いた。
「ち、ちがうんだ! いまのはなんていうか、誤解で……私とリグは、そう、極端に親密というわけではなくて、ちょうど、そういうのはもう少し先に、と話していたんだ、だから……」
その言い訳の最中に、きっ、とまなじりを吊り上げてユウはユキに迫る。
「いまのはどういうつもりだい!? リグは僕らの隊長だ。どんな理由があろうと、暴力を振るうなら……」
そこまで言って、ユウはガスとテオに口と身体を抑えられた。
「まあまあ」
「まあまあ、繊細な年頃ですから」
最年少のテオはわりと自分のことを棚に上げている。
揉めている631の三人を横目に、レオはユキに歩み寄った。
「いや、わかってるよ、ユキ。君たちが親密になったことを嬉しく思う。ところで……」
レオは視線を下に向ける。
「リグはいつまでひっくり返っているんだい」
ユキも含めた全員の視線がリグに集中する。
「それが、その」
ためらったあと、リグはひっくり返ったままで言った。
「背中か腰か痛めたみたいで、痛くて動けない」
ユキの顔が一瞬で赤から青に変わる。
「す、す、すまない! 私のせいだ! すぐに治療室に連れて行ってやる!」
慌てたユキは、動くと痛い、と言っているリグの身体を手早く抱えると背中に背負い、脱兎のごとく駆け出した。
後ろでユウがまた何か言おうとしてガスとテオに取り抑えられたようだ。笑い声が聞こえる。リグは笑うどころではなかった。おぶさったときも痛かったが、背負われたいまもユキが走るたびに全身が揺れて痛い。
そしてそれとは別の理由で、リグの心は晴れなかった。今回はなんとかなった。しかし、これからはどうだろう。フェムトの出方は不明だ。戦略部も新たな手を模索している。そしてGMS。人類とは似ているようで決定的に異なる目的を持ったあの巨大な演算器は、これからどう出てくるのだろう。いつか道を違える日が来るのだろうか。
そんな不安が霧のようにリグの胸に広がり、痛みがそれを吹き飛ばした。感謝すべきか止めるべきか、リグは迷う。ただ、痛いと言おうものならユキは泣き出すかもしれない。それだけは避けたくて、リグは涙目になって叫ぶのをこらえたまま、ユキの背中で揺られていた。
先は見えないながら、なんだかんだ、なかなか悪くない。ユキの体温を感じながら、そう思ってしまうリグであった。




