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識別No.0631_2  作者: 良木眞一郎
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 二週間がたったその日、空母来襲が告げられ、631にも久しぶりの出撃命令が下った。戦闘スーツを着て戦闘機に乗り込むリグは、自機の主翼下に対空射撃装置が懸架されているのを見て意外に思った。なにか論争があった気がしたが、遠い昔のことのようだ。

 操縦棺へ乗り込み機内に収容、神経接続し、全システムが起動する。

 この二週間のあいだ、リグはずっと回避機動ばかり訓練してきた。ユウたちとWFは攻撃機動をものにし、それは他の兵士たちにも普及している。

 対空射撃装置は六十挺が無事用意された。その生産のために施設修復に回す資材が足りず、最終期限は一週間繰り上がって本日になっていた。文字通りのぶっつけ本番で、この戦闘で空母が落とせなければおしまい、という状況だ。ユウやユキはぴりぴりしているが、リグは逃げればいいだけだから気楽なものだった。対空射撃装置の実射テストも問題なく終わっているし、できるだけのことはやった。あとはその場でなんとかするしかない、とリグは腹をくくっている。

 格納庫から出撃口に移動し、電磁射出され都市上空へ上がる。リグはまず631の三人と合流すると、大きく二つに別れた戦闘機群のうち、制空部隊に合流する。制空部隊に約三十機、空母攻撃部隊が約四十機の編成だ。この七十機が都市アンバースに属する戦闘機のすべてである。結局、初の空母戦で撃墜された三十機は再建できなかった。失われた三十名の兵士の方はクローニングで補充され、地上迎撃部隊として待機している。空母攻撃に失敗すれば地上迎撃は三十名では足りない。上空から見る都市は地表部こそ修復されているものの、外周部の内部は穴だらけだ。三十体を超える侵入個体が降下したら、もう防ぎきれない。

 制空部隊は集結を終えると高度を上げて巡航に移った。全機が胴体下に増槽を下げている。戦闘時の推力増加装置による燃料の消費が多く、制空部隊は接敵の直前まで増槽の燃料で飛行することになったためだ。

 巡航のあいだ、リグは出撃からこれまで、ガスやテオが一切の無駄口をたたかなかったことに気づいた。かつてなかったことだ。

 リグはユウに個人通信を飛ばす。

「ユウ。みんなずっと黙ったままだけど、ひょっとして緊張してるのかな」

「当たり前でしょ。都市の命運がかかっているんだよ。リグは緊張してないの?」

「だって、まだ何も起きてないじゃないか」

 ユウのため息が聞こえる。

「君ってほんと無神経だよね。いっそ羨ましいよ」

 ユウのしみじみとした台詞はともかくとして、まずいぞ、とリグはぼやいた。考えてみれば、都市の存亡がかかっていると事前にわかっているのは、今回が初めてだ。緊張の一つもするだろう。特にテオは攻撃の主軸として期待されている。逃げればいいだけのリグと違って、重圧は相当なものだ。ガスもテオも生かして返したいリグは、緊張をほぐす方法を考えてみた。歌でも歌えればいいが、リグは一つも知らない。

 結局、リグは通信回線を開いて咳払いする。

「みんな、よく聞け。都市の運命は俺たちにかかっているが、どうせいつものことだ。空母出現前だって、下手すりゃ全滅してたんだ。何も変わらない。一人が一機を引きつけていれば十分だ。いつもどおり任務をこなせ。とにかく生き残って、俺に感謝のチョコレートキューブを献上しろ。いいな。以上だ」

 リグとしてはいつもと変わらないことを強調しつつ、ユーモアも交えた完璧なスピーチのつもりだ。だから、ぶふっ、とテオが噴き出し、ガスがげらげら笑いだしたのは奇妙だった。

「俺、そんなに面白いこと言ったかな」

「だってこれ! これ共通回線だから! 兵士みんな聞いてんの! 隊長さすが! 器が違う!!」

 それ以上続けられず、うひゃひゃ、と笑い続けるガス。

 無言のテオはたぶん笑い声をこらえている。

 ユウはきっと頭を抱えているだろう。

 リグは、やっべ、とつぶやいて真顔になった。

 一瞬の沈黙の後、早速ユキから通信が入った。

「たかが一小隊の隊長風情が総司令官気取りか。面白い、一機撃墜につき一個くれてやる。そのかわり、四機以上撃墜したら私の総取りだぞ」

 四機以上、というのはチョコレートキューブの支給は一人三個までだからだ。一応愉快そうに言ってくれたユキにレオが続く。

「ここまでこれたのは君のおかげだ。生き残れたら一個と言わず、全部進呈するよ」

「私は一個だけにしておく」

 ユキの相棒のエマが言うと、レオの副長のダイも言葉少なに呟く。

「隊長の命令に従う」

 WF第一小隊からしてそんな調子だから他の小隊、空母攻撃部隊も、いいよ、だの、仕方ないな、だの通信が飛び交う。地上迎撃部隊にも聞こえていたから、生き残ったら全部あげる、などの返事が届いた。

 やっちまった、こんなはずじゃなかったのに、と顔をしかめるリグにユウの恨めしそうな通信が届く。

「……リグ。君、わざとじゃないだろうね」

「俺がそんなアホに見えるか?」

「いっそわざとのほうがよかったよ。どっちがよりアホかは、もう、僕にはわからない」

 リグにもわからなかった。全員まとめて緊張がほぐれたようなので、それでいいと思うことにする。というか、この醜態についてこれ以上考えたくない。

 少しして、戦闘機のレーダーでも空母を捉えた。輝点が増え、艦載機の発進を示す。リグたち制空部隊は巡航速度から戦闘速度へ出力を上げる。後方の空母攻撃部隊は制空部隊が艦載機を抑えてから空母に向けて増速する予定だ。

 制空部隊、散開して増槽を投棄する。

 接敵。

 小さな黒い点の横に示された距離計の数値だけが凄まじい勢いで変化する。ある値を超えると黒点は急激に拡大し、光る火線を飛ばしながらリグに襲いかかってきた。リグの意志が神経接続器を通して飛行制御システムに伝わる。戦闘機の可動タイル装甲が位置を変えて主翼を変形させ、昇降舵の機能を果たす。同時に推力偏向板も作動して、機体はバンクを取りつつ横にスライドした。寸前までいた空間を弾丸が無数の針のように通り過ぎていく。

 その回避機動の寸前、リグは手癖のような無意識さで対空射撃装置のトリガーを引いていた。コンマ二秒で射出された弾体は向かってきた艦載機を貫き、即座に回収される。穴の空いた艦載機は中身のフェムトを煙のように吐き出しながら墜落していった。

「初撃墜は631だ」

「やっぱりな」

 誰かが声を上げ、ガスが口笛を吹いた。

「やるな隊長!」

「さすがです」

「くそっ、いいところを! リグはいつもこうなのか!?」

「ユキ、後方に一機いる。回避しろ」

 敵機の群れから抜け出したリグはその隙に上昇。高度を稼ぎつつ、追ってくる敵機を確認する。一機が急速上昇してきた。リグは戦闘機を反転させ、機体の腹を上空に向けつつ機首を地表に向けパワーダイブ。敵機を振り切りにかかる。

 リグはそこから先をあまり覚えていない。

 結局、空母攻撃部隊の攻撃は成功した。制空部隊は最後まで艦載機とやりあっていたが殲滅には程遠く、空母と合わせて三十体ほどの侵入個体の降下を許した。とは言え、いままで手も足も出ずに八十体を相手にしていたことを考えれば天地の差である。地上迎撃部隊約三十名と、攻撃成功して即引き返した空母攻撃部隊約四十名はすべての侵入個体を撃破した。

 都市防衛は成功。空母迎撃戦術も一応の完成をみたのである。

 一応、というのはこれから改善検討が行われることと、敵艦載機の機動が変化することが予測されるからだ。リグとテオが話したように、変わり続ける敵機の機動に人類は対応を強いられることになるだろう。

 ふむん、とリグは腕を組む。夕食を終えたリグは小隊の部屋にて椅子の上であぐらをかき、戦術コンの助けを借りて戦闘詳報を書いていた。さっきユウに戦闘機における近距離での空間戦闘を格闘戦と呼ぶと教わったので、文章はだいぶすっきりしてきた。すっきりしないのは記憶の方だ。何しろ必死だったものだから、誰が何をしたのか覚えていない。情報共有していた戦術コンから各人の戦術データを全部読み出すしかない。普段は裏付けにちら見する程度なので、今回はやたら時間がかかっていた。

 そしてリグは他にもう一つ報告書を抱えていた。対空射撃装置考案にいたる武装案検討の経過をGMSと戦略部より要求されたのである。ただでさえ苦手な報告書を二つも書くなど嫌に決まっていて、リグはなんとか言い逃れようとしたのだが携帯食料を盗んだ件をちらつかされては断れなかった。つくづく、つけ入る隙は見せるものではない。

 これでフェムトに勝ったわけではない。次の一手に対応すべく、戦術開発体制を整える必要がある旨を記して、リグは戦闘詳報をユウに送った。

「お疲れさま」

 別の書類をチェックしていたユウは戦闘詳報をざっと確認してから現実に視線を戻すと、ひさしぶりに余裕のある微笑みを浮かべた。

「あまり書いてないんだね」

「戦闘に限っては書くこと少ないからな。武装案開発経過報告書の方が厄介だ」

「いつまで?」

「明日中だって」

「間に合いそう?」

「大丈夫だと思う。もう半分書き終わってるんだ」

「え、なんで中断したの?」

「色々あったからさ、書いてる途中で時系列がぐちゃぐちゃになってきたんだ。で、戦闘詳報のほうが期限早いから、そっちからやろうと」

「そういうのは手を付ける前に決めなよ」

 呆れたユウに続くように、二段ベッドの上からガスが口を挟んだ。

「書いてみねえとわからねえこともあるぜ。思い知った。生まれてきて今日が一番疲れたわ」

 うんざりしたようなガスに、テオも力なくうなずく。二人も回避機動、攻撃機動開発について報告書を求められていた。最初は面白がっていたが普段は報告書など書かないだけに、すっかりくたびれたらしい。

 ユウも戦術教授について報告書を要求されていたが、もう終わらせていた。

 ガスは起き上がる。

「しかし、隊長が一番槍とはな」

「まぐれだぞ」

「だとしても、一気に士気が上がりましたよ」

「一番面白かったのは隊長のスピーチだけどな」

 ガスは気楽に笑うが、リグはあれを戦闘詳報にどう書いたものか悩んだあげく、一文字も触れないことにしたのだ。

「あれ、聞いてるこっちが恥ずかしかったよ。あのときほどリグから指揮権を奪い取りたいと思ったことはないね」

 恥ずかしそうにうつむくユウからリグは視線をそらす。話題もそらす必要がある。

「テオはさすがだったな。三機撃墜だろう」

 えへへ、と珍しくテオがはにかむ。

「二人は済まなかった。俺のお守りがなければ撃墜していただろうに」

「なんだ、気づいてたのかよ」

 ガスとばつが悪そうに頭をかいた。ユウとガスはリグを守るためにつきっきりだったのだ。おかげで撃墜数はゼロである。

「いいんだよ。君が言ったんじゃないか。一機引きつけておけばいいって。ついでに護衛をしたまでさ」

「俺はついでか」

 うなだれたリグを横目に、ユウはガスとテオに視線を走らせる。二人ともかすかにうなずいた。ユウとガスは自機を盾にしてでもリグを守る気だったし、空母攻撃が失敗でもすれば応援のために一旦帰還する格納庫でリグを拘束し、給油してから近隣都市へ逃げ出す手はずになっていた。これは整備班、GMS、戦略部も承認済みのことで、リグは知らない。事前に話せば反抗するに決まっているからだ。

 ところが、リグはリグで空母攻撃が失敗した場合の計画を練っていた。それは空母が地表部に穴を開け侵入個体が降下したあと、味方に警告の上、破壊された地表から高速で戦闘機を突っ込ませて戦場を撹乱、うまくいけば数体の侵入個体を押しつぶした上で、自身は脱出して操縦棺のパラシュートで降下し、直接戦場にたどり着く、というものだった。これなら帰還口や格納庫を経由する時間を省けるし、敵に動揺を与えつつ主導権も握れる。そういうわけで三人の計画はまだ甘かった。

「それより、リグ。対空射撃装置の経緯を教えてよ。報告書の内容整理にも役立つでしょ」

「そうですよ。僕らに色々試させたときはどうだったんですか」

「ユキと何があったかもな」

 意地悪く笑うガスに、こいつ、と返してからリグは武装案の変遷を語った。ただしGMSとの対話と、ユキに殴られた件は伏せた。GMSの件はまさに論外。テオの脳のクローン量産計画など話せるはずもない。ユキの件も話せばせっかく和解したのに、また険悪な関係に戻る可能性がある。渾身の土下座も台無しだ。

 話し終わると部屋に、しん、と沈黙が降りた。

 へっ、とガスが笑う。

「気を遣ってたつもりが遣われてたとはな。慣れねえことはするもんじゃねえや」

「僕たちまで隊長を追い詰めていたんですね……」

「気にするな。俺の精神がヤワだったんだ」

 それより、とリグは向かいの椅子から向かってくるユウのじっとりとした視線に戦慄した。

「ふうん。それだけのことを部下であり小隊結成時からの友人であり副長である僕になんの相談もなく進めたんだ。へえ」

「いや、ユウ。これはな……」

 ユウは小さくため息をつく。

「いいよ。実際、君の助けになれたとは思えない。でも、これからは違う。僕らは君の助けになれるように成長するんだ。もう君一人に押し付けて、追い詰めるようなことはさせない」

「……悪いな」

「いいって言ったじゃないか。この話はおしまい」

 そんな二人を微笑ましく見つめたガスは、テオに水を向けた。

「おしまいで思い出したが、テオは三機撃墜で単独トップなんだよな。WFでさえ二機撃墜までだ。WFに引き抜かれて、うちの隊、解散するんじゃないか?」

 ガスは冗談のように話したが、ありえなくはないな、とリグは思う。テオの射撃勘は独自のものだ。テオがこの小隊に配属された目的、つまりリグが考案する対空戦術への評価役は代わりがきく。WFに引き抜かれてもおかしくない。

 しかし、テオは笑い飛ばした。

「まさか。ないですよ。昔だったら応じたかもしれませんけど、いまは断ります。631には思い入れがいっぱいありますから」

「思い入れか、そうだね」

 うなずいてユウは続ける。

「テオは断ると言ったけど、誘いは来ないと思うよ。GMSと戦略部は空母対抗案が出るまで僕たちに出撃を禁止した。WFは出したのに、特別扱いさ。もう僕らを数値だけで判断していないんだ」

 どうかな、とリグは考えてみた。戦術開発能力を失いたくなかっただけで、この四人の組み合わせに意味を見出しているかはわからない。

「テオ。誘いが来たら、お前の意志で決めろ。俺たちに気兼ねするな。その方がお互いにとっていい結果になる」

「わかってますよ」

 テオは涼しい顔で答えた。

「引き抜かれそうにねえな、こりゃ」

 嬉しそうにしたガスは、一転まじめな顔つきになった。

「しかし、WFはたいしたもんだ。性能だけの連中だと思っていたが、俺が馬鹿だった。WFは撃墜数が段違いだからいつも特別扱いだったが、俺たちが出てきて話は変わった。特別扱いされるのは俺たちになった。手のひら返しもいいとこだが、それで腐るでもなく、俺たちに戦術開発の教えを請いに頭まで下げた。器が違うぜ。混ざれる気がしねえ」

「僕もそう思う。彼らはすごいよ。今回、間近で見てつくづく思ったもの。彼らは優秀で、貪欲で、高潔だ。とても真似できない」

「真似なんかしなくていい。もしWFと同じ考えをするなら、俺たちはWF第四小隊になっている」

 そうだね、とユウは笑う。

「僕たちの目的は敵の殲滅じゃない。WFとは違う」

「そうさ。いろいろあったが、俺たちは肝心のことを成し遂げた」

 リグたちは互いの顔を見合わせる。

「俺たちは今回も生き残った。そして、運が良かっただけかもしれないが、一人の死者も出さなかった」

 この戦闘でリグが何より喜んだのはその点だった。正確には三機が撃墜されていたが、全機回収可能圏内で脱出していた。

「これからも生き残るぞ」

 了解、と三人は返す。

 満足そうにユウは立ち上がった。

「じゃ、そろそろ寝ようか。明日から、またリグの特訓だ」

「え?」

「……え、じゃないよ、リグ。君、攻撃機動を一つも覚えてないんだよ。今日の撃墜はたまたまなんだ。次に奴らが来るまでに、急いで仕上げないと」

 呆然とするリグに、ガスとテオは笑いを噛み殺す。

 照明を消しつつ、ユウはベッドに潜り込んだ。

 本当にもう怒ってないのか怪しんだリグだが、面倒になって考えるのをやめた。明日は明日の自分がなんとかするだろう。


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