17
次の日からリグの訓練がはじまった。ソファでではあったが、ここのところずっと寝ていたので小隊の部屋のベッドで一晩寝ると体力はあっという間に回復した。問題は筋力で、普段の倍の時間の基礎訓練はリグには堪えた。
ぷるぷる震えて力の入らない手足をほぐしつつ、リグはみんなの様子を訓練記録からうかがう。
631の三人やWFは基礎訓練を終えて戦闘機のシミュレータにこもっている。さっそく対空射撃装置を試しているようだ。なるべく敵機後方、近い距離に陣取る、というガスとテオが立てた事前の方針がうまくはまり、テオの攻撃機動は安定しはじめている。コツを掴みつつあるのだろう。WFもユキを含めて数名、明らかに鋭い動きを見せるようになっていた。シミュレータの射撃システムはあれから一度更新されている。ジムたちソフトウェア技術者たちはまだ頑張ってくれているのだ。
続いてリグは訓練中に届いた通信を読んだ。メグからだ。対空射撃装置の量産がはじまり、またテストの経過も書かれていた。一応順調らしい。もし結果が悪くてもいまから素材変更はできないので、問題のある環境ではソフトウェア側から警告、あるいは使用禁止措置をとる、とある。整備班へデータの受け渡しも済み、631とWFから優先的に配備されるらしい。いまは何より実戦データが欲しいので、とにかく生きて返ってきてね、とのことだった。
うまくいってる、とリグは安堵する。確実なのは、対空射撃装置はもうリグの手を離れたということだ。
リグはまだ感覚のおかしい手足をかくかく動かし、食堂にてユウたちと合流した。今日はこれからずっとシミュレータで戦闘機動の訓練だ。
リグは食事の盛られたプレートを前にため息をついた。
「リグ、どうしたの」
「ちょっと食欲が……」
「食べないと午後持たないよ。休みたいならさっさと食べてからにして」
ユウの素っ気な言い方に、しょんぼりしてリグはスプーンをとる。そして身を乗り出し向かいのテオとガスにささやいた。
「なあ、こないだからユウが冷たい気がするんだが、なにかしたかな」
ガスとテオは気まずそうに顔を合わせる。
テオがこっそり教えてくれた。
「結論から言うと、しました」
「ほんとか。なにがまずかった?」
「正確には、なにもしないのがまずかったです」
「したのかしないのか、どっちだ」
「しました」
「くわしく」
テオはちらりとユウに視線を向けてから声を潜めた。
「ほら、隊長がいたときから、ユウが小隊外からの質問窓口になっていたでしょう。他の部隊に回避機動を教えにいったりもして。隊長がいなくなってから兵士みんなの不安が増えて、質問とかきつい問い合わせとか、けっこう色々あったらしいんです。ユウはそれを一人でさばいたんですよ。大目に見てあげてください」
「隊長もよ、最後までユウに何の相談もしなかったろ? 手一杯だったのはわかるし、それでなにかが変わったとも思わねえけど、人情としてはやりきれねえわな。拗ねてんだよ、ユウは」
「そうか……」
「君たち」
素知らぬ顔で食事を続けていたユウはついにスプーンを置いた。
「内緒話ならよそでやってくれないかな。そもそも、よく本人の目の前でできるね」
「けどよ、隠れてコソコソやってたら陰口みたいじゃねえか」
「ガス。君、内緒話の意味わかってないね?」
ユウとガスがやりあっているあいだ、リグは考えてみた。隊長が副長に何の断りもなく一週間以上も行方をくらまし、職務を全て押し付ける。なるほど、かなり問題がある。では、すべてきちんと話せばよかったのだろうか。行方をくらます理由と喫煙室で考えたあれやこれやの問題をすべて打ち明けて情報共有する。理想的だ。そうすることでうまい考えが出るかもしれない。いい案が出なければ時間の無駄だが、そもそも話してみなければわからないことなのだから、何はともあれ話すべきだ。だが、当時の自分にそれができたか、リグは疑問に思う。あのときは精神的に追い詰められていたし、時間もなければ余裕もなかった。冷静な話し合いができたか怪しいものだ。しかし、心情としてはガスの指摘が正しい。仲間が一人で悩んでなにも話してくれず、徐々に弱っていくさまを見せつけられるのはたまらないだろう。おまけにそこにいるだけで自分の仕事が増える。これはよくない、とリグは判断した。今回はできなかったが、今後はもっとユウたちに配慮できるようになろう。いや、本当になにもできなかっただろうか。例えばWFのレオならちゃんと自分の仕事をこなしつつ気配りもできたのでは……。
腕を組んでいたリグはぽつりと呟く。
「ひょっとして、俺って人の気持ちを汲むのが下手なのかな」
「下手だよ」
「下手だな」
「下手です」
いまさら何を、と言わんばかりの即答ぶりにリグは肩を落とした。
「いいかい、リグ」
ユウは座ったまま隣のリグに向き直る。
「君の初の戦闘から縁があって、小隊結成からの一番長い付き合いである僕をないがしろにしたことは、この際目をつむるよ。そこは要点じゃない」
「そうなのか」
「そうだよ。気にしていない」
(してる……)
(してます……)
ガスとテオはまた顔を見合わせた。
「でも、訓練はどうしてもやってもらう。手加減はできないんだ。休みたいのはわかったから、早く食べて休んで」
「わかった」
「いいや、君はわかってないよ。戦闘機動を身につけなければ、君の生死に直結するんだ。これがどういうことかわかるかい。数々の新戦術を考案してきた631の隊長、対空射撃装置の考案者が、初の反撃ができるという戦闘で撃墜されたらどうなると思う。君一人の問題じゃないんだ。僕らにも厳しい目が向けられる。そんな重要人物を守りきれなかったばかりか、考案にも貢献できなかった役立たずとして責任を問われ、何代クローンを重ねようと永遠に笑われ続けるんだ。なにより残された僕たちをはじめ、君との思い出を持つ人々の気持ちをおもんばかってほしい。くわえて……こっちの言い方のほうが君に効果がありそうなのが癪だけど、このあとフェムトが必ず打ってくる次の一手に対応する能力が落ちるんだ。これは極めて単純な人類の危機だよ」
「なるほど。たしかにそうだ。全兵士の士気も低下するし、なにより奴らの新戦術へ対応しにくくなるのはまずい。さすがだな、ユウ」
さすがじゃねえよ、とガスは呆れた。テオは、ユウの気持ちからうまく話がそれたなあ、と感心する。
「わかってくれて嬉しいよ。じゃあチョコレートキューブ一個あげるから、早く食べてね」
「ああ」
急に元気よく食べはじめたリグを見て、ガスはGMSと戦略部はうまいことやったな、と内心称賛する。リグは非常時に絶大な対応力を見せるし、ユウは平時の仕事に優れる。うまい組み合わせだ。リグを小隊長にしたのは新戦術の実行と評価のためだから当然ではあるが、もし逆だったら多少もたついただろう。この組み合わせが上手く機能しているのは二人の性質にもよる。リグは優れた意見を受け入れる。誰が相手でも、部下であろうとだ。だからガスたちはのびのびと意見を出せるし、意見間の調整はユウがやってくれるので変な気遣いなしに自分の立場に専念してものが言える。GMSと戦略部はそれを見抜いていたのだろうか。どちらにしても面白い部隊に配属された、俺は運がいい、とガスは含み笑いをする。そんなガスに気づいて不思議そうなテオも、実は似たようなことを考えていたのであるが。
午後になり、戦闘機動の訓練がはじまった。とりあえず回避機動は完成していたが、それは現状の艦載機の機動にあわせただけである。艦載機は必ずこちらの動きに対応してくる。そして人類も負けじと機動を改良する。これを繰り返していった果てに最適解があるに違いなく、そこにどれだけ早く辿りつけるかが勝負だ、などとかっこよさげなことを訓練前にリグはテオと話していた。
リグは三時間で音を上げた。
戦闘機後部から操縦棺が排出され、疲れ果てたリグがヘルメットを脱ぐ。
「もうだめだあ。ユウ、俺は出撃しない!」
「なに言ってるの」
リグの訓練内容を見ていたユウは操縦棺のそばでため息をついた。
「あと二時間で夕食だから、それまで頑張って」
「嘘つけ、もう夜中までやってるはずだ!」
リグは操縦棺から上半身をだらりと垂らし、手を振り上げて抗議した。
「だいたいなんで俺だけ分刻みのスケジュールなんだ? これは何の罰なんだ? 自分で言うのも何だが、俺はサボっていたわけじゃない! 他にやることがあっただけだ。ずっと神経すり減らして、終わったと思ったら今度はこれだ! いったい俺が何をしたっていうんだ!?」
「喋るぶんだけ遅れるよ……もう。しょうがないな、ちょっときて」
あれ、とリグは頭を上げる。反抗しておいて勝手なものだが、こういう場面でユウが折れるのは珍しい。恐る恐る操縦棺から降りると、ユウが給水所から薬包と水の入ったカップを持って戻ってきた。
「はいこれ」
「なにこれ」
「カフェインと栄養剤だよ」
「カフェインは制限薬物だろ?」
「そうだね。でも、カフェインは半日程度で抜けるし、どうせ次の戦闘に僕らは参加しない。君がそうしたんだ。だからしばらくは問題ない。最悪、摂取したまま出撃して活性剤と競合しても、動悸と発汗量が増える程度で生命に別状はないんだって」
「あってたまるか」
「念のため禁止しているだけだって確認しておいたから、大丈夫だよ。これを飲めばまだやれるよね。飲んで」
「いや、やれるというか……」
「飲んで」
「あの」
「いいから」
「……はい」
そのやり取りを見たガスは、やなもん見ちゃったな、という顔になった。そばでWF隊員の訓練内容を確認していたテオに話しかける。
「うちの隊長は頭が回ってるときはGMSでも理屈でぶん殴りそうな勢いだけど、こういうときはさっぱりだな」
「まるで普段は頭回っていないような言い方しないでください」
「お? あれが頭回ってるように見えるのか?」
テオは返事をしなかった。
しばらくはカフェインが効いたのかユウの笑顔が効いたのか、リグはおとなしく訓練をこなしていった。夕食を終え、またリグは訓練に戻る。ユウも自分の訓練があるので、今度は他の隊員が代わる代わるリグの訓練を見てくれた。評価は散々だ。ガスは笑うのを通り越して心配そうにするし、テオは焦った。レオは難しそうな顔で言葉を選ぶ。他の面子も似たような反応だ。
そんな中、ユキは遠慮がなかった。
「下手くそ」
一通りリグの機動を見たユキの感想がそれだ。いままで誰も直接言わなかったのに。通信機越しに聞こえたその声に、さすがのリグもむっとした。
「下手で悪かったな」
「怒るな。正直な感想だ。率直な評価なくして成長はない。お世辞を言ったところでうまくはならん。それに、お前が対空射撃装置を考えているあいだ、私たちはずっとこれをやってきたんだ。差があるのは当然だ。いきなり上手くなる方がどうかしてる」
「だから、しょうがないだろう」
「仕方がないからと言って、できなくていいことにはならない。お前には何が何でも生き残ってもらう。出撃しないという選択もあるが、お前は戦場にいることで新たな戦術を考案してきた。お前は戦場に出るべきだ。私たちの中で一番うまくなる必要はない。下手くそであろうと、生き残れればいいんだ。それに今回、お前は自分の考案した兵器の結末を見届ける義理がある」
リグは唸った。言い返せない。
ユキは訓練中のユウを通信で呼び出す。
「ユキ? なにかあった?」
「リグの訓練スケジュールについて話したい」
「いまのところ回避機動だけしかやらせてないけど、問題あったかな」
「直近では、ない。問題はこの先だ。リグに攻撃機動を覚えさせるのはやめたほうがいい」
「ああ……君もそう思う?」
「ということは、同じ考えのようだな。対空攻撃ができる機体は一機でも多いほうがいいが、リグには生き残りを優先させたい。こいつは自分の重要度に反比例するかのように下手くそだ」
「わかった。ちょうど悩んでいたところだったんだ。君の意見が聞けて嬉しいよ。ちょっと待ってね」
言ったはしからリグのスケジュールが更新されていく。この先に予定されていた攻撃機動の訓練がすべて回避機動に変わる。基礎訓練と回避機動だけでスケジュールが埋まった。とてもわかりやすい。
「どうかな」
「結構だ」
「よかった。今後もなにか気づいたらどんどん教えてほしい」
「そうしよう」
ユキはユウとの会話を切り上げた。リグは自分の頭越しに交わされた会話を憮然としながら聞いていた。
「お気遣いどうも」
「不満そうだな。お前は私にあきらめるな、と言った。私たちは総体としてはあきらめないが、お前はあきらめて回避に専念しろ。最初からそう割り切っていれば判断は早くなる。機動後の位置を気にしなくてすむし、会敵時の挙動も迷う必要がない。速度を落とさず、敵の射線に入らないようにするだけだ。どう動くかなんて気にするな。そのうち私たちが戦況を変える」
なにか言い返してやろうとしたリグだったが、すぐにやめた。実際、いい考えだ。そもそも当初案からして、制空部隊は艦載機をひきつけておくのが目的なのだ。別動隊の空母攻撃隊がうまくやってくれればそれだけで都市の被害は減る。それにテオを筆頭として、ユキたち優秀な兵士がいる。機体の装甲も多少の被弾には耐えるし、同数ならそう簡単に負けはしないだろう。一機、二機と撃ち落とせば手の空いた味方が援護に向かい、二対一の状況が増える。そうすればますます撃墜しやすい。リグは一機引きつけてさえおけば、あとは逃げ回っているだけで味方が戦況を有利にしてくれるのだから、こんなに楽な話はない。
リグはころっと機嫌を変えた。
「いい考えだ! そうしよう」
「……楽がしたくてたまらない、と言ったのは本音だったようだな」
ユキの声に怒気が混じっているのを感じて、リグは地雷を踏んだことに気づいた。
「では、最初からやり直せ」
「最初から!?」
「当たり前だ。これだけ意識が大きく変われば機動も変化する。この訓練は操作を含めて、機動を体に覚え込まえるためのものなのだから、機動が変わるならやり直す必要があるだろう。さあ、はじめろ」
どうしてもうまい言い訳が思いつかなくて、リグはしぶしぶ訓練を最初からやり直す。
こうして、リグは基礎訓練と回避機動を徹底して繰り返した。どうせ回避に専念するなら軽いほうがいい。重りになるだけだし、リグに対空射撃装置は必要ないのでは、と誰かが(おそらくは冗談半分で)提案し、それを巡ってユウとユキは口論になったりしたのだが、そんなものが気にならなくなるほどリグは回避機動のみ叩き込まれた。




