16
ユキが来てから二日がたった。寝て、食べて、また寝るような生活だったが、その合間にもリグは最悪の事態について考えていた。いい考えは浮かばない。最悪の事態になっているのだから当たり前だ。本当は最悪になる前になんとかしなくてはいけないのである。
だから、工廠層のメグから連絡が来たとき、寝ていたリグは飛び起きて喜んだ。いますぐ来て、としか書いていなかったが、リグには確信があった。問題が起きたなら、メグはこんな書き方はしない。
リグは急ぎ足で喫煙室から出る。走りたかったが、目立ちたくないし、正直体力の自信もなかった。
工廠層のメグと会った部屋に着く。リグがドアノブを回すと、中は前より乱雑になっていた。相変わらずの薄暗さ。中央の長机に複数の端末が置かれ、それらから伸びた指くらいの太さの通信用ケーブルが散乱しつつ中央の情報共有装置につながっている。何人もの技術者が端末の前のパイプ椅子に背を預け、あるいは机に突っ伏して寝ていた。部屋の隅には薄いマットレスというか、布の上で寝ているものが何人もいる。都市奪還作戦時の野戦病院でさえ簡易ベッドはあった。
奥の端末からメグが立ち上がって手を振った。メグの隣にもうひとり男が立っている。いまこの部屋で起きているのはこの二人だけのようだ。
「待たせたわね、リグ」
急いで歩み寄ったリグに、メグは笑みを浮かべた。
「こないだよりいい顔色になったわ」
「おかげさまで。待ってなんかないですよ。早くてびっくりしたくらいです」
「そう言ってもらうと、徹夜したかいがあったわ」
メグは隣の男を指した。背は高いが色白で、麦色の髪をした三十歳ほどの男だ。
「彼はソフトウェアチームのリーダーよ」
そう紹介されると、男はリグに向かって一歩前に出た。
「識別No.0417、個体名ジムだ。会えて光栄だよ、631」
「無理をお願いしてすみません、ジム」
「とんでもない! 日常業務よりずっと面白い仕事だった。またお願いしたいくらいだ」
「これをもう一回ですか? 勘弁してください」
ジムは、それもそうだ、と笑うとメグと目配せした。
「僕は失礼するよ。少しでも休んでおきたいのでね」
「あとは私が説明するわ。リグ、こっちへ」
リグはパイプ椅子に座ってさっそく舟を漕ぎはじめたジムに頭を下げてからメグについていった。入り口の反対側にもドアがある。メグがそのノブを回すと、もう一つの小屋につながっていた。そこも床の上で技術者たちが寝ている。部屋の中央に固定具で支えられた電磁投射装置があった。奥の壁には巨大なディスプレイが埋め込まれている。
リグは電磁投射装置に近づいた。
「試作機ですか」
「そう。五号機。一号機は昨日あたりにはできていたんだけど、ちょっと手を入れたら良くなりそうだから数時間だけもらったの。それを繰り返したら今日になっちゃったわけ。ま、そのぶんだけ良くなっているわ」
しれっとメグは言ってのけたが、リグは一号機ができた時点で呼んで欲しかった。とはいえ、メグの判断を信用するしかない。
「これ、模型ですか?」
「模型といえば模型ね。このままじゃ動かないから。部品は全部本物よ。動力と射撃システムに繋げば動く。ここはハードウェアチームの部屋なの。部品を実際に組み合わせてみたわけ」
そう聞くと、リグの目は奥のディスプレイに向く。透明な管の中に据えられた電磁投射装置が映し出されている。電磁投射装置のかなり先に的となる金属板が置いてあった。
「あっちが試射用の環境ですか」
「そう。普通の電磁投射装置用だと飛行船外殻が対象だから、射程が近すぎて使えなかった。射程的には機関砲のでもよかったんだけど、弾速が違いすぎて保護管が持たない。結局、高射砲、大型電磁投射装置のを借りたわ。発射、見たい?」
「いいんですか?」
「さっきまで使っていたんだもの。もちろんよ。いまどき新規開発なんてめったにない。他に試験環境を使う人なんていないわ」
メグは壁沿いに置かれた端末の前にリグを招き、何事か操作をした。
「ほら、あとはこのキーを押せば発射される。キーの上に指を置いてみて。ディスプレイから目を離さないようにね」
リグは言われた通りにした。キーの上に指を乗せ、ディスプレイを見つめる。
「もう押していいんですか?」
「いつでも」
リグは押してみた。
瞬間、保護管の中で何かが動いた。ほぼ間を置かずに、ばんっ、と何かを破くような低い音が響いて保護管を震わせる。標的の金属板にはきれいな穴が空いていた。
「どう?」
メグが嬉しそうに尋ねてくる。リグは唖然としていた。
「あの金属板は……」
「強度的には艦載機の装甲と同じよ」
リグはゆっくりと息を吐く。正直、興奮していた。機関砲とは段違いの速度だ。メグに振り向いた目の輝きを隠せない。
「ほとんど何も見えませんでしたね! なにか動いたな、くらいしか」
「人間の視覚の反応限界近いもの。さすが兵士ね、私には見えない」
笑ったあと、メグはそばで説明をはじめた。
「とりあえず対空射撃装置、としか名付けてないわ。要求通り両主翼下に一挺ずつ懸架する。射程は五百メートル。弾速は二千五百メートル毎秒。ワオ!」
「裏がありそうな言い方ですね」
「わかる? 弾速が早すぎてね、連射すると弾体が溶けるのよ」
「溶けるものなんですか」
「そう簡単には溶けないんだけど、マッハ七を超えるのよ? しかも弾体も小さい。音速を超えることで生じる熱と衝撃波を吸収しきれない。ニ連射まではいけるけど、次は駄目。弾体の後端、形状記憶鋼糸との接続部が耐えられない。熱で脆くなったところに衝撃で揺さぶりをかけられるようなものよ。ソフトウェアから冷却時間の制限をかけるわ。もちろん、緊急時には撃てるようにしたけど、その場合は当たるかどうかさえ保証できない」
「一挺につき二連射。両翼で四連射までですか。冷却時間はどれほど?」
「約二秒。対気速度と気温、湿度にもよるけどね。正確な値は視覚野に投影されるわ」
「三連射目を撃つには?」
「トリガー引きっぱなし」
「発射から弾着までは……」
「コンマ二秒」
〇・二秒先を予測して撃たないといけないわけだ、とリグは考えてみる。弾着までの間に加えて自機と敵機の移動速度も絡んでくる。簡単には当てられないだろう。
「射撃システムの補佐はあります?」
「これから作る予定。とりあえず撃てるように射撃システムの改修とシミュレータへの反映をしただけで、ジムたちソフトウェアチームの仕事はまだ終わってないのよ」
それですぐに寝たわけだ、とリグは納得する。
「懸念だった弾体や糸が引っかかる問題については?」
「前に話した通り、小さな抵抗でも基部から外れるようにしたわ。それと、弾体と形状記憶鋼糸の接続に一工夫した。形状記憶鋼糸を一本一本弾体に埋め込んで溶接、あとは撚り合わせて強度を確保したわ。これなら衝撃を分散できる。それと、弾体の形状を変更した。後端の方も尖らせることで引っかかりにくくしてある」
「それなら敵機の外殻や他機に糸が引っかかっても、影響は小さくてすみますね」
「そうね。もつれ合って制御不能、なんてことにはなりにくいでしょう。戦闘機は可動タイル装甲のおかげで頑丈だし」
「そうなったとき、形状記憶鋼糸を切り離した電磁投射装置は使えなくなるわけですね?」
「そうね。墜落するよりいいでしょ?」
「まったくです」
一挺駄目になったところで、片翼にもう一挺ある。例え両方なくなろうと、囮役ができる。まったく問題ない、とリグは安堵する。
「形状記憶鋼糸の生産、間に合います? 特に弾体との接合部分」
「実はもうはじめてる。この武装が採用されなければ、ちょっと加工して施設修復に回されるだけだから、大した手間じゃないわ。生産自体にもそんなに時間はかからないし。弾体の接合は総出でやることになるでしょうね。一応間に合う予定」
「機体側の改修とか必要ですかね」
「さっきも言ったけどソフトウェア、つまり射撃システムには必要。ハードにはいらないわ。データ通信用のケーブルは配置されているし。問題はハードとソフト、それぞれのテストは完了しているんだけど、組み合わせた状態でテストしてないのよね。まあ、それが今後の私たちの仕事になるでしょう」
「テスト、間に合いますか」
「なんとも言えない。というのは、兵器としての完成度を求めだすとキリがないから。この都市近辺、気象条件まで限定すれば、テスト項目はクリアできる。でも完璧な保証はできないわ。兵器の開発なんてはじめてだから、テスト項目自体に抜けがある可能性がある」
「技術者の誠実さですか」
「そんな大したものじゃないわ。ゼロと証明できないものをゼロとは言えない」
「射撃システム、改修を加えたことで他の装備に影響は出ませんか」
「大丈夫のはず。他の追加装備と同じ仕組みで追加したから、他の機能から独立した作りになっている。問題が起きても影響は出ないはずだわ。万全を期すなら、艦載機を抑える戦闘機以外はシステムを更新しなければいい」
その通りだ、とリグは認める。制空部隊以外、空母に向かう部隊は従来の射撃システムのままのほうがいいだろう。
「肝心のことを訊き忘れていました。弾数は?」
「二十四発。四連射を前提とすると、攻撃機会は六回しかない。いくつかパターンを作るって言ったわね。弾速をもっと上げて二連射、つまり一挺では連射できないようにして十六発。四連射のままだけど弾速を落として消費電力を減らし、三十六発まで増やしたパターン。以上の三パターンを用意したわ」
「連射数は増やせませんか」
「増やしてみたかったけど、冷却能力が向上しない限り無理ね。空冷をやめて液冷化するとか。そうなると電磁投射装置を流用できなくなるから、あきらめたわ。今後の課題ね」
「おすすめのパターンとかあります?」
「二十四発が一番使いやすいと思う。わかっていると思うけど、射撃システムの照準補佐があっても当てるのは難しい。敵機は空力を利用していない以上、未来位置の予測が難しいから。そうなると弾速より連射数や弾数のほうが重視される。弾速を上げて連射数を落とした十六発のパターンは攻撃機会と精度は増すけど、未来でも見えるか、よほど敵機追従性能が高い操縦手じゃないと扱いきれない」
テオならいけるかな、とリグは脳裏でつぶやく。弾数が多いパターンは対空攻撃を焦りがちなガスにはまるだろう。何にせよ、兵士の特性に合わせて選べるのはありがたい。
「ええと、他に話していないことあったかしら」
考え込むメグに、リグは尋ねた。
「開発者として、どうです。使い物になりそうですか」
メグは動きを止めて唇を噛み、静かに答えた。
「あなたの言い方を借りるなら、機関砲よりマシよ。ずっとね」
「よかった。誰かにそう言ってほしかったんです」
「そう……そのはずよね。新しいものを考える人というのは」
メグの言葉の響きに、リグは怪訝な顔になる。
「どうかしました?」
メグはためらってから、結局口を開いた。
「私はこの案が工廠層から出なかったことについて、後悔……いえ、言葉が違うわね。悔しい、そう思っている。工廠層から発案できるようになっているべきだった。私たちは改良やわずかな変化に対応することはしても、一から新しいものを作った経験がないから、こういう発想がないの。工廠層の人間たちも、あなたのように新たな仕組みを考える能力を獲得すべきなんだわ。でなければ、何のための技術かわからないじゃない」
ふうん、とリグは何でもないことのように返した。
「僕はそういうことを言われる人たちに何人も会ってきました。みんなに同じことを言い返してます。誰にもその能力はある。時間が必要なだけだって」
「……時間ね」
メグは床で寝ている技術者たちを見回す。
「この開発に関わったみんながそれぞれの表現で、その能力を必要と感じたと言ったわ。この対空射撃装置は時間内に作れるものとしてはいい出来だけど、時間の枷を外して対空攻撃兵器としてみれば改善の余地は大いにある。私たちはこの場をしのいだら次はそれに取り組むつもり」
「ありがたいです」
「あなたに関わるとそうなるのかしらね」
「どうですかね。面識のない人も似たようなことを感じるようですし。そういうのが必要とされる大きな状況というか、時代なんじゃないですか」
「かもね。ドクターに伝えておいて。不肖の娘はなんとかやってますって」
「伝えなくても、こっそり動きを追ってますよ。あなたは優秀な技術者であり、管理者でもあることを証明した。喜んでますよ」
「ありがとう。だったら嬉しいわね」
メグはくすくすと笑った。
「このあと発表会でしょう」
「ええ。関係者に緊急招集をかけます。全員集まるまで三十分か一時間かかるでしょう。休んでいてください。時間まで中に人は入れませんから」
「そうさせてもらうわ。起こすのは私とジムだけでいい。他は放っておいて。起きたい人は勝手に起きるでしょう」
「いいんですか?」
「そういうものよ。一緒に騒ぎたい人もいれば、興味ない人もいる」
リグはうなずいた。
「じゃあ、説明をお願いします」
「なに言ってるの。あなたがやるのよ。私とジムは補佐」
「僕ですか? もうメグの方が詳しいでしょう」
「技術的にはね。でも、考案者はあなただわ。あなたがいなければ、これはこの世に存在しなかった。私はその功績を奪うつもりはない」
「功績なんか、どうだっていいんですが」
「良くないわ。仮に私が説明して考案者だと思われたら、今後あなたと同じ性能を要求される。誰も幸せにならない。面倒くさがっちゃ駄目」
「バレてましたか。仕方ない。いまから呼んできます」
「私はここで休んでいるわ」
「わかりました。おやすみなさい」
リグは小屋の外に出ると、GMSを呼び出した。
空母艦載機対応用の空対空射撃武装を試作した。構造と運用の説明を行うので、関係者に即時招集をかけることを要請する。関係者とは631小隊、WF全三小隊、戦略部、兵器開発室、整備班を含めた、GMSが必要と判断する組織を指す。出席者、人数などはGMSと対象組織の判断に委ねる。説明の開始は現時刻から三十分後ないし一時間後とする。
すぐにGMSから了承の返事が来た。出席すべき組織の検討後、各員に通知するという。リグは小屋の壁に背を預けてあくびをした。まだ眠い。そこかしこの工場から聞こえる機械の規則的な動作音が耳に心地よかった。
いつの間にかリグはうたた寝していた。なんで起きたのかというと、遠くから地鳴りのように響いてくる足音のせいだ。
どっかの工場が事故でも起こしたかな、と不謹慎なことを考えながら頭を上げると、631の三人とユキが必死の形相でリグに向かって走り寄っていた。
びくっ、と身を縮めたリグの目の前で四人は止まり、ぜぇぜぇと呼吸も荒く膝に手をつく。
「リ、リグ……」
「よっし……勝った……」
「お前たち……フライングだぞ……」
リグはわけがわからず、冷静に事態を把握していそうなテオに訊いた。
「なんで競争してんの?」
「なんか……途中から……そういう感じに……」
思ったより曖昧な答えが返ってきて、リグは困った。
ふぅ、とユキが真っ直ぐ立つ。さすがに呼吸を整えるのが早い。
「あの……まあ、なんだ……その……楽しみにしているぞ」
ちらちらとユウたちを気にしながらたどたどしく言うと、ユキはリグたちから離れ、遠くからのんびり追いかけてきたWFの仲間たちに手を振った。
その様子を見ながら荒い呼吸を収めたユウは笑顔でリグの手を握る。ガスとテオも手を重ねた。
「待たせてくれたな、隊長」
「信じてましたよ」
「長くかかってすまん。あと、ここ数日定期連絡してなかったことも」
「それはいいんだ。こっちからも連絡しなかったからね」
「……それもそうだな。なんでしなかったんだ」
「そりゃあ……」
言いかけて、ユウはガスとテオと顔をあわせて笑った。
「ユキと揉めたことは聞いたでしょ? あのあとユキが小隊の部屋まで謝りに来たんだ」
「びっくりしましたよ。扉が開いたら土下座してるんですから」
「そんでもって朗々と、この度はこの身の不明によって多大に気分を害されたことをお詫び申し上げる。いかなる責めもお受けするが、かの不見識な暴言は私個人のものであって、WFの総意では決してないことをご理解いただきたく、なんとかかんとか。ありゃ怒る気も失せるわ」
「かえって恥ずかしかったよ。隊舎全体に聞こえるような大声なんだもの」
けらけら笑う三人を前に、リグは安心した。やり方はともかく、ユキはちゃんと謝れたようだ。
「なによりだけど、それと定期連絡はどう絡むんだ」
「ああ、そのときユキから聞いたんだよ」
「ユキが部屋に行ったら隊長寝てたんだってなあ。しかもその後話し込んだとか、さ」
あらためて言われるとリグは恥ずかしくなってきた。
「それで僕たち気づいたんですよ。寝てるだけならともかく、その後関係ない長話までしたってことは、隊長はなにかを待っているんだなって」
リグは驚いてユウを見る。ユウはニコニコと笑っていた。隠していたつもりが、どこから気づかれるかわからないものだ。
「だからこっちから定期連絡をしなかったんだよ。報告すべきこともなかったし、具合が悪そうだとも聞いたからね。僕らは近くなにかあると思って、君がユキに言づてたように、訓練より休息に時間を割いたんだ」
「そうしたら今日いきなりGMSに緊急招集かけさせるだろ? 最初はうちだけで案を揉むかと思ったのに、関係者全員工廠層に呼び出しなんて、隊長はやることが派手だよな!」
「いや、部署というか層をまたいだ話になったから、その方が話が早いからだ。派手にしたかったわけじゃない」
「それがいいんですよ。組織の壁を超えた大規模案件の中心に隊長がいるなんて、誇らしいです」
目を輝かせるテオに、リグはちょっとついていけなかった。リグがテオの立場だったら、通信ですませてくれればいいのに、とぼやいただろう。結局黙っていられずに、どこかで口を挟むに違いないが。
話し込んでいるあいだにWFのレオが挨拶に来た。レオは穏やかに笑った。
「もしかしたらと思ったけど、本当にやるとはね」
「機関砲よりマシのはずだが、自分で判断してくれ」
「GMSや戦術コンではなく、自分で判断か。君らしいな。そうするよ」
その後整備班の班長が部下数名を引き連れて到着した。リグと握手をすると、仕事を増やしてくれたな、と嬉しそうに文句を言った。
次は戦略部だ。ハルを含め三人が来たが、戦略部員が走っているところをその場の全員がはじめて見た。
みんなが目を丸くする中、ハルは息を荒げながらリグに歩み寄った。
「やってくれたな」
「どうも。うまくいったらお願いがあるんですが」
「その件なら承知している。この脅威に比べればささいなことだ。喜んで見逃そう」
それを聞いたユウが怪訝そうに覗き込んできたので、リグは慌てて目をそらした。
最後にドクターから通信。読んでみると、もう知ってる、業務多忙につき行かない、とのことだった。
くそジジイめ、とリグは鼻を鳴らし、ユウに準備をしてくると言って小屋の中に入った。ジムとメグを起こす。その際にドクターからの通信を伝えると、メグは心から嬉しそうな笑顔を見せた。
結局、三十分もたたずに開始の運びとなった。
「皆さん、おまたせしました。どうぞ、奥の部屋へ」
ドアから顔をのぞかせたリグが招き入れる。みんな、床で寝ている技術者たちにぎょっとしながら試作五号機のある奥の部屋に集まった。
話の前に、ハルがこの状況を戦略部員の戦略コンがGMS向けに中継していることを宣言した。そうくると思っていたのでリグは、構いませんよ、と流す。
そうしてリグはまず忙しいなか集まってくれたこと、迷惑をかけつつも協力してくれたことに礼を言った。迷惑をかけ、のところでハルは苦笑いし、ユキはそっぽを向き、ユウは深くうなずく。
続いてリグは特に工廠層の協力を得られたことに賛辞を述べ、メグ、ジム、技術者たち、そしてこの場にいないドクターの名前を上げた。
挨拶を済ませると、リグはさっそくホワイトボードを使って基本原理の説明を行った。そして試射映像を見せる。基本原理を聞いて疑わしそうな顔をしていた人々が一斉に驚きの表情に切り替わったのを見て、メグとジムは笑みを交わした。
性能諸元の説明がリグからあったあとは質問の嵐だった。生産コスト、時期、搭載要領、弾速と弾数の調整方法や上限下限など。リグはほとんど答えられず、メグとジムが代わりに答えた。
一時間近くに及ぶ主要な質問が終わって細部に差し掛かると、リグは切り上げた。
「あとは通信を介してやり取りしてください。GMSと戦略部、生産とシミュレータへの反映準備はできています。許可をください」
「許可する」
ハルとGMS両方から音声と通信で許可が出た。
それを合図にリグは解散を宣言した。ジムは首を鳴らして、そろそろ仕事だ、と部下を起こしにいき、メグは生産工場に様子を見に行くという。WFはさっそくシミュレータに触りに格納庫へ向かう。整備班はいい機会なのでメグについていく気だし、戦略部の三人は配備や物資、制空部隊と空母攻撃部隊について盛んに議論しながら戻った。誰もがここに来たときより元気そうだ。
それぞれがそれぞれの使命を持って自分の場所へ返っていく。リグも仲間たちのところに戻ろうと一歩踏み出したが、ぐらりとよろけた。
リグは自分が向かっていた方向から差し出された手を掴んだ。別の方向から同時に伸びた手には気づくのが遅れたからだ。
あ、と差し出した手の持ち主同士が視線を交わす。ユウとユキだ。
気まずく短い沈黙の後で、ユキは差し出した手を口元に当てて咳払いした。
「んんっ……早めに、そのボロ雑巾を使えるようにしておけよ」
そう言い残して去っていくユキの背中を、テオは不快そうに眺めた。
「なんですか、あの人」
「馬鹿。テオ、ありゃ照れ隠しってやつだぜ。おい隊長、手が早いじゃないの。なにやったんだよ」
「やかましい」
手なんか出してない、と抗弁するリグにガスは、にひひ、と笑った。
「リグ、立てる?」
「大丈夫だ。すまん」
「ちょっと見せてもらうよ」
リグの身体データを見たユウは顔をしかめる。
「具合が悪そう、とは聞いていたけど、確かに良くないね」
「ちゃんと休めばすぐ良くなるさ」
「そうだろうけど……」
なにかに気づいたユウは鼻をひくつかせる。
「どうかしたか」
「リグ。君、シャワー浴びてた?」
「いいや。顔洗うくらいかな」
ユキは臭くないって言ってたぞ、と続けそうになってリグは止めた。さっきからかわれたばかりだ。
「……臭いか?」
「臭いね」
ユウは大きなため息をついた。
「君の体調から、指揮をするのにふさわしい状態ではないと判断して隊長権限を預かるよ。リグ、これは命令だ。いますぐシャワーを浴び、治療室で栄養剤をもらって食堂でまともな食事を取り、部屋のベッドで寝ること。いいかい?」
リグはちょっと考えた。人目はもう気にしなくてもいいだろう。射撃武装開発の知らせはいまごろ全兵士に行き届いているだろうから。なにより、意思確認するていを装ってはいるが、ユウの言葉には有無を言わせぬ迫力があった。逆らったら何をされるか。
「わかった」
「よく休んでね。明日から大変なんだから」
「は?」
間の抜けた声を出したリグに不思議そうな顔をしたユウは、はっとして叫んだ。
「まさか君、もう自分の仕事は終わったとか思ってないよね!?」
思っていた。
視線をそらしたリグに、ユウは畳みかける。
「あのねえ。君は隊長なの! 兵士なの! ずいぶん出撃してないから忘れたかもしれないけどね、僕らは兵士なんだよ! 実は! 今度は対空射撃装置があるんだから、出撃するの! 終わりじゃないんだ、むしろこれからが本番なんだよ、聞いてる!?」
聞いていた。リグの耳元で怒鳴られているので、よく聞こえる。
「だいたいね、君が考えているあいだ、僕らはなにしてたか知ってる? 回避機動と攻撃機動の開発をしてたの。わかる? 君は何時間、何分やったの? やる暇なかったよね? 他の兵士もやっているんだよ。言っちゃあなんだけど、この都市でいま君が一番下手くそなんだ」
リグの汗が止まらない。
ユウは冷ややかに続ける。
「君がユキと仲良くなってるあいだにね、僕らだっていろいろ苦労したんだ。君は明日から身体性能の回復のために基礎訓練を普段の倍やって、それから回避機動の訓練だ。日程は僕が作っておくよ。いつかのハードスケジュールを思い出すね。懐かしいね。頑張ろうね」
はい……はい……、と繰り返すリグを見て、ガスとテオが声を出さずに笑う。
ぷんすか怒るユウに引きずられながら、リグは天を仰いだ。気が遠くなりそうだった。




