11
起床時間より少しだけ早めに起きたリグは、そっと部屋を抜け出した。食堂によるつもりはない。人目を避けて当てもなくさまよう。どこかに腰を落ち着けることも考えたが、それはできそうもなかった。足を止めたらあの黒い沈黙が胸の奥からこんこんと湧き出てきそうだ。
しばらく廃棄区画をうろついたあげく、リグの足は兵器開発室に向かっていた。
朝食を済ませて兵器開発室に来たドクターは、一人うつむいて椅子に座るリグを見つけて片眉をあげた。何も言わず、机を挟んで向かいの椅子に座る。
リグはわずかに顔をあげると、ぽつりと呟いた。
「……なにか」
「わかっておらんよ、何も」
先回りして答えると、ドクターは腕を組む。
「次元連結だの亜空間だの、わけのわからんことばかりつらつら書いてあって、さっぱりお手上げだ。空間に亜も異もないだろうにな」
ドクターはじっとリグの言葉を待った。
「……ないんです」
「ないのか」
「なにも、浮かばないんです。いつもと違うんです。いつもだったら、やばいと思ったら解決法がピンとくるんです。それを必死で忘れないようにして、どうやってそこまでいくか考えるんですよ。それか、問題を小分けにして一つ一つ解決していけば全部どうにかなってきたんです。なのに、今回はなにも……」
ふうむ、とドクターは唸る。
「前半のは閃きという他ないな。後半の考え方は私もよくやる。時間がかかるのが難点だが。しかし」
ドクターは身を乗り出した。
「それなら誰にでも相談できるはずだ。631の三人とかな。お前が抱える問題はそれではあるまい」
びくり、とリグは肩を震わせる。長い沈黙の後で、振りしぼるように声を出す。
「怖いんです。人の視線が」
「…………」
「俺を見る視線が変わっていくんです。羨望が不信に。期待が失望に。敬意が疑惑に。でも、ユウたちは気を使っていつもどおりにしてくれていた。それにやっと気づいたんです。みんなと同じように期待と不安を抱えているはずに、それを少しも見せない。小隊の部屋は安心して眠れる場所のはずなのに、俺がいるだけでみんなは気を使ってしまう。みんな安らげなくなってしまうんです。もうあそこには戻れない。なにも思いつかないし、どこにもいられない。どうしていいのかわからなくて……ここしか思いつかなかったんです。すみません」
「謝ることではない」
落ち着いて答えてからドクターは、ふふ、と笑った。
戸惑うリグに、ドクターは手を振る。
「すまんすまん。何度も都市を救ってきたお前にも年相応に可愛いところがある、と思っただけだ」
「年相応、ですか」
「そうだ。まあ、我々の話を聞いてくれ」
「我々というのは……」
「この都市の市民、大人のことだ。非戦闘員のな」
ドクターは昔話でもするようにぽつぽつと語りだした。
「この都市の市民は生産効率が落ちたら有機分解され、GMSに保存されている遺伝子から促成育成された新しい個体が作られることは知っているな。有機分解される年齢は個体差があるが、だいたい六十歳といったところだ。ところがお前たち兵士は違う」
リグはうなずく。都市市民の基礎教養として受講する内容だ。
「お前たちは命を危険にさらして戦う。日常的にな。そうすると性能の低下は即、死を招く。言ってみれば、GMSではなくフェムトによって淘汰されるわけだ。生存期間は平均二十五歳だったかな。最長で三十歳だったと思う」
「それがどうしたんです」
「まあ聞け。私はお前の三倍は長く生きている。都市市民の年齢分布で見れば、半数以上は兵士より年上だ。そんな我々大人から見ればお前たちはまだ子供だ。幼いと言ってもいい」
「そういう職種なんですから仕方ないでしょう」
「そうだ。理屈の上ではな。だが感情は違う。私はあと十年ほどで有機分解されるが、お前は兵士でさえなければ四十年は生きられる。老いた私の十年のために、四十年以上未来のある若いお前たちの命を犠牲にしているのだ。あまりにも不公平だろう。仕方ないとわかっていても、割り切れるものではない。我々大人たちは、多かれ少なかれ自分たちが多くの若い命の犠牲によって生き延びていることに罪悪感を覚えて暮らしている」
だから、とドクターは続ける。
「巨大飛行船が来たとき、我々はどこかでほっとしたのだ。我々は残らず死ぬだろうが、お前たちには撤退命令が出された。何人生き残れるかわからないが、それでも全滅はしないだろう。これで罪悪感にさいなまれることもなくなる。守るべき子供を差し出して生き延びてきた報いが来たのだ」
どこかあっけらかんとした口調にリグは戸惑う。
「巨大飛行船を撃墜すべきじゃなかった、と?」
「いいや。撃墜の知らせを聞いたときは素直に喜んだよ。そして罪悪感も続くことになった。おかしな話だが、まあ、勘弁してくれ。人間は矛盾した気持ちを同時に持てるものなのだ」
ドクターは悲しそうに眉根を寄せた。
「だからお前たちを見る目は単純ではいられん。なんとか報いたい。生きる知恵を伝えたい。しかし、お前たちはすぐに殺される。伝えても意味がなかった。これまではな」
落ち込んだリグの肩をドクターはがっしりと掴む。
「いまはリグ、お前がいる。お前が蘇生してから兵士の個体寿命は大幅に伸びている。そうさせたのはお前の戦術と判断だ。お前にだけは生き延びてもらわねば困る。だから、ちょっとしたアドバイスをくれてやろう。あと一ヶ月と少々、時間が残っている。最大まで引っ張って、いざとなったら仲間たちとともに逃げろ」
リグはぽかんと口を開ける。
「逃げても何の解決にもならないでしょう。艦載機への解決策を思いつかない限り、この都市はやられます」
「取り返せばいい。時間を稼げ。逃げて、生き延びて考え続けろ。おそらくお前でなければ、この事態は収拾できない」
「取り返す? いったん見捨てろっていうんですか。都市市民は、ドクターたちは死ぬんですよ」
「そうさ。どうせいずれは有機分解される。フェムトに滅ぼされるのと結果は同じだ。奴らは遺伝子には手を出さん。奪還したらクローンを作ればいい」
「……それじゃドクターの記憶は消える。嫌です。俺は都市アンバースの兵士です。敵わないとわかってもここで戦って死にます」
途端にドクターは立ち上がる。
「この大馬鹿者がっ! そのチンケな脳みそに何を焼き付けられた!? お前はこの都市の兵士である前に人類の防人なのだ! 人類全体の勝利のためなら都市の一つや二つ奪われたところで痛くも痒くもないわ!」
リグの肩が震えはじめる。
「……だから逃げろっていうんですか。空母への対策を思いつくまで、都市を見捨て続けろと? 無理ですよ。俺にそんな能力はありません。実際、何も思いつかない」
「いまはな。いずれ思いつく」
「どうしてそんなことが言えるんです」
ドクターは再び椅子に座り、大きなため息を吐いた。
「お前、どうして自分が最後の冷凍保存個体だったか考えたことがあるか」
「……いいえ。冷凍保存されたってことは、その時代では治せない病気か怪我をしたからでしょう。僕の原因は知りませんが、よっぽど重症だったんじゃないですか」
「かもしれん。私は違う考えを持っている」
ドクターはあたりを見回し、内緒だぞ、と小声で言った。
「私は、GMSはお前の能力を知っていたのではないかと思う」
「戦術開発ですか」
「そうだ。お前はそれは自分の才能ではなく、誰もが持っている能力だと言った。私は嫌味な謙遜だと思った」
どうも、とリグは返す。
「だが最近の訓練内容を見ていると、お前の言っていたことはどうやら正しいことがわかってきた。631の三人とWF全員はお前がきっかけを与えたとはいえ、回避機動を自力で完成させつつある。攻撃機動を試しはじめている者までいる」
目を丸くしたリグに、ドクターは意地悪い笑みを浮かべる。
「これだからな。お前、小隊長としてその管理能力の低さはどうなんだ。副長、ユウだったか、あいつに感謝することだな」
リグは素直にうなずく。感謝ならいつもしている……つもりだ。
「話を戻そう。私はずっと不思議だった。なぜ冷凍保存個体をいつまでも蘇生させないのか。一人とはいえ、蘇生させれば都市の稼働効率は上がる。それを何より優先させるGMSがやらないのは奇妙だ。実際、何代か前の私も同じ疑問を持ったらしく、GMSに理由をたずねていた。回答は得られなかったようだがな」
「だから……重症だったんでしょう」
「馬鹿な。確かに冷凍保存された個体は肉体的な損傷や病気を持っていたことが多い。GMSはずっと治療法を模索し続け、治療可能になったら蘇生させていった。しかし、お前だけが百年以上放置されていた。これは明らかに意図的だ」
ドクターはさらに声を潜める。
「GMSはお前の能力を知っていたのだ。それが周囲に戦術開発能力、つまり戦術コンに従わない独立した戦闘意識を生み出すこともな。考えてみれば、GMSはテオの空対空射撃の才能も見抜けなかった間抜けだ。戦術開発能力がお前固有の才能だとしたら、それをあらかじめ知っていたはずがない。GMSはお前の能力を知っていて、それが才能でないこともわかっていた。それこそお前を蘇生させなかった理由なのだ。なんだか分かるか」
リグは首を振る。やれやれ、とドクターはため息をつく。
「本当に参っているな。普段のお前ならとっくに気づいているぞ。ここだ」
ドクターは自分の頭を小突く。首を傾げたリグに、ドクターは苛立たしげに罵った。
「この馬鹿者め! 戦術コン、思考支援器だ」
「……蘇生したときに埋め込まれるってだけでしょう?」
「一から説明させる気か。いいだろう。思考支援器は確かに蘇生時に埋め込まれる。しかしこれは最近になって開発されたものではない。つまり、旧文明からあったのだ。旧文明人は思考支援器をつけるのが当たり前だったのではないだろうか。お前の言う通り、それは正確で的確だった。故に人は考える力を失ったのだ。いまの我々のように。冷凍保存個体はすべてそうだったのだ。お前を除いて」
「じゃあ、俺は……」
「少しは頭に血が巡ってきたか? そうだ。技術者として仮定に仮定を重ねるのは恥ずべきことだが、おそらく間違いない。それならすべての疑問に回答が得られる。なぜGMSはお前の能力を知っていたのか。なぜGMSは才能が見抜けないのにそれを知っていたのか。なぜGMSはお前を蘇生させなかったのか」
ドクターは大きく息を吸って、弱い光を放つリグの瞳を見つめる。
「おまえは思考支援器が人々に埋め込まれる前、人が自分の頭で知恵を絞り、仲間と協力して困難を解決していた時代の生き残りなのだ」
ドクターは困惑するリグの腕に触れる。
「お前の他に同じ能力を持っている者はいない。GMSと戦略部も他都市に同様の存在がないか探っていた。直接聞いても答えんからな、面倒だったぞ。いくつものシステムログから奴らの動向を調べるのは」
「……俺にどうしろっていうんです」
「さっき言ったとおりだ。考えろ。そのための時間を稼げ。そして、仲間たちの戦術開発能力を高めるのだ。お前はこの現代でもっとも高い問題解決能力を持っている。古い時代の人間なのに先駆けというのはおかしいかもしれんが、お前は人々の先頭に立ってその能力を育てていくのだ。人類の生き残りをかけてな」
「それで、俺たちだけ逃げろっていうんですか」
「そうだ。兵士全員、無理なら631とWFだけでもいい。逃げろ。都市のことは気にするな。私らはもう一度クローンを作ればいいし、GMSにしても、自業自得だ」
「自業自得?」
「そうだろう。お前が蘇生するまで戦線は一進一退を繰り返していた。防戦一方を一進一退と言っていいなら、だがな! GMSはお前の能力を恐れた。なぜか。631の十八番は何だ? 掟破りと命令違反だ。戦術コンに従わないということはGMSに従わないということでもある。GMSはお前たちが反逆……とまではいかなくても、管理しきれなくなる可能性を恐れたのだろう」
暗い表情でうつむいたリグを、ドクターは優しい目で見つめる。
「お前の状況がきついのはわかる。周囲の期待。自分の能力への不安。そしてどういうわけかお前は記憶を、命を大事にする。逃げろ、というのは酷だろう。ハードな状況からの学びは少ない。そこで大人の私からもう一つ助言がある」
ドクターは立ち上がり、腕を振って膝を上げ下げしてみせた。
「動け。脳は体の一部だ。脳に負担がかかると身体に悪影響が出るのはよく知られている。ならば逆もあるはずだ。確証はないが、私は信じている。だから煮詰まるとよくこの部屋をウロウロする。身体から脳に刺激を送るのだ」
ドクターは動きを止めてリグを見下ろす。
「逃げるのは嫌だとほざくのは勝手だが、いまのお前は使い物にならん。自分でわかっているだろう。その腐った頭を真っ白にしてから考え直してみることだ。私から言えるのはこれだけだ」
リグはしばらく黙っていたかと思うと、手を組んだ。震えは止まっている。
「わかりました。ありがとうございます」
リグは立ち上がり、ドアが開くとドクターに振り向いた。
「おかげでやる気が湧いてきましたよ。ドクターも同じ死ぬにしたって、しわくちゃになってからのほうが納得いくでしょう?」
「無礼者め!」
ドクターはとっさに投げつけるものを探したが、見つからなかった。そのあいだにリグは出ていってドアが閉まってしまう。
そのドアを睨みながら、ドクターは自分の胸に聞いてみる。いまので良かっただろうか。いままで果たすことのできなかった大人としての責任を、少しでも果たすことができただろうか。
ドクターは深呼吸をして意識を切り替えた。うまくいったかどうかはわからない。どちらにしても、リグ一人に問題を押し付けるつもりはなかった。
そうしてドクターは自分の仕事に戻る。
一方、リグは歩き続けた。ドクターのありがたい説教を癪だと思う程度には元気が戻っている。とにかく、ドクターは正しい。さすがは大人というところか。参ったときの対処法を知っている。
リグは地図情報を探ってみる。うまい場所を見つけてそこに向かう。
そこの地上戦シミュレータは隊舎から遠く、道が入り組んでいることもあり、使われていなかった。ここなら人は来ない。リグはそこでドクターの助言を実行することにした。体を覆う柔らかな椅子に身を預け、神経接続を行う。
訓練内容を選ぶとき、ふとリグはためらった。いつもの内容を選ぼうとしたのだが、ドクターは頭を真っ白にしろといった。いつもの内容と標準的な難易度では時間がかかりすぎる。
結局リグは対人格闘を選ぶ。徒手空拳で、しかも壁や障害物もないので頼りにできるのは自分の力と技しかない。ガスは好んでいたが、リグは一番苦手だ。しかし身体から頭に刺激を送り込むにはちょうどいい。
難易度も上げたほうがいいだろう。リグは難易度を上げていく。最高難易度の更に上にYUKIとあった。思わずそれを選ぶ。対人格闘シミュレーションの常で、黒い人影がリグの対面に現れる。
三十戦してすべて三十秒持たなかった。
めまいがするほど打ちのめされたリグは神経接続を切って、ずるり、と身体を滑らせる。人の気配がしたので目を開けると、レオがいた。シミュレータの端末を操作してディスプレイの訓練結果を見ている。
「ひどいな」
「ほっといてくれ」
「君の結果じゃない。難易度の方だ。何代前のユキを参考にしたのか知らないが、一切のためらいがない。予定調和のように試合が終わる。演舞を見ているようだ」
「ガスならもっとうまくやる。WFも」
「どうだろう。そもそも対人格闘はフェムト戦に有効ではない。無関係と言ってもいい。対人格闘の経験がある者からして少ないだろう。ガスは得意なのか」
「ああ。もともと興味はあったが、フェムト戦に効果がないから我慢していたらしい。戦況に余裕があった時はよくやってたよ。相手もした。利用できる環境物がないから、俺は苦手だが」
「利用できる環境物か。君らしいな」
リグは椅子に座り直す。
「で、WFのリーダーが何の用だ。たまたま来たわけじゃないだろ? ああ、先に言っておくけど、空対空射撃の武装案はさっぱりだ」
「最後のは聞かなかったことにしておこう。士気に関わる。用事はあるが、別件だ」
リグは不審そうに眉をひそめる。WFのリーダーでありWF第一小隊の隊長でもあるレオが、一体何の相談だろう。自慢ではないが、リグは小隊長として要求されるあらゆる能力においてレオに及ばない。
「ユキのことだ」
リグの身体が緊張する。
「俺といまの彼女は他人だ」
「わかっている。だが、この問題に関しては君がもっとも適している」
「……まあ、聞くだけなら」
「助かる」
レオは端末からリグの目の前に歩み寄った。
「実は、小隊内でいまのユキに対する違和感がある」
「違和感?」
「ああ。ユキの性能は変わっていない。ただ、立ち位置が半歩ずれているとか、互いをカバーする時の目配せとか、ちょっとしたことが違うだけだ。そこにかすかな戸惑いを覚えるんだ。問題はユキじゃない。我々だ」
レオはため息をつく。
「いままでWFのメンバーが死んだことは何度もある。僕自身もそうだ。でも、こんな事は起きなかった。今回だけ違うんだ。なぜなのか考えた。いままでは戦術コンがあったから、誰が入れ替わろうと関係なかった。だから、前のユキが戦術コンから離れて独自の戦術開発をはじめたことが原因としか思えない。それが我々に何らかの影響を与えたんだろう。リグ、我々はどうしたらいいと思う?」
そんなことか、とリグは安心する。
「そんなこと?」
「ああ。巨大飛行船のときもそうだったし、いまでは明らかにそうだが、WFには戦術開発能力がある。きっと、前のユキが戦術開発を呼びかけたときから芽生えていたんだろう。だから君たちは、戦術コンの指示から外れた前のユキの動きに対応していたんだ。いまのユキに合わないのは当たり前だ。同一遺伝子ってだけで、別個体だからな」
「……いまのユキに前のユキと同じことを求めるわけにはいかない。彼女は自分が否定されたと感じるだろう」
「同じことを求めなくていいんだ。いままでどおり、訓練を続ければ違和感は消えるよ」
「いままでどおり? 何の工夫もなく?」
「そう。前のユキの動きに自然と対応してきた君たちだ。いまのユキの動きにも対応できる。そのためには回数をこなせばいいんだ。簡単なことだ」
レオはしばらく考え込み、悔しそうに唇を噛む。
「我々はもっと自分の能力を信用すべきだったのか」
「どうせ新戦術の開発をしているんだ。自分を信じたほうがいい」
「そこが不安なところなんだ。君は戦術コンより自分の判断が優れていると確信があるのか?」
「いいや。戦術コンが想定している状況では戦術コンを頼りにする」
「なんだ。君は戦術コンが嫌いなんだと思っていた」
「どうしてみんなそう思うんだ? 戦術コンは便利さ。ただ、不測の事態に弱い。弱いというか、犠牲を出すことにためらいがない。それが嫌なんだ。戦術コンが役に立つ状況では大いに利用する」
「待ってくれ。利用だって? まるで自分と戦術コンは別物みたいだ」
「言葉を間違ったかな。戦術コンは道具なんだから、利用であっているだろ?」
「道具? 戦術コンが?」
レオはぽかんと口を開けたあと、額に手を当てて愉快そうに笑いだした。
リグはむすっとして、膝の上で頬杖をつく。
「……面白いことを言ったつもりはないんだが」
「……いや、すまない……ふふっ、道具ときたか。なるほど。君と我々の根本的な違いはそこなのか」
あごに手を当ててしきりにうなずくレオに、リグは不満そうにぼやく。
「悪いが、俺にも納得いくよう説明してくれないか」
「そうだった。すまない」
レオはすっきりとした笑顔を見せる。
「我々にとって戦術コンは道具じゃない。体の一部、脳の拡張領域という認識だ」
「体の一部だって? 機械だぞ」
「そこの意識がもう違う。ユウたちも君と同じようなことを言っていた。戦術開発で戦術コンは役に立たない。意識を切り離せ、と。理屈はわかるが、不安だったんだ。だが戦術コンを道具として見るならその考え方は正しい。道具には適した利用目的がある。ユウたちの言い方で納得できなかったのは、きっと彼らも戦術コンを道具として割り切れていない。道具として認識はしていても、浅いんだと思う。しかし方向性は間違っていない。君の近くにいるだけあるな」
ふうむ、とリグは首をひねる。
「脳の一部か。それなら意識を切り離すのは難しいな」
「そうなんだ。まったく君は面白い。話しているだけで、はっ、とさせられる」
そう言われてもリグはあまり嬉しくなかった。これじゃ珍獣扱いだ。
「君に相談に来てよかった。ありがとう」
「どういたしまして。わざわざ探しにきたのか」
「個人の座標を探るのはマナー違反だが、この問題は緊急度が高い。小さなすれ違いだが、いつか致命的なミスに繋がりかねないと思った」
「的確な判断だ。さすがだよ」
「よしてくれ。戦術コンが道具だって話、みんなにしていいか?」
「構わない。俺はそのへんの気持ちの機微がわからないから、君から話してくれたほうがいいだろう」
「わかった。みんな、きっとびっくりする」
大きな笑みを浮かべると、レオはもう一つ、と言った。
「知っていると思うが、回避機動の開発がかなり進んでいる」
「……そうだな」
リグは目をそらす。
「機動データは公開されているから我々以外の兵士も真似しはじめているが、全員じゃない。だが、全員はじめておいたほうがいい。僕と君の連名でGMSと戦略部に意見具申しようと思うんだが、どうだろう」
「賛成する。だが俺は……」
「わかってる。君の手を煩わせるつもりはない。ユウにも忠告された。文書は僕の方で作るから、名前だけ貸してくれ」
「構わない」
リグはあいまいに笑った。ユウめ。余計なことをばらしてくれた。
さて、とレオはディスプレイへ視線を向けた。
「僕の用件は以上だ。ブリーフィングルームへ戻るが、君はどうする? 余計なことかもしれないが、この訓練はおすすめできない。こんなに短時間でやられては何もわからないだろう」
「ああ。ハードな状況からの学びは少ない」
「ならなぜ?」
「頭を真っ白にしたかった。偉そうなじじいの助言に従ってみたんだ。腹が立つことに、効果はあったらしい」
リグは立ち上がり、ドアに歩み寄る。
「レオ。ブリーフィングルームに戻るならユウに伝えてくれないか。俺はしばらく戻らない。定期連絡はする、と」
「伝えておこう」
礼を言って、リグは部屋を出た。YUKIに散々殴られて目が覚めてきた。何代前のユキかわからないが、リグにはいまのユキのように思えた。いつか向けてきた軽蔑の視線が拳とともに、もう諦めるのか、となじってきたかのようだ。
せいぜい死ぬまでやってみるか。改めて腹を決めたリグは、力強く足を運びはじめた。




