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ブリーフィングルームに集まった631とWF全三小隊の計十六名を相手に現状の説明を終えたリグは、改めて全員を見回した。
「これらの情報はいずれ全兵士に伝わるだろう。だが先行して集まってもらったのは、君たちの発想力に期待してのことだ。このとおり状況は厳しい。誰でも、どんな些細なことでもいい。思いついたことは全て試しておきたい。631の小隊長としてではなく、一人の兵士、一人の市民として、このとおり、お願いする」
リグはWFに頭を下げる。そこまでへりくだることないのに、とガスとテオは少し不満そうだ。
リグの言葉を受けて、レオはWFの隊員たちに振り向く。
「我々は高い性能を持つ切り札として運用されてきた。しかし631は性能に頼らず、新たな戦術を開発することで敵の新型に対抗してきた。我々はそれらに貢献できてこなかった」
そうレオは自嘲する。ユキは不満げに眉をひそめた。
「いまこの都市はかつてない危機にある。この共同訓練の提案に各人思うところはあるだろうが、いまはすべての垣根を取り払って手を取り合うべきときだ。そして今度も防衛を果たす。いつものように、確実に。いったん戦術が確立できれば、我々はWFの名のとおり、幾万幾億のフェムトが現れようとすべて貫き、粉砕し、消滅させることができるのだから」
うなずきあうWFの隊員たちにを横目にユウ、ガス、テオの三人が顔を合わせる。
「WFって、ああいうちょっと怖い感じでしたっけ?」
「いやあ、もっと丸かったよ。一般兵と変わらないくらいには」
「毎度うちの隊長に出し抜かれてるから、存在意義が先鋭化しちまったんじゃねーの」
「ああ、ありそう。注意しておいてね。リグにも言っておかなくちゃ」
こそこそやり取りしている三人に気づかないまま、リグはレオと握手を交わす。
「協力してくれて感謝する、レオ」
「礼を言うのはこちらの方だ。本当はこちらから頭を下げるべきだったのに、僕は踏み切れなかった。いい機会だ。631のやり方を学ばせてもらう」
「どんどんやってくれ。可能性は少しでも高いほうがいい。事態を解決できるなら誰だっていいんだ」
手を離してから、レオは部屋を見回した。
「いい部屋だ。今後、僕らも使わせてもらっていいかな」
「もちろん。もともと誰の部屋でもない。俺たちが来るまで誰も使っていなかったし、いつでも好きに使ってくれ。ついでに言うと、君たちの部隊運用に口を出す気はない。訓練内容や時間、ありとあらゆる点においてだ。気づいたことを共有してくれるだけで十分だ」
「口を挟んでもらうのはたしかに困るが、情報共有だけというわけにはいかない。それは我々に対する君の譲歩であって、本当の狙いは隊員たちが部隊の垣根を超えて自由に交流し、互いに刺激し合うことだろう。僕も望むところだ。隊員たちは最初は戸惑うだろうがね。なにしろ、WF全体での共同訓練すらしたことがない。僕が率先して君たちの話し合いに混ざるべきだろうな」
「ばれてるか。あの三人にもそう話してある。遠慮はいらない」
「君もこちらにきてみるといい。誰も正直に言わないが、みんな君に興味がある」
「それが……」
リグは口ごもる。
「ユウにやんわり止められた。直前の話し合いで、兵器開発室のドクターからの依頼もあるし、俺は武装に専念することになったんだ。ユキのことは、なるべく気にしないように努めるつもりだったんだが」
「彼女のことではないだろう。ユウは単純に、我々に配慮してくれたんだ」
「どういうことだ」
レオは少々呆れた顔をしてみせた。
「君の発言は突飛なんだ。我々はいつもそれに構えていなくてはならない。その点、ユウが窓口になってくれるなら安心だ。ユウも君に振り回される側だから、そのあたりを配慮して伝えてくれる。君は調べる気もないのかもしれないが、部隊間の共同訓練なんて前例がない。戦術コンがあるからだ。君は自分の特異性を自覚したほうがいい」
レオは手を振ってWFの隊員たちのところに戻っていく。リグは釈然としなかったが、まあいいか、と切り替えた。よくわからないが、それで丸く収まるならそれでいい。いまは愚痴をこぼす時間も惜しいのだ。
リグはさっそく戦闘機に入ってシミュレータを起動する。レオには武装がどうこう言ったが、まっさきに確認したいのは出力増加装置の使用感と、それの存在を知ってからガスとテオが開発した回避機動だ。すでに戦術コンで共有されていた情報を呼び出し、出力増加装置を使っていくつか既存の機動で試してみる。使ってみると、いきなりずしんと衝撃がきて振り回され、機体が横滑りしていく。これは慣れが必要だ。
しばらくリグは出力増加装置で遊んでみた。普通の飛行船相手にはてんで役に立たない。その後はユウを相手にして、ガスとテオがやったように有効射程内に進入禁止の鬼ごっこをしてみる。役割を交代しながらいくつものパターンを試してみると、それだけで一日が終わった。次の日もその続きをやった。シミュレータに艦載機が反映されたのでそれ相手にも同じことをやった。その結果、わかったことがいくつかある。
1.出力増加装置を使えば相手が予想する進路から抜け出したり攻撃タイミングをずらしたりすることができる。これはうまく使えれば、出力増加装置を使いっぱなしにするより有利である。
2.そうそううまくは使えない。工夫と経験が必要である。
3.出力増加装置を使いっぱなしにできない以上、機動性は常に劣った状態で相手をすることになる。
4.出力増加装置を使いっぱなしにしても加速力は艦載機と同等である。
5.出力増加装置を使っても艦載機を撃墜できない。
これらを踏まえて、リグは新しい戦術を試した。艦載機を相手にせず、まっすぐ空母を狙う作戦である。侵入個体の数を減らせば施設の修復も追いつくはずだ。艦載機の相手をする方法はその後ゆっくり練ればいい。考えたのは長槍電磁投射装置を使うパターンと、巨大飛行船のときのようにポインターを使うパターンの二つ。
結果からいうと、ものにならなかった。
艦載機をうまく出し抜いて長槍電磁投射装置を打ち込んでも、出力増加装置を使ってやっと加速力が同等なのでミシン目を作る隙もなく、ただ撃ち込むだけで効果がいまひとつだ。それに加速に大量の燃料を使うことになる。つまり空母に攻撃したあと、艦載機に追い回される際に出力増加装置を使える回数が激減してしまう。これはまともに戦闘するより損耗率を著しく上げた。
ポインターを使う案はうまくいった。途中までは。長槍電磁投射装置を八基全部捨てられるので機体の軽量化ができ、加速力が艦載機をわずかに上回るのだ。攻撃時にミシン目を作る手間もいらない。問題は帰ってこれないことだ。巨大飛行船のときは都市の近くに迫っていたし、攻撃後安全に滑空できたから回収可能な距離に墜落、もとい緊急着陸できた。滑空しかできず、しかも操縦手がむき出しの機体を艦載機が見逃すだろうか。とてもそうは思えなかった。見逃してくれる紳士だとしても、艦載機群を一気に突破していく都合上、都市からかなり離れることになる。回収可能距離まで戻れない。不時着したとして、もたもた歩いているあいだにサバイバルキットが空になるか、地表のフェムトが群がってきて引き裂かれるのがオチだ。仮に彼らが紳士であることを前提とするなら、空母を都市近くまで引き寄せて一気に打って出ることもできる。この場合、空母からのフェムト流出時間が短いため、十機くらいで一気に攻撃しないといない。まあ、効果はあるに違いない。ただしポインターの予備弾倉を多く使うことになる。いまポインターの予備弾倉が多いのは都市イオミン・ペイ奪還時に各都市から物資を集めたからだ。つまりこれがうまくいくとすると、定期的な輸送網が必要になる。その結末はドクターが話してくれたとおりである。
リグはそれらの情報を整理し、この戦術開発のために用意されたフォルダ階層に置いておいた。GMSのシステム内部に用意された、兵士間で公開される部分にレオが新たに作った階層だ。631とWFだけでなく、兵士なら誰でも閲覧できる。
最初からそううまくはいかないか、とため息をつきながらリグが小隊の部屋に戻ると、椅子に座り込んだユウが真剣な顔で中空を睨んでいる。怒られる、と反射的に後退ったリグだが、どうもそういう気配でもないので上段ベッドのテオに小声で尋ねてみた。
「何かあったのか」
「隊長のせいですよ」
テオは含み笑いを漏らしながら教えてくれた。
「艦載機を全部無視する戦術を真っ先に検討したでしょう。あれでWFのほぼ全員から問い合わせが来たんです。戦術の意図が読めないとか、空母だけ攻撃しても解決にならないとか、対艦載機の戦術を開発するのが目的じゃないのかとか、いろいろです」
ピンとこなくてリグが不思議そうな顔をしていると、反対側のガスも笑った。
「あいつら、隊長の意図が読めてねえんだよ。侵入個体の数を減らしたい。そのためにフェムトを多く抱える空母を狙う。艦載機は割り切るってところがさ。あいつら、艦載機も空母もまとめて叩き潰す気だったんだ」
「最終的な理想としてはそれでいいんだが……」
「そこに至るまでの段階ってやつがある、だろ?」
「案外石頭だな」
「本来、殲滅を目的とした部隊ですからね。どうしても思考がそちらに傾くんでしょう」
リグはまったく姿勢を変えていないユウを見やる。
「ユウに悪いことしたな。窓口役なんかさせて」
「最初に通知が来たとき、どうせこうなると思ってたよ、ってぼやいてたから、怒ってはいないんじゃねえの。でも、チョコレートキューブ一個くらい差し入れしてやれよ、隊長」
「そうする」
俺がやってたら殴り合いになってたな、と思いつつリグは一応申し訳なさそうな顔をして自分のベッドに横になる。そしていつの間にか明かりが落ちたのにも気づかずに武装リストを眺めていた。
問題はここからだ。
それからずっと、リグは戦闘機にこもった。神経接続をし、シミュレータを起動して何もない空を飛ぶ。訓練データは誰でも閲覧できる。期待していたWFのメンバーはリグが本当に何もしないのに面食らって、一日で閲覧をやめてしまった。これはリグがWFをからかったのではなく、なにか思いついたら試そう、と気軽に考えていただけだ。実際にリグがやっていたのは、手足と腰の固定具を外し、両手で両足首を掴んでブーツ同士をばしばしぶつけながら武装リストを眺めていただけである。こういうことをするから頭がおかしいと評されるのだが、リグはわかっていない。
丸三日、リグは武装リストを睨んだ。リグにしては我慢したほうだろう。もし武装リストが紙に印字されていたら粉々になるまで引きちぎりたい衝動をこらえながら、リグは腕と足を組んだ。
武装リストには様々な武器が載っていた。多連装ロケットランチャーから機関砲と同型のガトリングポッド、ミサイルはミサイルでも対地ミサイルまで。つまり武装リストは本当にただ装備できる武装を並べただけで、空対空装備のリストではなかった。それに気づいたとき、リグは怒りを通り越して悲しくなった。このリストを作ったものは武器の知識がなかったに違いない。あったとしたら、同じ人間とは思いたくないほどの愚かしさだ。ひょっとしたら誰かに脅されていたか、よっぽど追い詰められていたのかもしれない。
リグは空対空戦で使えない武装を消してみた。数えるほどしか残らない。探知方法の異なる何種類かのミサイルと、機関砲。リグが一番興味を持ったのは対空レーザー射出装置だった。こいつは現在の戦闘機に装備されているAMLSの出力拡大版で、敵戦闘機の装甲を貫くの威力がある。弾速も光速に近いので、射出したら即着弾だ。相対速度から生じる着弾誤差の計算さえいらないだろう。ただ、装置自体も重いし必要な電力量がAMLSとは桁違いだ。戦闘機の胴体下には燃料増槽の他にバッテリーも装備できた。バッテリーなんてAMLSくらいしか使わないので、どれだけミサイルを撃たれる気なのか不思議だったのだが、たぶんこいつ用なのだ、とリグは見定めた。そして残念というか想定どおりというか、こいつは生産不可能だ。空対空ミサイルよりよっぽど高度な技術が使われていて、何をどうやってこのサイズに収めたのか理解不能だった。原理だけはぼんやりわかるのでドクターとGMSの計算力を借りれば似たようなものは作れるかもしれない。ただしそれは地表の高射砲……大型電磁投射装置と同じかそれ以上の大きさになるだろうし、完成するまで年単位の試行錯誤があるだろう。つまり使えない。
これでリグの担当分の武装はなくなってしまった。一度は目を通しておいてくれ、と言われたので、ドクターの担当分もリグは見てみた。こっちは代案がどうこう以前にどうやって使うのかわからなかった。空対空装備なのかさえわからない。例えば、次元連結稼動機構とはなんだろう。そもそも武器なのだろうか。亜空間歪曲装置も意味不明だ。空間に亜も異もないとリグは思うのだが。原理を理解する前段階の知識が必要だ。こんなのがいくつも並んでいる。代案も何も、不可能ごとだ。
こいつはドクターに嵌められたぞ、とリグはほぞをかむ。ドクターは分担などといいながら、リグにほとんど負担をかけなかった。リグは技術者ではないし工学に造詣が深いわけでもないから当たり前といえばそうだが、ようするに既存の武装を手がかりにして新しい武器なり戦法なりを考える時間を与えてくれたわけだ。ドクター自身が分担する分も一通り見せたのもそのためだろう。まあ、万に一つの可能性としてリグが代替案を思いつくことも期待していたのかもしれないが。
そういうことは素直に言えよクソジジイ、とリグは宙を睨んだ。兵器開発室の方向がわからないので方向は適当だった。
後半部分はともかくとして、リグは自分の担当分の武装についての考えをファイルにまとめてドクターに送り、ついでにこの戦術開発共有フォルダにも置いておいた。もう武装リストを見る気はなかった。
次の日はもう、明日にも次の襲撃があるだろうという日だ。リグはユウと連れ立って、レオをはじめとしたWFの隊長、副長たちと話し合いをおこない、次の襲撃に対して意見を交わした。一週間とはいえ共同訓練を行っている間柄であるから話し合いはごく短時間ですみ、結論を連名でGMSと戦略部に具申した。現時点では対空迎撃に出ても有効な戦術はなく被害が増えるばかりであるので、全兵士で地上迎撃を行うべきである、という内容だ。
GMSと戦略部はそれをおおむね了承した。おおむね、というのはどういうことかというと、新型の侵入個体が出ない限り631の出撃を禁ずる、との文言が追加されていたのだ。
GMSと戦略部の思惑は明らかだった。高い戦術開発能力を持つ631を失いたくない。しかし同じく戦術開発能力を持つWFを出撃させないと敵の撃破効率が落ちる。それは都市の破損箇所の増加、すなわち修復速度との開きが大きくなることを意味し、ひいては防衛失敗の期限が早まるということだ。WFは出さざるを得ない。
思いがけず防衛を押し付ける格好になったリグはレオたちに頭を下げた。だが、WFの面々はユキを除いて笑って返してくれた。戦うほうがよっぽど気が楽だ、と。
翌日、都市は襲撃にあった。リグたちも新型の侵入個体に備えて戦闘スーツを着てはいたものの、呼び出しか戦闘終了の合図をただ待っているだけだ。ガスは不満顔だったし、ユウも無表情ではあるものの愉快そうではない。テオはあきらめ顔で考え事をしていた。
肝心のリグはヘルメット内で目を閉じて考え事に没頭していた。おそらく新型は出てこない。敵は目標を戻した。都市の破壊から占領へと。空母攻略はできないと踏んでいるのだろうし、実際にできていない。それに、長い時間をかけて開発したであろう空母と艦載機である。さらに地上へ新型を送り込んでくる余力があるとは考えにくかった。だいたい、艦載機をどうにかしない限り、放っておいても都市防衛の失敗は時間の問題である。リグたちは戦略的に詰んでいた。この戦況をひっくり返す武装なり戦術が必要なのだが、そんなものはそうそう簡単に生まれないのである。
ふと気になったことがあって、リグは意識を引き戻した。
「テオ、回避機動ってどうなってる?」
「出力増加装置を使うタイミングが難しいですね。まだ、うまく技術として確立できてません」
「WFの連中とやってみたか」
「ええ。でも、まだ相手になりませんね。反応速度はすごいんですけど、機動が素直なのですぐに追いついちゃうんです。隊長のほうが予測つかないぶん、厄介ですよ」
「ものになりそうか」
「はい。こっちの機動を教えてますからね。昨日なんか、結構危ないとこもありました」
「ならいい。ユウ、WFとのやり取りはどうだ」
「相変わらず質問だらけだよ。でも、彼らも君の意図を読むようになってきたのか、だんだん減ってきた。互いに相手を入れ替えるようになってきたし、部隊の垣根は超えてきてる。安心していいと思うよ」
「わかった。ありがとう」
どうやらWFとの共同訓練は順調に効果を発揮しつつあるようだ、とリグは胸中につぶやく。ユウも安心していいと言ってくれたことだし、しばらく武装開発にだけ集中できそうである。
結局631の出撃はなく、リグたちはすぐにシミュレータに戻った。リグはついでに整備班長のところに顔を出し、急いで整備してもらったのに出番がなくなったことを詫びた。かえって楽になった、と笑ってくれた整備班長だったが、その瞳に残念そうな色があったのはどうしようもないことだ。
さて、戦闘機に潜り込んだリグはまだ空対空レーザー射出装置とやらに未練があった。これは火薬なんか気にしなくていい。必要なのはすでにある胴体下バッテリーだけ。弾速も早すぎて余計な計算はかえって邪魔なくらいだから、射撃システムを作るのはユウを怒らせるより簡単だろう。問題は射出装置を作れないことだが、そもそも戦闘機は似たようなものをもう持っている。AMLSだ。ミサイルのセンサーを焼き切る程度の出力しかないが、こいつを改修すればものになるのではないだろうか。艦載機は射撃命中度を高めるために、こちらの後方につきたがることはわかっている。AMLSは後ろ向きに発射するようにできている。ぴったりだ。AMLSの出力をちょいと上げて、艦載機のセンサーに該当する部分に当ててやればいい。
そこまで考えて、リグは艦載機のセンサーがどういったものか不明なことに気づいた。そもそもフェムトが外殻や飛行船の中からどうやって外を認識しているのか、わかっていない。リグたちの戦闘機はすべての装甲に動的電子走査素子が埋め込まれており、装甲自体がレーダーとして動作する。ちょっとやそっと被弾したくらいでは走査効率が少々落ちるだけだし、飛行姿勢を制御できないくらい被弾してもまだ機能するほどだ。艦載機も同じ仕組みだったら装甲を全面焼き尽くすしかなくなる。あほらしい。そんなことをしているあいだに撃墜される。旧文明の戦闘機のようにコクピットハッチがむき出しで、弱点はここです、と教えてくれるような構造ならよかったのに。
センサーやレーダーを狙い撃ちするのはやめて、素直に出力を上げて装甲を貫通させよう、とリグは考え直す。追加バッテリーがあるから電力の心配はない。AMLSの出力だけ上げればいい。問題は集約化された。いいぞ、とリグはにやつきながらGMSにシミュレートを要請する。
だめだった。GMSはレーザーが光速に等しいため厳密な演算結果ではないと前置きした上で、レーザーが着弾するより先に自機、つまりAMLSが破損する可能性が高い、と結論した。現象の発生順はともかく、確実なのはAMLSの高出力化に部品が耐えられないことだ。超高圧の電流を送られた部品は熱を持ち、融解なりなんなりで破損する。それがわかった時点でGMSはシミュレートをやめたから、その先どうなるかはわからない。行き場をなくした超高圧電流はどこかへいくだろう。悪いことに、AMLSはエンジンの近くにある。ここからいい結果を想像するためには幻覚剤を飲む必要があった。
AMLSと空対空レーザー射出装置が別の装置になっている時点で気づくべきだったのかもしれない。両者は別物なのだ。リグは既存装備の改修をあきらめた。やはり新兵器の開発しかない。素直に中口径の機関銃を作ろう。ただ、ドクターが警告したようにそれは時間がかかる。まともにやったら期限の二ヶ月、正確には一ヶ月と三週間に間に合わないのは間違いない。なんとかそれを短縮するインチキを考えなくてはいけない。問題は大きく分けて二つあった。
一つ。物理的な問題。工場と生産ラインの建設と構築に時間がかかる。
二つ。思考と知識の問題。GMSと現代の人類は新兵器を開発した経験がない。
一つ目の工場の建設はどうしようもない。都市は地下構造のため、ほぼ完全に閉じた循環器となっている。廃棄物や有害物質の発生には厳格に対処する必要があるのだ。そのために工場には幾重もの環境対策が施されている。これを除去するわけにはいかない。除去したら死因がフェムトから有害物質に変わるだけで、結果は同じだ。ただし制作物が機関砲とほぼかわらないので、工場自体の新設計は必要ない。それでも新工場の建設にかかる時間は短縮できない。ただでさえ隔壁修理で工廠層は参っている。
これに対する回答をリグはすでに持っていた。機関砲の工場に乗り込んで、生産ラインを全部どかせばいい。フェムトがやるように、工場を乗っ取るのだ。これなら新工場建設の必要はなくなる。生産ラインの除去には一日か二日あれば足りるだろう。工廠層と戦略部は怒るだろうが、時間がないのだからうだうだ言わせておけばいい。でなければ死ぬだけだ。
これで工場建設時間の問題は片付くが、生産ライン設置の問題がまだ残っている。これも一ヶ月以上かかるだろう。新規武装だからどこからか流用してくるわけにはいかない。生産ライン自体も新規設計が必要となるが、それでは到底間に合わない。
このあたりからリグは戦闘機に入るのをやめた。新規武装の開発、と方針が決まった以上、戦闘機のシミュレータに接続する必要がない。戦闘スーツを着るのも面倒で、支給される普段着のままブリーフィングルームの隅っこで天井を睨んだり、小隊の部屋から一歩も出ないこともあった。リグの生活リズムは狂いはじめた。気がついたら朝を通り越して昼、ということもあったし、考え込みすぎて日付を跨ぐことなどしょっちゅうだ。普段ならそんなことは決して許さないユウは何も言わなかったし、WFの面々もやや面食らいつつそういうものかと受け入れた。幸か不幸か、変な目で見られることにリグは慣れていたので、周りの様子に気づきもしなかった。もちろん、GMSがリグの戦術コンに覚醒信号の発信を差し止めさせていることにも。
そうやってリグは旧文明の兵器生産方法を眺め、やっと解決方法を見出した。手作りにすればいい。それなら生産ラインはいらない。
そもそも問題なのは施設修復が間に合わないことだ。その対策として侵入個体を減らしたい。だから空母を攻撃したいが、艦載機が邪魔だ。艦載機を一対一で抑えておけるとすれば、艦載機群を抑えているあいだに、残りの戦闘機は既存装備で空母を攻撃できる。艦載機は三十機。だから空対空装備が必要なのは三十機。つまり必要な機関銃は三十挺だ。とりあえず必要な、たった三十挺のために大規模な生産ラインは必要ない。それは後々用意すればいいのだ。当座は手作りでまったく問題ない。
これで一つ目の問題は解決した。というか、二つ目の問題に集約された。そう、GMSと現在の人類は新兵器を開発した経験がないのだ。
一つ目の問題が解決して立ち上がったリグに、ブリーフィングルームにいた全員がびっくりする。そして二つ目の問題に気づいて再び椅子に座り込むリグを、みんなが恐ろしげな表情で見た。侵入個体に生身で出会ったほうがまだ落ち着いていただろう。
もちろんリグはみんなの様子など気づいていない。二つ目の問題の困難さを思って歯ぎしりするが、大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。鉄砲鍛冶という言葉もある。旧文明だって最初は手作りで銃を作った。いまはGMSの演算能力もある。やってできないはずがない。
当初リグは機関砲と軽機銃の中間くらいの強度とサイズで作ればいいのでは、と見積もっていた。だが調べれば調べるほど、その見積もりはピーマンがチョコに感じるほど甘すぎることがわかった。
予想通り、生産ラインのような大規模な設備は必要ない。加工用の装置がいくつか必要なだけだ。問題は設計や加工は経験がものを言う世界だということだ。
例えば寸法。機関砲と軽機銃の中間くらい、なんて注文は雑すぎて、技術者が聞いたら顔に反吐を吐かれるだろう。仮にサイズが決まったとして、許容される誤差はどの程度なのかも決めなくては加工ができない。仮に寸法が十cmとして、許容誤差は±0.02なのか±0.5なのか、どうやって決めるのだろう。その方法すら知らないのだ。リグは一応GMSにも尋ねてみたが、知らない、と無情な回答が返ってきた。当たり前だ。GMSの制作物はすべて完璧な設計図がある。許容誤差なんて最初から決まっているのだ。
例えば材質と加工。機関砲のほうが口径が大きいぶん頑丈なんだし、とりあえず機関砲基準で作ればいいとリグは考えていたが、機関砲と軽機銃の材質は微妙に違っていた。なぜ違うのだろう。それに加工法も違っていた。軽機銃は金属の塊から切り出す切削加工だったが、機関砲は強度を上げるために金属をぶっ叩いて形を作る鍛造法で作られている。旧文明の技術の高度さから、とにかく頑丈に作っとけ、という思想で作ったらコケることは間違いない。単に軽機銃にはそこまで強度が必要ないから、とかならいいが、その違いが何らかの鍵を握っていたら?
表面処理もそうだ。防錆、潤滑性能の向上、耐久度向上、さまざまな処理が行われる。そして当然、機関砲と軽機銃では処理内容は異なっていた。その設計意図を汲んだ上で機関銃の表面処理内容を決めないと、動作しなくなる。いや、動作しない程度なら可愛いものだ。潤滑性能が足りず、連射による摩擦で熱を持った部品が自壊し、機関銃が戦闘中に分解するかもしれない。これも被害が機関銃だけなら許容できる。その熱が伝播し弾倉を高熱化させ薬包内の火薬が発火したりしたら、何を賭けてもいいが確実に自爆する。最悪なことに、こうなると被害は自機だけでは済まない。爆発した火薬は弾丸を四方に飛ばすのだから、味方機まで巻き込む可能性まである。
部品一つでこれだ。設計の経験がないということは、すべてしらみつぶしに検証していかなければいけないことになる。数億、数兆のパターンが考えられそうだ。それに部品点数をかけ合わせてみよう。当然、リボルバーのような回転式拳銃と違って給弾装置と連射機能を持った機関銃の部品点数は多い。最終的な検証パターンは兆より上の桁にいくかもしれない。
それでも、とリグは期待を込めてGMSにこれらのシミュレートが可能か尋ねてみた。回答はいつものように、無理、だった。ただでさえ都市機能の維持にその演算能力の大半を使っているGMSである。いまは隔壁などの修理でフル回転している。それに加えて設計という未知の分野で、兆を越えるパターンの検証をしろなど無茶もいいところだ。単純な演算は得意なGMSだが、試行錯誤こそもっとも苦手な分野なのだから。
リグは気が遠くなった。設計だけでこれだけの困難が待ち構えている。なんとかインチキをして設計図ができたとして、今度は技術者の作成能力が問われる。技術者には戦術コンに該当する思考支援電子演算器が埋め込まれているから、習得は早いに違いない。加工精度の個人間のばらつきもごく少なくできるはずだ。しかし、使ったことのない装置で作ったことのない部品を作るとなると話は変わってくるだろう。リグは念のため、ドクターに手で部品加工をした経験がある技術者はいないか尋ねてみた。いるわけねえだろ、との回答だ。当たり前だ。クローンにより記憶が継承されないのだから、個人の技術や経験に頼る部分を残しておけば、それが永久に失われるリスクを抱えることになる。システム化しておかない理由はない。だからこの都市で使用される部品の製造はすべて自動化されている。生産ラインを作ることで。
詰んだ。リグは生まれてはじめて、いや、蘇生してはじめて心からそう感じた。突然全身に冷や汗が吹き出し、手が震えはじめる。
目を開けると、いつの間にか戦闘スーツを着ていた。いまは戦闘中だ。あれからもう一週間たったのだ。631は相変わらず出撃待機を命じられている。
リグは仲間の様子をうかがう。つまらなそうに、無表情に、うつむいて、三者三様にしている。リグはそっと震える手を抑え、深く呼吸した。落ち着け、と自分に言い聞かせる。困難はいつものことだ。一度に一つずつだ。問題を一つ一つ切り分け、順番に片付けていけばいい。そのはずなのに、どうする、という自分への問いかけに返ってくるのは沈黙だけだった。いつもなら問題を数え上げて取りかかる順番が返ってくるのに、なにもない。
どうする。どうする。どうする。
リグのパニックは大きくなっていく。手の震えが大きくなり、拳をつくって強く握りしめなければいけなかった。三人の視線が気になる。吹き出す汗を拭うためにバイザーを開けたかったが、どうしてもできなかった。リグは戦闘が終わるのをまんじりともせず待っているしかなかった。
戦闘終了の合図とともに、リグは待機していた部屋を出た。いつもなら最後まで残ってユウに肩を揺さぶられるのだが、そこまで平静を装う自信がなかったのだ。リグの変化に三人は気づかないはずだ。いつもと違うことをしても、リグはいつも変だから、という評判が隠れ蓑になる。
戦闘スーツを回収箱に放り込み、支給された普段着に着替えて給水器で水を飲むと少しだけ落ち着いた。
落ち着け、とリグは繰り返す。ブリーフィングルームに行こう。いつもの隅っこの席に座れば、きっと思考能力も戻ってくる。
ブリーフィングルームに向かう途中、戦闘を終えた兵士たちとすれ違った。いつもは気にならない他人の視線が、いまのリグはひどく気になった。兵士たちはリグに様々な視線を投げかけてくる。WFもいた。
羨望と不信。
ブリーフィングルームのいつもの椅子に座り、五分もしないうちにリグは立ち上がった。だめだ。もうすぐ誰かがここに来るだろう。それがたまらなく恐ろしかった。
リグは格納庫に行ってみる。戦闘機の実物を久しぶりに見ればなにか変わるかもしれないと思ったからだった。
整備班長がリグを見つけて話しかけてきた。一時と違って、いまはずいぶん暇そうだ。
「どうした。久しぶりじゃないか。何か試しに来たのか」
「……いや、ちょっと来てみただけだ」
そうか、と返した整備班長の視線の変化に、リグは気づいた。
期待と失望。
リグはすぐに格納庫を出た。人のいない区画に向かって足を速める。手が再び震えはじめたので、きつく抑える。無意味に呼吸が荒くなっていた。
廃棄区画の一室に入り込んで、リグは震えと呼吸が収まるのを待った。しっかりしろ、と自分を叱咤する。このままではみんな死ぬ。ユウも、ガスも、テオも、ユキも、レオも。ハルやドクター、非戦闘員の市民たちまで。そして自分もだ。
しっかりしろ、とリグは繰り返す。考える力を取り戻せ。ユキセンパイの記憶も消えるぞ。
その脅しじみた文句に返ってきた言葉はあまりにも無情だった。
(……それがどうした?)
(どうした、じゃない。大事な記憶だ)
(記憶だって? 覚えているのはもう俺しかいないのに? 夢や幻とどう違うんだ)
ちくしょう、とつぶやいてリグは自問をやめた。滲んできた汗を拭って天井を見つめる。どうすれば考える気力を取り戻せるのだろう。631のみんなに相談してみようか。なんにも思いつかないんだけど、どうしよう。馬鹿か。絶望させるだけだ。ユキ? 論外だ。前のユキなら立ち直らせてくれただろうか……いや、無理だろう。無理だと思いたい。死んだ人にしがみついていては、未来をつくることはできない。
リグはしばらく時間がたってから人のいない時間を見計らって食堂で夕食をとった。それでも数人の視線がリグに降り注ぐ。
敬意と疑惑。
食事を急いで終わらせ、リグは人のいない通路を選んで小隊の部屋に戻った。うつむいたまま一歩部屋に入ると、いつもと空気が違うことに気づいた。
おう隊長、とガスが視線をくれる。いつもどおりを装って。
おかえりなさい、とテオが迎える。いつもどおりを装って。
やあリグ、とユウが笑う。いつもどおりを装って。
誰もがいつもどおりを演じている。いまだけではない。いつからかこうなっていた。リグが気づかなかっただけだ。
「どうかしたの?」
呆然としていたリグにユウが心配そうに声をかける。
リグはゆっくりと表情を平静に戻した。
「いや、部屋についたんだな、と思ってさ」
「考え込みすぎだよ。ぶつかったりしないように気をつけてね」
ああ、と答えてリグはベッドに寝転がった。すぐに目をつむる。
やがて照明が落とされた。
それを待っていたかのように、リグの胸から暗闇が湧いて全身を覆う。その上から、リグの力を少しずつ奪っていくもっと黒いものが雪のように舞い降りた。
それが降り積もるのを感じながら、呼吸を止めるようにしてリグは寝入った。




