9 三対三
「そうさ。僕が校内を逃げ回るから、遊佐君たちは僕を捕まえてね。そうしたら携帯の妨害電波も止めてあげるし、校内と外を断絶している防御型魔装も解除してあげるよ! じゃあね、君たちを待っているよ」
浅田はそう言うとヒラリと身を翻し、西校舎の中へと続く階段へと消えた。
「遊佐君、那谷さん、急いで追いかけよう!」
薬師寺が声をかけるが、遊佐と那谷は彼と距離を取ったままだ。
「どうしたんだい?」
「本当に、俺達は会長を信用していいんでしょうか」
遊佐が薬師寺の目をまっすぐに見据える。
真実を自分の目で見極めるためだ。
「おいおい、浅田君の言ったことを真に受けているのかい? 僕が校内にアンデッドを出現させるような真似をすると思うかい?」
「そうは思いません。でも、本来出現するはずのないアンデッドが学校内に出現したとなれば、今後全国的にゾンビリオンの販売本数は伸びるはずだ。親は自分の子供に薬を持たせたいと思うはずだし、保健室や各教室への配備も進むだろう。病院での在庫数も増えるかもしれない。浅田の言う事も一理あると思って」
「それに、薬師寺君は生徒会室に魔装があることを分かってた。万が一の時も自分が助かる保証があるから、この騒動を起こしたのかもしれないじゃない」
「ちょっと待ってくれ! 僕がそんなことをするメリットがないだろう! だいたい、僕がやるなら自衛隊への連絡手段を断つ訳がない。ゾンビリオンの配備を増加することが目的なら、別に校内でデスゲームを行う意味がないんだから。頼む、僕を信じてくれ! この騒動に僕は関わっていない!」
遊佐と那谷はアイコンタクトを取った。
目の前の男を信じるか、信じないか。
薬師寺は消え入るような声で「たのむよぉ……」と呟いた。
「遊佐君、どうする」
那谷が警戒に満ちた声で問う。
「……このまま睨み合っていてもしょうがない。俺達は職員室に行かなくちゃ。会長を心から信用することはできませんが、だからこそ同じ生徒会の俺と風紀委員長で彼を見張らないと。とにかく、今は先を急ぎましょう」
◇
遊佐たちは渡り廊下の天井を伝って、西校舎へと移動した。
「ひいい、手すりも何もないところを移動するなんて最悪! どうして私がこんな目に合わないといけないのよ! あの浅田ってやつ、絶対許さない!」
涙目で恨みを吐く那谷の腕を、遊佐が引き上げる。
三人は渡り廊下の天井から西校舎の屋上へと上がった。
校舎を移動したことで、先ほどよりも鮮明に悲鳴や騒音が聞こえるようになった。
西校舎の中はアンデッドの出現で相当パニックになっているらしい。
「屋上にいてもこれだけ悲鳴が聞こえてくるんですもの。校舎の中に入るのが嫌になるわね」
那谷がげんなりした顔で言う。
「でも、俺達には魔装があります。丸腰じゃないだけマシだと思いましょ……ん?」
遊佐が校舎への入り口を見ながら目をすがめると、薬師寺が首を傾げた。
「どうしたんだい、遊佐君?」
「だれかが階段を上がってきます」
三人の中に緊張が走る。全員が校舎に続く入り口の階段に注視していると、バタバタという足音とともに小柄な女子生徒が駆け込んできた。
「いや、来ないで! やめて! こっちに来ないでー!!」
女子生徒は栗色のボブヘアを振り乱し、自分の背後に向かって大声を上げている。
「保健委員長じゃないですか!」
階段を駆け上ってきたのは、生徒会役員のひとりであり、保健委員長を務める保田ノドカだった。
遊佐が声をかけると、保田は真っ直ぐに切りそろえた前髪の下で、目をまん丸にした。
「ゆ、遊佐君! それにナギちゃんと薬師寺君も! みんなはてっきり生徒会室にいるんだと思ってた」
「生徒会室にいたんですが、アンデッドに襲われたんです。おまけに外部と連絡もつかないし外にも出られないんで、とりあえず職員室に行くために渡り廊下の上を伝ってこっちまで来たんですよ!」
「えっ、東校舎にもアンデッドが出たの? もう西校舎は大変なことになってて、今も後ろからアンデッドが追いかけてきて……ホラ、もうすぐそこに!」
保田が指さした先には、階段を登り切って屋上に現れたアンデッドが三体もいた。
「三体もいるのかい? 勘弁してくれよ!」
「無理よ無理、いくらなんでも三体も同時に倒すのは無理があるわよ!」
薬師寺と那谷が揃って顔を歪めた。
「大丈夫です。俺と会長と風紀委員長で、一人につき一体ずつ倒せばいいんですから」
焦りを浮かべた薬師寺たちに対して、遊佐は涼しい顔をしている。
「クソッ、こんなことになるなら、軽々しく魔装があるなんて言うんじゃなかった! 遊佐君たちにも浅田とグルじゃないかって疑われるし、ここでも戦いに巻き込まれるし。生徒会室に籠って、自衛隊の到着を待てば良かったんだ!」
薬師寺が半泣きで言うと、遊佐がゆるゆると首を横に振る。
「会長、それは無理です。あの時点では戦うしかなかった。浅田を追いかけてこの騒動を解決できるのは、魔装のある俺達しかいないんです。そろそろ覚悟を決めてください」
薬師寺と那谷は顔を歪めたまま、浅い呼吸を繰り返す。
そうしている間にも、三体のアンデッドはゆっくりこちらとの距離を縮めてくる。
「ま、魔装ってどういうこと?」
少し太めの眉を寄せて首を傾げる保田に、遊佐が小さく微笑む。
「まあ、見ててください。保健委員長は俺達の後ろに下がって。さあ、会長、風紀委員長、準備はいいですね?」
遊佐の声かけに、薬師寺と那谷も覚悟を決めた。
三人はアンデッド達から目を離さず、横並びに立つと、胸の前でそれぞれの魔装を構えた。
薬師寺は銃型、那谷は棒型、遊佐はグローブ型の魔装を装備している。
「ではいきましょう。魔装シフト!」
遊佐の声を合図に、薬師寺と那谷も「魔装シフト」と唱えてそれぞれの魔装を展開する。
薬師寺の銃型は先ほどと同じように一回り大きくなった。
那谷の棒型はシュンという音と共に持ち手が長く伸びて、先端の刃先も大きくなった。銀色に鈍く光る刃先は、少し丸みを帯びて反っている。持ち手は薬師寺の魔装と同様に、細かい煌めきが散りばめられたような黒色だ。
「那谷さんの魔装は薙刀だったのか……」
感心している薬師寺に、那谷がニコリと微笑む。
「そう。この刃先に見覚えがあったから、この武器にしたのよ。薙刀部の私にピッタリでしょう?」
那谷は薙刀部で主将を務めている。アンデッドと戦うのはもちろん初めてだが、使い慣れた薙刀であれば、ある程度攻撃が可能だろう。
「それで、遊佐君の魔装は……」
皆が遊佐の手元に注目する。
銃型や棒型が展開後に大きくなったのに対し、遊佐の魔装は大きさが変わらない。ただ、少し煌めいている。
色は他の二人と同様に黒色で、その中にキラキラと輝く細かい粒子が混じっている。
「遊佐君のは大きさが変わらないけれど、それってちゃんと展開できてるの?」
那谷が怪訝な顔で遊佐の手元を見た。
「ええ、おそらく。てのひらには軽く電気が走っています。少しビリビリしますね」
「それって電気を使う魔装ってこと?」
「俺の予想が正しければ。何年か前に流行ったゲームの主人公が、こういうグローブ型の武器で電撃を放ちながら戦うというものがありました。もしかすると、生徒会の先輩はそれに着想を得てこの魔装を作ったのかもしれません」
「ゲームぅ? 現実とゲームは違うのよ。そんなので戦えるの?」
「やってみなくちゃ分かりませんよ。さあ戦いましょう。アンデッドはすぐそこまで来ています」




