5 一旦外に出よう
窓の下を見た遊佐は「転落して倒れていたはずの女子生徒がいない」と言う。
いつも冷静な遊佐の顔に、明らかな焦りが浮かぶ。しかも、倒れていた女子生徒はおらず、代わりに他の生徒や先生が倒れているという。
「はあ? 一体どういうことよ」
遊佐の説明を飲み込めなかった那谷が、窓から下を見る。
そこには遊佐の説明通りの光景が広がっていた。
赤い染みを取り囲むように、何人かが倒れている。しかし、赤い染みを作った張本人はそこにいない。
「ね、俺が言った通りでしょう」
「救急隊は周囲で倒れている人を無視して、あの女子生徒だけ搬送したってこと? おかしくない?」
那谷が怪訝な顔をする。
「そもそも、救急隊なんて校内に来たんでしょうか」
「どういう意味よ。転落事故にあって大量出血してた女子生徒が、勝手に歩いて消えたとでも? そんなことあるわけ……」
そう言いかけて、那谷はひとつの仮説に辿り着く。
「いえ、あの女子生徒がアンデッド化していたとしたら、不可能ではないわね。さっき生徒会室に現れたアンデッドが、ここに来る前にあの女子生徒を襲っていたとしたら……」
それを聞いた薬師寺が、鼻で笑って那谷の意見を一蹴する。
「いやいや、そんな訳ないだろう? あの転落した女子生徒がアンデッドに噛まれたとしても、対内浸食が完了してアンデッド化するまでには最低でも数時間かかる。今は昼だろう? 彼女が登校中にアンデッドと接触していたとしても、登校してから保健室のゾンビリオンを投与する余裕は充分にあったはずだ。どうして今更アンデッド化するんだい? それに校内に侵入したアンデッドに先ほど噛まれたとしたら、アンデッド化するには早すぎる。彼女がアンデッド化したなんて考えられないよ」
那谷は自分に反論をぶつける薬師寺をギロリと睨んだ。
「私だって訳わかんないの! でもそれ以外に、転落して倒れていた彼女だけが移動できる可能性があるの? それに周囲で倒れていた人たちはアンデッド化した彼女に襲われたんじゃないの?」
那谷と薬師寺が睨み合う。二人の間にはバチバチと火花が飛んでいるようだ。
遊佐はそんな火花を散らすように、間に割って入る。
「ここで議論していても埒が明きませんよ。とにかく今は職員室に行って、先生に自衛隊を呼んでもらいましょう。どういう訳か俺達の携帯は外部と繋がらないし」
「遊佐君の言う通りだ。とにかく一旦全員廊下に——」
いち早く廊下に出た薬師寺が言葉を詰まらせた。
彼は遠くを見つめながら小さく舌打ちする。
「会長、どうかしましたか?」
「廊下に出て見ればわかるさ。廊下のむこう、西校舎への連絡通路にシャッターが下りているんだ」
誰かが非常用シャッターを作動させたのだろう。
「校内にアンデッドが現れたからパニックになったんだろう。これじゃあ職員室のある西校舎にも行けないし、アカネがいるっていう音楽室にも行けない」
「シャッターは解除できないんですか?」
「どこかにシャッター用のコントロールパネルがあったと思うんだが、いたずら防止のために簡単には操作できない仕組みになっていたと思う。そもそもどこにコントロールパネルがあるか思い出せない。困ったな」
薬師寺が眉間に皺を寄せた。
生徒会副会長の剣埼アカネは、女子生徒が転落した直後に薬師寺に電話をかけている。
電話口で「アンデッドが——」と言ったきり、電話が切れてしまい、以降は剣崎と連絡を取れていない。
「あの時、アカネは電話口で『アンデッドが』と言っていた。もしかしたら生徒会室だけでなく、音楽室にもアンデッドが現れたのかもしれない」
「そんな! じゃあ職員室に行く前に先に音楽室に様子を見に行く?」
那谷の提案に、薬師寺は首を横に振る。
「いや、音楽室も職員室と同じ西校舎だ。シャッターが下りている今、あちらの校舎には簡単には行けない」
「じゃあ一旦外に出れば?」
「そうですよ。それに、校庭に出れば携帯の電波も繋がりやすくなるかもしれません。一旦外に出ましょう」
那谷と遊佐の提案で、3人は1階にある昇降口まで降りる。
しかしそこで3人を待ち構えていたのは、入り口で困惑している生徒たちの群れだった。
「ああ、生徒会長だ!」
薬師寺を見つけた生徒たちの顔がパッと明るくなる。
彼ならば事態を解決してくれるかもしれない、という希望が見て取れる。
「君たち、どうして昇降口でたむろしているんだい?」
薬師寺の問いかけに、生徒たちは一斉に眉を寄せ、互いに顔を見合わせた。
「外に出られないんです。見てください、半透明の壁のようなものに阻まれて、昇降口から外に出られないんです」
「昇降口だけじゃない。他の窓からも、別の出口からも、とにかく外に出られる場所がないんだ。唯一出られるのはさっき転落事故があった中庭なんだが、それ以外は全部この半透明の壁が邪魔してくるんだぜ」
口々に言う生徒たちの群れを掻き分け、薬師寺は昇降口の扉を開けようとする。
しかし、他の生徒たちが言うように扉のすぐ外には半透明の壁があり、扉が開かない。
「これは……防御型の魔装だな」
薬師寺がぼそりと呟くと、すかさず那谷が口を挟む。
「どういうこと? 校門や学校の敷地を取り巻くフェンスに防御型魔装が取り付けられているのは知ってるけど、校舎にも魔装が配備されてたの? そんなの聞いた事がないけど」
「僕だってそんな話は聞いた事がない。でも、この半透明の壁は確かに防御型魔装で間違いない。父の会社で展開されているのを見たり触ったりしたことがあるんだ。しかも、これはどうやら内側から展開されているらしい。外側から展開されているんであれば、触ろうとすると電気が走ったみたいにはじき返されるんだが、今触ってもそれがない。生徒か先生かは分からないが、誰かが校内から魔装を展開しているんだ。それも、学校を丸ごと包むような超大型のね」
それを聞いた那谷が「げっ」と顔をしかめた。
「ということは、魔装の展開を解除しないと、私達はここに閉じ込められたままってこと?」
第6話は明日更新予定です!




