31 ゾンビリオン
ありったけの雷撃を注ぎ込み、浅田から魔装を奪うことに成功した遊佐。
しかし、薬師寺は気づいた。
遊佐の眼球全体が黒く変色していることに。
「ゆ、遊佐君! だめだ、遊佐君の眼球全体が真っ黒に変色してきてる! また魔獣化が進行し始めたのかもしれない!」
薬師寺の声は、遊佐の耳には届いていないようだった。
遊佐はうわ事のような言葉を繰り返すのみで、薬師寺の問いかけには応えない。
「遊佐君! しっかりしなさい。本当だわ、眼球全体が黒い……まるで人間の目じゃないみたい。昆虫か宇宙人かのような……一般的な魔獣とも異なるみたいだわ」
那谷は遊佐の顔面の変化にごくりと唾を飲み込んだ。
可愛い後輩が確実に人外へと変貌していく様子は、那谷の心に恐怖心を刻み込む。
「とにかく、浅田君の魔装は後々、自衛隊に証拠品として渡さなくちゃならない。自我を失いかけの遊佐君に壊させる訳にはいかない……! すまない遊佐君、少しガマンしてくれ!」
薬師寺はそう言うと、自身の銃型魔装から遊佐の手元ギリギリを狙って銃撃を打ち込んだ。
薬師寺の攻撃は遊佐が握り込んでいた鎌型魔装の柄に命中し、遊佐はその衝撃で鎌型魔装を取り落とした。
那谷がすかさず鎌型に足先を向け、誰も手に届かないところまで蹴り飛ばす。
使用者の手から離れた鎌型魔装は強制リリースされ、中庭のタイルの上をカランカランと音を立てながら転がった。
その時、中庭から伸びる通路の方から、一人と一匹の影が走って来た。
「遊佐! 大丈夫か!」
それは保健室で抗魔獣化薬ゾンビリオンを調達した友澤とマーナガルムだった。
「あさだ、まそう、こわす、ぜんぶ」
涎を滴らせながらブツブツと呟き続ける遊佐を見て、友澤は盛大に顔をしかめた。
「おいおい、さっきより魔獣化が進行してねぇか? 目元がおかしいだろ、真っ黒で。これを投与したところで助かるのかよ……おっと、マーナガルムは浅田を制圧してろ! ……っと、命令するまでもないな。完全に戦意を喪失してるな」
浅田は震える手で浅田を指さし、「あんなのありえない!」だの「こんな魔装は反則だ!」などと喚いている。また、同時に腰が抜けているようで、ブルブルと震えながら地面と足腰を一体化させている。
「先生、一刻も早く遊佐君にゾンビリオンを!」
「わーってるって。……って、遊佐の全身を包んでるこの黒いのは何だ……? 全身スーツ型の……魔装?」
「どういう訳か、遊佐君のフィンガーレス型の魔装が全身を覆う形に展開したんです。どうしてこうなったのかは僕たちにも分からなくって。注射型のゾンビリオンって魔装の上からでも打てるんでしょうか……」
「おい薬師寺、ゾンビリオンを作ってる会社の息子が知らないものを、俺が知って訳ねぇだろ! おい遊佐、魔装を解除しろ! ……だめだ、聞こえてないみたいだ。こうなったら、スーツに覆われてない首の上あたりに打ち込むしかない」
「ゾンビリオンは本来手足に打つものですよ⁉」
「しょうがないだろ! じゃあ他にいい案があるっていうのか⁉」
薬師寺も那谷も、ぐっと言葉を飲み込んだ。
校内にアンデッドが発生したことも、ゾンビリオンを目の前の人間に使うことも、何もかもが初めてのことだった。
誰にも最適解が分からない。
けれど、ひとつだけ分かることがある。それはゾンビリオンを投与しない限り、遊佐は確実に魔獣化し、このままでは彼を駆除しなくてはならなくなるということだ。
「魔獣化がここまで進行している以上、一刻も早く打たなくちゃならない。遊佐——戻ってこい……!」
友澤はゾンビリオンの先端についていた安全キャップをパチンと外すと、露出した針のついた部分を遊佐の首元へと押し付けた。
カチン、という音とともに筒内の薬液がゆっくりと遊佐の首元に吸い込まれるようにして消えていく。
ゾンビリオンは投与された。けれど、遊佐に目立った変化はない。
ゆっくりと瞼を閉じ、眠るようにその場に崩れ落ちた遊佐。
先ほどまで黒く変色していたその眼球がどうなったのか、友澤たちにはよく分からなかった。
「もう後は運を天に任せるしかない。それよりも——浅田! さっさと校舎を覆っている防御型魔装を解除しろ!」
友澤は遊佐を地面にゆっくりと寝かせると、次は浅田の方へつかつかと歩み寄った。
鬼の形相の友澤に詰め寄られ、浅田は肩を震わせながら首を振った。
「こっ、ここではできないっ……あれは防御型を校舎に何個も取り付けた上で、一か所で制御してるんだ……それは、ここには置いてない」
「なんだと? お前が持ってたんじゃないのか⁉ それはどこに置いてるんだ」
「……いんしつ」
「は?」
「職員室」
それを聞いた友澤は、はぁーと深い溜息をついた。
浅田が殺戮の限りを尽くし、血の海と化した職員室。確かにあそこに好き好んで入る人間はいないだろうし、隠すにはうってつけかもしれない。
あそこにもう一度入らなければいけないのかと考えるだけで、友澤は吐き気が込み上げてくる思いだった。
「じゃあ、携帯の妨害電波を発してた機械はどこにある」
「それは……ここに」
浅田は、ブレザーの内ポケットからスマホサイズの黒い箱を取り出した。
「こんな小さい機械で、学校全体の電波を遮断してたの?」
信じられない、と那谷が呟いた。
「はは、これはダンジョンにいる蛾の魔獣の超音波を発する器官を応用して作ったものですよ。す、すごいでしょ」
「チッ、ヘラヘラしてんじゃないわよ! よこしなさい!」
那谷は浅田の手から乱暴に黒い箱を取り上げるとそれを地面に置いて、薙刀型魔装で一突きにした。
「これで……外部と連絡が取れるはずよね?」
すかさず、友澤がスマホを取り出す。友澤の目がはっと見開かれたのを見て、那谷と薬師寺は電波が繋がったことを確信した。
「自衛隊ですか? 校内にアンデッドが出て……え、もう近くまで来ている? 先に女子生徒から通報が……? ああ、私は星道高校の教員の友澤です。校内の様子……ですか。多数の怪我人と、死者が……ええ、はい、救急車も、できるだけたくさん、はい、お願いします」
友澤はひとしきり話し終えると、ふーっと長い息を吐いた。
「もうすぐ助けが来る。俺は職員室に行って浅田が設置したっていう防御型魔装を解除してくる。お前達は遊佐を見守っとけ」
「先生」
那谷が緊張で顔を固くして言った。
「もし、遊佐君が魔獣化したら、私達はどうすればいいですか」
自衛隊に通報が成功していたのは、15話で剣崎と一緒にいた女子生徒です。
すぐに切れてしまった電話に対し、自衛隊は当初イタズラ電話の可能性も考えましたが、その後GPSから発信元が学校であることを突き止め、学校に問い合わせの電話をしています。
連絡がつかないことを不審に思った自衛隊は、念のため対魔獣部隊を出動させました。
これが、友澤が通報した際の「もう近くまで来ている?」に繋がります。




