30 魔装の進化
ラスト3話です!
魔獣化した目黒川に噛まれたことで、遊佐の体は確実に魔獣化を始めていた。
目が霞み、異様に鼓動が速くなる。
口元が動きにくくなり、涎も垂れる。
声が掠れ、仲間の名前さえ満足に呼べない。
それでも、遊佐は諦めなかった。
生徒会のメンバーとして、この学校に平穏を取り戻すため。
「おれは、さいご、まで、あきらめ、ない! 魔装シフト!」
遊佐がフィンガーレスグローブ型魔装を展開すると同時に、今までとは違う感覚が彼を襲った。
今までなら、手の甲から指の第二関節くらいまでが魔装に覆われるだけだった。
元のグローブよりも少しキラキラと光るだけで、形も大きくは変化しなかった。
それが、どうしたことだろう。
魔装を展開すると同時に、グローブの素材は遊佐の身体を制服ごと覆うかのようにスルスルと全身に伸び、あっという間に遊佐の体全体を包み込んでしまった。唯一、首から上だけは魔装に包まれていない。
体を包んだ魔装は温かく、それでいて締め付け感は全くない。
心地よい薄い膜に包まれているかのような感覚が、遊佐の全身を覆った。
「遊佐君、君の魔装……」
薬師寺が遊佐の横で目を白黒させている。
遊佐も薬師寺も那谷も、魔装の特性に詳しい訳ではない。けれど、全身を覆う形の魔装など、誰も聞いたことが無かった。
おまけに、魔装に包まれた瞬間、それまで遊佐を襲っていた魔獣化に伴う苦痛がピタリと止まったのだ。
「呼吸がしやすい……」
遊佐は呟いた。
鼓動もゆるやかになり、視界も先ほどよりずっとクリアになった。動かしにくかった口元も、いつも通り動かせそうだ。
おまけに、今まで感じたことが無いほどに、体の底から力が漲ってくるような感覚があった。
「もしかして、俺が魔獣化したことで魔装が進化したのか……?」
「えっ、やっぱり遊佐君ってば、魔獣化してたの?」
那谷が「ゲッ」と顔をしかめた。
「ええ、先ほど目黒川に噛まれてしまいまして……でも、今は不思議といつも通りだ。これは魔装が進化したのか、それとも——」
「魔装が魔獣化した遊佐君に呼応しているのかもしれない。魔装はダンジョンという未知の空間の素材を使っているだろう? 元々、生身の僕らでは魔装のポテンシャルを最大には引き出せていなかったのかもしれないね。そして、今だからこそ、遊佐君の魔装は最大の力を発揮できるかもしれない。ははは、これで浅田くんには負ける気がしないね!」
薬師寺は浅田に挑戦的な笑みを向けた。
遊佐達と向かい合った浅田は、忌々し気な表情で遊佐達を睨みつける。
「気持ち悪いんだよ、お前らァ! なにが生徒会だ! エリートぶりやがって、底辺の生徒のことなんて視界に入ってすらいない! 自己満足の気持ちの悪い連中め! お前らを見てると心底イライラする。お前らなんか、ずっと絶望の中にいればいいのに!」
浅田は叫ぶように生徒会への呪詛を吐くと、大声を上げながら鎌型魔装を振り回した。
浅田の魔装は剣崎のものと同様、振ることで斬撃が飛び出すタイプだった。
鎌から飛び出した斬撃が、次々に遊佐達へと襲い掛かる。
「中距離型の僕が遊佐君と那谷さんを援護する! 二人とも、隙を見て浅田君の魔装を強制リリースするんだ!」
「無茶言わないでよッ!」
薬師寺に反論しながらも、那谷は薙刀型魔装を展開し、勇ましい声を上げながら浅田へと突き進む。その後ろ姿には、アンデッドに怯え切っていた数時間前の面影はない。
那谷と浅田の魔装の刃先が交わる。
カキン、カキンと甲高い音を響かせながら、ふたりの魔装がぶつかる。
遊佐は、刃先がぶつかるたびに、火花に加えて黒いモヤのようなものが少しずつ広がっていくのが見えた。
そのモヤを辿っていくと、どうやらそれは那谷の魔装から漏れ出ている。
「風紀委員長の魔装からモヤ……? それに、刀身がどんどん短くなっていっている気がする……!」
遊佐は慌てて薬師寺の方に振り向いた。
薬師寺の銃型魔装からは先ほど同様、勢いよく攻撃が飛び出している——が、やはり薬師寺の魔装も那谷同様に黒いモヤに包まれ出していた。
遊佐は直感的に思った。
——時間切れだ!
元々、生徒会メンバーが使っていた魔装は学生が作ったオモチャのようなものだ。
性能が保証されていた訳でもなければ、負荷試験を行った訳でもない。
ここまでもったのが奇跡だったのだ。
「今すぐに、決着をつけないと」
遊佐は自身の魔装に、ありったけの力を込めるイメージをした。
一撃で終わらせる。
でも、浅田は傷つけない。狙うは——浅田の魔装のみ!
今までなら、遊佐が雷撃を放てば対象は一瞬で黒炭と化していた。
けれど、あれは威力が強いからそうなっていた訳ではない。
遊佐が上手くコントロールできていなかったから、対象を絞り切れずに炭化させていただけだったのだ。
遊佐は、全身が魔装に包まれたいまだからこそ、雷撃の行き先を自在にコントロールできる気がした。
攻撃対象の全身を焦げ付かせるのではなく、狙った一部だけに雷撃を循環させるイメージで。
「浅田、これで終わりだ!」
遊佐は地面を強く蹴った。
今までに感じたことがないくらい、体が軽い。重力を無視したかのように、ひと蹴りで体は大きく前進する。
中庭の木々がこすれる音が遊佐の耳に届いた。
脚力だけじゃない。聴力も、視力も、集中力さえも何もかもが研ぎ澄まされていた。
これが、ダンジョンという未知の空間にいる魔獣たちの感覚なのか。遊佐は少しだけ胸が躍るのを感じた。
「風紀委員長、あとは任せてください!」
遊佐の声に、那谷はぱっと横へ飛びのいた。
目の前には顔を憎悪でいっぱいにした浅田。
「遊佐ァ! お前なんかにやられてたまるか! 大人しく魔獣化して死ね!」
遊佐はおそろしく軽く感じる体を、素早く浅田の前へと滑り込ませた。
浅田は「ひっ」と小さく声を漏らす。
「学生の俺達は、魔装みたいな代物に手を出すべきじゃなかった。手を離せ、浅田!」
遊佐は浅田の鎌の柄に手を添えると、その魔装にありったけの雷撃を流し込んだ。
「ぎゃあ!」
手から伝わる激痛に耐えかねた浅田が、思わず魔装から手を離す。
遊佐はそれに構わず、浅田の鎌に雷撃を流し込み続けた。
鎌全体から、うっすらとモヤが広がり始める。
「こんなもの、存在しちゃいけなかったんだ……!」
鎌型魔装が、ぽろぽろと崩れるように小さくなっていく。
このまま壊れてしまえ……! と遊佐がより一層力を込めようとした時。
「遊佐君、もう大丈夫だから」
薬師寺が遊佐の肩を叩いた。
「見てみたまえ、浅田くんはもう戦意を喪失してる。それに、浅田君の魔装はあとで自衛隊に証拠として提出した方がいいんじゃないか? ……って、遊佐君、聞こえてるか⁉」
「……これ、こわす。……あさだ、も、こわす」
「ゆ、遊佐君! だめだ、遊佐君の眼球全体が真っ黒に変色してきてる! また魔獣化し始めたのかもしれない!」
あと2話で完結です!




