29 たとえ魔獣化しても
「クソッ、噛まれた……!」
遊佐は痛みと自己嫌悪で顔を歪めた。
噛みついて来た目黒川の頭を払いのけようとするより早く、彼女の頭は自身の体の方へしゅるしゅると戻っていった。
どうして一瞬気を抜いたのか。目黒川はてっきり絶命したものだと思っていた。
まさか、まだ息があり、しかも首が伸びて噛まれるなどと、遊佐は露ほども思わなかった。
家庭科室で対峙した融合型アンデッドの、伸び縮みする奇妙な手足が遊佐の頭をよぎる。
そもそも、通常のアンデッドは傷が再生しないが、目黒川は何故か家庭科室で貫かれたはずの腹の傷が再生していた。
今までの常識に当てはめるのが間違いだったのだ。もっと警戒するべきだったのだ。
「クソ、完全に俺のミスだ……!」
遊佐は噛まれた腕を強く押さえた。なるべく血液が心臓側に戻っていきませんようにと祈りながら、創部に当てた手に強く力を込める。
先ほどの遊佐の攻撃で黒焦げの塊と化した目黒川は、最後の力を振り絞って遊佐に噛みついたらしい。
今は地面に突っ伏したまま、もう動かない。
「目黒川、やるじゃないか。遊佐君、ずいぶんと痛そうだねぇ」
視界に映った浅田の姿が、白く霞んで見えた。
「目が霞む……痛みや疲労で霞んでいるのか、それとも……」
魔獣化する過程で、黒目が白濁していくからだろうか。
遊佐の脳内に最悪の仮説ばかりが生まれていく。
この騒動でばら撒かれたアンデッドウイルスは、異常なまでに体内浸食が早い。
あと10分もすれば、自分も魔獣化するかもしれない。そう思うと、遊佐の鼓動はどんどん速くなっていった。
「緊張で鼓動が速くなっているのか、魔獣化する過程でそうなってるのか……」
はは、と乾いた笑いが遊佐の口から洩れた。
自分なら浅田を止められるかも、と奢っていた。
自分の能力を過信していた。
その結果がこのザマだ。
こんなところで死ぬのか。人間としての尊厳も失いながら自我を失い、やがて駆除されるのか。
もっと高校生活というものを楽しんでみたかった。
心から友達と呼べる人に出会ってみたかった。
生徒会のみんな、ごめんなさい。
と、遊佐が諦めかかけたその時。
遊佐の視界の隅から、黒い影が風を切って飛び出した。
「どけ! 邪魔をするなクソ狼! 僕は遊佐くんがアンデッドになって無様に死んでいくところを眺めてる最中なんだ!」
飛び出してきたのはマーナガルムだった。
鎌を振り回して威嚇する浅田の周りを、マーナガルムがぐるぐると駆けまわっている。
「遊佐! 無事か⁉」
「友澤……先生……」
友澤も後ろから駆け付けた。駆け付けてくれたことに対する礼を言いたいのに、遊佐の口からはかすれた声しか出ない。ここにも魔獣化の影響が出ていた。
「おいおい、その腕どうした⁉ 噛まれちまったのか⁉ 大丈夫だ、まだ間に合う。保健室へ走ってゾンビリオンを取ってきてやる。もう少し耐えるんだ! いくぞ、マーナガルム!」
先生、行かないで。遊佐はそう口にしようとしたが、もう声が出ない。
仮にゾンビリオンを持ってきてくれたとしても、もう人間には戻れないかもしれない。
遊佐の目から涙が一筋零れると同時に、「まだ戦いは終わっていないよ!」という威勢のいい声が背後から飛んできた。
薬師寺だった。
「随分元気がないじゃないか、遊佐君! なぁに泣いてるのさ。僕が来て、そんなに嬉しかったかい? 体育館はほぼ落ち着いた。そこはアカネたちに任せてきた。ここからは君に加勢する! ひとりでよく頑張った!」
薬師寺は浅田を威嚇し遠ざけるため、バン! と一発攻撃を放った。
「せいと、かいちょ……」
「僕たちは、いつも年下の君に甘えてばかりだったね……でも、もう大丈夫。やっと先輩らしいところが見せられるよ」
「そうよ、もうすぐ先生がゾンビリオンを持って帰ってくるわ。大丈夫。それまでに、浅田を止めるのよ!」
「ふうき、いいんちょ……」
遊佐の口元がぎこちなく動き、涎が垂れた。
また魔獣化が進んだのだ。
けれど、遊佐は先ほどまでより、よっぽど闘志に燃えていた。
自分には仲間がいる。
その仲間が、自分のために駆け付けてくれた。
その事実は何よりも遊佐を奮い立たせた。
「まだ、おわって、ない」
遊佐は先ほど攻撃を受けた際に強制リリースされてしまった魔装を、再度胸の前で構える。
浅田は俺たちが倒す。
ここは、俺達生徒会が守って来た学校だ。
平穏で退屈な日々を、取り戻してやる。
遊佐はそう心に誓い、口元に精一杯の力を込めた。
「おれは、さいご、まで、あきらめ、ない! 魔装シフト!」




