28 四つん這いの目黒川
浅田はブレザーの内側から、黒い柄の鎌のようなものを取り出した。
鎌は浅田の「魔装シフト」の声で、不気味に大きく柄と刃先を伸ばす。それは刃先だけで浅田の腕ほどの大きさだ。
「死神気取りか」
遊佐は忌々し気に顔を歪めた。
浅田のブレザーに収まるサイズだった鎌は、今や命を刈り取る死神にふさわしい不気味な存在として鈍く光っている。
「それで、職員室の先生方を殺したのか」
「遊佐君、職員室に行ったんだね。そうさ、あの空間は僕の作品さ。公的な場に魔装の持ち込みが禁止されてる理由がよく分かったよ。魔装の攻撃力は普通の包丁やナイフの比じゃない。対魔獣用なだけあって、大して力を入れなくても人間の首や手足くらいなら簡単に切り離せる。政府が魔装の値段を吊り上げたり販売を規制してるのも、これが一般人の手に渡らないようにするためさ。こんな武器が量産されて市民の手に渡ってみろ、テロやクーデターを起こし放題さ」
浅田は歪な笑顔で笑った。
「でも、材料さえあれば魔装なんて簡単に作れる。金だって数万あれば事足りる。遊佐君も作ってみればいいよ。君の魔装、生徒会室に転がってたやつなんだろ?」
「どうして知ってる」
「僕に魔装の作り方を教えてくれた人が言ってたんだ。この星道高校の中にも魔装があるってね。……でも、それは生徒がお遊びで作った子供だましだ。どうせ魔装の使用者への負担軽減なんて考えられていないはずだ。そんなクオリティの魔装を長時間展開しつづけてみろ。魔装の使用者の体力なんてあっという間に尽きる。君のお仲間の生徒会メンバーも、そのうち魔装に体力を奪われて動けなくなって、アンデッドの餌になるんだ」
「そうなる前に、俺はこの事態を収拾する! ——魔装シフト!」
遊佐は目に怒りを滲ませながら魔装を展開する。その怒りの感情に呼応するかのように、バチバチと不穏な音を響かせた雷が遊佐の身体を包んだ。
「浅田、もうこのデスゲームは終わりにしよう! これ以上人を傷つけるな! お前の復讐はもう達成されたはずだ!」
「まだだよ、遊佐君! 君みたいな勘違い野郎を全員殺すまでは終われないからね……それとも、僕に『助けてください』って泣きながら懇願するかい? ははは、プライドの高そうな君はどうせそんなことしないだろうけどね——行け、目黒川。遊佐君に地獄を見せてあげるんだ!」
浅田にけしかけられた目黒川が、四つん這いの姿勢のまま遊佐へと襲い掛かる。
「グルルルゥアアアガァァ!」
獣のような声をあげた目黒川が、目にも止まらぬスピードで遊佐に迫る。
遊佐はグローブ型魔装から雷撃を放って目黒川をけん制しつつ、距離を取る。
「遊佐君! 逃げてばっかりだと戦いは終わらないよ! ホラ、ここに走って来た時みたいな威勢はどこに行ったんだい」
遊佐は額に汗を浮かべながら唇を噛んだ。
自分なら浅田を説得できるかもしれない、自分なら浅田を苦しみから救った上でこの騒動を終わらせられるかもしれない——などという考えは驕りでしかなかった。その現実を受け入れるのは、遊佐にとって酷く苦痛だった。
遊佐は思った。の人生は努力と持ち前の要領の良さで、全ての問題を解決できるものだった。意見が違う人間がいても、お互いの努力で歩み寄ることができていた。
けれど。
アンデッド騒動が起こってからの数時間は上手くいかないことばかりだった。
外部と連絡も取れない。おまけに目の前で何人もの生徒がアンデッド化し、そして死んでいった。自分が殺した生徒もいる。
もし浅田を説得し、この騒動を終わらせられたなら。
そうすれば自分が殺してしまった生徒たちにも、その遺族にも、少しはいい訳が立つきがした。
けれど、浅田とまともな話し合いは無理そうだった。
遊佐に残された道は、魔獣化してしまった目黒川を駆除すること。そして浅田を——。
「遊佐君、早く目黒川を倒さなきゃ! そのあとは僕を殺すかい? どうせ自衛隊は入ってこれないしね。アハハ!」
「俺は……! お前を、浅田を殺したくない!」
「それは僕がまだ人間だからかい?」
ああ、そうだ。
遊佐は焦りで覆われていた自分の内心を、いま全て理解した。
俺は浅田を説得したかったんじゃない。魔獣化していない浅田と、武器を持って対峙するのが怖かったのだ。
魔獣化した生徒を攻撃した件については、正当防衛も認められるだろう。
でも、浅田は——?
正当防衛が認められるのか? この騒動が終わったとして、俺はどうなる?
法律云々以前に、人を殺めてしまった俺は、この先まっとうな人間として生きていけるのか——?
数秒の間に、あらゆる思いが遊佐の脳内を駆けていった。
「俺は、お前を殺したくない。だから……殺さない! 生きて、この騒動の罪を償わせる!」
遊佐も、薬師寺たち他の生徒会メンバーも、この騒動が終わった後、どうなるかは分からない。違法魔装で暴れ回ったことで罪に問われるのか。魔獣化した他の生徒を殺めたことで罪に問われるのか。
全ての行いが不問だったとしても、心にトラウマが残るのではないか。
しかし、そんなことを今考えたってしょうがない。
今できることを精一杯やるしかない。
「グルルッガァァァ‼」
地面を蹴り、遊佐に向かって飛び掛かってきた目黒川を、今度は避けなかった。
遊佐は目をしっかりと見開き、自身の腕をすうっと伸ばした。
目黒川のスピードに負けないように、素早く彼女の頭を両手で抑え込んだ。
大きく口を開いた目黒川の口から、だらりと涎が垂れる。
「もし死後の世界があるなら、そこで自分のやったイジメを悔やんでほしい。もう人間として反省することはできないから……!」
バチバチバチ! と鼓膜をつんざくような雷鳴が鳴り響くと、それから間を置かずに今度は目黒川の断末魔が響き渡る。
目黒川の頭からつま先へ、おそろしい量の電流が一気に駆け抜ける。
ぷすぷす、と肉が焼けるような音と、焦げ臭い臭いが遊佐の鼻腔をついた。
「容赦ないね、遊佐君」
遊佐が顔を上げると、やたらと嬉しそうな顔の浅田と目があった。
「目黒川のこと、自分で手を下そうとは思わなかったのか」
「自分で殺すよりも、他の誰かにいたぶられてる方が見てて楽しいじゃないか! 目黒川も、こうなってからやっと僕の苦しみが分かったんじゃないかな。アハハ!」
その時、遊佐の目の前で焼け焦げたはずの目黒川がぐらり、と動いた。
まだ動けたのか——と驚いた瞬間、目黒川の首がにゅるんと伸び、遊佐の腕へと近づいた。
完全に油断していた。
だめだ、避けなければ、という思考よりも早く、遊佐の腕に激痛が走った。
「……クソッ、噛まれた!」




