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27 浅田の言い分

 どんよりと曇った空の下、体育館から続く通路を抜けると、急に背の高い木々が現れた。中庭に着いたのだ。


 丸い中庭をぐるりと囲むように背の高い木が取り囲み、地面には赤と白のレンガで綺麗な模様が描かれている。


「浅田……」


 遊佐(ゆさ)は、中庭の真ん中に立つ青年——浅田に声をかけた。

 浅田の横には、長い髪をなびかせた目黒川が、四つん這いになって佇んでいる。


 目黒川の体は先ほどよりもずっと筋肉質に見え、目は白濁し、口からは絶えずヨダレが垂れている。誰が見ても、魔獣化したのは明らかだった。


「間に合わなかったか……」


 遊佐は唇を噛んだ。

 間に合ったのなら、目黒川にゾンビリオンを投与し、人間に戻したかった。

 その上で、校内でいじめを行ったことに対する罰を受けさせたかった。


 彼女には人間として罪を償う権利があったし、そうするべきだと遊佐は思っていた。

 けれど、もう遅い。

 

 目黒川の横に立つ浅田は、まるで彼女の飼い主のようだった。

 つい先日までは、目黒川が浅田を精神的に蹂躙し、彼の上に立っていたはずだ。


 それが今となっては、浅田が彼女より優位に立っている。


 おまけに、目黒川にはもう人間としての意識はなく、こうなってしまえば人権も主張できない。もう遊佐たちに駆除されるか、自衛隊に駆除されるかの違いしかない。


「浅田、これで満足か」


 遊佐は腹から声を捻り出すようにして言った。

 腹の中では浅田に対する怒りが渦巻き、いつものようになめらかに声が出ない。


「大満足だよ」


 浅田は意外なほどに穏やかな表情で言った。


「本当は、ネットでいじめの告発をしようと思ってたんだ。目黒川はもちろん、僕に嫌がらせを繰り返した理数コースの奴らの名前と顔写真を公表して、社会的に殺そうと思った。将来、そいつらの就職や結婚が難しくなるかもと思ったら、少しは胸がスッとしたよ。でもさ、『そんなことをするのは浅田君の将来にとっても良くない』とか言うわけ。会長や副会長がさ」


 浅田は思い出すうちに嫌な気分になったのか、鼻の付け根に皺を寄せた。


「会長たちが言うことは間違っていないだろ。SNSとはいえ、個人情報をいたずらにバラ撒けば、浅田も警察の世話になることになる」


「僕は嫌がらせをしてきた奴に、精神的には殺されたも同然なんだ。そいつらの情報をネットにばらまいて僕が社会的制裁を受けたとしても、僕は元々死んだも同然なんだから、大したダメージにはならない。でもさ」


 浅田は歯をのぞかせて笑った。その目は不気味に光っている。


「あいつらを殺しても、人間のまま殺すのは生ぬるいなって思ったんだよ。そこには人権があるだろう? 人権ってやつは厄介だ。どこまでもついてくる。社会的に死んでも、ある程度の尊厳はどこまでも残る。でも魔獣化すればどうだ? バケモノに人権なんてない! 僕はあいつらに人権を踏みにじられたんだ。だから僕は、あいつらから人権を奪ってやった!」


「学校中をアンデッドまみれにしたのは、それが目的か!」


 遊佐ははらわたが煮えくり返っていた。

 こんなにも、腹の底に沸騰しそうな感情を抱いたのは初めてだった。


「どうして理数コース以外の奴も巻き込んだ⁉ お前のいじめ問題には関係のない生徒も多数巻き込まれたんだぞ!」


「そんなの、いじめを見て見ぬふりをした時点で全員加害者も同然だ。僕が情けをかけてやる必要がない」


「クラスが違う連中の中には、お前に対するいじめを知らなかった奴だって少なくないんだぞ⁉ それに、深津みたいに違うクラスでも、先生にいじめ問題について報告したり、できる限りのことをやった奴だっている。全員をひとくくりにして騒動に巻き込むなんて間違ってる!」


「フン。先生みたいに情けない連中じゃなくて、警察にでも通報してくれれば良かったんだ。先生も他の生徒も結局、ことなかれ主義じゃないか。問題を解決する気なんてこれっぽっちもない。なあなあにしているうちに、被害者側が泣き寝入りすればいいと思ってる」


「それは違う。浅田、お前はひねくれた見方をしすぎだ」


 遊佐が睨みつけると、浅田はこれみよがしに溜息をついてみせた。


「遊佐、お前みたいに恵まれた奴には分からないだろうよ。君は僕みたいに小柄じゃないし、細すぎる訳でもない。ちょうどいい体格に、見た目だってそれなりにイケメンだ。おまけに学年イチの秀才で、ひとりだけ三年生ばかりの生徒会に混じって、ちやほやされてる。お前に僕のみじめさが分かるわけないんだ」


「……分かるよ。俺だって、中学の時はクラスで相当浮いてた。中の良い友達なんて一人もいなかった。今だって、心を許せるような友人はいない。お前のみじめさは分かるつもりだ」


「お前はおこがましいんだよ! 浮いてるのと、人権を踏みにじられていじめられるのとでは、全く問題が違うんだよ! そんなことも分からないような奴らが生徒会なんかしてるから、学校じゅうがおかしくなるんだ。教師も誰一人信用できない。こんな学校、自衛隊が到着するまでに全員死ねばいいんだ! ——魔装シフト!」


 浅田がブレザーの内側から、黒い柄の(かま)のようなものを取り出した。

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