26 それでも攻撃しなければ
浅田を追いかけねば——と遊佐が中庭に向かおうとした矢先、体育館のステージ上にいた男子生徒のひとりがアンデッド化した。
アンデッド化した生徒を避けるように、他の生徒たちが後ずさりをする。
「クソッ。おい、この男子、アンデッドに噛まれてたのか?」
遊佐が近くにいた女子生徒に尋ねると、彼女はふるふると首を横に振った。
「わかんないけど、怪我はしてなかった。ねえ、あなた生徒会の遊佐くんだよね? ゾンビリオンは持ってないの? この人、私の彼氏なの。助けてよ。今ならまだ彼を助けられるでしょう⁉」
「すまない、俺はゾンビリオンを持っていない。それに、見た目が変化するほど体内浸食が進んだ被害者にゾンビリオンを投与しても効果は——」
「じゃあ遊佐君は何しに来たのよ!?」
遊佐の答えを聞き終わらないうちに、女子生徒は遊佐に掴みかかった。
「なあ、お前は生徒会なんだろ? 俺達を助けてくれよ」
「ゾンビリオンを持ってきてよ! 保健室にあるんでしょ!?」
「早く自衛隊に連絡してよ! 先生たちじゃ頼りにならないの。お願い、なんとかして!」
女子生徒が遊佐に掴みかかったのを皮切りに、他の生徒たちも一斉に遊佐へと詰め寄った。
ここにいる全員が、助けを求めていた。
皆、自分の中の不安から目を反らすように、遊佐を責め続ける。
そうしている間にも、アンデッド化していた男子生徒の体内浸食は完了したらしい。
遊佐達の目の前には、もう元の面影をほぼ残していない、正真正銘のバケモノが佇んでいた。
こいつを倒さなければ。
遊佐が魔装を構えようとすると、先ほど遊佐に掴みかかっていた女子が「やめて!」と今度は遊佐の手首を掴んだ。
「何をする気? 彼を殺さないで!」
女子生徒は顔を涙でグチャグチャに濡らしながら懇願する。
「無茶を言うな! あいつを元に戻す方法はない! ゾンビリオンがあったところで効果はない。だったら、お前の彼氏とやらが人殺しをする前に、眠らせてやった方がいいだろ! 俺は会長たちみたいに魔装を持ってる。俺ならアンデッドに応戦できる。すぐにやらないと、ここにいる他の奴らまで襲われるんだぞ!?」
「やめてぇ! お願いだからやめてぇ!」
女子生徒は半狂乱になりながら遊佐の腕にしがみつく。
恋人を守りたい気持ちは分かる。けれど、彼を見逃せば何人、何十人という他の生徒が犠牲になってしまう。遊佐はぎゅっと唇を噛み、女子生徒の手を振りほどこうとした。
「頼む、離れてくれ!」
女子生徒が密着した状態で魔装から電撃をくりだせば、彼女も巻き添えになってしまう。
その時、目の前のアンデッドはゆっくりと腕をあげはじめた。あと数秒後にはあの腕を振りかぶって、周囲の人間を殴り殺し始めるに違いない。
もう彼女ごと魔装で攻撃するしかないのか?
そうじゃないと、ここにいる罪のない他の人間がアンデッドに襲われ、さらにまたアンデッド化してしまう。
その時だった。
黒い影が遊佐の目の前を横切り、アンデッド化した男子生徒の首に食らいついた。
ブシュッ。
首に食らいついたままアンデッドを押し倒したのはマーナガルムだった。
マーナガルムは返り血を浴びながら、その牙をアンデッドの首へと深く突き立てていく。
ブシュ、ブシュ、ブシュ。
何回かに分けて、アンデッドの首から勢いよく体液が飛び散った。
周りで様子を見る生徒たちから悲鳴があがる。
マーナガルムはまるで飢餓状態の狼が肉を貪るかのように、何度もアンデッドの首に食らいついた。
アンデッドがピクピクと痙攣し、やがて動かなくなる頃に、アンデッドの頭と体が二つに離れていた。
「まーくん、まーくん!」
アンデッドとなった彼氏に駆け寄ろうとする女子生徒を、今度は遊佐が羽交い絞めにする。
「やめろ、アンデッドの体液が体に入ったら、お前もああなるんだぞ!」
「うわあああああ!」
マーナガルムがアンデッドから離れ、ぐるりと周囲を見回した。
生徒たちの喉から「ひっ」という声がいくつか漏れた。
真っ黒なマーナガルムの毛が、ヌラヌラとした赤色で上塗りされているようだ。
「よくやった、マーナガルム」
後ろから友澤がやってきた。
「浅田は?」
「中庭の方に逃げたと聞きました」
「ここは俺に任せろ。お前は浅田を追え! ここが落ち着いたら俺も向かう!」
遊佐は力強く頷くと、中庭へと続く扉に向かった。
後ろからは、教員である友澤が来たことで、いくらか安心した生徒たちの声が聞こえてきた。
「やっぱり先生には適わないな。俺も結構頑張ったんだけど」
遊佐は静かに苦笑した。
けれど、こんな異常な状況で友澤という大人の存在を心強く思っているのは遊佐も同じだった。
できれば、中庭の方にもできるだけ早く応援に来て欲しいと思う。
しかし、体育館は薬師寺、剣崎、那谷、友澤、それから丸腰の保田たちだけで収束できるのだろうか。
他にも数名の教員がいたが、皆怯え切って役に立ちそうになかった。
「俺がやるしかない」
俺が浅田を止めなくては。
でも、どうして俺が? 生徒会のメンバーだから? たまたま生徒会室で魔装を手にしたから?
植栽に囲まれた通路を走りながら、遊佐の脳内で答えは出なかった。
遊佐も巻き込まれた側なのだ。この騒動を収束する義務がある訳ではない。
生徒会のメンバーといえど所詮、高校生だ。それは遊佐もよく分かっていた。
けれど。
屋上で浅田と対峙した時、彼は挑発的なようで、どこか怯えているようにも見えた。
本当は、誰か信頼できる人の助けを得たかったのではないか。
生徒会の目安箱に入れられたという、浅田のいじめに関する投書に気づいたのが俺だったら、そこで親身に話を聞いてあげれていたら、ここまでの騒動は起きなかったのではないか。
同じ一年生である俺だったら、他にできたことがあったんじゃないか。
もう全てが遅いけれど、最後に彼の話を聞いてやりたいと思う。
遊佐はそれが自分の使命だと感じた。
中庭は、もうすぐそこだった。
学校じゅうに張り巡らされた防御型魔装の上では、今にも雨が降りそうな雲が広がっていた。




