32 最終話 あれから
「もし、遊佐君が魔獣化したら、私達はどうすればいいですか」
そう問うた那谷の目には、怯えの色に染まっている。
友澤は一瞬言葉に詰まった。
駆除しろ、と軽々しく言えるものではない。
もしゾンビリオンが効果を発揮しなかったら。遊佐が魔獣化してしまったら。
それはすなわち、遊佐の死を意味する。
友澤はゾンビリオンの効果を信じていた。
——しかし、それはある意味で祈りに近かった。ゾンビリオンの薬としての効果を確信しているというよりも、どうか遊佐が助かりますように、という祈り。
正直、ここまで魔獣化が進んだ遊佐が助かるかどうかは、友澤も半信半疑だった。
これまで魔獣化してしまった生徒たちは、友澤が目にした時にはもう一目見て助からないと分かるほどに魔獣化が進んでいた。
一方、遊佐は眼球などに明らかな変貌が見られるものの、素人の友澤にはゾンビリオンが効かないほどに魔獣化していると言い切れる状態でもなかった。
「もし、そんなことになったら。お前達は遊佐が動き回らないように押さえこんでおけ。きっとすぐ自衛隊が来てくれる。お前達が全部解決しなくていい。お前達はよく頑張った。お前達が遊佐をどうこうしなくていいように、すぐに防御型魔装を解除してくるからな。もう少しの辛抱だ」
もし遊佐が魔獣化してしまっても、せめて駆除の役目までは薬師寺たち生徒に負わせたくない。友澤はそう思い、きつく唇を噛んだ。
「俺は……子供のお前達に多くの役目を負わせすぎた。ガタイが大きくったって、お前らまだ高校生だもんな。大丈夫、きっとすぐ救助が来る。大船に乗った気持ちで、ドーンと構えてろ。よし、行くぞマーナガルム!」
友澤はそう言い残すと、職員室に駆け足で向かった。
中庭には魔獣化しかけで意識のない遊佐と、魔装を構えたままの薬師寺と那谷、それからヘラヘラと薄ら笑いを浮かべる浅田が残された。
「ははは。最後は遊佐君に魔装をダメにされちゃったけど、でも彼も魔獣化してるし、おあいこだな。生徒会長、アンタが僕を守ってくれなかった代わりに、僕はアンタの愛する学校と大事な後輩をグチャグチャにしてやりましたよ。どうですか、気分は」
ニチャリ、と気持ちの悪い笑みを浮かべる浅田に対し、薬師寺は銃型魔装を突きつけながら答える。
「気分はサイアクさ。君のせいでたくさんの生徒が死んだ。魔装を持ってる僕たち生徒会メンバーの何人かは、自分や他の生徒を守るためとはいえ、何人ものアンデッド化した生徒たちを殺してしまった。君のいじめに関する相談を甘くみていた訳じゃない……僕なりに誠意をもって対応したつもりだ……けれど、いくら僕が至らなかったからとはいえ、代償が重すぎると思ってる」
「自分の愚かさにやっと気づきましたか、生徒会長? 僕に謝るなら今のうちですよ」
「いや、謝らない。これは君の愚かさが巻き起こした事件だ。僕や先生方の対応に問題があったとしても、だからといって君の罪が軽くなるわけじゃない。君はいじめの被害者であることを盾に、たくさんの人の命を弄んだ、ただの犯罪者だ」
「誰が犯罪者だ! 僕はお前らに復讐しただけだ!」
浅田は唾を飛ばしながら反論した。
それに対し、薬師寺はぎゅっと眉を寄せながら答える。その表情は戦いが終わってなお、苦痛に満ちていた。
「これは復讐じゃない。テロだ。愚かな男子学生による、史上最悪のテロさ」
その時、中庭にいた者たちの頬を何かが濡らした。
「あら、雨……?」
口を開いた那谷が、空を見上げた。
どんよりと曇った空から、ポツリポツリと雨粒が落ちてきていた。
「雨が降って来たということは……友澤先生が防御型魔装の解除に成功したのね⁉ 救助が、救助が来るわ……!」
程なくして、ヘリコプターの羽音が聞こえてきた。
その音はだんだんと大きくなり、やがてどこかで止まった。おそらく校庭にでも着陸したのだろう。
「終わったのね。最悪の一日が」
地面に横たわる遊佐の顔には、赤みがさしていた。瞼の下の眼球もいつも通りに戻っていることは、まだ薬師寺たちは知らない。
◇
自衛隊が到着後、彼らによって星道高校はただちに封鎖された。校内にアンデッドの残党が残っていないか調査するためだ。
一方で、無事であった生徒や教員は速やかに保護された。
そして在校生徒と教員や事務員、用務員など合わせて758名のうち、死者は65名にものぼった。ほとんどのクラスで数名ずつの死者が出た。
学校内で起きた事件としては、史上最悪レベルの事件だ。
血で染まった校内の清掃および補修工事のため、学校は2週間の休校となった。
また、薬師寺の父親の経営する製薬会社は、ゾンビリオンの出荷数を大幅に伸ばした。
日本全国が、魔装とダンジョン産ウイルスを用いたテロに震えあがる結果となった。
◇
久しぶりに授業が再開された今日、生徒会執行部メンバーは久々に生徒会室で顔を合わせた。
あの日アンデッドに破壊された扉も、綺麗に元通りになっている。
「やっと学校が始まったわね。亡くなられた先生の授業は、系列校からのリモート授業に変わったり、亡くなった生徒も多いから……全然元通りじゃないけどね」
那谷は眼鏡をクイとあげ、溜息を吐いた。
「今この部屋にいるのは、薬師寺君と私だけかぁ。他のメンバーは後から来るのよね? っていうか! 同じ生徒会なのに、あの日生徒会室に来なかった体育委員長の唐沢くんとか、図書委員長の根本さんとか、戦ってない人たちは警察の事情聴取を免れてホントずるいと思うの! まあ、魔装を使ってないから当然なんだけどさ……でも、同じ生徒会なのにズルいって思っちゃうわ」
那谷はフンと鼻を鳴らした。
首謀者の浅田は自衛隊が身柄を拘束したあと、警察に引き渡された。
もちろん、校内にあるはずのない魔装を使っていた生徒会メンバーと友澤も、もれなく警察の事情聴取を受ける羽目になったのだ。
あの日生徒会室に来なかったメンバーは、アンデッドから逃げ回っていただけで戦力にならなかった上に、警察からきつめの説教を受けることもなかった。
那谷にはそれが気に食わない。
「あーあ。私もあの日、生徒会室に来なければよかったかも」
それを聞いた薬師寺は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「君に魔装を使わせたのは、僕にも責任があるからね。それは謝るよ。でも、魔装を持っていなかったら君もアンデッドに襲われて死んでいた可能性があるだろ? 終わったことを嘆いても仕方ないよ」
「それもそうね」
那谷と薬師寺は揃って深い溜息を吐いた。
警察からの事情聴取は、長時間にわたった。正当防衛は認められたが、学生の身分で魔獣と戦うなんて危険すぎると警察からも親からもしこたま怒られ、那谷と薬師寺はひたすらに胃が痛かった。
生徒会室にあった魔装たちは、もちろん自衛隊に回収された。
もうここにに戻ってくることはないだろう。
「でもさ、私達の魔装が回収されたのに、友澤先生のマーナガルムだけ回収されなかったのっておかしくない?」
「まあ、あれは一見、魔装には見えないからねぇ」
マーナガルムは再び置物に戻り、今も音楽室の一角に鎮座している。
友澤は警察からの事情聴取をのらりくらりとやり過ごし、マーナガルムの存在を曖昧にした。そして手元に残すことに成功したのだ。
そんなものを手元に残してどうする、と那谷は思ったがあえて口にしなかった。
また校内にアンデッドが出るかもしれないだろ、とは言われたくなかった。仮の話であっても、そんなことは考えたくない。もうあんな惨劇が繰り返されることだけはごめんだった。
その時、生徒会室の扉がガラリと開いた。
扉からひょっこり顔をのぞかせたのは、眼鏡をかけた遊佐だ。
「お久しぶりです、生徒会長、風紀委員長」
「遊佐君! あら珍しい、眼鏡かけてるじゃない」
「ええ、あの騒動で何故か視力が下がっちゃって。急いで眼鏡屋に行って眼鏡を作ってもらいましたよ」
遊佐はやれやれ、と椅子に腰を下ろす。
「まあ眼鏡姿もステキよ。似合ってる」
「……どうも」
遊佐は少し照れた様子で頭を掻いた。
「ところで、浅田が在籍していた理数コースは……まだ授業が再開してないんですね?」
「そうみたいね。今回の騒動が全国ニュースになったじゃない? いじめに関する聞き取りがまだ終わらないみたいなの。もう2週間も経つのにね。……いえ、あれだけ人が亡くなったんだもの、まだ2週間と言った方がいいかもしれないけれど」
「学校は全ての元凶を浅田君と理数コースの生徒たちに押し付ける気かもしれないね。でも、僕は生徒会長としてそれを見過ごす訳にはいかないよ。理数コースの彼らが一日も早く復帰できるように、力を尽くすさ」
薬師寺は自身の握った拳を静かに見つめた。
浅田が目安箱にいじめに関する相談を投書した時から、薬師寺の苦難は始まり、そしてまだ終わっていない。
けれど、この問題に最後まで向き合うことこそが、生徒会長としての自分の役目だと薬師寺は思っている。
「そういえば、遊佐君はもう体調に問題はないのかい? その……君はゾンビリオンを投与するまでの間に、少し魔獣化していただろう?」
薬師寺が心配そうに遊佐の顔を覗き込んだ。
「魔獣化……していたんですかね、やっぱ。目が霞んだり、やたらと鼓動が速くなったり、いつもと違うなぁとは思っていたんですが。はは」
眼球が黒く変色していた、という事実は、薬師寺も那谷も言えなかった。
言えば遊佐を怖がらせてしまうのではとも思ったし、目の前の後輩が果たしてちゃんと人間に戻っているのかという確信も持てなかったからだ。
「ええ、随分苦しそうだったから。魔獣化してた可能性はあるわね。でも、もう大丈夫なのよね?」
今度は、那谷が心配そうに遊佐の顔を覗き込んだ。
「2人とも、近いですって! 僕は見ての通り、視力以外は元通りですから、もう心配しないでください」
「なぁんだ、良かった」
顔を見合わせてほっと息を吐く薬師寺と那谷を見て、遊佐はチクリと胸が痛んだ。
本当は、あの日からずっと何かが変なのだ。
体が痛い訳じゃない。しんんどい訳でもない。
けれど。
どういう訳か前よりもずっと筋肉質になったし、手足の爪が異様に固くなり、家にあった爪切りが壊れてしまった。
また、力の入れ具合が難しくて、家にあった陶器の皿をガシャリと握りつぶしてしまった時もある。皿は粉々になって破片も大量に出た。
それなのに、遊佐の皮膚は固いのか、全く怪我をしなかった。
おかしい。
明らかに、おかしい。
しかも、体の変化はゆっくりと進行している気がしなくもない。
本当に魔獣化は止まったのだろうか。
俺は、これからの人生を人間として生きていけるのだろうか。
遊佐はそう思いながら、人知れず、祈るような気持ちで目を瞑った。
どうか、もし魔獣化してしまっても、目の前にいる大事な人たちを傷つけずに済みますように。
そして、もし俺が学校で完全に魔獣化してしまったのなら、願わくば心から信頼するこの人たちが自分の息の根を止めて欲しい、と遊佐は思った。
友澤から、マーナガルムはまだ音楽室にいる、と遊佐も聞いていた。
もし自分が魔獣化してしまったら、あの日のような惨劇を起こす前に、誰か自分を止めてほしい。
「魔装シフト」と唱えて。
ここまでお読み頂きありがとうございました!
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なんだか、当初の構想と違って暗い終わり方になりました。
元々は遊佐くんに魔獣化する予定は全くなく、剣崎あたりが魔獣化して薬師寺が発狂、みたいになる予定でしたが、書いているうちに全然違う展開になりましたね。
キャラクターが勝手に動くってこういうことか~と思っています。
少し暗い話になりましたが、私がその他に書いているお話は長編、短編ともに明るい話も多いので、お時間があれば是非他の作品も覗いていってくださいね!
2026年9月 早島りんご




