23 断たれた電話線
遊佐は目の前に広がる、職員室の凄惨な光景を見て確信した。
先生たちを惨殺したのはアンデッドではなく、浅田自身であると。
「はあ? 遊佐、何を言ってるんだ……これを全部浅田がやったっていうのか?」
友澤は信じられない様子で聞き返した。
「殺された先生たちがアンデッド化していないのがその証拠です。今回の騒動においては、通常のアンデッドと違い、アンデッドの体液が体内に入ってしまった際の体内浸食のスピードが異様に早い。おそらく、アンデッドに襲われた被害者は数分で魔獣化が始まっていると思います。その証拠に、目黒川さんだって割とすぐにアンデッドになっていたでしょう? 彼女が襲われてから、傷が塞がったり髪の毛が異様に伸びたりするのに、数十分も経っていない。せいぜい十分くらいですよ」
「それは確かにそうだが」
「まあ目黒川さんがアンデッドかどうかは議論の余地がありますけどね。傷が再生するなんて通常のアンデッドではありえないし。それはさて置き、おそらく浅田は昼休みに先生たちが職員室に集まったのを見計らって、ここを襲ったのでしょう」
「凶器は? 浅田の細い体でこんなことをできると思うのか?」
友澤は首のない遺体を指さした。遺体の胸は血で真っ赤に染まり、手足は力なくだらんと弛緩している。
その他にも、片から腹にかけて大きな傷がある遺体や、腕が肘のあたりから切断されている遺体もある。
浅田ひとりでここまでのことができるだろうか。
「凶器はおそらく……攻撃型魔装でしょう。浅田は校内をまるごと閉じ込めるような大型の防御型魔装を作ったくらいですよ。発想力も技術力も普通の高校生じゃない。そんな奴が殺傷力の高い攻撃型魔装を作っていても何ら不思議はありません」
「マジかよ」
友澤は片手で目を覆うと、天井を仰いだ。
天井にも赤いものが点々と飛び散っていた。
「あくまで、そう考えると自然っていうだけで、それが真実かは分かりませんよ。真実は浅田を捕まえて問いたださないと。ただ、その役目は自衛隊にやってもらいたいところですけどね」
そう言って、遊佐は近くにあった固定電話を手に取った。
「友澤先生、これって外部に電話をかけるのに、何かボタンを押す必要がありますか?」
「いや、内線じゃなかったら、受話器を上げればそのまま電話できるが」
「だめです、無音だ」
遊佐の持った受話器の向こうからは、何も音が聞こえない。
試しに自衛隊の番号、警察の番号、救急の番号と立て続けに押してみたが、全くの無反応だ。
「電話線、切られていそうですね」
遊佐がため息とともに受話器を戻すと、友澤は「勘弁してくれよ」としゃがみ込んだ。
「じゃあ俺達はどうすればいい? 自衛隊はうちの学校での騒動に気づいていない可能性もあるよな?」
「その可能性は高いですね。固定電話も携帯電話もつながらないんじゃ、どうしようもない。さすがに下校時刻を大幅に過ぎれば、生徒と連絡がつかないことを不審に思った保護者が様子を見に来たり通報したりするでしょうが……それにはあと数時間かかるでしょう」
遊佐は職員室の壁にかけてある時計に目をやった。
盤面を血で赤く染めた時計は、午後一時半を指している。
この学校の下校時刻は通常三時半以降だ。保護者達が異変に気付くとしても、最低でもあと二時間はある。それまでに校内での被害がさらに拡大する恐れは高い。
「校内から防御型魔装が展開されていることは、外部からは分からないのか? もし分かるんなら、何かおかしいっつうことで通報してもらえるかもしれん」
「誰かが校内に入ろうとすれば、おそらくバチっと電気が走ったような衝撃とともに弾かれるので、気づくと思います。例えば業者の人が納品などで学校を訪れてくれれば、気づいてもらえるかもしれません。でも学食や購買の納品は基本的に午前だと、以前食堂のおばちゃんが言っていました。だから……」
「やっぱり、下校時刻を過ぎないと異変には気づかれにくいってことか。あーあ、参ったなぁ」
友澤が頭をガリガリと掻いた。
近くにあるデスクの上から、ポタポタと赤い血が垂れている。
本来であれば吐き気を催すような光景だが、遊佐も友澤もだんだん感覚が麻痺し始めていた。
目の前の光景が現実であるという認識はあるものの、彼らの思考は停止し始めていた。
ただ、無力感だけが彼らを包んでいた。
いっそ、どこかに隠れて自衛隊の救助をひたすら待とうか、それとも——
「ねえ、ちょっと」
遊佐達の思考を再開させたのは、那谷の声だった。
「電話、どうだった?」
那谷は職員室の入り口から、中を見ないように視線を反らしながら尋ねた。
彼女は手で鼻と口を覆っているが、顔をしかめているのがはっきりと見てとれる。
「固定電話もダメでした。おそらく電話線が切られてる。浅田が携帯電話を使用不可にする妨害電波発生器を持っているので、外部との連絡手段が断たれたことになります」
「ダメかぁ。いっそ、のろしでも上げたら?」
「ありかもしれませんね。もう一度屋上に行って、何らかの方法で煙を発生させれば……いやダメだ。魔装は煙のような有害物質の類は通さないって何かの本で読んだことがあります」
「そっか、魔獣によっては有害な煙を発生させるタイプのやつがいるもんね。防御型魔装を展開している時点で、煙はあくまで魔装内にしか広がらないのか。どうしよう、とりあえず体育館組と合流する? ここに居たってしょうがないでしょ。見なくても分かる、職員室の中、結構ヤバいよね? 血の匂いがすごいもん」
「風紀委員長は見なくて正解でしたよ。俺はしばらく肉が食べられそうにありません。スーパーで生肉を見るのですら遠慮したい」
「うへぇ」
遊佐と友澤は職員室から出ると、扉をきっちりと閉めた。
廊下にでた遊佐は、肺の中身をまるごと入れ替えるように、大きく息を吸う。
血の海である職員室内では、無意識に呼吸の回数を減らしていた。
呼吸することで、充満する血の匂いを体内に取り込みたくなかったのだ。
「ねえ、体育館はもう落ち着いてると思う? 薬師寺君とアカネちゃんがいたら大丈夫かな?」
「まあ、あの二人は統率力もあるし大丈夫じゃないですか」
「ちょっと待ってくれ、俺、今イヤなことを思いついてしまったんだが」
友澤の顔色が急に悪くなる。
「浅田って今どこにいるか分かんないんだよな? そして、あいつは校内の生徒全員に地獄を見せたいと思っている。ということは」
遊佐もハッとした。どうしてこんな簡単なことに思い至らなかったのか。
「全校生徒が避難している体育館は、浅田にとって絶好のターゲットじゃないのか?」




