22 職員室の惨状
友澤、遊佐、那谷の三名は有線の電話を求めて職員室へ向かう。
どうにかして学校の外部へ連絡を取るためだ。
「ううう、静かすぎる校舎ってなんか不気味よね。おまけに廊下の至るところに血痕みたいなのがついてるし……」
職員室へと向かう廊下。那谷が眉をハの字にしながら遊佐の紺色のブレザーの裾を引っ張った。
頭が痛いとぼやく割には、足取りは意外としっかりしている。
「この廊下にもアンデッドが出たということでしょうね。これだけ血が出ているならアンデッドにケガを負わされた人もいるだろうに、本当に全員この短時間で避難が済んだんでしょうか。それとも——」
遊佐は注意深く廊下を見渡しながら進む。
「ケガした奴は全員アンデッドになってどっかに行っちまったかだな」
「友澤先生、やめてください」
那谷が目を吊り上げた。
「またさっきみたいな団子状にくっついたアンデッドとかが出てきたら……私、今度こそダメかも」
「大丈夫さ。その前に自衛隊が来てくれるだろう……と言いたいところだが」
友澤は渋い顔で、無精ひげに包まれた顎を撫でた。
「最初に音楽室や生徒会室にアンデッドが出てから、小一時間以上は経過してるはずだ。それなのにまだ自衛隊が到着していないなんておかしいだろ。ここは山奥でもなんでもない、市街地だ。自衛隊の魔獣部隊がいる基地からもそう遠くないのに」
「だから、さっき階段を下りながら言ったじゃないですか。この騒動を起こした浅田っていう奴が大型の防御型魔装を展開しているせいで、私達は学校から出られないし、自衛隊も入って来れないんでしょう」
「だとしても、自衛隊の装備だったら生徒が作った魔装なんて簡単に破れそうだがなぁ。もしかして、自衛隊にまだ通報がいってないのか?」
「そんなまさか」
那谷はそう言って笑い飛ばそうとした。
けれど嫌な予感が頭に広がり、その笑顔は歪になってしまう。
「大型の防御型魔装っていうのは、電話線すらも遮断しちまうのか?」
「いや、そんな訳ないでしょう。だって電気はきてますよ。騒動が起こって以降も校内の照明は一回も消えてない。魔装が電話線を遮断するのなら、きっと電気の線も遮断されているはずです」
「それもそうかぁ。なら電話線は生きてるか」
友澤と那谷は納得したようだったが、遊佐はどうにも嫌な予感が拭えなかった。
もし浅田が前もって電話線を切断していたら?
遊佐ですらも、校内のどこに電話線があるのかなんて知らない。
まさかその辺に剥き出しということはないだろう。
しかし校内に計画的にアンデッドを出現させた浅田であれば、それくらいのことを事前にやっていてもおかしくはない。
遊佐はぎゅっと拳を握り、どうか自分の予想が外れてくれるようにと願った。
そうこうしているうちに職員室の扉が見えてきた。
友澤が引き戸をガラリと開けて、はっと息を飲み、またすぐに閉める。
「だめだ、入るな」
「先生、どうしたんです? まさか、またアンデッドが!?」
「いや、アンデッドがいる訳ではないが……。お前たちは見ないほうが良い」
「もしかして……中で誰か亡くなっていますか?」
遊佐の問いかけに、友澤が渋い顔で頷く。
「それも、複数人が亡くなってるみたいだ。いや、もしかしたらまだ息があるかもしれんが……」
友澤は全てを語らず、深くうなだれた。
そこまでひどい状況なのだろうか。
「俺は大丈夫です。その、グロ耐性はある方だし。映画とかゲームでも、そういうの怖くないんで。風紀委員長はどうします?」
「私は……無理かも」
勝手に職員室に入る気になっている遊佐に、友澤がストップをかける。
「待て、遊佐。これはゲームじゃない。映画でもない。娯楽の世界じゃないんだ」
「でも、今は一刻も早く外部と連絡を取るべきでしょう? それに、職員室の中にいる人にまだ息があるかどうか、手分けして確認した方がいい。まだ生きていて間に合いそうなら、保健室に走ってゾンビリオンを持ってくる必要がありますよ」
淡々と話す遊佐に、友澤は思い切り渋い顔をした。
教師として生徒に凄惨な場面を見せてはならないという気持ちと、遊佐を大人ひとりとカウントし、事態をいちはやく把握すべきだという気持ちが友澤の中でせめぎあっていた。
友澤は扉に手をかけたまま数秒思案する。
彼は渋い顔のまま唸った。
「わかった。遊佐は中に入ってくれ。那谷はそこで待っていろ。もしアンデッドが出現したら、素早く知らせてくれ」
職員室へと足を踏み入れるやいなや、むせかえるような鉄の匂いが遊佐と友澤の鼻腔に飛び込んで来た。
そこは遊佐の予想を超えて、はるかに凄惨な光景が広がっていた。
まず、いつも遊佐の隣のクラスの担任が座っていた席には、首のない遺体が座っている。逃げる間もなく襲われたのだろうか。
遊佐は斬られた首の断面に骨と脂肪と血が混在しているのを目の当たりにし、喉の奥から酸っぱいものが込み上げてくるのを感じた。
けれど、友澤に見栄を切った以上、弱音は吐きたくなかった。
ごくり。唾と恐怖心をまとめて飲み込み、小さく深呼吸する。
奥を見渡すと、職員室は血の海だった。
今まで通って来た廊下や教室と比べても、どこよりも酷い。
どういう訳か、職員室の遺体はそのままだった。
誰もアンデッド化した気配がない。
また、誰も息がないと一目で分かるほどに遺体が痛めつけられていた。
「なあ遊佐、アンデッド化した遺体とそうでない遺体、その違いはなんだと思う?」
「おそらく……アンデッドに襲われたかどうか、じゃないですか」
「はあ? じゃあここは別の魔獣に襲われたとでも言うのか?」
遊佐は事態が自分の想像をはるかに超えていたことを確信した。
これはアンデッドがやったんじゃない。
「浅田は校内にアンデッドを放つ前に、おそらく職員室を襲ったんでしょう。この遺体は全部、浅田がやったんだ」




