21 目黒川の魔獣化
アンデッドに腹を貫かれ、重症だった目黒川。
彼女の応急処置にあたっていた友澤は、アンデッドの襲われたはずの彼女の傷が塞がってきていると言う。
友澤の顔には困惑の色がはっきりと広がっていた。
「まさか、この子アンデッド化してるんじゃないの!? だから傷が塞がってきてるんじゃ」
警戒した剣崎が再び魔装を構えたが、その横で遊佐は納得のいかない顔をしている。
「まさか。アンデッドは体を切断されても動きますが、傷が塞がるだなんて聞いた事がないですよ」
その時、床に横たわっていた目黒川の目がカッと開かれた。
その瞳は一点を凝視しており、異様な雰囲気が漂っている。
「目黒川、気がついたのか? アンデッドに襲われたと聞いたが、大丈夫か? 気分はどうだ?」
目黒川の視線は、声をかけた友澤の方へと移っていく。しかし瞳の動き方はあまりにもぎこちなく、油がさされていない機械のようにギシギシと小刻みに動いている。
「おい、目黒川……」
友澤が再び声をかけようとすると、彼女の髪の毛がぎゅるんと伸びた。
「友澤先生! 危ない!」
遊佐が叫ぶ。
目黒川の髪の毛はまるで意思を持った生き物かのようにうねり、友澤の顔を的確に狙って突き刺そうとした。見た目にも、それは最早、髪のような柔らかな質感ではない。まるで針金を束ねたような、固く尖った物体になっていた。
すんでのところで狼型魔装マーナガルムが友澤のシャツをを引っ張り、友澤は目黒川の髪をよけた。
「あぶねぇ……どうなってやがる」
体勢を整える友澤と、四つん這いになった目黒川が向かい合う。
目黒川のその姿勢は、人間というよりも獣に近かった。口の端からヨダレが零れ、眼球が白濁してきているのが分かる。
「ダメだ、アンデッド化し始めてるのかも!」
「傷が塞がって、四つん這いになるアンデッドかい!? そんなの、聞いたことがないよ!」
遊佐と薬師寺も魔装を構え、警戒態勢に入る。
目黒川は一瞬目をすがめると、四つん這いのまま、逃げるように家庭科室の窓から廊下へ飛び出して行った。
「追うかい?」
「いえ、危険すぎます。目黒川さんはアンデッドかは分かりませんが、魔獣化している可能性が高いと思います。とにかく普通じゃない。俺達が彼女を追えば、家庭科室はまた危険な状態になる。今はここにいる皆を体育館へ避難させるべきです」
「わかった。みんな、立てるかい? 体育館へ避難しよう。おっと、那谷さんも目が覚めたようだね」
那谷がくぐもった声を出しながら、床から起き上がる。
「最悪ッ……眼鏡のレンズ割れちゃったじゃん。あれ、あのキモいアンデッドはどうなったの」
「無事に倒しましたよ。風紀委員長、動けますか」
「うん、大丈夫。まだ頭がぐわんぐわんするけど」
那谷は後頭部を痛そうにさする。
全員が床から立ち上がり、アンデッドの焼け焦げた死体が転がる家庭科室を後にする。
四階の階段に差し掛かった時、深津がぼそりと呟いた。
「目黒川にはお似合いの結末だったな」
「どういう意味だ」
遊佐が振り返ると、深津は嘲笑するように口の端を片方だけ持ち上げた。
「この騒動を引き起こした原因をつくった、いじめの主犯格の目黒川にはお似合いの結末だって言いたいんだよ。どうせアイツはアンデッドになったんだろ? 髪の毛が伸びて人を襲うだなんて普通じゃない。もうアイツは魔獣なんだ。自衛隊に駆除されちまえ」
「深津、なんてことを言うんだ」
「目黒川たち理数コースの奴らがいじめなんてやらなければ、ここにいる俺達も、死んじまった俺の友達も、アンデッドに襲われることなんてなかった! 当然の報いだ!」
「勘違いするな。この騒動を引き起こしたのは、あくまでも浅田だ。アンデッド騒ぎに関しては目黒川さんだって被害者だろう。彼女がいじめをやったことは事実かもしれないが、人間のまま裁きを受ける権利はあるはずだ。もし次に彼女に遭遇したら、俺は彼女にゾンビリオンを使うべきだと思う」
遊佐がそう言うと、深津よりも先に薬師寺が異議を唱えた。
「正気かい、遊佐君!? ゾンビリオンはもう何本もないんだよ。保健室に置いてあるぶんだって、他の負傷した生徒に使うべきだろう? 僕が持っている分も、ここにいるメンバーが負傷すれば使うが、目黒川さんに使う義理はないよ」
「じゃあ、会長も彼女が自衛隊に駆除されればいいと思うんですか? もしくは会長自身が手を下すか」
「そんなことは言っていないけど……」
薬師寺の声が尻すぼみになる。
「目黒川さんは体内浸食がはっきりと進んでいると分かった訳じゃない。他のアンデッドとは少し違って見えました。じゃあ、ゾンビリオンを投与すれば助かるかもしれない」
「遊佐は分かってないなァ。アイツを助ける価値はないって言ってんだよ!」
深津は激高して遊佐に掴みかかろうとした。
他の生徒が間に入り、深津を羽交い絞めにする。
「目黒川さんを助けるかどうか、彼女がいないここで議論してもしょうがないわ。とりあえず、一般生徒のみんなを体育館に避難させなくちゃ」
那谷が割れた眼鏡をクイと押し上げながら言った。
那谷の眼鏡はレンズが割れただけでなく、フレームも歪んだのかもしれない。
彼女の通った鼻筋の上で、眼鏡がズルズルと落ちてきている。
「それに、私達の今の目的は目黒川さんをどうこうすることじゃない。外部に連絡を取ることよ。職員室なら有線の電話線が生きているかもしれない。携帯は使えないけど、固定電話なら使えるかもしれない。早く自衛隊に連絡しましょう」
深津は遊佐からふいっと視線を外した。もうこれ以上議論するつもりはないらしい。
四階から一階まで皆でぞろぞろと降りていく中、校舎は思いの外静かだった。
もう生徒のほとんどは避難が完了しているのだろう。
時折階段に血痕が飛び散っていることを除けば、いつも通りの学校のように思えた。
「一階までは問題なく着いたな。よし、ここで一旦二手に分かれよう。一般生徒は体育館へ避難し、俺と生徒会の役員は一緒に職員室に来るように」
友澤の提案に、遊佐が口を挟む。
「またどこからアンデッドが出てくるか分かりません。生徒会役員を、一般生徒を体育館に誘導するチームと、職員室に向かうチームに分けてください」
「それもそうだな。うーん、よし。薬師寺と剣崎、保田は体育館に行って、そこで他の先生の指示に従って生徒たちをまとめろ。きっとまだ混乱しているだろうからな。遊佐と那谷は俺と一緒だ。那谷は頭を打った影響でまだフラフラしているからな。万が一のときは俺が抱えてやる」
こうして、友澤、遊佐、那谷の三名で職員室へ向かうことになった。
そこに新たな問題が待ち構えているとも知らずに。




