2 不審な校内放送
「いじめが蔓延している、腐った学び舎にいるみなさん! いじめを見て見ぬふりをする、腐った性根の皆さん! あなたたちを、今から素敵なイベントにご招待します。どうぞ、校内で思う存分逃げ回ってください。そして、私が感じた逃げ場のない絶望を、あなたたちも一緒に味わってください」
突如校内に響き渡る意味不明な放送に、遊佐たち三人は顔を見合わせた。
「今の放送は放送室から? 放送委員は何をしているんだ。校内で事故が起こった時に、こんな不謹慎な放送を許すなんて!」
鼻息を荒くする薬師寺に、遊佐が尋ねる。
「会長がさっき俺達を呼び出した時には、放送室はいつも通りでしたか?」
「ああ、いつもと変わらなかったよ。今日もさっきまでは放送委員が流行りの曲を流していたじゃないか。それがどうして……」
すると、スピーカーから不謹慎な放送の続きが流れてくる。
「私は何度も先生にいじめについて訴えました。生徒会の目安箱に、それについて投書したこともあります。それでも何も変わらなかった! 先生も生徒会も、何も変えるつもりがない! 他の生徒も全員見て見ぬふりだ! だから、私はこの学校全体に楽しいイベントをお届けすることにしたのです。運よく生き残れたら、許してあげます! 運が悪い人は諦めて死んでください」
そこまで言うと、放送はぷつりと切れた。
変声機を使っているのか、声の主の性別や年齢は分からない。かえって、それが不気味だった。
「まさか先生がこんなことをするとは思えないし、誰か生徒のイタズラだろうが……楽しいイベントってなんだ? 遊佐くん、那谷さん、何か知っているかい?」
遊佐と那谷はふるふると首を横にふる。
「それに目安箱へのいじめの投書って……ああ、まさか!」
「会長、思い当たる節があるんですか?」
「ああ、一週間ほど前に、生徒会の目安箱にいじめについて相談する投書があったんだよ」
「ええっ!? 俺、そんな投書知りませんけど」
遊佐が顔を歪めると、薬師寺はすまなそうに息を吐いた。
「すまない、僕と剣崎だけで処理したんだ。投書を出した本人と話し合いをしたんだが……彼はこの件をマスコミに話し、SNSに拡散すると息巻いていた。そんなことをすれば罪のない他の在校生にも迷惑がかかるし、他の方法でいじめをやめさせるようにと言ったんだが」
「話の途中ですみません。彼、ということは、投書をしたのは男子生徒ですね?」
「ああ、そうだ。彼の名前は浅田ユウイチ君。理数コースの一年生だ。かなり成績がいいらしく、いじめは成績優秀な彼に対する妬みもあったのかもしれない」
遊佐は浅田の顔を思い浮かべた。クラスが違うので喋ったことはないが、細くて小柄な、良く言えば落ち着いた雰囲気の、悪く言えば暗い雰囲気の生徒だったと記憶している。
「それで、浅田は会長の説得に納得したんですか?」
遊佐が尋ねると、薬師寺は渋い顔で溜息をついた。
「納得していたら、こんなふざけた校内放送などしないだろうね」
「一体、浅田の目的は何なんだ? 楽しいイベントって、この不快な校内放送を聞かせることか? まあいじめ対応に不備があったであろう教員は、職員会議でやり玉にあがるでしょうけど」
その時、生徒会室の扉の向こうがにわかに騒がしくなった。
しかし、その音は少し遠くから聞こえる。
階段を伝って下の階から聞こえてきたようだが、一体何の音だろう。
「私、見てくる」と言って生徒会室から出て行った那谷が血相を変えて戻ってきたのは、わずか十秒ほど後のことだった。
「やばいやばいやばい! やばいって!」
那谷は震える手で生徒会室の扉をガチャンと閉めた。
「風紀委員長、何がやばいんですか」
「すぐそこの階段に、アンデッドがいるの」
那谷がメガネフレームを押さえる手は、カタカタと震えが止まらない。
「はああ? そんなのいるわけないでしょう、校内に」
「それが、いるのよ! さっきの大きな音は、急に現れたアンデッドに下の階の生徒たちが騒いだ音だったみたいなの。それで、アンデッドは階段を登ってこっちに来ようとしてるの!」
「校門やフェンスに取り付けられた魔装に問題でもあったのか?」
薬師寺が言う“魔装”とは、魔獣が溢れる日本で発明された、攻撃や防御をするための兵器のことだ。ダンジョン内で取れる素材を元にして作られており、護身用に市販もされているものの、細かい製造方法は公表されていない。
通常、教育機関や病院をはじめとする公共施設では、この防御型の魔装があらゆる場所に取り付けられており、万が一にも敷地内への魔獣の侵入を許さないようになっている。
ちなみに、防御型魔装は大きな箱のような大きさのものから、USBメモリくらいの小さなものまで、大きさは様々だ。しかし、大抵は人間が持ち運べる程度のサイズに収まっている。
「魔装が作動しなかったかどうかは分からないわよ! でも、すぐそこにアンデッドがいるのは確かなの! は、早く自衛隊に電話しないと」
今日の日本では警察、消防と並んで、自衛隊の対魔獣部隊にも緊急電話が繋がるようになっている。
那谷は震える手でスマホを取り出すと、自衛隊への直通番号を押した。
「……なんでよ、繋がらないんだけど」
「他の生徒も一斉にかけているから、電話が混線しているんじゃないか?」
薬師寺が答えると同時に、生徒会室のドアがドオン! とすさまじい音を立てて震えた。ドアの向こうからは低い呻き声が聞こえてくる。
「やばいやばいやばい! すぐそこまで来てる! どうして自衛隊に電話が繋がらないの!? 薬師寺君や遊佐君も電話をかけてよ!」
扉の向こうにアンデッドの気配を感じながら、遊佐と薬師寺も携帯を取り出した。
しかし、やはり自衛隊には繋がらない。
「薬師寺君、ここにゾンビリオンは何本あるの!?」
那谷の問いに、薬師寺がぐっと言葉を詰まらせる。
「僕のカバンの中に一本……しかない」
「じゃあ、あのアンデッドに噛まれたらどうすんのよ!? 保健室まで走るの!?」
「風紀委員長、落ち着いてください。まだ噛まれると決まった訳じゃない。それに、生徒会室に籠っていれば、アンデッドをやり過ごせるかも——」
遊佐が言いかけたところで、ドゴォ! という音ともに生徒会室の扉が歪んだ。
「やり過ごすのは無理そうですね。あいつの隙をついて逃げましょう」
「逃げるって言ったって、この部屋に入り口は1つしかないのよ!? 逃げるにはあのアンデッドの真横を通らなくちゃいけない! 三人全員が無傷で通れるとは思わないし、もし他の生徒もアンデッドに噛まれていたら、保健室にあるゾンビリオンだけじゃ足りないかもしれない。どうしたらいいのよ!?」
半狂乱になっている那谷を遊佐がなだめていると、薬師寺がぼそりと呟いた。
「方法がない訳じゃない。僕たちが魔装を使って……戦うんだ」
本日は第5話まで更新予定です。




