1 腐った学び舎
学園×ゾンビバトル開幕!
作者はゾンビ映画なら開始15分以内に死ぬタイプのモブです。
「至急、至急。生徒会執行部のメンバーは、すみやかに生徒会室まで来ること」
昼休み。ランチの匂いが充満する教室の中、黒板の上のスピーカーから生徒会長の声が響いた。
生徒たちは少しの間放送に耳を傾け、すぐにまたおしゃべりへと戻っていく。
「また呼び出しか。どうせ会長の急な思い付きだろうな」
椅子から立ち上がった遊佐マサムネは、いつも自分を振り回す生徒会長の顔を思い浮かべて溜息をつき、耳にかかる長さの黒髪をくしゃくしゃと握った。遊佐は星道高校生徒会役員の唯一の一年生で、書記を務めている。
対して生徒会長の薬師寺ハヤトは三年生で、大きな製薬会社のひとり息子だ。整った顔に色素の薄い髪が印象的な美少年で、その容貌から校内にはファンが多い。
しかし遊佐にとっては厄介な相手だ。
なぜなら、薬師寺が大した用事もないのに、急な思い付きで生徒会執行部メンバーを緊急招集するのが日常茶飯事だから。
ある時は「とても楽しそうな学内イベントを思いついた」などと言い、またある時は「とある有名人に講演会を開催してもらいたい。僕にはその伝手がある」などと言い始める。
遊佐はそんな薬師寺に振り回される、哀れな生徒会役員の一人なのだ。
彼は紺色のブレザーの裾をはためかせながら渡り廊下を通り、人気の少ない東校舎の階段を四階まで上ると、廊下の一番奥にある部屋へと入って行った。入り口には「生徒会室」と書かれたプレートがかかっている。
「おお、遊佐君が一番乗りだね!」
既に部屋の中で待ち構えていた生徒会長の薬師寺は、嬉しそうに目を細めた。
少しラフに制服を着崩した遊佐に対し、薬師寺は首元の青いネクタイをキッチリと締め上げ、ブレザーのボタンもきっちりと留めている。
「今度はどんな思い付きなんですか」
遊佐は生徒会室の中の椅子に腰かけながら尋ねる。
「ふむ、今日集まってもらったのは、登下校中におけるアンデッド対策なんだけど」
薬師寺は改まった様子で話し始める。
彼によると、生徒たちの登下校中にアンデッドや魔獣が現れるのが度々問題になっているという。
そもそも日本の中に、まるでファンタジーの世界から躍り出てきたようなダンジョンと魔獣が現れるようになったのは、ここ数年の話だ。
ダンジョンは山のふもとや海の近くなど自然豊かなところに自然発生し、中に入ると現代科学では解き明かせないような不思議な力を持った魔獣たちと出くわす。
幸いにも日本の自衛隊は非常に柔軟かつ優秀だったため、彼らはすぐにダンジョンおよびそこにいる摩訶不思議な生物に対応するための“対魔獣部隊"を編成した。
対魔獣部隊の見事な活躍により、一般人にダンジョン被害が及ぶことは稀だった。しかし最近どういう訳か人型魔獣のアンデッド——いわゆるゾンビがダンジョンから抜け出し、街中をさまよっていることがあるという。
薬師寺はこのアンデッドが通学路をうろつくのを問題視しているが、対する遊佐は楽観的だ。
「あーダンジョンから出てきたゾンビですか。でもあいつらは移動速度も遅いし、子供や高齢者はともかく、高校生の足なら問題なく逃げ切れるでしょう。生徒会として何か対策をする必要がありますか? 注意喚起くらいは促しておいた方がいいですが、そんなの前からやってるじゃないですか」
「そうよ、アンデッドなんか何も問題じゃないわよ」
そう言って生徒会室のドアをがらりと開けたのは、三年生で風紀委員長の那谷ナギだ。
那谷は眼鏡のフレームをクイッとあげると、遊佐の隣に腰かけた。後頭部の高い位置で結われたポニーテールが、椅子に腰かけると同時にふわりと揺れる。
那谷はチェックのスカートからすらりと伸びた足を組むと、薬師寺に視線を向けた。
「薬師寺君はアンデッドの何を心配してるのよ?」
「僕は、アンデッドに噛まれた時用の緊急薬である、抗アンデッド薬・ゾンビリオンを学内に追加配備したいんだ。今も保健室には数本あるけれど、これを各クラスにも常備した方がいいんじゃないかと思ってね」
薬師寺は大きな製薬会社の息子だ。彼の父が経営する会社では、ゾンビリオンが主力商品の一つとなっている。
「だって、最近では街中をうろつくアンデッドの数が増えたっていうじゃないか? もし登校中にアンデッドに負傷させられた者がいた場合、保健室以外にも薬があればより迅速に対応できるだろう?」
得意げに言う薬師寺に、遊佐が反論する。
「会長の好きにしたらいいと思いますけど、アンデッドに噛まれたからと言って、すぐに体内浸食が始まる訳じゃない。噛まれてから数時間は猶予がある。登校中の事故なら、登校してからゆっくり保健室に向かってもそれなりに余裕があるんですよ。会長は自分の家業の影響力を学内で強めたいだけじゃないんですか」
遊佐の指摘は図星だったようで、薬師寺は言葉を詰まらせる。
なごやかな、いつも通りの生徒会室。
この昼休みが終われば、三人はまたそれぞれの教室に戻っていく——はずだった。
その時、何気なく窓の外を見た那谷が、突然「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
「どうしたんだい、那谷さん」
のんびりと問いかける薬師寺に対し、那谷は声にならない声で「あ……」とか「う……」とか繰り返すばかりだ。
彼女の目は恐怖で見開かれていた。
「那谷さん?」
首を傾げる薬師寺に、切羽詰まった様子の遊佐が言う。
「か、会長、大変です。いま窓の外を女子生徒が落ちていきました」
「は? 落ちていくとは?」
生徒会室の窓をがらりと開けて下の中庭を覗き込むと、そこには手足を歪な方向に曲げた女性生徒が仰向けに倒れていた。
彼女の頭の下から漏れ出る血が、みるみるうちに地面に大きな染みを作る。
「転落事故か!?」
薬師寺が声を上げた時には、すでに他の教室にいた生徒たちも事態に気づき始めていた。
校舎のいたるところから悲鳴があがる。
1階にいた先生や複数の生徒たちが、その女子生徒の周りを取り囲んでいくのが見えた。
「早く救急車を呼ばないと……いや、もう先生が呼んでいるか」
「事故……なんでしょうか? まさか、自殺?」
「学内で自殺行為だなんてたまったもんじゃないわ! 午後の授業はどうなるのかしら」
生徒会室の三人は恐怖からくる興奮を誤魔化すように、皆早口で喋り続けた。
普通を装って喋り続けていないと、恐怖で押しつぶされそうになるからだ。
ひとしきり喋り終えると、生徒会室の中はしんと静まり返る。
その時、薬師寺の胸のポケットが震えた。
スマホを取り出すと、生徒会副会長の剣崎アカネからの着信だった。
「ハヤト? 今どこにいるの? 私は音楽室にいる。お願い、助けて!」
携帯からは、剣崎の泣きそうな声が漏れる。
「アカネ、落ち着くんだ。外の転落事故を見てしまったのかい? 驚いたよね。僕は生徒会室にいるんだけど、すぐそちらに——」
「違う! アンデッドが——」
剣埼が薬師寺の言葉を遮るように「アンデッドが」と口にした瞬間、その通話はぷっつりと切れてしまった。
「剣崎さんはどうしたんです?」
「何やらパニックになっているようだけど、何がなんだか」
薬師寺がもう一度剣崎に電話しようとスマホを触っていると、ふいに天井のスピーカーからピンポンパンと明るいメロディが流れた。校内放送だ。
転落事故に関する放送だろう、と思った遊佐たちは、予想を裏切る内容に一様に眉をひそめた。
「いじめが蔓延している、腐った学び舎にいるみなさん! いじめを見て見ぬふりをする、腐った性根の皆さん! あなたたちを、今から素敵なイベントにご招待します。どうぞ、校内で思う存分逃げ回ってください。そして、私が感じた逃げ場のない絶望を、あなたたちも一緒に味わってください」
「……何なんだよ、この放送は!?」
本日は第5話まで更新予定です!




