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17 マーナガルム

 アンデッドがじりじりと剣崎たちとの距離を詰める。そこから少し離れた場所で、友澤はふわわ、と再びアクビをしながらグランドピアノの上に置いてあった陶器の置物に手を伸ばした。


 それは黒い狼の形をしていて、音楽の授業中もいつもそこにあるものだ。友澤の気に入っているインテリアか、生徒にもらったお土産の類かと思っていたが——


「それをアンデッドに投げたところで、奴には大したダメージは入らないわよ!?」


 剣崎がそう言うと、友澤は無精ひげで囲まれた口元を片方だけニヤリと持ち上げた。


「投げるんじゃない。いいか剣崎、魔装っていうのはこうやって使う。その目でよーく見てろよ。——魔装シフト」


 友澤は陶器の狼の背をなでるようにして「魔装シフト」と唱えた。

 教科書よりも小さいサイズだった置物は、ピアノの上でみるみるうちに大型犬ほどのサイズへと変わる。その体は煌めく漆黒の毛皮で覆われている。


 ——もしかして、あれも魔装?

 剣崎は口をポカンと開けて、狼の様子を見守った。


「いけ、マーナガルム! アンデッドの首を狙え!」


 友澤が命令すると、マーナガルムと呼ばれた黒い狼はピアノの上から音もなくひらりと床に舞い降りた。そのまま低い姿勢を取り、アンデッドに狙いを定めると、狼は強く床を蹴る。


 弾丸のように素早く飛び上がった狼は、立派な牙を剥き出しにしてアンデッドの首に齧りつく。狼はそのまま自身の頭を左右に振って、敵の首をブチリと食いちぎった。

 アンデッドは反撃する暇もなく、その場へ崩れ落ちた。


「きゃああ!」


 床にアンデッドの首がゴトリと転がり、それを見た女子生徒たちの口から甲高い悲鳴が漏れた。


 剣崎は床に広がるアンデッドの血を見ながら、ただただ固まるしかできなかった。

 魔装を持っている自分にどうすることもできなかった相手を、どうしてこの狼は一瞬で制圧できたのか。いや、そもそもこの狼は魔装という認識で合っているのか?


「見てたか、剣崎。これが効果的な魔装の使い方だ。デタラメに斬撃を放つのではなく、アンデッドの場合だと頭を正確に狙うか、首を切断するか——」


 まるで授業で重要なポイントを説明するかのような冷静な友澤に対し、剣崎は「ちょっと待って、ちょっと待って!」と両手をブンブンと振る。


「あの黒い狼は何!? それから、なんで先生はそんなに冷静なわけ!? 色々おかしくない!?」


「他の生徒から見れば、学生のくせに校内持ち込み禁止の魔装を振り回している剣崎の方がおかしいだろ」


「やっ……これは……あの、正当防衛です」


 剣崎は背中に魔装を隠すようにして誤魔化した。


「正当防衛と、魔装の所持は関係ないだろう。それよりも、そんなに刀身の大きい魔装をそのままにしていたら危ないだろ。仕舞え」


「ええと……どうやって仕舞うんでしたっけ?」


 剣崎はテヘッと誤魔化すように舌を出す。


「薬師寺から聞いてないのか? 魔装を解除するときはこうする。魔装リリース」


 友澤が唱えると、それまで音楽室の中をウロウロ歩き回っていた狼が、元の置物へと戻り、友澤の手のなかに収まった。

 その様子に、剣崎を含めた生徒三人は目を丸くする。


「その狼が……魔装?」


「詳しい話は後だ。いいから、まず剣崎の魔装を仕舞え」


 剣崎はコクリと頷くと、魔装を解除した。



「それで、音楽室にいたお前達のもとにアンデッドがやってきたと」


 剣崎たち女性生徒3人は、友澤に今までのことを伝えた。

 友澤は腕を組んだまま、ぐっと眉を寄せている。

 アンデッドとの戦闘のあと、友澤は廊下の様子を見に行った。そこにはアンデッドに襲われた男子生徒がいるはず——だったが、その姿はどこにもいない。


「本当に男子生徒がいたのか?」


「いたのよ、血まみれになってたの! どうして居なくなったのかしら……」


 剣崎は嫌な予感がした。まさかあの男子生徒はアンデッド化して、どこかへ歩いていってしまったのか? 

 しかし、アンデッドに噛まれても体内浸食が完了するまでには少なくとも数時間はかかるはずだ。こんな短時間でアンデッド化するはずなどない。

 嫌な予感を追い出すため、剣崎は頭を振る。


 友澤が言う。


「しかし、どうして校内にアンデッドが出たのか分からんな。おまけに外部と連絡もつかないだと?」


「ええ。いま改めて自衛隊に連絡しようと通話ボタンを押したけど……やっぱり繋がらないわ」


 剣崎は短くため息を吐いた。

 外部と連絡が取れないのは不安だ。けれど、大人である友澤が一緒にいるのは心強い。不安に押しつぶされそうだった心が、少しだけ和らぐ。


「ところで先生、先生はどうして魔装なんか持ってるのよ? 例え教師であっても校内に魔装の持ち込みは禁止されているでしょう?」


「おい剣崎、先生には敬語を使えといつも言ってるだろう。……この非常事態だし、まあいいか。魔装の持ち込みについてだが、これは持ち込んだんじゃない、俺が校内で作らせたんだ」


 以前、他県ではあるが、学校内に持ち込まれた魔装による立てこもり事件が起きたことがあった。それ以降、全国的に教育施設内への魔装持ち込みが禁止されることになった。


 しかし、友澤は魔装を持ち込んだのではなく、作らせたと言っている。


「作らせたってどういうことよ? まさか、歴代の生徒会役員に作らせたってこと?」


「それ以外に誰がいるんだよ。生徒会は毎年放っておいても優秀な生徒が集まってくるからな。その中に、自衛隊員の兄を持つ生徒会長がいた。そいつの兄から情報を聞き出しつつ、何人かで協力して魔装を作ってみたってわけだ。理由は、面白そうだから。それだけだ」


 友澤はふふん、と得意げに笑う。


「でも自衛隊はその制作方法を秘匿しているし、当時の会長の兄からも限られた情報しか引き出せなかった。だから、いま俺や剣崎が持っている魔装の性能が、正規品と比べて良いのか悪いのかは分からん。製法もプロから見れば無茶苦茶なものかもしれんし」


 友澤は狼の置物を撫でながら言った。彼いわく、魔装制作に必要な素材は、ダンジョンに潜った友澤の友人から買い取ったらしい。

 金銭面でも魔装制作に大いに貢献した友澤は、その見返りに狼型魔装を作ってもらったのだという。


 剣崎にはこの置物が魔装であるということが、いまだに信じられなかった。

 攻撃型の魔装といえば、何か武器のような形をしているのがセオリーではなかったのか。


 しかし校内にアンデッドが出たこの状況で、友澤の魔装について深く考察している暇はない。


「そうだ、早くこの音楽室から出ましょう。アンデッドが出現したことを、他の生徒や先生にも知らせないと」


 この時は剣崎も友澤も、校内がアンデッドの多数出現により阿鼻叫喚になっているということは、まだ知らなかった。

 ましてや、剣崎の恋人である薬師寺たちが、気味の悪い融合型アンデッドと対峙しているなどということは、つゆほども思わなかった。


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