16 友澤先生
「アタシがあのアンデッドと戦うわ」
「剣崎さん、何言ってるのよ!?」
思いつめた表情の剣崎が「戦う」と口にすると、女子生徒は彼女の腕を制止するように掴んだ。
「大丈夫、やり方は以前にハヤトに聞いたから。でも二人とも、校内でアタシがコレを使ったことは他言無用よ。ハヤトにも、絶対に人前で展開するなって言われてるの。いくわよ——魔装シフト!」
剣崎は体の前に突き出すようにして、剣型魔装を構える。
手の震えは止まらない。けれど、音楽室にいる三人ともが生き残るには、自分が戦うしかない。剣崎は覚悟を決めた。
剣崎が「魔装シフト」と唱えると同時に、剣の刀身の部分が強い光を放つ。
展開された魔装はシュンッという音とともに白く輝きながらその刀身を伸ばし、剣崎が構えていたものはいつの間にか長剣へと変化した。
「コレ、短剣じゃなかったのね……っていうか、展開すると大きさが変わるとか、一切聞いてないんだけど! ハヤトもちゃんと説明しなさいよね⁉︎」
剣崎は眉を吊り上げる。
無事に魔装が展開できたという安堵と、魔装の予想外の変化に頭がついていかない。
「剣崎さん⁉︎ 何それ、武器⁉︎」
「自衛隊が使っている攻撃型魔装ってやつよ……アンデッドみたいな、対魔獣用の兵器ってこと! さっきも言ったけど、アタシがこれを使ったことは他言無用だからね。いくわよ!」
剣崎も、アンデッドに限らず魔獣を間近で見るのは初めてだった。その体の大きさと、なんとも言えない腐臭に思わず顔が歪む。
魔装を展開してみたい、などと思わなければ良かった。
そのために音楽室に来ようなどと思わなければ良かった。
剣崎の頭の中に、いくつもの後悔が浮かぶ。
けれど、自分が来なければ、この二人は死んでいた。アタシの学校で、生徒たちを死なせてたまるもんですか。剣崎はぎゅっと唇を引き結ぶ。
自分が過ごす学校を、少しでも良くしようと思って生徒会に立候補した。アンデッドと戦うために副会長になった訳ではないが、今の自分に求められていることは、彼女たちを危険から守ることだ。
剣崎は覚悟を決めた。
「これでもくらいなさい! ええい!!」
剣崎は剣型魔装を構えると、アンデッドに体当たりするようにしてそれを相手の腹部へと突き立てた。
ぶすり、と剣先が肉に押し込まれる感触が手に伝わる。
刺した瞬間は柔らかく感じたが、奥に押し込もうとすればするほど筋肉が剣の侵入を阻んでくる。
「ぐぐ……えいやあ!」
剣崎は奥歯をぐっと噛みしめ、突き立てた魔装を真横に引き抜く。
びちゃり。
赤黒い体液が飛び散って、近くに散乱している椅子にかかった。
びちゃ、びちゃ、びちゃ、びちゃり。
相当な量の体液が飛び散る。普通の生物であれば、もう動けなくなっても不思議ではない出血量だった。しかし相手はアンデッドだ。
アンデッドは「ぐぐぐ、あああ」と低くくぐもった呻き声をあげると、痛みに顔をしかめることもなく再び動き出した。
「嘘でしょ!? やだ、こっちこないで!」
剣崎がパニック状態になって魔装を振ると、刀身からヒュンッと白い斬撃が飛び出した。
「斬撃が飛ぶタイプの魔装ってこと? 早く言ってよ! 近づかなくても攻撃できたんじゃん!」
剣崎は大きめの独り言を言いながら、何度もアンデッドに向かって剣を振るう。
しかし剣崎が繰り出した斬撃のうちのいくつかはアンデッドに当たったものの、どれも相手に浅い傷しか作れず、アンデッドの歩みを止めるほどの効果はなかった。
たまたまクリーンヒットした斬撃に片腕を弾き飛ばされても、なおアンデッドは歩き続けている。
「腕を吹っ飛ばされても動くとか普通じゃないでしょ⁉︎ もう無理だよ、誰でもいいから助けて‼︎」
音楽室に、剣崎の涙声が響く。
後ずさりをしすぎて、剣崎の後ろにいる女子生徒たちの背中は壁にくっついていた。もうこれ以上下がれない。
近づいてきたアンデッドが、ついに剣崎たちの二メートルほど手前まで近づいた時——
剣崎たちの左側にあった扉がガラリと開くと、そこから黒い物体がアンデッドの頭部めがけて飛んできた。
突然飛んできた黒い塊に頭部を打撃されたアンデッドは、ヨタヨタと後ろによろめいた。
アンデッドの足元にゴトリと落ちたのは、音楽準備室に置いてあるはずのメトロノームだ。
「誰……って、友澤先生じゃん!」
音楽準備室の扉からひょいと顔をのぞかせた友澤が、眠そうな目で剣崎たちを見る。
「なんだぁ? 学生同士の喧嘩かと思ったら、片方は人間じゃないのか?」
「先生! 準備室にいたんだったらもっと早く助けてよ!」
「バカヤロウ、俺はゆっくり昼寝中だったんだ。バケモノが出たって分かってたらもっと早くに加勢してる」
友澤はふわわ、とあくびをした。目尻に涙がたまっている。本当に寝ていたらしい。
「先生、大変なんです。音楽室で合唱コンクールの打合せをしていたら、急に廊下からアンデッドが現れて……」
女子生徒の一人が上ずった声で説明すると、友澤は首をかしげた。
「はあ? どうして校内にアンデッドが出るんだ。校門やフェンスにある防御型魔装はどうした?」
「それが、分からないんです。どうしてこうなったのか。それに、何故だか電話もつながらなくって……先生、助けてください!」
女子生徒たちが剣崎の後ろで震えながら懇願する。そうしている間にも、アンデッドは剣崎達との距離を少しずつ縮めてくる。
「こっちくんなって言ってるでしょ!」
剣崎が悪態をつきながら魔装を振るうと、再び斬撃が飛び出した。
しかしそれはアンデッドの耳のあたりをかすめただけで、やはり劇的なダメージを与えることができなかった。
「剣崎よお……お前ノーコンすぎねぇか?」
「初めて使うんだからしょうがないでしょ! そんなこと言ってないで先生も加勢してよ!」
剣崎が唾を撒き散らさん勢いで抗議すると、友澤はふわわ、と再びアクビをしながらグランドピアノの上に置いてあった陶器の置物に手を伸ばした。それは黒い狼の形をしている。
「それをアンデッドに投げたところで、奴には大したダメージは入らないわよ!?」
剣崎がそう言うと、友澤は無精ひげで囲まれた口元を片方だけニヤリと持ち上げた。
「投げるんじゃない。いいか剣崎、魔装っていうのはこうやって使う。その目でよーく見てろよ。——魔装シフト」




