15 音楽室の攻防
剣崎がもう一度、薬師寺に電話をかけ直そうと携帯を握り直した時、ドオン! という音と共に音楽室の扉とバリケードが震えた。
「きゃあ!」
音楽室内に剣崎たちの悲鳴が響く。
「自衛隊は? 先生は? 電話は繋がった?」
剣崎が切羽詰まった様子で尋ねると、女子生徒の一人は泣きそうな顔で首を横に振った。
「だめだった。友達に先生を呼んでもらおうと電話をかけたんだけど、気づかなかったのか電話に出てくれなかったの」
もう一人の方も、涙目で答える。
「私は自衛隊のホットラインに電話したんだけど、学校でアンデッドが出たかもしれないって伝えたところで電話が切れちゃったの。いま私達が音楽室から動けなくなっているっていうことまでは伝えられてないの。どうしよう? 剣崎さんは?」
「私はハヤト……生徒会長に電話したの。途中で電話が切れちゃったけど、いま音楽室にいるっていうことは伝えられたから、きっと彼が助けを呼んでくれるはずよ」
それを聞いた二人の女子生徒がホッと胸を撫でおろす。
「生徒会長が助けに来てくれるのなら安心ね」
「そうよ、彼はゾンビリオンを作っている会社の息子だもの。廊下にいるっていうアンデッドに噛まれた男子生徒も、これで助かるわ。きっと会長がゾンビリオンを持ってきてくれるはずよ」
二人は顔に引き攣った笑みを浮かべた。
誰も薬師寺のことを信じていない訳ではない。ただ、バリケードが破られる前に助けがくる確証を、誰も持てないのだ。
「一応、もう一度自衛隊に連絡しましょう。ハヤトが手を打ってくれているとは思うけど、私達からももっと正確な情報を伝えるべきだと思うのよ。廊下には負傷者もいるしね」
「さすが剣崎さん、冷静だわ。私、あなたが来てくれて良かった。私達だけだったら、こんなに冷静に対処できないもの」
女子生徒の一人がはにかむようにして言い、携帯を取り出して自衛隊の電話番号を押した。
女子生徒は剣崎の冷静さを褒めたが、実際のところ、剣崎の内心は全く冷静ではなかった。
しかし、ただ怯えていてもしょうがない。自分が今できることを一生懸命やる、というのが彼女のモットーだ。
「今自分にできることは全てやったつもりよ。あとは助けを待つだけ。バリケードもあるし、きっと大丈夫。冷静になりましょう」
剣崎は自分に言い聞かせるように言った。
その時、自衛隊に電話をかけようとしていたはずの女子生徒が、焦った様子で何度もスマホの画面を指で叩き出した。
「どうして繋がらないの!? 電話が、繋がらない!!」
「落ち着いて。もう一度ゆっくり電話番号を押しましょう」
「何度もやってる! やってるけど、電話が繋がらないの!」
剣崎も携帯を手に取り、自衛隊に電話をかけてみる。しかし女子生徒の言うように、携帯は静寂を決め込んでいる。
「おかしいわね。次は警察に電話してみましょう」
剣崎たちは何度も繰り返し電話をかけようとした。自衛隊、消防、警察、それから自分たちの親にもかけようとしてみた。けれど、何度やってもどこにも電話は繋がらない。
校内で何かあったのか? 音楽室の前の廊下にアンデッドが出現した以外にも何か異変があったのでは? 考えうる様々な可能性が剣崎の脳内に押し寄せる。
このままここで助けを待っていていいのか、と剣崎が思い始めた時、音楽室の扉がバン! バン! とアンデッドによって揺らされ始めた。
皆の視線が扉へと集まる。
「どうしよう、剣崎さん!? 私達、助かるよね?」
「ええ、大丈夫。二人はアタシの後ろに下がって」
剣崎は二人を背中で庇うように立った。
音楽室の扉は先ほどよりも大きく揺れている。
このまま諦めて、どこかへ行ってほしい——しかし剣崎たちの祈りはむなしく、バキッ、ドンッと耳を塞ぎたくなるような大きな音とともに、ついに扉が破壊されてしまった。
アンデッドは壊れた扉をよけると、バリケードに体当たりするようにして音楽室へと足を踏み入れた。
扉の手前に積み上げていた椅子たちが、ガラガラと音を立てて散らばる。
「あっ、あっ、アンデッドが、すぐそばに……!」
女子生徒は剣崎の背中に隠れたまま、消え入りそうな声で言った。
バリケードを突破したアンデッドの、白濁した目が三人を捉える。
「ハヤト……!」
剣崎は思わず薬師寺の名前を口にした。
その時、剣崎はブレザーの内側に隠したものの存在を思い出した。
——そうだ、ハヤトに借りた魔装があるじゃん。
代々の生徒会長だけに秘密裏に継承されるという生徒会室の魔装。
本来は自衛隊の対魔獣部隊が取り扱うもので、それひとつで車が買えるほど高価な代物だ。
そんなものを、一介の女子高生である自分に使えるのか?
そもそも本物の魔獣を前に、生徒が作ったものがちゃんと機能するのか?
でも。
アタシが戦わなきゃ、二人も無事ではいられない。剣崎は自分の背中の後ろで縮こまる二人をちらりと見た。
音楽室の二つある扉は、両方バリケードで固めてしまった。
一つはアンデッドにまさに今突破されようとしていて、もう一つはまだバリケードが残っているため、そちらのバリケードをどかして逃走するには時間がかかる。
もう剣崎に残された道は一つしかない。
「アタシがあのアンデッドと戦うわ」
「剣崎さん、何言ってるのよ!?」
女子生徒が剣崎の腕を制止するように掴む。
「大丈夫、やり方は以前にハヤトに聞いたから。でも二人とも、校内でアタシがコレを使ったことは他言無用よ。ハヤトにも、絶対に人前で展開するなって言われてるの。いくわよ——魔装シフト!」




