14 剣崎アカネ
——時は、遊佐たちが家庭科室で融合型アンデッドと対峙するより一時間ほど前に遡る。
昼休みを迎えたばかりの時間、生徒会室には薬師寺と剣崎がいた。
「へぇ、これがハヤトの言っていた魔装てやつなのね。そんな大そうな兵器には見えないわね」
剣崎は”災害用備蓄“と書かれたフェイクの箱に収納された、魔装の一つを手に取った。
彼女が手に取ったのは短剣のような形をしている。柄は黒く、鞘はない。刀身は鈍い銀色だ。
剣崎はその魔装でコンコンと机の淵を叩いた。
「ちょっと、丁寧に扱ってくれたまえよ。これは歴代の生徒会長だけが継承する、貴重な魔装なんだから」
薬師寺が眉を寄せると、剣崎がいたずらっぽい目で薬師寺を上目遣いに見た。
「へぇ、会長だけが継承するものなのに、副会長のアタシなんかが知っていていいのかしら」
「まあ、君は唯一無二の僕の恋人だからね」
薬師寺は顔を赤らめる。
二人は最近恋人同士になったばかりだ。他の生徒会役員にはまだ秘密にしている。
薬師寺からの猛アタックに、剣崎が折れた形だ。
「それで、今日はこの魔装ちゃんをコッソリ借りてもいいのよね?」
剣崎は薬師寺の顔をのぞきこむようにしてニコリと微笑んだ。
「絶対に他の人間がいるところで出さないでくれたまえよ。あと、展開しても、絶対に攻撃を放っちゃいけない。校舎が壊れたりすれば、この魔装の存在を秘密にしておけないからね」
「わかってるってぇ。昼休みの音楽室ってほとんど誰も来ないから、そこでちょっと展開してみようと思うんだ! じゃあね、ハヤト! あ、暇なんだったら生徒会のメンバーでも招集したらいいんじゃない?」
剣崎はにこやかに薬師寺に手を振ると、魔装を制服のブレザーの内側に隠し、小走りで生徒会室を後にする。
早く魔装を試したくてたまらないのだ。
剣崎は東校舎にある生徒会室から、西校舎にある音楽室まで一気に駆け抜けた。
「自衛隊にでも入らない限り、魔装なんて使えないもんね? ああ、楽しみ!」
はやる気持ちを押さえながら音楽室の扉をガラリと開けると、残念ながらそこには先客がいた。
「あら、剣崎さん?」
ピアノの椅子に座っていた、二名の女子生徒が顔を上げる。
「あちゃー。先客アリか」
剣崎が額に手をやると、女子生徒はにこやかに尋ねた。
「剣崎さんも、今度の合唱コンクールの打合せかしら?」
剣崎は来月に合唱コンクールがあったことを思い出した。
そろそろクラスごとに自由曲を決めたり、ピアノ担当者を決めたりしなければならない。いま音楽室にいる女子生徒たちも、そういった打合せでここを訪れたのだろう。
普段の昼休みは音楽室が無人になるため、剣崎はすっかり油断していた。
「ああ、そういえば来月は合唱コンクールだったわね。いえ、私は——」
これじゃあ魔装を展開できないじゃない、と剣崎が内心溜息をついた時、突然廊下から悲鳴が聞こえてきた。
「アンデッドが! アンデッドが——!!」
突然の大声に、剣崎と女子生徒たちは思わず目を合わせた。
「アンデッドが——って言ってなかった?」
「まさか、校内にいるはずないじゃん」
女子生徒たちは苦笑まじりに言い合う。
剣崎も、まさか校内にアンデッドが出現するとは思っていないが、ふと嫌な予感がした。
「音楽室の前の廊下は静かにするっていう決まりがあるのに、あんな大声を出すなんて嫌ね。ちょっと見て来るわ」
そう言って廊下に出た剣崎が見たのは、廊下の数メートル先に佇むアンデッドと、そのアンデッドに噛まれてシャツを真っ赤に染めた男子生徒の姿だった。
男子生徒は首だけ剣崎の方に振り向くと、その場に崩れ落ちるようにして倒れた。
彼のシャツの赤い染みは、その面積を瞬く間に広げていく。
「ひっ」
剣崎の口から短い悲鳴が漏れる。
どうして校内にアンデッドが? 逃げなきゃ。助けを呼ばなきゃ。逃げなきゃ。どこに逃げたらいいんだろう?
様々な考えが剣崎の脳に波のように押し寄せる。
アンデッドの白濁した目と剣先の視線がかち合う。
逃げたいのに、足が震えて動かない。
「剣崎さーん、どうしたの?」
その時、音楽室の扉から女子生徒の一人が身を乗り出すようにして剣崎に尋ねた。
ハッと我に返った剣崎は音楽室の扉まで走ると、そこに立っていた女子生徒を押し込めるようにして音楽室の中に入り、扉をガチャンと閉めた。
震える手で鍵を閉め、近くにあった机やイスを一心不乱に引き寄せ始めた。入り口にバリケードを作るためだ。
「剣崎さん、どうしたの?」
怪訝な顔で尋ねる女子生徒に、剣崎はバリケードを作る手を止めずに答える。
「そ、外にアンデッドがいた。どうやって校門の防御型魔装をくぐり抜けたのかは分からないけど、アンデッドが廊下にいて、男子生徒が噛まれてた。こっちに来るかもしれないから、今バリケード作ってんの。あなたたちも手伝って!」
剣崎の膝も手もまだ震えている。しかし、音楽室という安全地帯に逃げ込んだ今、先ほどよりは思考が冷静さを取り戻している。
「バリケードを作って時間を稼いで、その間に自衛隊に連絡しましょう。それから先生にも連絡をしなくちゃ。他の生徒たちが巻き込まれないように、ここから遠ざけないと」
剣崎は自分に言い聞かせるように、ブツブツと独り言を言った。
一心不乱にバリケードを作る剣崎を見て、直接にはアンデッドを見ていない女子生徒たちも緊張感が高まっていく。
「本当に外にアンデッドがいるんだよね? じゃあ、私は自衛隊に連絡する」
女子生徒の一人が言うと、もう一人も制服のポケットから携帯を取り出した。
「じゃあ、私は教室にいる友達に連絡して、先生を呼んでもらうね。アンデッドを倒す武器とかは校内にないだろうけど、不審者対策で置いてるサスマタとかが使えるかもだし!」
一通りバリケードを作り終えた剣崎も、ポケットから携帯を取り出す。
誰に連絡をするべきか——その時彼女の頭に浮かんだのは、恋人である薬師寺の顔だった。
剣崎が薬師寺に電話をかけると、ワンコールで繋がった。
「ハヤト? 今どこにいるの? 私は音楽室にいる。お願い、助けて!」
剣埼は泣きそうな声で言う。
「アカネ、落ち着くんだ。外の転落事故を見てしまったのかい? 驚いたよね。僕は生徒会室にいるんだけど、すぐそちらに——」
「違う! アンデッドが——」
剣埼が薬師寺の言葉を遮るように「アンデッドが」と口にした瞬間、その通話はぷっつりと切れてしまった。
転落事故とは一体なんのことだろう? それにしても電話が切れてしまったのはマズい。もう一度かけ直そうと剣崎が携帯を握り直した時、ドオン! という音と共に音楽室の扉とバリケードが震えた。




