11 家庭科室
屋上で三体のアンデッドを無事に倒した遊佐たちは、職員室へと向かう。
職員室は今いる西校舎の一階だ。
「職員室のあるフロアまで、アンデッドが出ませんように……」
保田は遊佐のブレザーの裾をつかみ、彼の背中に隠れるようにして階段を降りる。
「保健委員長、あんまりくっつかないで下さいよ。歩きにくいったら」
遊佐が面倒くさそうに言うと、保田はぷくっと頬を膨らませた。
「ええっ、遊佐くんのケチ! 可愛い女子がくっついてあげてるんだから、感謝しなさいよ」
「嫌ですよ、保健委員長みたいな小柄な小動物タイプの女子、俺の好みじゃないですし」
「へぇ、じゃあどんなのがタイプなのよ。ナギちゃんみたいな長身の強そうな女子とか?」
「まあ、小動物系よりは」
遊佐が答えると、那谷は「んなっ」と顔を赤くした。
「ちょっと、君たち、無駄話をするんじゃない。静かにしたまえ。……どこかで人の声がしないか?」
屋上から続く階段を降り、四階の踊り場に出た。薬師寺が「静かに」と言って唇に指をあてる。
皆で耳を澄ますと、奥にある家庭科室から誰かが言い争う声が聞こえてきた。
逃げ遅れた生徒たちが揉めているのだろうか。遊佐たちは互いに目を合わせる。
「どうする? 様子を見に行く? きっと避難しそびれた生徒たちだよ」
保田が言うと、薬師寺が首を振る。
「体育館じゃなくても一旦避難できているなら問題ないだろう? 僕たちは早く職員室や、アカネのいる音楽室に行くべきだ」
それに那谷が異を唱える。
「ここまで騒動が大きくなっているのなら、とっくに誰か先生が通報してるわよ。いま声がする家庭科室にアンデッドがいない保証はないわ。一旦様子を見に行って、万が一アンデッドがいるなら加勢するべきよ」
「俺も風紀委員長に同意です。様子を見るだけなら時間はかからない。先に家庭科室に行きましょう」
遊佐も那谷と保田に同意したことで、意見が三対一となった。
薬師寺はしぶしぶといった様子で、三人とともに家庭科室に向かう。
どこにアンデッドが潜んでいるか分からない今、ここで危険を冒して別行動を取る勇気は、薬師寺だけでなく誰にもない。
四人は家庭科室の前まで来ると、先頭にいた保田が扉をノックした。
「どうも、生徒会の者です。皆さんがちゃんと避難できているか確認しにきました」
保田が声をかけると、中で言い争っていた声が止み、鍵を開錠する音が聞こえた。
そろそろと扉が開く。
「保健委員長……? そ、それに生徒会長と、風紀委員長、書記の遊佐もいるじゃないか! 助かった! 助かったんだな? もうアンデッドはいなくなったのか?」
扉を開けたのは、遊佐と同じ一年生男子の深津だった。
深津は遊佐達の姿を確認すると、あからさまにほっとして見せた。
「もう自衛隊が来てくれたのか? アンデッドはもういないんだよな?」
「残念ながら、アンデッドが全員いなくなったかどうかは分からない。しかも、まだ外部とは連絡が取れていない」
遊佐が事実を伝えると、深津は明らかに落胆した様子で「そんなぁ」と呟いた。
「ここには何人避難しているんだ?」
遊佐が家庭科室の中を見回す。そこには全部で十人ほどの生徒が不安そうに身を寄せ合っていた。
よくよく見てみると、一人だけ皆から離れた場所にポツンと座っている女子生徒がいる。
「なぁ深津、どうして彼女だけ皆から離れているんだ?」
遊佐がそちらを指さすと、深津はあからさまに嫌そうな顔をした。害虫でも見るかのような目線で、その女子生徒を見る。
「あいつがこの騒動の元凶だからだろ! 本当は教室内から追い出したいくらいなんだ! 俺はここから出て行けって言ったんだが、目黒川が頑なに出て行かなくて……」
目黒川と呼ばれた女子は、ビクリと肩を震わせて遊佐達を見た。
「彼女、目黒川っていうのか。確か理数コースの生徒じゃないか?」
理数コースは学年に一クラスしかない上に、遊佐のクラスからは離れていて関りが薄い。顔は見たことがあるが、名前までは分からなかった。
しかし、深津は彼女のことを知っているようだ。
「そうだ、理数コースだよ。浅田と同じクラスだ!」
「浅田って……さっき屋上にいた子よね?」
那谷が遊佐に確認すると、遊佐より先に深津が答えた。
「浅田が屋上にいたんですか? このアンデッド騒ぎを起こしたのは浅田でしょう? 一年生の奴らは絶対そうだって噂してますよ。あの変な校内放送も、浅田の仕業に違いないって皆言ってる。理数コースで浅田に対するエグいイジメがあったことは、結構皆知ってるんだぜ」
「俺は知らなかったが」
遊佐が気まずそうに頬を掻くと、深津は「それはしょうがない」と首を振った。
「遊佐のクラスと浅田たちのいる理数コースは教室自体が離れてるから、いじめについて知らなくても無理はない。俺は理数コースのすぐ横に教室があるから、色々噂が聞こえてきたんだが……」
そこから深津は、詳しいイジメ内容について話し始めた。
それは浅田の私物を隠すといった嫌がらせから始まり、クラス全体による無視、小突く程度では済まない暴力、あげくの果てには浅田に対する性的な嫌がらせなどもあったらしい。
詳しい内容を聞いた薬師寺が思い切り顔を歪めた。
「そこまで酷かったのか!? 僕が浅田君から話を聞いたときには、そこまでとは言ってなかったぞ?」
「浅田にもプライドがありますから。下半身を露出させられて写真を取られて脅されてたとか……そこまで酷い内容は、自分では口にしたくなかったのかもしれません」
深津が唇を噛む。
「俺達はクラスが違うから、できることも限られてた。でも理数コースの奴らを諫めたり、理数コースの担任はイジメに無関心だったから俺達の担任に相談したりとか、やれることはやったつもりだ。その結果がどうだ? 校内にアンデッドを放たれて、目の前で同級生が噛まれて死んだんだぜ? おまけに俺達だって今後どうなるか分からない。これも全部理数コースの奴らのせい……特に、イジメの主犯格だった目黒川のせいなんだよ!」
深津が恨みがましい目をして、家庭科室の端で縮こまる目黒川という女子生徒を指さした。




