ざまぁ男爵
玉美と別れてから二ヶ月、日々が楽しい。
一方的に俺を振り回す玉美ではなく灯里を選んだのは正解だったようだ。俺の欲するものを察し与えてくれるなんて気遣いは玉美は一切なかったしな。まあ、その分俺の方も灯里の求めるものに応える必要はあるのだがそこはお互いさまだ。
そんなことを考えつつ今日もホテルを後にする。この後バイトが待っているからな。ホテルもプレゼントもただってわけにはいかないのだから仕方がない。
現実は世知辛いが夢は甘い。だからこそ夢は現実を乗り越える力となる。
というわけで余計なことを考えるのはここまでにする。同じ考えるならば楽しいことに限る。ならば先ほどまでの余韻に浸る方が建設的というものだ。
「よし、これで終わり」
営業時間を終えた勤め先のスーパー。小規模だがそれでもゴミの出ることは避けられない。というかゴミの出ないスーパーなんて存在しない。そんなわけで今日も袋いっぱいとなったゴミを置場へと放り投げ一息つく。といっても労働の汗は爽快なんて思うことはなく早々に立ち去るのではあるが。さすがに生ゴミの臭う中でそんな風になんて思えないしな。
「お疲れ様」
控え室に戻ると俺を労う声が。先に片付けを終えた同僚の清水愛だ。俺の教育係を受け持つ先輩だが見た感じ年齢は俺とそんなに変わらない。
「お疲れ様」
応える俺の頬が弛む。
当然であろう。名前から判るように彼女は女性だ。しかも結構可愛らしい。こんな相手が笑顔で接してくれば気分も安らぐのも当然だろう。
最近運気が上がってきているよな。特に玉美と別れてから、いや灯里と出逢ってからというべきか。正に幸運の女神だよな。人間、付き合う相手は選ぶべきというけれど全く以てその通り。疫病神よりも女神様だ。
「何? 変にニヤニヤして。ねえ、もしかして私、何か付いてる?」
「いや、何も付いてないよ。ただ、なんか最近充実してるなあって感じただけ」
「なによそれ。
でもそれって好いことよね。それこそが人生の幸せだもん」
「ああ、全くだ」
本当に俺は幸せだ。やはり人間は誰かに理解されてこそ幸せを感じることができるものなのだろう。
◇◇◇◇
数日後──。
「あら? 葉介じゃない?」
好事あれば魔が差すとでもいうのだろうか、平穏だった俺の心を掻き乱すそれは別れたはずの玉美だった。
「な……」
驚愕に言葉を失うのも当然であろう。玉美の傍には寄り添う男の姿があったのだから。しかもそれが共にホテルから出て来たとあればなお。
なんだよこいつ、俺のときにはキスひとつさえさせなかったくせに新しい男とは直ぐにこれかよ。
妬みだとは解ってはいるがやはりついこの前まで付き合っていた相手のこんなところを見てしまえば心穏やかではいられない。
「なによ、葉介が言ったんでしょ、愛とはお互いに求め合い尽くし合う関係だって。だから私はそれを受け入れただけよ、同じ失敗はしたくないから」
うぐ……。
顔に出ていたのだろうか。俺の心の内を読んだかのようななんとも痛烈な言葉を放つ玉美。確かにそれが玉美と別れた理由ではあるがこうして当て付けのような場面と遭遇すればやはりなあ。
いや、だがしかし──。
「ま、まあそうだよな。解ってくれてなによりだ。正直あの後が心配だっただけにこうして前向きに立ち直ってくれて安心したよ。
うん、新しい相手と巧くいっているようでなによりだ。
じゃあ、これ以上邪魔しちゃ悪いし俺は行くから」
複雑な気持ちに蓋をするようにそそくさと立ち去る。
だが、これで良いんだよな。別れた相手に未練だなんてそんな女々しい男にはなりたくない。それに今の俺には灯里というれっきとした相手がいるんだしな。
……しかし玉美のやつ、土屋なんかと付き合っていたんだな。
そういやあの後玉美の傍に男たちが群がっていたっけ。遠目に見ただけだったから判らなかったけどあの中にあいつがいたのか。
土屋崇、サークルで一、二を争う色男。
玉美って本当にイケメン好きだよなぁ……。
◇◇◇◇
皮肉な遭遇から一ヶ月、厄介な前期試験も終わりいよいよ自由な夏休みだ。というわけで例によってサークルのメンバーで集まって計画を立てる。いや、実際は各々が勝手に群がってそこで遊ぶ相談をしてるだけだけどな。当然俺は灯里と共にどう夏を過ごすかで頭がいっぱい。あれやこれや妄想がはち切れんばかりだ。まあ、最近は出費があれこれと嵩むせいか軍資金ちょっと心許ないけど。
「ごめ~ん。私この夏は予約があるんだぁ。ね、木村くん」
俺の提案はあっさりとスルーされた。
「はあ?」
なんだそれは? しかも木村⁈
なんで付き合っている俺とではなく無関係なはずの木村なんかと?
「だってさあ、木村くんの方が私の期待に応えてくれるんだもん。それに対して最近の葉介って何かとやることがショボくてイモみたいだしぃ~。
ほら、前にも言ったでしょ、人間関係はお互いに求め合い尽くし合うことだって。ならばより期待に応えてくれる相手を選ぶのは当然よねぇ~」
「はあっ⁈」
な、なんだよそれ? つまりそれって……。
「あはははははっ。なによこれ。こんな喜劇がリアルで観れるなんて思いもよらなかったわ」
突如響いた高笑い。
俺の神経を逆撫でする嘲笑。
その声の主は冴羽令子。俺の元交際相手であった金城玉美の親友だ。
「だってそうでしょ。真実の愛なんて高らかに宣って交際破棄を突き付けた男が、当の女に散々貢いだ挙げ句に弄ばれた末に棄てられる。まるでラノベの婚約破棄ものみたいじゃない。かつては金枝玉葉の恋愛貴族と言われた葉介も今じゃイモの没落男爵よね」
んなぁっ⁈
「「だあ~はっはっは」」
周囲に響く爆笑。
痛過ぎる。俺も多分他人事ならば絶対に一緒になって笑い狂うくらいに痛烈。
「ちょ、ちょっと令子ったらぁ」
「でも、確かにこれは皮肉が効いているよね」
そして玉美と土屋の反応がさらに俺の傷を抉っていく。
「ちくしょーっ!」
俺は涙ながらにその場駆け出した。
そしてその日、俺に『ざまぁ男爵』の二つ名が付いた。




