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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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四十九の炎

四十九の炎

エバの背後から声をかけた人物は、作務衣さむえ姿の温厚そうな和尚おしょうさんで、おともにはクリクリ頭の可愛い小坊主二人を左右に従えさせていた。

エバは心配顔で和尚に言った。

「さっき大勢のお百姓さんたちに踏みつけにされてしまって、頬を引っ叩いてもウンともスンとも言わなくて……」

和尚はニッコリと笑って応えた。

「……案ずるな」

「えッ?」

はらわたが破られたのであれば息は荒く虫の息となり、頭を蹴られたのであれば大きないびきをかいて寝ておる。死んでおれば顔は土色へと変わるだろう」

「……すでに土色ですが?」

「顔の泥を拭い取って、よく見てみなされ」

「お前さんが殴ったその男の顔色は桜色じゃ」

エバは言われるままに快炎鬼の顔の泥を手で拭い取って驚いた。

「ホントだ」

「拝見したところ、気を失っているだけのようじゃ。ゆえに案ずることは無いと申しておるのじゃよ」

「暫く静かに寝かせておけばよい。いずれ痛さで二人とも目覚めるはずじゃ」

和尚の見立てに、エバは心の底から安堵した。

「良かったわ。気を失っているだけで……」

エバは和尚に教えられた通り、その場にそっと快炎鬼を寝かせつけた。

立ち上がったエバは、お供の一人の頭を優しく撫でながら聞いた。 

「可愛いわね。お名前は?・・・」

「おいらの名前は三太」

三太は和尚越しに連れの小坊主を指した。

「この子の名前は十一といち・・・」

一歩前に出た「といち」は、ペコリと頭を下げて挨拶をした。  

「こんにちは」

「はい。こんにちは」

十一じゅういちと書いて「といち」と言います」

「ちなみに和尚さんは『四六しろく和尚』と呼ばれています」

「……四六和尚?」

「はい」

弥勒みろく様ではなくて、四六の和尚さんです。なぜなら、年がら年中、四六時中、忙しい、忙しいと言っているのが口癖だからです」

四六和尚は苦笑しながら、「といち」をたしなめた。

「これこれ、ワシには立派な『院傑いんけつ』という名前が有るというのに、余計なことを言いおって……」

和尚は倒れている魔餓鬼と快炎鬼を見ながら、怪訝な顔でエバに聞いた。

「……ところで、お三方さんかたとも見慣れぬで立ちをされていなさるが、どこのお国のお方ですかのう?」

「信じて頂けないでしょうが、私たちは遠い未来の、テレビ映画という名の、仮想のの中の世界からやって来たのです」

和尚はキョトンとした顔で聞いていた。

「…………」

和尚はおもむろに聞いて来た。

「……娘さんや」

「はい」

「あんたには悪いが、何を説明されていなさるのか、このワシには皆目かいもくもって、せんのじゃ」

エバは苦笑した。

「……でしょうね?」

「私たちのことよりも、和尚さんたちこそなぜここに?……」

「おう、忘れておった。そのことよ」

「実は……。百姓たちに一揆が起こってのう」

「い、一揆ですって?」

エバは先程まで賑わっていた華やかな表通りを思い浮かべた。

『さっきまではあれほど賑やで裕福な暮らし振りの平和な大通りだったのに、いきなり百姓一揆の勃発とは、テレビの中で数年間があッ!と言う間に経過してしまった設定にでもなっているのかしら?……』

和尚は顔をしかめながら、険しい表情でエバに語りかけてきた。

「昨年もそうであったが、今年の四月も日照りが続き、五月なると天候は一転して雨続きとなり、夏になっても一向に暑くはならず、稲は虫にやられて作柄さくがらきわめて悪く大凶作となり、来年の種籾たねもみも出来ぬほどの有り様じゃ」

「金持ちどもは一儲けをたくらみ、米を買い占め、値を吊り上げた」

「そうなると百姓たちは、作徳米さくとくまいと言うて、領主に年貢を納める残りの米にまでも手を出して、糊口ここうしのぐようになり、百姓たちの暮らしは生き延びることさえもおびやかされるようになってきたのじゃよ」

「領主に訴え出た百姓たちは、有無うむを言わさず力づくで押さえ込まれ、百姓たちはとらわれの身となり、見せしめのために市中引き回しの刑を受けた。それでも生き延びることを望んだ百姓たちは、別の策を選んで立ち上がった」

「百姓たちはおのなたくわを持って立ち上がり、強欲者の米倉を襲って米を奪うことに決めたのじゃ」

「寺を一任されたワシには、事の顛末てんまつを克明に記さねば為らぬという重責が残っておる。それゆえに、三太と十一の二名を連れて百姓たちの事の成り行きを見にきたというワケじゃ」

「この二人は驚くほどに物の覚えが良うてのう」

「ワシの覚えがさだかで無くなれば、あの時はどうであった、この時はどうだったと問いかければ、即座に応えてくれるので助かっておる」

エバは和尚の話を聞きながら、考え込んでいた。

一口ひとくちに百姓一揆といっても天候不順によっていたる所で頻繁ひんぱんに騒動が起こっていたのだから、年代が違えば一揆が起こった場所も規模も、当然、大きく違ってくるはずだわ?』 

エバは改まった顔で、和尚に訊ねた。  

「……一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」

和尚は快く承諾した。

「一つと言わずに、幾つでもお聞きなされ」

エバは傍に立っていた十一に訊ねた。

「……ここは京都かしら、それとも江戸かしら?」

「江戸です」

「じゃあ、今の将軍様は何代目?」

「判りません」

和尚が横から口を挟んで答えた。

「八代目じゃよ」

「……そうでしたか?」

「ありがとうございました。お訊ねするのはこれだけです」

和尚は呆気に取られた。

「何じゃい?」

「聞くのはたったの、それだけか?」

「はい。それで充分です」

エバは遠くを見つめながら、年代をさかのぼっていった。

『……八代将軍といえば徳川吉宗なのだから、私たちが遭遇した百姓一揆は西暦1713年に起こった江戸四大飢饉の中の一つの『享保きょうほうの百姓一揆』だってことになってくるわね』

四六和尚は三太を促した。

「ささ、参ろうぞ」

「いつまでもこのような所で足をとどめておく訳にはいかん。幕府の御用米商・高間伝兵衛の米倉の打毀うちこわしもそろそろ終わりが見えてくる頃合いのはずじゃ?」

「はい。和尚さま」

一歩前に足を踏み出した三太の足がピタリと止まり、前方を指差し大きな声を上げた。

「お、和尚さま!」

「どうした?」

「あ、あれをご覧下さい!」

三太が指差したその先を辿っていくと、路上で倒れている魔餓鬼の指先が僅かにピク、ピク、ピクと動いているのが見えた。

「おッ!気付いたようじゃな?」

和尚たちは慌てて魔餓鬼に駆け寄っていった。

エバはその場にとどまり足元を見ると、魔餓鬼と同様に気を取り戻した快炎鬼が、半身を起し、立ち上がりかけていた。

「……大丈夫なの?」

ニッコリと笑って、快炎鬼は立ち上がった。

「どこかの誰かさんが叱咤激励をしている声が聞こえた。だから、そう簡単にはクタばってはいられないよ」

「スキルアップして、もっと派手なアクションで暴れ回り、もっとカッコ良く、パッと綺麗に散って行かなければダメだ」

「あら?」

「あんた、気絶していたはずなのに聞こえていたの? 私の声が……」

「聞こえていた」

「珍皇寺の境内でも同じような体験をした。その時の相手は魔餓鬼だった。デジャブじゃないが、デジャブのようなものだ」

―――

手の指先だけを動かしている魔餓鬼を見下しながら、和尚たち3人は戸惑っていた。

魔餓鬼の頭部の近くにしゃがみ込み、和尚を見上げながら三太が聞いた。

「起こしましょうか? 和尚さん」

和尚は振り返り、元気そうな快炎鬼の姿を見ながら応えた。

「放っておきなさい」

「無理に起こすよりも、自然に目覚めた方がよさそうじゃ」

―――

快炎鬼とエバは別の大店のアイボリー色の日除けの幕の前に立っていた。

「どうしようってのよ。私をこんな所に連れて来て……」

「ドリペンで機械室の壁に掛けられている『ボイラー室の絵』を撮った。その絵をドリペンでこの幕に出して欲しい」

「そりゃあ、この時代から抜け出したいのは判るけどさあ。簡単に言わないで欲しいわね」

「……ダメなのか?」

「……って言うよりも、今度もテレビの中のシーンが出てきて、別の時代に飛ぶだけかもしれないってことなのよ」

「そうなればそうなったで何度も再チャレンジすればいい。リアルゲートが機械室になるまでトライして欲しいのだ」

「やってみるわ。いつまでも江戸時代にはいてられないからね」

ドリペンの先端を日除けの幕に向け、エバは一回目を試みた。

「あらま?」

「あんたの願いが通じたのかしら。一発で出てくれたじゃないの」

喜んでいる快炎鬼たちに気付いた和尚たちは、気絶している魔餓鬼をその場に残すと、日除けの幕の前に立っている快炎鬼たちに近づいた。

日除けの幕を何気なく覗き込んだ和尚たち3人は、幕に映し出された半坪ほどの大きさの絵を見ると、大きな声を同時に上げて腰を抜かさんばかりに驚いた。

日除けの幕に写し出された機械室の「ボイラーの絵」は、すでに平面ではなく立体的になっていて奥深く、今まで一度として目撃したことのない機械室のタービンが見えていたからであった。

快炎鬼は不安気な表情でエバに訊ねた。

「この機械室を日除けの幕一杯にズームアップして、タービンだけを俯瞰にして、標高1000㍍ほどのリアナ高地の高さにまでズームアウトすることができる?」

「……出来るけどさあ」

エバは怪訝顔で聞き返した。

「どうすんのよ? そんなことをして……」

「……忘れたのかよ?」

「病院のタービンは『夢の未来エネルギー』とも呼ばれているくらい安心できる発電装置で、原理は太陽が燃えるのと同じだから、タービンの内部は太陽だと言っても過言じゃないと、俺に教えてくれただろ?」

当時を思い出したエバは、顔色を変えた。

「あ、あんた、まさか?……」

快炎鬼はニッコリと笑って答えた。

「そのまさかだ」

「病院の建物に被害を及ぼすことはない」

「タービンが破壊されても、リハビリ室のテレビが爆発するか、それとも機械室の『絵の中のタービン』が爆発するかのいずれかだ」

快炎鬼は気絶している魔餓鬼にツカツカと近づいた。

背後から魔餓鬼を抱き起して路上に座らせると、背中に膝を当てがい、魔餓鬼の両肩を掴んで後ろにグイと引いて胸を開き、活を入れた。

僅かに気を取り戻し、意識朦朧としている魔餓鬼を素早く背中に背負うと、快炎鬼は日除けの幕の前まで戻ってエバに言った。

「リアルゲートを拡大して、タービンだけをズームアウトにしてくれ」

「了解」

快炎鬼の行動を無言で見守っていたエバは、快炎鬼に求められるがままにドリペンを操作して、日除けの幕一杯にリアルゲートを拡大すると、タービンだけを急激にゴマ粒ほどの大きさにまで縮小させた。

恐ろし気に日除けの幕の穴を覗いていた和尚たち3人は、景色が急拡大するとともに状況が一変したことに仰天し、悲鳴にも似た大声を上げて腰を抜かせた。

それはあたかも、断崖絶壁から峡谷を見下しているような光景だった。

エバは快炎鬼を促した。

「じゃあ、行きましょうか?」

快炎鬼は即座に断った。

「エバはここに残ってくれ」

エバは不機嫌そうな顔で聞いた。

「なぜ断るのよ?」

「私と一緒じゃ、ダメだと言うの?」

「そうじゃない。エバにはラストに大きな仕事が残されている」

「ドリペンを使って縣衣翁と一緒に羅獄殿に戻り、ことの一部始終を地獄の十王たちと閻魔さんに報告して欲しいのだ」

とその時、背中の魔餓鬼がモゾモゾと小さく身を動かし始めた。

意識朦朧で快炎鬼の背中でトロンとした目付きだった魔餓鬼が、僅かに顔を上げて周囲の様子を伺うような素振りを見せ始めた。

魔餓鬼が正気を取り戻し始めたことを察した快炎鬼は前屈まえかがみになり、肩越しに両腕を前にダラリと垂らせていた魔餓鬼の手をクロスさせると、太腿を抱き抱えていた手でガッチリと魔餓鬼の手首を掴み取った。

正気を戻した魔餓鬼は驚いた。

「な、何をしているのですか?」

背で問いかける魔餓鬼に、快炎鬼は笑顔で応えた。

「魔餓鬼よ。覚えておけ」

「これが『介護おんぶ』の基本形だ!」

「そんなことは聞いてない!」

快炎鬼から身を離そうと身を後ろに反らし、魔餓鬼は必死になって離れようとした。暴れる魔餓鬼の両手首をガッチリ掴んていた快炎鬼は、笑顔でエバに別れを告げた。

「じゃあ、行くぜ」

快炎鬼に応えるエバも笑顔だった。

「綺麗に散るがいいわ」

魔餓鬼を背負ったまま、快炎鬼は断崖絶壁の幕の中に勢いよく飛び込んだ。

日除け幕の後方で腰を抜かしていた和尚たち3人は、更なる快炎鬼の行動に仰天して、以前よりも大きな声を張り上げた。

―――

魔餓鬼を背負った快炎鬼は真っ逆さまの状態で、眼下に見えているゴマ粒ほどのタービンに向かって落下していった。

魔餓鬼は目を丸めて驚いた。

「手を離しなさーいッ!」

何としてでも快炎鬼から身を離そうと、必死で身を反らして足掻いていた魔餓鬼だったが、クロスされた両手首をガッチリ掴まれていては無駄な抵抗だった。

小さく見えていたタービンがルービックキューブほどの大きさにまでになってきた。

目標のタービンを見据えながら、快炎鬼は笑顔で最後に贈る言葉を言った。

「綺麗に散ろうぜ」

「バカなことを言うんじゃなーいッ!」

目前にまで迫ったタービンを見て、魔餓鬼は絶叫した。

「ギャアアア―――ッ!」

魔餓鬼を背負った快炎鬼は、タービンの心臓と思える部分に頭から激突した。

ミサイルが撃ち込まれたようにブチ抜かれたタービンは、耳をつんざく大音響とともに真っ赤な炎と黒煙を上げ、木っ端微塵となって吹っ飛んだ。

―――

爆発音と共に日除け幕の光景が一瞬にして消え、幕は元の日除け幕に戻った。

和尚たちに近づいてきていたエバの姿が、日除け幕の景色が消えるのと同時に、スッとその場から消えた。

腰を抜かした3人は、エバが目前で姿を消しても驚きの声を発すること無く、両足を前に投げ出し、腑抜けた状態で路上にヘタり込んでいた。

「し、信じられん」

「……これはこの世の、出来事なのか?」

和尚の右横で同じように腰を抜かしていた三太が言った。

「……お姐さんが消えてしまいました」

「いたずら好きの女狐と二匹の狸たちが、おいらたち三人を騙したのでしょうか?」

「さあ、どうじゃろう?」

「和尚さんは書き残すのですか?」

「一揆と一緒に、今回の沙汰も?……」

和尚は強い口調で三太を諭した。

「バカなことを言いなさんな」

「書きたいのは山々(やまやま)なれど、ワシの話を信じる者など誰一人としておりゃせんわい。『四六しろくの笑い』と笑われるのがオチじゃ」

二人の会話を黙って聞いていた十一が、呟くようにして言った。

「ここまでくれば、何だか笑ってきそうですよね?」

「余りにも馬鹿らしくて……」

和尚は笑顔で十一に言った。

「そうじゃな?」

「ワシも笑いが込み上げてきたところじゃった」

「……では三人で、大いに笑うとするかぁ?」

腰抜け三人組は暫くその場に居残り、大きな声で笑い合っていた。


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